俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第155話 アルーラ城決戦

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 ――戦況報告――。
 革命軍        4,212人 →      2,835人 + α(フィラディルフィア住民)
 王国軍    111,890人 →    74,932人 + 6,621人(北区に元々配備されていた騎士)

 退魔の六騎士や司令官が倒されただけでなく、フィラディフィア内部でも革命の波が広がりつつあるという事実から、騎士たちの士気が著しく低下。
 加えて、歩兵や騎兵の多くがフィオレンツァによって強制的に降伏させられたことから王国側の勢力は機動力も失う。
 残った戦力である砲兵隊や戦車、戦象などはその威力や図体から街の中で戦うわけにもいかず、多くの騎士が遊兵と化していた。

 戦争の流れは、革命軍に傾いていた。





 ついにフィラディルフィアの北区へ突入した革命軍は、平原からの追撃を迎え撃つべく3分の1の戦力とジイを残しつつ進軍する。目指すはカトレアがいるアルーラ城だ。

 渡辺とディックの二人も革命軍本隊とは異なるルートから真っ直ぐ城へ向かう。
 道中、街内部で展開していた騎士たちや、国に雇われた勇者たちに行く手を阻まれる場面が度々あったものの、その程度の向かい風に二人の足が止められることはなかった。

 そして、1時間が経過した頃、渡辺とディックは中央区を守護する城壁――第二の障壁の前まで辿り着く。
 一つ目の障壁と同様、中央区にもドーム状で半透明の黄色の壁が展開されており、その魔力は土台となっている高さ30mの城壁にも張り巡らされていた。

 「ここも既に魔法陣が破壊してあるな。認めたくねーが、確かにジェヌインの奴らは優秀だぜ」

 「魔法陣が無いならここもさっきと同じ様にできるってことだよな。なら、やるぞ」

 「ああ」

 「「 せーのっ!! 」」

 二人の拳が壁を打ち砕いた。
 城壁はガラガラと派手な音を立てながら崩れていく。
 瓦礫が散乱し砂煙が舞い上がる中を二人が進んでいくと、それが瞳に映った。

 フィラディフィアの中心に聳え立つ城。アルーラ城。
 街のどの建造物よりも高く広く威風堂々と佇んでおり、まるで渡辺たちを見下ろしているかのようだった。

 「ここから城までは、だいたい30kmってとこだ。俺たちの足からすりゃもう目と鼻の先だな」

 ディックは言って、後ろを振り向く。
 北区で革命軍と王国軍が戦っている場所から黒煙が上がっているのが見えた。

 「これ以上被害が出ねー内に終わらせるぜ」

 「当たり前だ」

 渡辺とディックが中世ヨーロッパ風の街並みを駆け抜ける。
 中央区は北区に比べて静かだった。
 襲ってくる敵がいない。
 王国側もまさかここまで入り込まれると思っていなかったのか、騎士も勇者もまったく配備されていなかった。

 「この様子なら、クソ女王のところまですぐ行けそうだな」

 走りながらポジティブに語る渡辺。
 それに対して、ディックが「いや」と否定的な言葉を口にする。

 「大事な敵を一人忘れてるぜ」

 「大事な敵?…………あ!」

 一瞬誰を言ってるのか考えた渡辺は、すぐに彼女の存在を思い出した。

 それから程なくして、二人はアルーラ城前にある大きな噴水の前に到着する。
 平時には、多くの人々が行き交う憩いの場であるが、今は人っ子一人おらず閑散としている。ただ噴水の耳障りの良い音のみが周囲の空気を揺らしていた。

 噴水より奥にはアルカトラズ山から流れる川があり、それを渡るのに必要な長さ約20mの石橋が架けられている。
 その石橋を渡った先にアルーラ城はあった。
 渡辺たちは、ついに目的の場所にまでやって来たのだ。

 東京ドーム4個分の敷地面積をもち四方を壁と数基の塔に囲まれている西洋の城。この内部で司法、行政、立法が行われており、まさに国の中心と呼べる地となっている。

 そんな国の重要機関を前にしながら、渡辺とディックは石橋の手前にいる別の存在に注目していた。

 「……噂をすればなんとやらか」

 その存在は女性だった。
 ピンクの花柄の和服を身に纏い、その上から赤い羽織りを着用していた。和服の袖口からは白くて柔らかい手が覗き、長い黒髪は後ろに纏められて女性らしいスラッとした首筋が露わにされている。
 まさに、大和撫子と呼ぶに相応しい様相だ。

