俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第157話 勇者とは

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 知世の瞳が絶えず白く発光する。体が左右に揺れる際、その瞳の光が軌跡を描いて伸びる。
 空中に浮かぶ赤い両手剣の柄を左手で掴み取り、両手剣と大太刀の二刀流という格好になる。

 「参ります」

 チート能力を完全に解禁した知世が、渡辺へと襲い掛かるのに対し、渡辺は急ぎ反撃の姿勢を取って相手の攻撃を予想した。

 左手が後ろに少し下がってる、開幕は両手剣での攻撃か!

 渡辺の予想通り知世が両手剣を振りかぶる。

 「と、見せかけて!」

 渡辺が両手剣の方ではなく、大太刀の方へ腕を振るった。
 いつの間にか、大太刀の刃が渡辺に迫っていたのだ。

 「わかりやすいフェイントだ!」

 「……残念ですが、それも囮です」
 「ッ!!」

 投擲斧であるフランキスカが知世の脇を抜けて渡辺の肩に直撃した。

 「ぐあ!」

 渡辺はバシャリと川を転がった後、すぐに体勢を立て直すのだが今度は背中にまた別の衝撃が駆け抜ける。チャクラムだ。

 「クソッ! 創り出した武器は自在に操れるのかよ! 反則だろ!」

 文句を言っている間にも槍やクナイが飛んできて、渡辺はそれらを必死に防御するが、そうやって飛来する武器で手が一杯になっているところへ、知世の両手剣による一撃が加えられてしまう。

 「痛っ!」

 腹から血が溢れ出す。
 ついに渡辺が纏う『防御支援ディフェンス サポート』を超えて、直接的なダメージが入る。

 「くっ! 最後の一個だが、出し惜しみしてる場合じゃない!!」

 渡辺が腰のベルトに引っ掛けられた魔法石を指先の握力で砕いて、最後の『防御支援』を発動させた。
 それから呼吸を整えて、心を落ち着かせる。

 焦るな。思考を乱すな。オルガにも言われたろ。
 こういう攻撃がどこからくるかわからない時こそ、目で見ようとするんじゃない。
 神経で見ろ。

 “観の目”。

 渡辺は、続けて迫り来る知世の攻撃をガードするだけでなく、左右から迫るメイスとダガーの突撃をバック宙でかわす。

 「良い反応です。昔闘った頃よりも、“観の目”にみがきがかかっていますね」

 「余裕ぶってられるのも今の内だ!」

 これより先はこちらの番だとばかりに、渡辺が前に踏み込んで拳や蹴りを放つ。
 しかし、やはり知世には攻撃が命中しない。すべてが見切られている。
 とはいえ見切っているのは渡辺も同じだった。
 知世に殴りかかる途中、横や上、背後から赤い武器が飛んでくるが、渡辺はそれらを避けながら攻撃を行っていた。

 「なるほど、立ち回りも素晴らしい。死角を作らぬよう常に動き回ることで、後ろからの攻撃にも対応するとは。……しかし」

 知世の視線が下に向けられる。

 「下はどうでしょう?」

 知世が呟いた直後、渡辺の足元の川底からハルバードが勢いよく飛び出し、渡辺の脇腹を突いた。

 「ぐっ! 地中からだと!?」

 渡辺はハルバードを払い除けて後ろへ下がる。

 「渡辺殿の注意が私や他の武器たちに向けられている間に、川底の下を掘り進ませていたのですよ」

 その言葉を聞いて、渡辺は愕然とした。
 これまで、多くのチート能力を相手にしてきた渡辺だったが、その中でも知世の能力はあまりにも強力だった。
 『慧眼キーン アイ』で相手の動きを完全に読み、『魔法剣マジック ソード』で全方位から攻撃する。

 「……こんなの……無敵じゃないか」

 絶望が口をついて出る。
 知世に勝てる未来が、渡辺には視えなかった。


 *


 「“姉ちゃん”……ね。はっ、もうそんな間柄でもねーだろ」

 ディックが鼻で笑う。

 「あらぁ、何故かしらぁ? お姉ちゃんはいつまでもあなたのお姉ちゃんよぉ?」

 ディックから離れた位置にて、銀のロングヘアで片方の目を隠した女性がねっとりとした口調で語る。
 全身を忍び装束で包み、手には黒光りするスナイパーライフルが握られている。

