俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第145話 Lv 288 ネトレイト vs Lv 36 渡辺 勝麻

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 「ダアアアアアァァァァァァッッ!!!!」

 渡辺は騎士軍勢を殴り飛ばしながら叫ぶ。

 「アアアアァァァァ!!!!」

 気を抜けば罪悪感に苛まれそうになるのを、必死に自分を奮い立たせることで避けていた。


 「……渡辺」

 そんな渡辺の姿を、痛々しく思いながらオルガが遠くから見守っていた。
 『人を殺す覚悟ならできてる』
 胸中で渡辺が言っていた言葉を思い返す。

 「……言うだけと、実際に行うとでは意味がまるで違う……お前さんは一生その罪と向き合って生きてかなくてはならない……」

 「オルガ……あなたもなの?」

 呟くオルガに、レイヤが後ろから声をかけてきた。
 オルガはゆっくりと振り返る。
 オルガの目にレイヤの表情が映る。その表情は不安に歪んでいた。
 両サイドにはコウクと清十郎がおり、二人ともオルガを警戒している。

 「確かに俺はお前さんの味方じゃない。だが、敵でもない。レイヤ、頼む。ここは――」

 「引けるわけないじゃない……」

 レイヤがオルガの言葉を一刀両断した。

 「ここには家族も友人もいる。クエストで知り合った仲間も。仲の良い店主さんも。私はこの街で育ってきた。学校で学んで、騎士団で学んで、多くのパートナーたちと出会いと別れを繰り返したりもした。ここが私の故郷。故郷を戦場になんてしたくないわ」

