俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第136話 準備フェイズ

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 戦争開始前日。
 それぞれがそれぞれの想いを打ち明けた夜が明けた。


 「んじゃ、行くぞ」

 ボロ宿屋の前で、ディックはエマ、アイリス、セラフィーネの3人に告げる。

 「作戦会議、頑張りましょうね!」

 「あ、ああ、まー、ぼちぼち程度な」

 ディックは元気な笑顔を見せるセラフィーネに、少し照れながら言った。
 今朝、起きた時にセラフィーネが自らの腕の中いて、その寝顔を間近に見てしまったために胸の高鳴りが収まっていないのである。

 これから大事な戦争の作戦会議があるのだ。いつまでも浮ついた気持ちでいるわけにはいかない。ディックはそう自分に言い聞かせる。

 「ところでお前ら大丈夫か? さっきから調子悪そうだが」

 「ぜ、全然よゆー……」
 「デース……」

 姉妹二人は、寝不足により目蓋を重くしていた。


 「……ディック様、千頭様たちのことなんですが」

 ディックの横にいたセラフィーネが口を開く。

 「ん? 何だよ、藪から棒に」

 「昨日すごく怒ってましたけど、あまりあの方々を責めないでください」

 「何でだよ。あの野郎共はお前に能力を使わせるのを強いて……いや、それ以前に強盗するような連中――」

 「もちろん、彼らがこれまでしてきた行いは許されません。ですが、彼らもまた必死なんです。自分たちがいた元の世界へ帰るために手がかりを探すために」

 「元の世界ってーと、確か地球とかいう星だか惑星だっけか……あんなふざけたトークをかますヤツにも事情があったとはな」

 「だから私は力を使ったんです。この力が彼らの救いになるならと思って」

 「セラ……ったく、お前ってヤツはホントにお人好しだな」

 セラフィーネの底無しの甘さに呆れて頭を掻く。

 「わかった……とまでは言えねぇが、善処はする」

 「ディック様!」

 セラフィーネが嬉しそうな声をあげる。

 「ただし、これからは絶対に『クロノスへの祈り』を使うなよ。例え誰に頼まれてもだ。じゃなきゃ、今度はセラに怒るからな」

 「はい!」


 *


 「ハアアアアアアアアァァァァァァ?!!!! このクソ野郎が参謀だって?! ありえねぇ!」

 作戦司令室であるテントに着いて早々に、ディックは千頭に喧嘩腰の態度をとっていた。

 「やれやれ、本当に君は僕のことが嫌いなんだね。君にとって僕という存在は白鯨のようなものなのかな?」

 「わけわかんねーこと言ってんじゃねー! 俺はゴメンだ! オメェの考えた作戦で動くなんてな! 他に誰かいるだろ! いないのか?! いないなら俺がやる!」

 捲し立てるディックの後ろで、セラフィーネがあたふたとする。

 「ディック様、仲良く穏便に……」

 「悪いがこの話ばっかりは譲れねぇ。今回の戦争、戦力的にはこちらが圧倒的に不利だ。勝利するためには戦略が肝になってくる。そんだけ重要なポジションで、もしこいつが適当したらどうなる? 俺たちみんな牢獄行きか、死んじまうかだ」

 「力説してるところ悪いんだけど、これは女王様直々のご指名だからね」

 熱くなっているディックに、淡々と千頭が述べる。

 「な?! フィオレンツァの?!」

 「そうさ。だからね、彼女の元近衛兵である者たちは、当然彼女の意見に従うし、もちろん僕の部下たちは僕に全幅の信頼を寄せている。反対するのは君ぐらいだ」

 「くっ……」

 納得がいかないディック。
 しかし、彼のパートナーであるエマとアイリスは納得していた。

 「わからなくはないよ。実際、私たちはバミューダでジェヌインの罠にまんまとかかったしね」

 「ッ! エマ、お前――」

 「私だって可能ならこんなヤツの策にのっかりたくなんかない。でも、ディックだってわかってるだろ。頭の回るヤツだから10年以上も騎士団から逃げおおせてきたんだって。女王陛下も千頭の頭ん中全部覗いた上で決めたんだろうしね」

 「……チッ」

 エマの言いたいことがわからないディックではない。
 千頭は自分より賢い。
 わかってはいる。
 わかってはいるが、どうしても千頭を信用できなかった。
 ディックには、千頭が何かを企んでいるように思えてならなかったからだ。だが、それをフィオレンツァが見抜けないはずがない。

