俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第149話 白と黒の乱舞

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 「――ミカアアアア!!!」

 ただ事ではない叫びが障壁の上であがり、その肉声は戦場の空気を震わせた。

 しかし、それはほんの一瞬で、たちまち剣戟と銃声に掻き消されてしまう。
 それを聞き取れた者はいなかった。
 ただ一人、彼を除いて。

 「――ッ!!」

 渡辺が障壁に向かって走り出した。

 「待ちやがれ!」「おい! 誰かそいつを止めろ!」

 走り出した先にいた騎士たちが、鉄の縄を伸ばす。
 超振動で渡辺の四肢の骨を破壊する気だ。

 「どけ!!」

 渡辺は伸びてきた鉄の縄を全て拳で弾いた。

 「こ、こいつ! まだこんな力を!」「騎士を何千と相手して、タフにもほどがあんだろうが!」

 騎士の猛攻を潜り抜け、渡辺は城壁を垂直に駆け上がる。20m登ったところで、城壁にかかる障壁を登っていく。

 そんな渡辺の胸中は穏やかではなかった。

 血の気が引く。胸騒ぎがする。

 障壁を登り切った先で、渡辺は見つける。
 ディックが、服を赤く染めたミカを抱きかかえているのを。

 心臓が止まりかける。

 『渡辺君! 何をしている! 早く戦場に戻れ!』

 千頭から『精神感応』で強く言われるが、渡辺にはもう一つしか見えてはおらず、一心不乱に走り出す。

 現実感がない。
 浮遊感に襲われる。
 途中つまづいて転びそうになる。

 大丈夫。
 ミカは、大丈夫。

 縋るような思いで、渡辺はディックのもとまで駆け込むと、ミカの顔をそばで見つめた。

 「…………」

 ディックは何も言わずに、ゆっくりと、そして大事にミカを抱えている両腕を渡辺へ差し出した。

 渡辺はこれ以上傷つけてしまわぬよう、そっと、丁寧に受け止めて抱きかかえる。

 液体――。
 生温くて湿った血の感触が腕に伝わる。

 ミカは目を閉じて眠っている。
 口から血を流していた。
 腹と背中からも血を流していた。
 とても痛々しかった。
 しかし、どうして。
 彼女はやり切った。
 そんな顔していた。

 「……ミカッ」

 渡辺は強く神に願う。
 あの怪しい神様でも何でもいい。
 とにかく生きていてくれと祈った。

 そんな思いを胸に、耳をミカの胸に当てる。

 …………。


 ……トクン…………トクン……。


 その生命の鼓動を聞いて、渡辺は思わずミカの身体を両腕で抱き締めた。

 「ッ……良かった!」

 まだミカは生きている。
 渡辺はそれがわかって、思わず一筋の涙を流した。

 ディックは、渡辺のミカを想う気持ちを見送った後、背を向けて空を見上げた。
 自分たち三人の周囲を無数のAUWが囲んでいる。

 『今生の別れの挨拶は済ませましたかな? では、そろそろ終わりにしましょう。ディック様』

 AUWに備え付けられたスピーカーから、ノイズ混じりの音声が鳴った。
 AUWは再び音速まで加速し攻撃の準備に入り始める。

 それを前にしてディックは拳を、覚悟を握り締めた。

 「ミカの命はギリギリ『回復魔法』で繋げた。だが、それも一時しのぎだ。そのままじゃ出血多量で長くはもたねぇ」

 ディックは白いローブの内側から血を滴らせながら言う。

 「だから渡辺、ミカを連れて逃げろ。こいつらは俺が全部スクラップにしてやるからよ」

 「……ディック……お前……」

 怪我の具合から、渡辺はディックが腹を括っているのを悟る。
 ディックのダメージは決して小さくない。
 その上、既に魔力を使い果たしているディックは魔法だけでなく、『弾丸創造』もできないため、銃も使えない。
 拳だけで、音速で空を自在に舞うAUWを相手にしなくてはならなかった。

