俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第162話 再会の果てに

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 横たわる千頭のそばへ、おもむろにオルガがやってきた。

 「……亮。負けを認めたということはつまり――」

 「ええ、アナタが望んだように大人しくします。ただし、元の世界に帰るのは諦めません。ただ方針を変えるだけです」

 「ああ、構わんさ。これ以上、お前さんの妹を悲しませないのなら」

 「フッ……」


 『到着しました。足元に注意してください』

 目的地に到着したエレベーターから、アナウンスが流れる。
 それを聞いたオルガは戦いの熱から覚め、辺りを見渡した。

 広大な空間だった。
 左右にも前にも、頭上にも底知れない暗闇だけが延々と広がっている。
 周囲を照らすのは、点々と辺りに等間隔で存在する巨大な六角柱の柱に備え付けられた明かりのみだった。

 「ここは一体……」

 「靴の擦れた跡が薄っすらと残ってますね。何度もここらを往復しているようだ」

 いつの間にか起き上がっていた千頭が床をジッと見て周囲の観察を始めていた。

 「亮、もう立ち上がって大丈夫なのか?」

 「正直に言えば辛いですがね。ここに元の世界へ還るための答えがあるかもしれないと思うと、うかうか寝ていられないですよ。もっとも、女王様に答えは無いと否定されてしまってるので、それは期待はできませんが」

 千頭は人が歩いた形跡を追って、奥へと進む。オルガも何があるのか気になって後に続いた。
 しばらく歩いてみれば、その先には巨大な黒い壁があった。黒い壁もまた上にも横にもどこまでにも続いていた。

 「扉のようなものがあるな。かなり大きいが」

 オルガの言うとおり、黒い壁にはスライドして開きそうな箇所があった。
 足跡もそこへ続いている。

 「扉の横にタッチパネルの様なものがありますね」

 千頭はパネルを保護している透明なカバーを開けると、パネルに触れてみた。

 『操作には認証が必要です』

 無機質な機械音声が鳴った。

 「セキュリティか。ドロップスカイの時は番号を打ち込んでいたようだが」

 「いえ、見たところ番号は入力できない。もっと別の何かでの証明が必要なようですね……」

 千頭は考え込む。


 『千頭さん!』

 そこへ突如、『精神感応テレパシー』が届いてきた。
 相手は革命軍の指揮を引き継いだローレンスだった。ローレンスは計画を事前に知らされており、千頭が生きている事はわかっていた。

 『どうした? カトレアが屈したのか?』

 『そ、それが』


 「ッ!! 何だって?!!」

 ローレンスから詳細を聞いた千頭が声を張り上げた。
 千頭の焦る様子からオルガもただ事ではないと悟る。

 「どうした! 何があった!」

 「説明は後にさせてください! 一刻も早く渡辺君とディック君に知らせなくては!!」


 *


 時間は少し前に遡る。
 オルガと千頭が戦いを始める前、渡辺はアルーラ城の地下を奔走していた。

 途中、例の地震が発生していたが、渡辺は気にも留めなかった。
 ひたすら、前の世界のクラスメイトであった市川 結いちかわ ゆいとそのパートナーであるデューイ、そして自身の大切な人の姿を探した。

 片っ端から牢屋を探し、見つけては牢屋の扉を破壊して王国に捕らわれている人々を解放した。

 「クソッ! ここでもない! どこだ! どこにいる! マリン!!」

 そうやって地下を駆け回る内に、地下深くのある区画に辿り着く。
 そこでも渡辺は牢屋を壊して回るのだが、妙だった。
 ここに来るまでのほとんどの人は牢屋から解放されたことを喜んでいたのだが、この区画の人々は無反応で渡辺が何を意図しているのかも理解できない様子だった。

 当然だ。
 そこで捕らわれていたのは、『禁じられたチート能力』を持つ人々だった。
 社会と断絶され、来たる魔人との戦いに備えて兵器として育成されてきた彼らは自分が不自由である事すらわかっていない。
 故に、牢屋の扉が開け放たれても出ていくものは一人もいなかった。出ていったところで、彼らに往く場所がない。むしろ、ここでなければ生きていけないのだ。