 「……それで、千頭を参謀に任命した張本人であるフィオレンツァ様はどこに行ったんだよ? さっきから姿が見えねーが」

 ディックは口を尖らせながらテント内をキョロキョロと見回すが、それらしい人影は無い。

 ディックの問いに千頭が答える。

 「ああ、女王様なら彼らを迎えに行っているところさ」


 *


 アルカトラズの病院。
 窓の外で、鳥たちが朝の来訪を報せる唄をさえずっている。
 チュンチュンと心地良い音が耳に入って、ミカは目覚めた。

 「ん……あったかい……」

 まどろみの中、目蓋をゴシゴシと指で擦る。

 「……へ?……へ?!」

 ぼやけた視界がだんだんとハッキリしていき、自分が今どういう状況にいるか理解していく。

 ミカは、半裸の渡辺の隣で寝ていた。しかも、渡辺の片腕に抱きついて。

 「わああ!!!」

 誰がどう見ても事後である場面に、ミカは顔を真っ赤にして飛び起きた。

 「そ、そっか、あの後私ってば泣きながらそのまま……うわあぁあぁ、マリンさんごめんなさい! ショウマの隣はマリンさんの場所なのに私はああ!」

 自らを罰するかのように、ミカは両手でクリーム色の髪をワシャワシャと激しく掻く。

 「と、とにかくベッドから降りない……と?」

 ベッドから床へ足を着けようと体の向きを変えたところ、それが目に映った。
 椅子に座って、ニコニコと笑っているフィオレンツァ。

 「おはようございます。ミカさん」

 「うひゃあああぁぁ!!!」

 羞恥心が爆発し、ミカは絶叫をあげた。

 「ん……」

 それにより渡辺が目を覚まして上体を起こす。

 「渡辺さんもおはようございます」

 「……あれから何日経った?」

 「安心してください。丸一日寝ていただけですよ……あら? 安心できませんか?」

 「当たり前だ。その一日でマリンがどんな目に合っているか。とても悠長にはしてられねぇ」

 渡辺はベッドから降りて靴を履き、立ち上がる。

 「だ、ダメだよショウマ! 傷はまだ治ってないんだから寝てなきゃ!」

 歩こうとする渡辺をミカが止めようとするが、渡辺はそれを手で制した。

 「俺は平気だよミカ。散々酷い怪我してきたからな、ここまで治ればどうってことないさ。それより、フィオレンツァ」

 「四大勇者の方々の居場所ですか?」

 渡辺の考えをフィオレンツァが能力で読む。

 「居場所を知ってどうするのでしょう?」

 「引導を渡す」

 渡辺の右目が鋭い刃の如くギラリと光る。

 「四大勇者はそれぞれ私の命令で身動きを封じた上で、ルーズルーさんの『物理反射』と『魔法反射』で覆われた牢屋に閉じ込めています。彼らにはもう何もできませんよ」

 「関係ないね。俺はあの連中に死ぬほどの苦しみを教えてやらなきゃならねぇ」

 「……ショウマ?」

 渡辺から溢れるドロッとした気配に、ミカは震えた。渡辺が怒る姿はこれまでも何回か見ているが、ここまで暗く重い空気を漂わせている渡辺を見るのは初めてだった。

 「あなたの怒りを否定はしません。しかし、それは今やるべきことではないはずです。城に捕らわれているマリンさんたちを助ける。あなたの一番の目的を忘れてはなりません」

 「…………」

 渡辺は少しの間、熟考する。
 そこへ、フィオレンツァが次の言葉を送った。

 「渡辺さん。私は、人と人のつながりは異世界転生だと思っています。それ以上でもそれ以下でもないのです」

 「……相変わらずわけのわからねぇことを……チッ、まあいい。それで? お前は何の用でここに来たんだ?」

 「あなた方を作戦司令室までお連れしようと思って来たのです」


 *


 渡辺とミカは軽く身支度を済ませた後、フィオレンツァに収容所施設の敷地に置かれた大きなテントまで導かれる。

 テントに入ると、そこには馴染み深い顔触れが揃っていた。ディック、エマ、セラフィーネ、アイリス、ルーズルー、シーナ、千頭、オルガ、ジェニー、メシュ。
 他にもジェヌインの幹部やフィオレンツァの元近衛兵たちが一堂に会していた。