 「昔は“姉ちゃん”って可愛らしく私の後を追っかけていたのに、そんなにお姉ちゃんが嫌いなっちゃったのぉ?」

 「…………」

 その言葉を聞いて、ディックは過去の自分を思い出す。


 ……確かに、あの頃の俺はこの女を――リグレット・アイゼンバーグを
“姉ちゃん”と親しみを込めて呼んでいた。

 人類史上最多のチート能力を持つ者としてアイゼンバーグ家に生まれた俺は、物心が付く前から銃を握らされていた。
 母親であるエメラダから毎日痛みを伴う訓練をさせられ、いつも泣いていた。
 そんな俺の唯一の逃げ場所が姉であるリグレットだった。

 俺がエメラダから隠れて涙を流している時、いつだってリグレットは俺を優しく抱きしめてくれた。
 父親は違えど、リグレットから伝わる温もりはとても心地良くて、本当の姉のように慕っていた。
 思えば、当時の俺が血が溢れる教育にも折れずに銃を握り続けられたのは、リグレットのおかげだ。

 リグレットは俺にとって本物の愛情を注いでくれる人だった。
 俺が12歳になるまでは。

 『怖がらなくて大丈夫よ。お姉ちゃんが優しくしてあげるから』

 ある夜。
 リグレットは嫌がる俺を無理矢理ベッドに縛り付けて犯した。

 悪夢だった。
 夢なら覚めてくれと、サれている間ずっと願っていた。
 本当の家族だと思えたのに、信じられる人だと思ったのに、裏切られた。
 結局は、リグレットも勇者の務めを果たしているだけだった。俺に優しく接していたのも、懐いてくれた方が都合が良かったからに過ぎない。

 リグレットに貞操を奪われた俺は、それからトラウマを抱えてしまった。
 女と行為をしている間、どうしてもその時のリグレットの纏わり付く様な笑みがチラついて、アイリスが作る薬無しに男として機能しなくなったんだ。


 「……ディック。アナタが私をどう思っているのか。想像がつくわぁ。あの日の夜とっても傷ついたのでしょう? だから、私にも、私とアナタの間で産まれた子供にも、顔を見せてくれなかったのよねぇ」

 「…………」

 リグレットからの質問にディックは何も答えず、目を閉じて沈黙する。

 「でも、わかってディック。これも人類の未来のため。アナタが私と交わってくれたおかげで、55の能力――アナタの能力数を遥かに超える次世代が誕生したのよぉ」

 「……なんつーか。アンタも可哀想な奴だな」

 「……?」

 予想外の返事だったのか、リグレットは顔に笑みを張り付かせたまま目をパチクリとさせる。

 「俺はずっとアンタを恨んでた。だが、今は違う。王国から一歩離れた立場になって気づいたのさ。どいつもこいつも王国に生き方を縛られちまってるだけなんだってな」

 「何を言い出すかと思えばぁ、私の生き方が王国によって決められたものですって? 誤謬ごびょうねぇ」

 「否定はできねーだろ。王国に生まれた以上、最初の価値、基準は王国に準拠してんだからよ。実際、勇者ってものに産まれなきゃ、必死こいて子作りに励むこともなかっただろーに」

 「ふーん、だとしてそれは悪いことなのかしらぁ? 次世代の勇者たちに多くの能力を引き継がせて戦力を拡大するのは、魔人を倒して平和な世界を得るために必要な行いよぉ?」

 「そうやって思い込んでいる辺りが、まさに王国に洗脳されてるっつーんだ」

 「……うん?」

 「勇者一人がどれだけ能力持ってたところで、一人の人間にできることなんてたかが知れてるんだよ」

 ディックの脳裏に、AUWの攻撃から自分を救ってくれた時のミカの笑顔が浮かぶ。

 「俺は現役で一番多くチート能力を持ってるがよ。だから何だってんだ。いくら能力があったところで、俺一人じゃ量産型の機械にも勝てやしなかった」

 「なら聞かせて頂戴なディック。勇者のあるべき姿とは、どんなものなのぉ?」

 「勇者に求められる能力。それは、他人に頭を下げて助けを求める能力だ」

 ピクリと、リグレットの笑みがわずかに崩れた。

 「……あらあら、何を言っているのぉ? そんなものが勇者の強さに――」

 「繋がるぜ。だから、俺はこうして生きてるし、ここまで来れた。勇者は決して一人で万能になる必要なんかねーんだよ。自分に力が足りない時は、誰かの力を借りればいいんだぜ」