 「レイヤ……気持ちはわかるが、ここにいれば命を落とす危険がある。俺はお前さんに死んで欲しくないんだ」

 「……いいえ! 全然わかってないわ!」

 どれだけ言っても変わらぬオルガの姿勢に、レイヤは痺れを切らした。

 「私の気持ちがわかるっていうなら! そっちにいないでこっちにいてよ!」

 レイヤの縋るような声に対して、オルガは首を横に振る。

 「さっきも言ったが俺はどちらの味方でもない。俺はただ、この戦場で一人でも多くの人間を守りたいだけだ」

 「それならなおさら王国側に着くべきよ! 革命軍を素早く鎮圧すれば被害は最小限に抑えられる!」

 「それはできない」

 「どうして!」

 「今回の件、カトレア女王は看過できまい。おそらく今回の革命に関わったものは全員殺される。渡辺も、ミカ、ジェニー、メシュも……そして亮も」

 「――ッ!」

 レイヤは息を呑んだ。

 「……亮君が……いるの?」

 「……ああ」

 千頭が革命軍にいるという情報は漏らしてはいけないとされていたのだが、オルガはどうしてもレイヤにだけは黙ってはいられなかった。

 「だからレイヤ、ここで戦うことは亮と――」

 「もういい」

 レイヤから暗い声が漏れる。
 絶望した。何もかも。諦めた。彼女はそんな表情になっていた。
 コウクと清十郎が、そんなレイヤを心配そうに見つめる。

 「……結局そう、転生者はこの世界を受け入られない。皆否定する。どれだけ仲良しごっこをしたところで私達と転生者は相容れないのよ!」

 レイヤが拳を振り上げて、オルガへ飛びかかった。

 「レイヤ!」


 *

 
 「ラアアアアアアアア!!!!」

 タガが外れたかのように、ひたすら叫んでは騎士を殴り散らす渡辺。
 そこへ髪使いの桃色ドリルが飛来した。
 渡辺はそのドリルの先端を掴む。

 「掴んだと思って? 掴まれたのはアナタの方ですわ!」

 鋼鉄製のドリルのような髪が瞬く間にふわりとしたものに戻り、渡辺の指の間ををすり抜けて腕に絡みつく。

 「また先程と同じ様に転ばせて差し上げま――ウッ!」

 渡辺が纏わり付かれた腕を後方へ引っ張ると、髪使いの女は前に倒れ伏した。

 「や、やはりとんでもないパワーですわね。ワタクシでは手に負えません……ワタクシ一人では」

 懲りずに髪使いの女は髪を伸ばして渡辺の体に髪を巻きつけると、さらにそれを楔の如く地面に打ち込む。

 「今ですわネトレイト!」

 「ボオオオオオオオオオオ!!!!!」

 髪使いの呼び声に、大型モンスターに似た鳴き声が応える。
 ズンズンッと大地が重低音を奏で始めたかと思えば、騎士たちが慌てふためき始めた。

 「ね、ネトレイト様だ!」「潰されたくなきゃ道を開けろぉ!」「逃げろおお!!」

 何事かと、渡辺がそちらを見やってみれば、身の丈4mはある巨人が地面を一歩一歩足で踏み砕きながら全力疾走で迫ってきていた。全身を分厚い西洋甲冑で完全に覆いつくし、手には刃渡りが3mで幅が50cmはある大剣が握られている。

 あまりにもデタラメな体格と大剣の大きさを前に、渡辺は怯みかけるが、すぐに自分にそんな余裕は無いと殺意を昂ぶらせる。

 「テメェも怒ってるってか? けどな、こっちはテメェよりもキレてんだ!」

 「圧殺!斬殺!撲殺!抹殺!」

 退魔の六騎士が一人ネトレイトは、殺しの言葉を撒き散らしながら大剣を横一文字に振る。
 渡辺は急いで髪の拘束を破ったが、避けるまでは間に合わず、正面からネトレイトの攻撃を受けた。

 「ぐっ!」

 大剣が首根っこへ叩き込まれる寸前で、右手の甲で受け止める。
 すると、渡辺の左足周辺の地面が砕け、さらには地表を抉りながら左へ滑る。
 攻撃を受けた右手は、あまりの衝撃の強さに痺れて感覚を失っていた。

 「こ、こいつ!」

 ルーズルの『防御支援ディフェンス サポート』をも超えてくる衝撃。
 その一撃の威力は、間違いなく四大勇者の草薙 刀柊くさなぎ とうしゅうに匹敵していた。

 渡辺は昨日の作戦会議で、ディックが話していた内容を思い出す。

 『今の渡辺と俺の強さなら、退魔の六騎士は一人ずつ相手にしていけば問題なく勝てるだろうよ。けど、一人例外がいる。でけぇ体したネトレイトってやつだ。ネトレイトのチートは『限界突破リミット ブレイク』で、一時的にだが攻撃力とか魔力とかのすべてのステータスが倍になりやがるヤベー能力だ。コイツ相手には油断するなよ』

 「このデカブツがそれか!」

 渡辺は地を蹴ってネトレイトから距離をとる。

 『防御支援』の効果は決して無限ではない。弱い攻撃でも少しずつ魔法の鎧が削れてゆくのだから、強い攻撃なら尚更避けなくてはいけない。
 手持ちの『防御支援』の魔法石は残り2つ。それを意識して戦わなければ。
 渡辺はそう考えて、相手の出方を伺おうとするのだが、

 「瞬発!接近!」

 ネトレイトが一瞬で間合いを詰めてきた。 

 「なっ!」

 巨体でしかも重装備でありながら、その速さはディックを超えていた。
 そのまま、ネトレイトは巨大な鉄の塊を渡辺の脳天へ振り下ろす。
 それを渡辺は両腕でガードした。

 「ッツゥ!!」

 腕の骨が軋み筋肉が悲鳴をあげる。

 「焦熱!灼熱!烈火!」

 ネトレイトの大剣が赤熱し始める。
 大剣には火属性の『魔法付与エンチャント』が施されており、ネトレイトが自らの魔力でその効果を引き出しているのだ。

 「アッ!!」

 腕に熱した油をかけられたような痛みを感じる。

 「チッ! いつまでも好き勝手やらせるかってんだ!」

 渡辺が両腕に力を集中させて、大剣を弾き飛ばす。

 「我意!貫徹!無畏!不――」

 「うるせぇ!」

 渡辺の渾身の右ストレートが、ネトレイトの腹部に直撃した。
 分厚い鎧を大きく凹ませ、ネトレイトを後退させる。

 「反――」

 続けて同じ箇所に飛び蹴りを食らわせる。
 ネトレイトに反撃の機会を与えまいと、渡辺は怒濤の攻めを行う。

 何発か一方的に渡辺の攻撃を受けるネトレイトだった。
 しかし、渡辺の動きに目が慣れてきたのか攻撃を避け始めて、再び反撃に出てきた。
 もう力押しは通用しない。
 直感でそれを悟った渡辺は、戦い方に丁寧さを織り込み始める。

