俺のチートって何?

臙脂色

文字の大きさ
上 下
142 / 172
第四章   ― 革命 ―

第138話 私

しおりを挟む
 ピピーッ! ピピーッ!

 けたたましい電子音によって、私は目を覚ます。

 ピピーッ! ピピーッ!

 「……うぅん」

 いつもながら、凄まじいボリュームだ。絶対に相手を眠らせないという製作者の意思を感じる。
 あまりにもうるさくて毎度毎度苛立ちを覚えるが、朝の弱い私にとって必需品だ。

 私は身を捩らせてベッドのヘッドボードに備え付けられたスイッチを押す。

 ピピーッ! ピ――。

 「……起きないと」

 二度寝を避けるべく、顔を洗おうと起き上がる。

 「電気つけて」

 私が言うと部屋の天井に備え付けられた電灯に明かりが灯り、部屋の内装が顕になる。
 最低限の家具に、白い壁、白い床、白い天井、窓も無い無機質な部屋。散らかってもいなければ、飾りも無い。私らしさが出ている。

 私はベッドから降りて、白い床に足をつける。
 すると、キッチンに置いてあったコーヒーメーカーが独りでに動き出した。
 コーヒーメーカーは自らの内部にストックしてある使い捨てカップを外へスライドさせて出すと、そこへドリップコーヒーを注ぐ。

 そんな様子を横目で見ながら洗面台へ行く途中、私は今朝の気分を口にする。

 「砂糖はいつもの2倍でお願い」

 これに対してコーヒーメーカーが、女性の声の音声で答えた。

 『かしこまりました。砂糖を設定より2倍多く入れます』

 今日は仕事がオフの日。
 暗い気持ちのままでいるのはもったいない。

 洗面台で顔を洗う際、鏡を見る。
 金髪のショートヘアで、翠玉色の瞳を持つ自分の顔が映る。

 「疲れた顔してる」

 それから、朝の身支度を済ませた私は、先程注がれたコーヒーを片手にボックスの扉を開ける。
 中には、カロリーを得るための固形食と、人間に必要な栄養素がまとめられた錠剤がある。

 「せっかくの休みだものね。さっさと朝食済ませて、読みかけだった小説でも読み進めようかしら」

 『お待ちください』

 ローテーブルに置かれた端末から、人工知能AIの電子音声が鳴った。

 「あら? 何か問題でも?」

 私は訊ねる。

 『今朝はご友人と食事する予定が入っております。朝食は控えた方がよろしいかと』

 「あ……いっけない。すっかり忘れてたわ」

 そういえば、モール内を見て回る約束してたんだった。
 確か集合場所は店の前で、時間は……まずい! すぐに出なきゃ!
 
 私は慌ててコーヒーを飲み干すと、女らしさの欠片もない格好を少しはマシにして、部屋を飛び出していった。


 「おそーい! 何やってたのよ!」

 「ごめん! ちょっと忘れちゃってて……」

 店の前で待ちくたびれていた友人に、両手を顔の前で合わせて頭を下げる。

 「もー、誰のための食事だと思ってるの。常日頃、総合栄養食ばっかりで味を愉しむってことを知らないアンタのために誘ったんだからね」

 そんなこと誰も頼んでないんだけどなーと思いつつも口には出さない。彼女なりに私のことを想っての気遣いなのがわかっているから。
 私としては食事よりも彼女と話せるのが嬉しい。
 同じ船の中に住んでいるのにおかしな話だが、互いの職場が離れているので会う機会が滅多に無いのだ。

 私たちは店に入る前に、店の扉の前に設置されている機械に、前腕に埋め込まれているナノチップを読み込ませた。
 それにより扉のロックが解除されて横にスライドして開き、私たちは店の中へと入る。