 そんな女性が、大太刀という人斬りの道具を背負って二人の前に立ち塞がっている。

 四大勇者の一人である草薙 刀柊くさなぎ とうしゅうの娘。
 本家長女、草薙 知世ちせが瞳を鋭く光らせていた。

 「……来ましたね。ディック殿。それに渡辺殿も」

 全身から溢れる殺気に反して、落ち着いた口調で語る。

 「ああ、来たぜ。だから通してもらえるか? カトレア女王様に女王辞めてくれって、ちっとばかしお願いしてーだけなんだ」

 「茶化すな」とでも言うように、知世の表情がより険しくなる。

 「私は産まれてより今日まで王国の刃として生きてきました」

 知世がたすき掛けされた下げ緒を左手で下げて鞘を体の前へ引っ張り出すと、左手で鞘を押さえながら右手で柄を掴んでチャキッと鯉口を切る。
 鞘から刀が抜刀されて刃渡り1mの刀身が光沢を放つ。その刃文はもん直刃すぐはで一切の遊びが無く、実戦に特化した一振りであった。

 知世が刀を抜いたのを見て、渡辺とディックは構えるのだが、知世はまだ攻撃してこなかった。
 知世は石橋の隅に盛られていた砂の山まで歩いていく。
 それは彼女が事前に用意したものであり、刀の切っ先をその砂山へと突っ込む。それも一回のみならず、2回3回と何度も何度も繰り返し砂を突き刺した。

 知世の奇行を前に、渡辺は当然の疑問を抱く。

 「おい、知世は何をしてるんだ? 刀を傷つけてるようにしか見えないが……」

 「ああ、その解釈で間違ってないぜ。寝刃ねたば合わせって言ってな。ああやってわざと刃の部分に傷を入れるんだ。そうすると斬る時に傷を入れた箇所がいい具合に相手の肉に引っかかるのさ。ノコギリみてーにな」

 「そういうことか」

 「とはいえ、愛刀に傷を入れるんだ。知世だってそうそう使いたくない手だ。それでもやるっていうのは――」

 「アイツも本気ってことか」

 「その通り。渡辺、知世の相手は俺がする。お前は先に城の中に行ってカトレアを抑えてくれ」

 渡辺は頷き、地を蹴って高くジャンプした。
 知世の頭上を越えて川の向こうにある城へ降り立つつもりだ。
 その渡辺を同じく飛び上がった知世が太刀を振るって妨害した。

 「くっ!」

 一閃を両腕で防御した渡辺は、また同じ位置に戻されてしまう。
 しかも知世の攻撃はこれだけに止まらず、着地後さらに渡辺へ斬りかかる。

 「ったく! 知世! お前の相手は幼馴染の俺がやってやるっつってんだ!」

 ディックがスナイパーライフルから弾丸を射出する。
 が、知世はそれを刀で弾いて軌道を変え、渡辺へと向かわせる。

 「クソッ!!」

 渡辺は体を斜めにし、間一髪で跳弾を避けた。

 「あぶね! 下手な援護射撃は反って危険か!」

 ディックはライフルを『道具収納』でしまうと、素手の状態で知世へ駆け出した。肉弾戦に持ち込んで知世の注意を自分へ向けさせる考えだ。

 「……草薙 刀柊は……母上はアルカトラズで敗北したと耳にしました」

 ディックが向かってくる途中、知世が攻撃を繰り出しながら口を開いた。
 渡辺も攻撃を両手で捌きつつ、それに耳を傾ける。

 「私は娘として、母上の仇を討ちたい。そのために、誰が母を下したのかを知りたかった。少なくともディック殿ではない。母上はディック殿の動きを完全に見切っておられました」