 「何だよ、出ていけばいいのに」

 彼らの事情を知らない渡辺は怪訝な顔をする。

 「……ん?」

 それでも構わず牢屋を開けていく途中、ある幼女の存在が渡辺の目に留まった。
 10はいかない歳だろうか。
 ストンと落ちた雪の様に白いショートヘアが特徴的で、両目は黒い布で塞がれていた。

 「何でこんなもの巻いてるんだ? これじゃあ前が見えないじゃないか」

 渡辺は牢屋に入って女の子に近づく。
 女の子座りをしている幼女は、首を傾げた。

 「いつものヒトじゃない。だれ?」

 「名乗るほどのもんじゃない。それより、君は目が見えてないのか?」

 幼女は首を横に振る。

 「ならこんなもの外さないと」

 渡辺が両目を覆っている布に手をかけるのだが、その手を女の子が小さな手で掴んで止めた。

 「え」

 「とっちゃダメ。『バロールの魔眼』。そのときまでつかうなって、やくそく」

 『バロールの魔眼』。
 渡辺はその単語を目にした覚えがあった。
 一ヶ月前、中央区を訪れた際に立ち寄った本屋だ。
 本には以下のように記述されていた。
 『バロールの魔眼』は視界に入った生物全てを抹殺する強力な能力であるが、その代償として目の光を失うと。