 ネトレイトが空いている方の手で殴りかかろうとすれば、片方の手でその拳を払い除けて軌道をずらし、もう片方の手で膝を打つ。大剣を振るおうとすれば、跳躍して薙ぎ払いをかわしつつ、顔面に蹴りを放つ。
 
 渡辺の戦い方が、嵐で荒れ狂う波から、引いては寄せる砂浜の波の如きバトルスタイルに切り替わっていた。

 「……"観の目"」

 ボソリと、ネトレイトが呟いた。

 「ッ!」

 自分が的確に相手の攻撃を捉えている理由を言葉にされ、渡辺はギョッとする。こういう場合、知っているというのは、対処法もわかっていることが多い。

 ネトレイトが地面を蹴って砂煙を巻き上げた。
 視界を奪われ“観の目”が機能しなくなる。

 「あぐっ!」

 ネトレイトの巨大な手が、渡辺の胴体を鷲掴みにする。

 「投擲!遠投!雲高!」

 渡辺を、真上に投げ飛ばした。その高さ約200m。

 「ッ! おい、これってまさか!」

 エメラダとの戦闘でも同じ様なシチュエーションを経験していた渡辺は、ネトレイトの狙いをすぐに理解する。
 その予想通り、ネトレイトは空高く飛び上がり渡辺へと迫る。
 人は空中において不自由な生き物。身動きの取れない渡辺を叩く腹づもりだ。

 とはいえエメラダと違うのは、今回の相手は近距戦タイプの敵であるということ。

 「撃墜してやる!」

 ネトレイトの攻撃に合わせてカウンターを狙う。

 大剣のリーチに自分が入ると、ネトレイトが大剣を振るう構えをとってきたので、渡辺は「ここだ」とばかりに大剣を弾くつもりで拳を突き出した。

 しかし、その攻撃は空を切った。
 ネトレイトが

 「何?! 空中でどうやっ――!」

 答えはすぐに出てきた。
 ネトレイトの背中や足の裏から青白い炎が勢いよく噴出していたのだ。さながら、それはロボットアニメで見かけるブースターの様だった。

 改めて渡辺は思い出す。
 この世界には剣と魔法のファンタジーだけでなく、SFの世界も混在しているのを。

 ブースターに加えてネトレイトの膂力が乗った一撃が、渡辺に与えられた。

 「ガハッ!」

 渡辺は血を吐き出しながら、空を横切って街の上空へ一直線に飛んでいく。
 そして、街を守る半透明の黄色い壁――“障壁”へと激突した。

 腹部の激痛に腹を押さえる渡辺だが、ネトレイトはその苦しみを感じる時間も与えてはくれない。

 「断首!断頭!断罪!即滅!」

 ブースターを噴出させて渡辺を追ってきたネトレイトが、赤熱した大剣で今以上の一撃を放つ。

 「チィッ!」

 喉元に迫り来る横斬りを、間一髪頭を起き上がらせてかわした。

 大剣がそのまま障壁を攻撃する形となり、障壁がカイィンッと甲高いを立てる。

 「うわぁっ!!!」「し、侵入者?!」「大砲でも当たったのか?!」

 街内部で活動していた騎士たちが、その音と衝撃によって障壁に発生した白い波紋を見て動揺する。
 この中の誰一人として、それが人の手によるものだとは思っていなかった。当然だ、まさか200mを超える高さの障壁の上で人同士が闘っているなど夢にも思わないだろう。

 まだ仰向け状態の渡辺に、続けてネトレイトは大剣の柄頭部分で頭を叩き割ろうとするが、渡辺は両手を使って下方向へと体を滑らせて避ける。
 ネトレイトの股の間を抜けた渡辺は、立ち上がってその背に攻撃を繰り出そうする。