 知世がギラリと両目を光らせて渡辺を睨んだ。

 「アナタですね、渡辺 勝麻。ここまで辿り着いたことがそれを証明しています」

 「……ディック!」
 「ッ?!」

 渡辺の叫びにディックが立ち止まる。

 「コイツは俺に用があるみてぇだ! だから、カトレアはお前が捕まえろ!」

 「……わかったぜ!」

 ディックは頷くと、踵を返してゴールへと向かった。「くたばんじゃねーぞ」と一言を残して。

 視界の端でディックが遠ざかっていくのを確認した渡辺は、大きく後ろへ飛び退いて知世から距離をとる。
 遠くで改めて構えを立て直し、知世を真っ直ぐ見る。
 知世も一度攻撃の手を止めて、同様の眼差しを返す。

 しばらくの間、噴水の音だけが鳴り響いた。

 「……渡辺殿と出会ったのは、ちょうど二月前になりますか」

 互いに見合いを続ける中、最初に言葉を口にしたのは知世だった。

 「あの頃のアナタは弱かった。その辺の悪漢一人からパートナーを守る力さえ無かった。初めて手合わせした時も同じ。心胆を寒からしめる殺気には驚いたものですが、それだけでした。それだけだと、思っていました。……よもや、母を退かせるにまで至るとは」

 「昔話なら革命が終わった後で好きなだけ聞いてやるよ」

 「……反逆の理由は、彼女ですか?」

 「…………」

 沈黙。
 知世はそれを肯定と受け止める。

 「やはりそうでしたか。思えば、初めて食事処でまみえた時も、手合わせをした時も、渡辺殿は彼女を必死に守ろうとしていましたね」

 渡辺は、知世の顔が一瞬ほころんだように見えた。
 しかし、その一瞬はあまりにも短く、目の錯覚に思えた。

 「……逆に聞かせてくれよ。知世は何でこんな国を守ろうと思える。人を魔人と戦うための道具としてしか見てない国を、どうして!」

 「その答えは渡辺殿と同じですよ。私も守りたいモノのために刀を握っています」

 「その守りたいモノってのは、国からムリヤリ思わされてるだけだろ! ディックだってそれに気づいて――」

 「私はディック殿ではありません。ディック殿がそうだったからといって、私も同じだとは限りませんよ。私は国のやり方が間違ってるとは思いません。……綺麗なだけでは世界は前に進まないのですよ、渡辺殿」

 「……そうかよ」

 もはや、これ以上の言葉は不要。
 渡辺は拳に力を入れ、知世は大太刀を構える。

 渡辺は思う。

 俺のチート能力。これが最後の戦いだ。ありったけの力を俺に、くれ!

 『絶対の意思アブソリュート インテンション』を纏って、渡辺は勝負に出た。


 *


 アルーラ城の敷地内へ侵入したディックは、屋根の上を走っていた。
 わざわざ城の中から女王の元へ行く必要はない。外から攻めた方が罠の危険も無いし、城内の騎士との戦闘も避けられる。何より、これが一番の近道だった。

 あっという間に城の中央まで進んだディックは、それを目視で捉える。
 アルーラ城で最も高い場所、女王がいる謁見の間だ。

 「よし! あと少しだ!」

 革命がついに果たされる。そんな未来のビジョンを瞳の奥で垣間見た。

 その時だった。

 「――ハッ!?」

 銃弾が複数飛んできた。
 ディックは慌ててそれを避けたのだが、ディックを横切った弾丸は180°向きを変えて飛来する。

 「この正確無比の『必中』は!……」

 ディックは銃弾を避けるために移動する。否、移動させられる。

 「俺を呼んでるのか……そうだよな。アンタがこのまま黙って革命を見逃すはずねーもんな。いいぜ、この際だ。アンタとの決着も着けてやるよ」

 ディックは銃弾の群れに導かれるまま、城のとある回廊へと向かい、アーチ窓に嵌め込まれた鉄格子を蹴破って城内に突入した。

 ディックは振り返って銃弾の群れを確認するが、銃弾はそれ以上追跡してこずに、重力に従って下へパラパラと落ちていった。

 パチッパチッパチッ。

 薄暗い回廊で、拍手が鳴った。
 ディックはそちらを見やる。

 「しばらく見ない間に本当に強くなったわねぇ」

 「やっぱり、アンタだったのか」

 「アンタ、だなんて。昔みたいに『姉ちゃん』って呼んでもいいのよぉ?」

 銀色のストレートの髪の女性が、妖艶な笑みを浮かべて立っていた。
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