 「……その時って、魔人が攻めてきたらか?」

 「うん」

 渡辺は王国への怒りが強まるのを感じた。
 人を戦力としてか見ていない最たる例が、目の前にいた。

 「……て、あったかい。このて、おぼえてる」

 女の子は自らの頬をすりすりと渡辺の手に擦り付ける。
 渡辺はその頬の冷たさに驚いた。

 「こんなに体を冷やして、こんな寒い所に閉じ込められて……待ってろよ。もうすぐ寒い思いしなくていいようになるからな」

 ゆっくり女の子から離れると、渡辺は再び走り出した。王国への怒りを深めながら。


 間もなく、渡辺は別の区画へとやってきた。

 「何だ? この臭い」

 渡辺は顔をしかめた。
 妙に生臭く、ジメジメした空気が立ち込めていた。

 「何だあテメェは? ここは一般人の来るところじゃ――ウゲッ!!」

 見張りの騎士がいたが、渡辺は問答無用で黙らせた。
 その騒ぎに、牢屋の中の人々が気づく。

 「お兄ちゃん!!」

 聞き覚えのある声がしたので振り向いてみると、そこにはあの男の子がいた。

 「デューイ!! 無事だったのか?! 酷い事されなかったか?!」

 「え、えっと。ずっとここに閉じ込められて。あ、あと、ご飯もおいしくなかった!」

 「――ふううぅ」

 デューイは何もされていないとわかり、渡辺から気の抜けた息が漏れる。

 「そ、そこのアンタ! 俺たちをここから出してくれ!」「お願いよ!! 何でもするから出してぇ!!!」「俺も頼む! もう頭がおかしくなっちまいそうだ!!」

 若い男女らが牢屋の格子をガタガタと揺らして叫ぶ。

 「わかったわかった! 今出すから待ってろ!!」

 ドッと歓声が湧き上がり、その声の大きさから嬉しさの度合いが伝わる。余程苦しめられていたのだろう。

 「デューイ、市川もここにいるか?」

 その問いかけに、デューイはシュンと肩を落とした。

 「……ユイお姉ちゃんなら、さっきまで向こうの檻にいたよ。でもおっきな男の人に連れて行かれちゃった……」

 渡辺は奥歯をきつく噛んだ。


 *


 湿った空気と生臭さの発生源となっている部屋で、彼女は両手を鎖で吊るされて、無理矢理立たされる格好となっていた。

 「や、やだ……やめて……酷いことしないで……」

 今にも消え入りそうな声で、身体を恐怖で震わせながら市川が訴える。

 「あー? 相変わらず声が小さくてナァニ言ってるか聞こえんぞー? ウッヒッヒ、まぁ聞こえたところでヤることは変わらんがなあ」

 丸々と太ましい巨漢が、欲望に塗れた顔を市川に向け舌なめずりをすると、市川が着ていた制服を、上も下もその大きな手で破いていく。

 「――!!!」

 あまりの恐怖に、市川は声も出なかった。

 「ヒヒヒ、思った通りイイ反応をするわい」

 おぞましい手が上半身を這い回る。
 ブラジャーの下から指が入り込んでくる。
 想像絶するほどの気持ち悪さだった。

 市川の頬を涙が伝い、目から光が消えていく。

 「さぁて、下はどんな具合かのう」

 巨漢の指先が、市川の下腹部を滑って下へと向かう。

 その時だった。
 部屋の鉄製のドアが吹き飛んだ。

 「な、何だ!」

 突然のことに、巨漢が振り返ると扉が存在した場所から黒いポンチョを羽織った男が現れた。
 その男の姿を、市川も見た。見て、一層涙を流した。

 「……わたなべ……くん」

 渡辺は市川の姿を見て、状況を瞬時に理解し、迷う事なく男へ詰め寄った。

 「誰だ貴様! 今はお楽しみの最中だと見てわからっ!!」

 渡辺の5本の指が、巨漢の顔に深々と突き刺さった。その手を思い切り捻り、顔から前頭葉辺りまでをグチャグチャに掻き回す。
 それから手を抜き取ると、巨漢はその場に斃れた。

 死体になった男を跨いで、渡辺は市川を拘束している鎖を力ずくで引き千切った。

 「市川……」
 「あ、あ」

 目の前で人が殺され、市川はまた別の恐怖に支配されかけるが、渡辺の瞳を見てそれは違うと思い至った。
 渡辺の表情は、とても悲しそうだった。
 その表情を受けて市川も悲しくなる。
 表情だけじゃない。たくさんの怪我と左目に巻かれた包帯を見て、どれほど大変な思いをしたのか想像して胸が苦しくなる。自分のせいで人殺しにしてしまったことを申し訳なく思う。
 彼女はいろんな思いに押しつぶされそうになった。
 だから何でもいいから自分と彼に救いが欲しくなって無我夢中になって渡辺に飛びついて泣いた。
 そんな市川を、渡辺はそっと抱きしめる。

 「……遅くなってごめん。俺に力が無かったから、市川が傷付く前に助けられなかった……」

 「ううん、いいの……こうして助けに来てくれて、すごく嬉しい…………渡辺くんは悪くないよ……」

 そう言っても、きっと彼は自分を責めるだろうと市川は知っていたが、言わずにはいられなかった。少しでも渡辺の心を軽くしたかったから。


 しばらくした後、渡辺は『道具収納アイテムボックス』で引っ張り出した自らの上着を市川に羽織らせた。

 「わりぃ、冬物じゃないから、ちと寒いかもしれない」

 「そんなことない。すごく温かいよ」

 「なら良かった。デューイが向こうで待ってるから、一緒に城の外を目指してくれ」

 「え……渡辺くんは一緒に行かないの?」

 「まだマリンが見つかってないんだ。探さないと」

 「そうなんだ、マリンさんも……」

 本当は渡辺を止めたかった。これ以上無理してほしくなかった。
 しかし、渡辺が寂しがっている人を放っておけない性分であるのも市川はよくわかっていた。
 だから言う。