 既に会議は始まっており、大きな長机に集まって千頭を中心に話が進められていた。

 「おや、戻ったようじゃの」

 テントの端にいたジイが言うと、全員が渡辺たちの方を向いた。

 「やっとお目覚めか。目は……いや、何でもねー……」

 目は大丈夫か。ディックはそう言いかけたが、左目が失明したことは聞き及んでおり、聞くまでもなく無事ではないのはわかっていた。

 「ん」

 ディックは、渡辺の背中にミカが隠れるようにしているのを見つける。
 自分がしたことを考えれば当然の反応だ。だからこそ、ディックは次の行動に出る。

 「ミカ」

 一歩、ミカたちへ近づき。

 「すまなかった」

 深く、頭を下げた。

 「えぇ!」

 突然のことでミカは驚いた。
 ミカだけではない。エマとアイリスも、ディックの行動に驚愕していた。

 「あのディックが頭を下げて謝った?!」

 「は、初めて見まーシタ」

 唖然とする二人を他所にディックは頭を下げたまま続ける。

 「渡辺。お前にも改めて言う。お前たちの平穏な暮らしを壊しちまって……俺がアリーナで戦うのを強制しなければこんな戦いにも巻き込まれてなかった……本当にすまねー……」

 「……いいよ」

 ミカが渡辺の肩口からそっと顔を覗かせて言った。

 「よくわかんないけど、多分ディックも考え方が変わったんだよね。私も同じだからさ。つい最近になって、王国のしてる事は酷い事だって、やっとわかったから……お互い様!」

 ぎこちなくはあるものの、ミカは精一杯笑ってみせた。まだすべてを納得できてはいない。それでも、ケジメをつけようという彼女なりの意志表示だ。

 「……ありがとな」

 その意志に、ディックは救われる気持ちになる。
 だが、

 「……優しいな、ミカは」

 渡辺の意志がミカと同じとは限らない。

 「しょ、ショウマ?」

 その重い口調に、ミカは戸惑う。

 「獄中でも言ったはずだ。俺はテメェを許さないってな」

 「……ああ」

 こうなることを覚悟していたディックは、周囲にいる者たちとは違い、特に驚いた様子もなく落ち着いている。

 「脱獄できた今、テメェとの共闘関係ももう要らねぇ。王国を潰す前に、先にお前をブッ殺してやるよ」

 殺害予告と同時に、渡辺を中心に突風が発生する。

 「「 うわあああぁ!!! 」」

 テント内で砂煙が巻き上がる。

 「ば! どうしてそんな展開になるんだ!! 冗談はよせ!!」

 流石の千頭もこの事態はまったく予想していなかったらしく、慌てて止めようと能力を使おうとするが遅い。
 渡辺の拳は、ディックの顔面に向かって直進していた。

 ディックはこれを避けようとしなかった。向かってくる鉄拳制裁を、ただ真っ直ぐに見て立っていた。

 「ディック様!……!」

 セラフィーネは『クロノスの祈り』を発動しようとする。
 するのだが、実行に移さなかった。移せれなかった。
 何故なら、ディックが渡辺の方を向いたまま、片方の手でセラフィーネを制するサインを出したから。
 ディックに逃げる気はなかったのだ。

 渡辺の瞳とディックの瞳。互いの瞳が互いの瞳の中に映る。

 空を切り裂く勢いで放たれた渡辺の拳が、ディックの顔面に叩き込まれる。
 直前で止まった。

 鋭い風がディックをすり抜けていったのを最後に、嵐が止む。

 「…………フン」

 ゆっくりと、渡辺は突き出した拳を下げた。

 「不服だか、本気で頭下げて謝ってるヤツは殴れねぇな」

 渡辺の一言に、場の緊張の糸が一気に緩む。

 「やれやれ、あまり道理に適ってない行動は謹んでほしいな」

 「同感だ」

 千頭とオルガが呆れて言う。

 「……いいのか?」

 ディックが渡辺に聴く。

 「いいさ。アリーナの話はこれで終わりだ。お前が本気で反省してるって伝わったからな……」

 渡辺は今の一連の出来事を振り返る。
 ディックは自分から頭を下げて謝り、相手の怒りを真っ向から受け止めようとした。

 「……お前みたいなヤツもいるんだな」

 「ん?」

 「いや……知ってたか? 最初にお前と出会った時、"ああ、絶対コイツとの相性は最悪だな"って思ってたんだ」

 「そりゃあな、あんだけ嫌な顔されてたらな。どんな朴念仁だってわかる」

 「……けど、まぁ……なかなかどうして……悪くねぇよ、お前」

 渡辺が穏やかな顔つきで、ディックに向かって右手を伸ばした。

 「改めて、仲間として頼む。マリンたちを助けるために、お前の力を貸してくれ」

 それに対し、ディックもいつもの不敵な笑みを浮かべて応える。

 「へっ、それはこっちの台詞だ。手前勝手なルールで縛り付ける王国を一緒にひっくり返してやろうぜ!」

 ディックも渡辺と同様に手を伸ばすと、ガッチリと渡辺の手を掴んで固い握手を交わした。
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