 「助けを乞うのが勇者? そんなもの勇者じゃなくても……それこそチート能力が無くても誰にでも出来るじゃない」

 「ああ、そうさ。やろうと思えば誰にだって出来ることだ。けど、それが一番大切なことなんだよ。強敵に立ち向かうには。俺はそれを、どこにでもいるような年下の女から教わったんだ」

 「…………」

 リグレットが笑顔のまま、しかし、どこか呆れを含んだ表情で顔を横に振った。

 「本当にビックリするぐらいの変わり様ねぇ。ディック、一体何がそこまでアナタを駄目にしてしまったのかしらぁ」

 「……そりゃあ多分、今城の前で闘ってる奴の影響だろうな」

 「いいわ。もういい。よくわかったわぁ」

 リグレットがスナイパーライフルを構える。

 「どうせ、あと10年も経てばアナタの蒔いた種たちがアナタの代わりを務める。アナタはもう不要よぉ」

 「……ハァ、まあ、そうなるよな」

 ディックも同様にスナイパーライフルを構えた。
 互いの銃口が互いへ向けられる。

 今のディックには魔力がほとんど残っていない。『弾丸創造バレット クリエイション』すらできないため、スナイパーライフルに込められている弾も実弾だ。

 通常であればリグレットの強さはディックには及ばないが、ここまで弱体化した状態ならば話は別だ。油断はできない。

 故にディックは、この女に勝つ方法を冷静に考えた。

 それから間もなくして、二人の指が同時に引き金を引いた。
 発砲音。
 それぞれの弾丸が互いに正面衝突する軌道を描いて飛んでいく。
 のだが、衝突する直前でリグレットが撃った弾丸がディックの弾を避けてディックへと向かう。リグレットの『必中ロック オン』の能力だ。

 何も知らなければ仰天する場面だが、リグレットの能力を知っているディックは当然これを予期していたので驚かない。
 加えて、リグレットの次の動きもわかっていた。
 何故なら、ディックの弾丸はリグレットの正中線からわずかに右に逸れていた。これに対して回避行動を取るならば、自然とリグレットの体はその逆、左側へと移動する。

 だから、ディックは銃口の向きを素早くそちらへ向けた。
 そのまま撃てばリグレットの頭部に命中し、即死させられるコース。

 「……く!!」

 だが、ディックの頭の中で呼び起こされたリグレットの温もりによって、銃が下に向かされてその状態で撃ってしまう。

 ……覚悟してきたはずだってのに、この期に及んで迷うのかよ俺は!

 自分の優柔不断さに呆れるディック。
 しかし、結果的にそれが彼自身を救った。

 「な?!」

 ディックの2発目の弾丸がリグレットの腹部目掛けて飛んでいく途中、ディックはある存在に気がつく。
 リグレットが左へ移動する途中、その背後から幼い男の子が前に飛び出してきた。
 死んだ魚の様な目。その目がディックに向けられた瞬間。

 「ガフッ!!」

 ディックの背中から腹を、弾丸が貫通した。

 「あらぁ? 私の頭を狙って撃たなかったのぉ? 馬鹿ねぇ、非情に徹してれば楽に死ねたのに」

 すぐ前からリグレットの声が聞こえたのと同時。

 ドォンッ!!

 回廊を太い銃声が震わせた。
 リグレットの手にいつの間にか握られていたのは、ショットガン。
 ディックは至近距離から散弾を受けて、あちこちの部位から血を噴出させながら仰向けに倒れた。

 「ふふふ……本当に便利な能力よねぇ。こんなに優れた能力を持っておきながら大事なのは能力じゃないだなんて、宝の持ち腐れよねぇ」

 「う……あ……」

 リグレットの声がくぐもって聞こえてきて、その内容から自分に何が起きたのか理解する。
 『位置交換』だ。
 ディックの位置が先程の男の子と入れ替わり、その後自分の撃った弾が自分を貫いたのだ。

 「ねぇ、アベル。アナタもそう思うでしょう?」

 リグレットがディックを挟んで向こう側にいる男の子に問いかける。
 ディックも激しく息を切らしながら、男の子の方へ顔を向けた。

 見た目からして年齢は6歳にも満たない。顔は無表情。
 銀の短髪で瞳の色は白銀。
 ディックは、その顔立ちを知っていた。

 自分だ。自分にとてもよく似ていた。
 そして、悟る。
 このアベルと呼ばれた幼い男の子は、自分の息子であることを。
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