 「気をつけてね」
 「ああ」


 *


 「……私の……負けだ……」

 謁見の間へと続く階段の手前で、セルギウスが剣を杖代わりにしながら言った。
 彼の前には、ディック、エマ、アイリスの3人がいた。
 
 「総司令官ともあろうお方が、ずいぶんあっさりと認めるじゃねーか」

 「ふっ……貴様が産まれる前から騎士だったのだ。自分の身体がまだ使い物になるかどうかくらい判断できる」

 「物分かりが良くて助かる。死体は増やしたくないからな」

 セルギウスを背にして、ディックたちは階段へ進む。

 「……カトレア女王陛下が目指す未来は、民には受け入れてはもらえぬとわかっていた……たが、人類の未来を守るならこの道しか無いのだ」

 「……ああ、知ってるよ。そりゃあ、アンタ含め騎士団の大半のヤツは正しいと思ったから、カトレアについていったんだろ」

 ディックは背を向けたまま言い残して階段を登っていった。

 赤い絨毯が敷かれた階段を登り切ると、眼前には象も通れるほどの巨大な両開き扉が荘厳に佇んでいた。
 ここより先が謁見の間であり、そこにカトレアがいる。

 「つ、ついにここまで来たけど、どうするのさ?」
 「まずは挨拶デースカ?」

 現役女王にこれから会うという現実感が急に湧いてきて、エマとアイリスは緊張する。

 「慌てんな。まずは主賓を呼――」
 「呼びましたか?」

 ディックの横に元女王、フィオレンツァが『瞬間移動テレポート』で現れた。

 「「ふぃ、フィオレンツァ様!!」」

 エマとアイリスが驚く。

 「へっ、どうやらとっくに城の中にまで来てたみてーだな。一応アンタが革命軍の代表なんだ。直々に引導を渡してやれよ」

 「ええ」

 ディックが両手で扉を開け放った。

 そこは家が数十軒並んで建てられるほどのスペースがあった。
 一面黄金でできた天井は花や鳥の彫刻に彩られ、中央には円形の虹を模したステンドグラスがあった。外は曇りなので薄っすらとではあったが、七色の光を室内に注いでいた。
 ディックが入ってきた出入り口を除く三方の壁がアーチ型にいくつも切り抜かれており、外の景色がよく見通せた。

 「久しぶりに入ったがやっぱ無駄に広いな。これじゃ玉座まで歩くのも大変だろ? なあ、カトレアさんよ」

 ディックの視線の先には遠近法により豆粒サイズほどに見えるカトレアがいた。こちらに背を向けて立っている。

 「来たか。反逆者共」

 カトレアがゆっくりと振り返った。

 「「――ッ!!」」

 フィオレンツァ以外の3人に、銃で撃たれたかのような衝撃が走った。
 フィオレンツァは神妙な顔でカトレアを見つめる。

 「様子から察するに貴様らでも効果は覿面のようだな。フィオレンツァ、顔を合わせるのは25年ぶりか。少し老いたな」

 「それだけの年月が経ちましたからね」

 「見ればわかるだろうが。『絶対服従』はしないことだ」

 「ええ、わかっています」

 「……フン、この状況でもその落ち着き。変わらんな。だから貴様は女王に相応しくないというのだ」

 カトレアは吐き捨てるように言った。

 「オメェが言えた台詞かよ」

 ディックが低く唸る。軽蔑の眼差しをカトレアに送っていた。
 その横でエマも噛みつく。

 「だ、だいたいそんなことして何の意味があるってのさ! 膠着状態になるだけだろうに!」

 「いや、意味なら大アリだ」
 「へ?」

 ディックの返答に、エマは目を丸くした。

 「この戦争は端から俺たちの方が圧倒的に不利だ。戦力差が段違いだからな。奇襲に次ぐ奇襲でどうにか誤魔化していたが、それも時間が経てば経つほど元通りになって戦況が苦しくなる。こっちはまごまごしてられねーのさ」