 それに対し、ネトレイトは背中のブースターを全開で噴射させた。

 「ブッ!」

 ブースターからの強力な風圧により、渡辺は吹き飛ばされ障壁の上を転がった。
 それをネトレイトが追いかけてくるので、急いで立ち上がって迎え撃とうとするのだが、その時になって気づく。

 傾斜がきつい。

 障壁はドーム状だ。
 当たり前だが、端に行くほど地面に対して垂直に近づいていく。
 今渡辺の立っている場所が45°の角度なので、これ以上後ろへ下がれば間違いなく立っていられなくなるのだが、ネトレイトはそんなことお構いなしに突っ込んできた。

 「クソッタレ!」

 ネトレイトが振り下ろす大剣を避けるため、渡辺はやむなく後方へ飛んだ。
 次に足が障壁と接した時、案の定、踏ん張りが効かず、渡辺はヨタヨタと後ろへ下がっていき、ついにはスキーの如く障壁の表面を滑り始めた。
 ネトレイトもその後に続く。

 60°以上の勾配で、もはや壁と化した障壁の上を二人とも両足を接した状態で滑り落ちていくのだが、その間もネトレイトは攻撃の手を休めない。
 縦、縦、右斜め、と大剣を振るい続けてくるのに対し、渡辺はスキーの要領で足の向きを変えて左右に移動することでそれをかわしていく。
 渡辺がかわす度に大剣が障壁に直撃するので、何度も何度も甲高い音が街と戦場に響き渡る。

 壁を滑り落ちながら戦うという非現実的な光景に、戦場の騎士達のほとんどが唖然としていた。

 ネトレイトが右から左へ思い切り振るう。
 渡辺がそれを屈んでやり過ごす。
 すると、今度は足を狙った低い位置への横斬りを繰り出してくる。

 まずい。渡辺はそう思った。
 ネトレイトの縦方向の攻撃は、障壁と接している足を器用に動かすことで当たらずにいた。ここで今の攻撃を避けるために足を浮かせてしまえば、おそらく次の攻撃は避けられない。

 「――イチかバチか!!」

 渡辺はあえて両足を浮かせて勝負に出た。

 次の瞬間、ネトレイトの前から渡辺が消えた。

 吹き飛んだか。

 いや、そうではない。

 ネトレイトは自らが横へ振りぬいた大剣の先を見やる。
 なんと、そこに渡辺がしがみ付いていた。
 ネトレイトの大剣が足の下を横切るところで、両手で大剣を掴んでいたのだ。

 渡辺は片方の手を振り上げて拳を作ると、その拳で大剣の腹を全力で殴って完全に叩き折ってみせた。

 「?!?!??!!??!!!」

 愛剣が壊されて怒っているのか、哀しんでいるのか、ネトレイトの兜の隙間から聞き取り不能な声が漏れ出る。

 だが、渡辺の攻めはまだ終わらない。
 大剣を折った際、剣先の方は片方の手で鷲掴みにしたままだった。
 渡辺はそれを、ネトレイトに向かって投げた。
 投げたのだが、同時にネトレイトも渡辺へ斬りかかっていた。

 互いに相手の攻撃をもろに受けて体勢を崩し、そのまま真っ逆さまに地上に落下した。

 砂煙が舞い上がり、静寂が訪れる。
 かと思えばそれは束の間で、5秒も経てばネトレイトと渡辺はまた激突し、生じた砂煙を吹き飛ばしていた。

 渡辺の拳とネトレイトの折れた大剣が、互いを押し合う。

 「ッ! なっ!」

 その最中で、渡辺は目にする。

 先程の渡辺の攻撃で大剣を握っている方の腕部分の甲冑が剥がれ落ちていたのだが、その中にあったのは金属特有の光沢を放っている機械の腕だったのだ。
 自然と肩の部分に目がいく。
 肩はちゃんと人間のそれで、その肩に機械の腕は繋がっている。

「テメェ! ハイテク西洋甲冑を装備してるのかと思えば、サイボーグだったのかよ!」
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