 「へっ、何心配してやがんだ。俺を誰だと思ってる? 俺はディック様だぜ!」

 ディックが一機のAUWに向かって一直線に跳躍した。
 そして、機体の一部を鷲掴みにすると、それを別の機体へ投げてぶつける。

 その直後に、レーザーの集中砲火を受け、ディックの体から煙が昇る。

 「ディック!」

 「さっさと行きやがれ!」

 「――ッ!」

 ディックの声に突き飛ばされ、渡辺は駆け出そうとした。

 しかし、それは首元の感触で止められる。
 襟が何かに引っ張られる。

 「み、ミカ!」

 ミカが渡辺の襟に指先を引っ掛けていた。

 「…………」

 ミカは何も言わないまま、両目をわずかばかりに開けて、震える手を挙げた。
 その手の人差し指はある方向を差していた。
 渡辺はミカが指し示した方向に視線を投げる。

 アルーラ城。
 指は遥か遠くに佇む目的地を指差していた。

 「……ミカ……お前って本当………すごいな……こんなにすごいヤツだなんて知らなかったよ」

 渡辺のその言葉が嬉しかったのか。
 ミカは少しだけ微笑んでみせると、安心した顔で眠った。

 渡辺はミカをそっと、障壁の上に寝かせた。

 「ッ! 何してやがる渡辺! 早く逃ろってんだ!」

 「逃げない!」

 渡辺は、逃げる方向ではなく戦う方向に体を向けた。

 「ミカは俺に言った。勝てって。勝って、マリンたちを助けろって! だから俺は負けじゃなくて勝ちに進む!」

 「ば、バカヤロウ! お前の動体視力と反応速度じゃこの機械共には追いつけ――」

 渡辺が真上に飛んで、上空をマッハで移動していたAUWをアッパーで破壊した。
 飛び散る機械の破片。
 ディックは渡辺に対して何度目かわからない驚きの表情をした。
 そのディックの横に渡辺は着地する。

 「おいおい……お前のチート能力に限界ってもんはねーのかよ」

 「……きっとミカのおかげだ。絶対に負けられないって気持ちがこれまで以上に体の底から湧いて来るんだ」

 「気持ち……か」

 ディックはこれまで窮地に陥ってきた時の渡辺を思い出す。

 「何となくだが、ようやくお前のチート能力が何なのか見えてきた気がするぜ。なら……また二人でいっちょ暴れてやるとするか」

 渡辺は頷く。

 「ああ……血の通ってない鉄の塊が相手なら命を奪う憂いも無ぇ。ミカを早く治すためにも一瞬で終わらせるぞ! ディック!」

 「おうよ!!」

 瞬間。
 二人は突風を撒き散らして消えた。

 AUWは突然カメラから目標が消えたために、急ぎレーダーを展開する。
 片方の位置を見つけた出すとそちらへ向けてレーザーを放つが、遅い。
 レーザーは空を切る。
 ならばとAUWのプログラムは相手の速度を測定して偏差射撃を行うがそれでも間に合わない。

 この事態に、ドロップスカイの司令室は騒然としていた。

 「目標、補足できません!」「1機、2機、3機! AUW次々撃墜されていきます!」

 「こ、これは一体?! さっきまでは全くAUWの動きに追いつけていなかったはず!」

 第九開発局の所長は想定外の展開に舌を巻く。

 「敵が一人増えたために、その分CPUの演算処理の負荷が大きくなった? いや、その程度でAUWのプログラムが処理落ちするはずはない! 理由はもっと別――」

 「所長!」

 「今度は何事だ?!」

 「AUWから送られてきた情報で、ディックの速度表記がおかしいんです! 彼のこれまでの速度は時速600kmが最大だったはずなのに、今は時速1000kmで移動しているんです!」

 「な、なんと! どうやってそれほどのスピードアップを?!」

 「しかももう一人も同じ速度で動いてます!」

 「なああぁ!!?!!?!」

 もはや、所長は驚くことしか出来なかった。

 時速1000km。
 音速の時速1200kmに迫るスピードで、二人はこれまで溜めた鬱憤を一気に吐き出す勢いで暴れていた。

 渡辺がまた一機殴って破壊する。
 しかし、それだけに留まらない。
 渡辺は破壊したAUWを踏み台に真横へ跳躍する。

 跳躍した先には、空中を駆けるディックがいた。

 「ディック!」

 渡辺が両足をディックに向けて突き出す。

 「任せろ!」

 それをディックが思い切り蹴り上げた。
 渡辺は90°角度を変えて飛んでいき、その方向にいたAUWたちを目にも留まらぬ早さで破壊していく。

 ディックも他のAUWを手刀で両断すると、残ったレーザー砲の砲身を掴んで別の機体へと投げる。
 それをカメラで捕えていたAUWは自身をくるりと旋回させてかわすのだが、後ろにいた渡辺がディックからの投擲を受け止め、それを再びAUWへと投げて命中させる。

 AUWは二人の動きを一切予測できなかった。
 予測できない原因は速さ? それも理由の一つだがそれだけではない。

 数だ。
 二人いるのが理由だ。
 一人ではせいぜい数通りしか攻撃方法が無いところを、二人が互いをフォローし合うことで何百通りにも増加させていたからだ。
 そのため、AUWは動きの予測に遅れを生じさせていたのだ。

 こうなった今の二人を止められる者は、この戦場に存在しない。
 黒いポンチョを羽織る渡辺と、白いローブを着たディック。
 黒と白の軌跡が空を舞う。
 
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