 「よくわかっているではないか。元、筆頭勇者なだけはあるな」

 「お褒めに預かり光栄だがよ。こんな勝ち方して民衆が納得すると思うか?」

 「構わん。このカトレア、人類を守るためであれば、卑怯者と罵られようが、悪魔と恐れられようが、為す事に一遍の躊躇も無い」


 *


 「どうしてだ! どこを探してもマリンが見つからない!」

 市川と別れた後、渡辺は必死にマリンを探したが未だに見つけらずにいた。

 「はぁーやっと解放されたわ。本当に鬱陶しい女だったよ」

 そんな時、廊下の角を曲がった先から一人の女騎士の声が聞こえてきた。
 耳を澄ますと、もう一人男の声も聞こえる。

 「そうですか? 私は少し名残惜しいですが」

 「そりゃ男のアンタはお愉しみだっただろうけどね。こっちはストレスしかないよ」

 男女が角を曲がってきた。
 その二人と渡辺の目が合う。

 渡辺はその二人を知っていた。
 マリンの見ている光景がわずかに垣間見た時にいた者たちだ。
 彼らがマリンに何をしたのか。思い出した時には男の顔面を壁に突っ込ませていた。

 「え?」

 女から間の抜けた声が発せられる。
 渡辺は続けて貫手で男の心臓を破壊し、確実な死を与えた。それによって血飛沫が渡辺にかかる。

 「あ、ああぁ」

 突然の殺人を前に、女は情けなく腰を抜かす。
 渡辺はその女の顔を鷲掴みしてムリヤリ立たせた。

 「ひぎぃっ!」

 「マリンは……どこだ」

 「へ? ま、マリン? もしかしてあの青髪の……」

 「どこだって訊いてるのがわからねぇのか!」

 渡辺の指が女の頭蓋骨をギリリと軋ませる。

 「ひぃああ!!! 言います言います! その女なら――」

 女の言葉に、渡辺は天井を見上げた。

 「ほら言ったでしょ! だからこの手を離して!!」

 「……人を傷付けた時点でテメェに生きる資格はねぇ」

 「そ、そん――」

 渡辺の手によって、女の頭は潰れたトマトの様になった。

 「マリン……」

 渡辺は全力で駆け出した。


 *


 「へっ、人からどう思われようが構わねーとは、ご立派な意思だ」

 カトレアと対峙するディックが呆れた様子で頭を掻いた。

 「だが、そいつは止めておけ。オメェ録な目に合わねーぞ」

 「フン、何度も言わせるな。私は」

 「こっちは親切心で言ってやってるんだ。こんな所をもしアイツが見たらどうなるか。アイツは俺ほど優しくはないんだ」

 「ディ、ディック」

 アイリスの呼びかけに、ディックが振り返った。
 渡辺が、いた。
 地下から頂上まで駆け上がって来たのだ。

 「……頼むぜ渡辺、冷静になってくれよ」

 ディックの額に冷や汗が滲む。出来るだけ刺激しないよう意識してか、ディックは渡辺に静かに言った。
 だが、渡辺にその言葉は届いておらず、彼の意識は目の前の事態に全て持ってかれていた。

 カトレアは短剣を持っていた。
 その短剣がカトレアの前に立たされている一人の人物の首筋に宛てがわれていた。
 その人物が着ている服はボロボロ、身体も生傷だらけで、表情は恐怖で引きつっていた。

 人物は渡辺の存在に気がつくと、その恐怖をムリヤリ覆い隠そうと笑みを作った。
 彼女は、渡辺に心配かけまいとした。

 「……ショウマ様」

 「――!!!!」

 次の瞬間、渡辺の足下の床に亀裂がはしった。

 「わ、渡辺! 抑えてくれ!」

 ディックが叫ぶが意味は無い。
 渡辺の肉体はわなわなと震え、感情は既に一つの色に染まり切っていた。

 そして、渡辺の身体から黒い靄の様なものが溢れ出した。
 その場にいた者たちの中で唯一、マリンは直感的に悟る。
 渡辺を怒らせてはならないと。
 それは、を招いてしまうと。

 「ショウマ様!! ダメエエェェ!!!」

 渡辺から発せられる風に乗って、黒いモノが爆発する勢いで拡散した。



 *


 遥か彼方の次元で、

 が、

 その憤怒を受け取った。
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