 席に着いてから10分ぐらいだろうか、注文した料理が持ち運ばれてきた。
 それを口にした私は思わず唸る。

 「ッ! 美味しいわ! これ、本当にカレーライスなの?!」

 「でしょー! ここのは他の店みたいなそれ風じゃなくて、本物の味を再現してるんだから!」

 「本物って……地球があった時代の話よね? 元となるスパイスの一部が失われて再現は不可能だって聞いたのに」

 「それがこの店では長年の研究の末にスパイスの代わりを完成させたってわけ!」

 「へぇ。すごい店じゃない。その割には大して人が入ってないけど」

 「そりゃ、それが完成したのはもう何年も前の話だから今は落ち着いてるだけよ」

 「あ、そうだったの?」

 「アンタが仕事に熱中してる間も、世界はどんどん進んでるのよ。で、どうなのよ、ここのカレーライスは」

 「そうね。これだけ美味しいなら、また次も食べたいわ」

 「良かった。他にもいろいろあるんだから、ここに停泊してる間はとことん付き合ってもらうわよ!」

 「はいはい。どこへでもついていくわよ」

 ちょっと面倒。
 でも楽しみ。
 新しい世界を知るのは大変な労力を強いられるけれど、それは新しい自分の発見に繋がるから。

 彼女はまたどんな世界を私に教えてくれるのか。
 どんな私を見つけてくれるのか。
 今からそれが待ち遠しい。

 「ところで、前に気になる男が仕事場にいるって言ってわよね? その後どうなのよ?」
 
 理解できない質問に、私はぽかんとした顔をする。
 え? 私そんなこと言ったかしら……何か勘違いしてるんじゃ……あ、わかった。

 「それ、気になるじゃなくて、仕事中にペラペラしゃべる男がいてうるさいって言ったやつでしょ。全然違うわよ」

 「そうだったの? んー、そこから始まるロマンスとか――」

 「ない。だいたい、その人には奥さんもいるんだからね」

 「あちゃー、なら無理だわー」

 「そう、無理」

 彼女はすぐに色恋沙汰に話を持っていこうとするから困りものだ。私自身、まったく興味が無いのに。

 その後も他愛の無いやり取りが続く。
 すごくどうでもいい話ばかり。
 けれど、それが現実を忘れさせてくれる。
 私はまんまと友人の狙いにはまっていたというわけだ。


 『ただいま速報が入りました』

 それでも、現実は追いついてくる。

 『長らく緊張状態にあった惑星モルタナのターミナル前で動きがあった模様です』

 店の角に置かれていた電子モニターから焦りの色がある声が聞こえてきた。
 私はそちらに注目する。

 『現場のドローンからの映像を映します』

 それは最悪な映像だった。

 「あー、もう!」

 彼女はガッカリした様子で額を押さえた。
 当然だ、彼女はを私から忘れさせたくて今回の食事を企画したというのに、完全に台無しにされてしまったのだ。

 『すごい勢いです! デモ隊が一斉に走り出して警備隊に突っ込んでいます!』

 本当にすごい勢いだった。
 大勢の人間が雪崩のように押し寄せていて、明らかに死人が出てもおかしくない状況だった。

 この勢いを前に警備隊たちもゴム弾や催涙ガスで武力行使に出るのだが、効果は無くどんどん人の波に飲み込まれていく。

 「これは……次の私たちの勤め先は決まったかしら……」

 友人の言葉に、私は頷く。

 ……今度はこの人たちを手にかけなくてはならないのね……。

 否応なしに憂鬱な気分になる。

 しかし、事態はこれだけに留まらない。

 『爆発です! デモ隊の後ろの方で爆発が起きたようです!』

 ドローンのカメラがそちらを向く。

 その爆発の規模は思っていた以上に大きく、爆発の煙がデモ隊の後ろの景色を完全に覆い尽くすほどだった。

 「ちょっとちょっと。いくらなんでも派手にやり過ぎでしょ」

 あまりにも現実離れした光景に彼女は呆れ果てていた。

 「待って」

 その時、私は違和感に気がついた。

 「どうしたの?」

 「何か……変だわ……いくらなんでも人の数が多過ぎる」

 煙の奥から大量の人々が途切れることなくやってくるが、デモにここまでの人数が参加していただろうか?
 よくよく見るとおかしな点はまだある。

 「……みんな、後ろを気にしてる?」

 走る人々は一様に、後ろを振り返っている。

 ……後ろに何か……いるの?

 私は席を立ってモニターに近づくと、ジッと煙の中を注視した。

 再び後ろで爆発が起きた瞬間だった。
 煙が爆風で流れたことで奥が見えた。

 そこにいたのは――。


 *


 「かはぁっ!!! はぁっ!! はぁっ! はぁ…………夢……」

 その夜、夢を見た私は飛び起きた。

 「……こっちに来てから長い間見ていなかったのに……すごい汗……身体は私以上にわかっているの?」

 隣で寝ている愛娘を起こさぬよう、ベッド脇にある豆電球をつけて、懐中時計の時刻を確認する。

 「少し早いけど、汗を流せばちょうどいい時間ね」

 衣類を脱ぎ捨て、部屋に備え付けられたシャワー室へ足早に入る。
 できるだけ早く、私はこの汗を流したかった。

 温かく、そして心地良い熱が、全身にまとわりついた不快な汗を落としていく。
 でも、不安までは落としてくれない。

 「……私は……私よね」

 私は私のはずだ。
 私の判断で、今日この日を迎える。誰のモノでもない。

 シャワーの湯気で曇った鏡を見やると、私はその鏡を手で拭った。
 すると、私の顔が見えた。
 金髪のロングヘアに、翠玉色の瞳。弱気に満ちた情けない顔。

 「……なんて顔をしているの。……これから大勢の人が命を落とす……こうなったのは誰のせい? 私のせいよ。私が逃げ出したから……」

 一度目を瞑る。
 そして、表情を変えてから再び目を開ける。

 鏡には、いつものおっとりしたフィオレンツァわたしの表情が映っていた。

 「私は女王の役目を果たす。だから、シーナにもちゃんと引き継いでもらうの。これまでそうしてきたように」

 キュッと、蛇口を捻ってシャワーを止める。

 「カトレアさん。本当にごめんなさい。あなたに押し付けておきながら、私は今からそれを取り返しに行きます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

傭兵アルバの放浪記

有馬円
ファンタジー
変わり者の傭兵アルバ、誰も詳しくはこの人間のことを知りません。 アルバはずーっと傭兵で生きてきました。 あんまり考えたこともありません。 でも何をしても何をされても生き残ることが人生の目標です。 ただそれだけですがアルバはそれなりに必死に生きています。 そんな人生の一幕

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

処理中です...