俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第135話 それぞれの夜

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 ディックとセラフィーネが話し合っている頃、作戦会議室としているテントの横でオルガは魔法石の『精神感応』を使って連絡を取ろうとしていた。

 「密告ですか?」

 そこへ、不敵な笑みを浮かべながら千頭が現れる。

 「女王陛下の許可は得ている」

 「冗談ですよ。相変わらずお堅い人ですねぇ」

 「ならもっと笑える冗談を言うんだな。それで、何の用だ。俺をまた殺しに来たか?」

 「ハハハッそんなまさか、今は殺しません。ただ一体誰と話そうとしているのかと気になりましてね。だいたい予想はつきますが」

 「……レイヤだ」

 オルガは物憂げに答える。

 「彼女に今回の戦には参加しないよう頼もうとしているんだ。何度やっても繋がらないがな」

 「現在フィラディルフィアは『魔法反射』に丸々覆われている状態。街の外に彼女が出ない限り『精神感応』は使えませんよ」

 「……それだけか?」

 オルガの声に力が入る。

 「それだけとは?」

 「このままいけば、直接ではなくとも、お前さんはレイヤと戦うことになるんだぞ。何とも思わないのか」

 「やれやれ」

 千頭は両手を挙げて肩を竦めると、ため息をついた。

 「前に言ったでしょう。どうでもいいと。僕は小樽さんとは違い現実を視ていますからね」

 「ここだって現実だろう!」

 何を言っても変わらない千頭の態度に、オルガは怒鳴った。

 「いいえ、僕ら転生者にとってここは幻想です。地球こそ僕らの現実だ」

 千頭が真剣な面持ちになる。

 「異世界に突然送られたことを前向きに捉えるような人間は、そもそも前の世界が好きじゃなかったか、あなたのように何もかもを失っていたかだ」

 千頭の言葉尻に、オルガがピクリと身体を反応させた。

 「……お前さんには、前の世界に置いてきた大事なモノがあると。だからそんなに帰りたがっているのか?」

 「確認するまでもないでしょう。ほとんどの転生者が同じだ。前の世界に未練がある。ジェヌインに所属している者だけに限らず、王国にいる者たちもその想いを燻らせているんです。渡辺君もそうだったようにね」

 「……亮。お前さんの言い分もわからなくはない。だがな、だからと言って、ジェヌインの行いは許されるものではない。レイヤも傷つけて良い理由にはならない!」

 オルガが千頭をキッと強い眼差しで見つめる。
 それに対し、千頭も真剣な表情で返す。

 「あなたに僕は止められませんよ」

 「……関わったすべての人々を守る」

 「――ッ」

 千頭はハッとした。

 「俺の願いはずっと変わらない。亮、俺はお前さんを守るぞ。何と言われようが、殺されかけようがな」

 「……そうですか。せいぜい頑張ったらいいんじゃないですか?」

 「ああ、そうさせてもらう」

 そのやり取りを最後に、千頭は踵を返してその場を立ち去った。


 オルガに背中を見送られながら、千頭は誰にも聞こえない声量で独り呟く。昔を懐かしむようにどこか遠くを見ながら。

 「……塞ぎ込んでいた頃は見る影もなかったというのに…………やはり、あなたは僕とは違い、本物の正義の味方だ」


 *


 時を同じくして、アルカトラズの病院の一室では、未だ昏睡状態のまま渡辺がベッドに横たわっていた。
 フィラディルフィアの病院と比べると病室内は床が砂に塗れておりやや不衛生な印象だ。しかし、アルカトラズの環境を考えれば仕方が無いこと。

 渡辺の肉体の様子だが、過剰な『回復魔法』によって引き起こされていた栄養失調は、点滴のおかげで治った。しかし、エメラダや刀柊から受けた直接的な攻撃によるダメージはまだ完全には癒えていなかった。

 上半身を露出させている渡辺の胸部や脇腹などにある傷口にはガーゼが当てられ、その上から包帯が巻かれていた。
 モンデラによって穿たれた左目も包帯に覆われている。

 ベッドの上で眠り続ける渡辺のそばにはミカが椅子に腰掛けていて、その後ろにはジェニーとメシュもいた。

 「私たちはそろそろ宿に戻るよー。ミカちゃんはどうするー?」

 「私はまだここにいますよ」

 「昨日も遅くまでいたけどー……というか帰ってないよね? 大丈夫ー?」

 「大丈夫です」

 ミカはジェニーに微笑んで見せるが、目の下の疲れは隠せない。

 「……本人が言うなら仕方ないかー。メシュくん、行こう」

 「ああ。……ミカよ」

 立ち去り際に、メシュが一言言い残す。

 「わかっているとは思うが、その男は無茶な献身を望んではおらんぞ」

 「……うん、ありがと」

 ミカの返事を聞いたメシュは、鼻息を一つ鳴らしてジェニーと共に病室を後にした。


 渡辺とミカ、病室には二人だけ。
 神妙な面持ちで、ミカは渡辺を見つめる。

 「なんか……すごいことになっちゃったね。脱獄とか革命とか。規模がおっきくて、現実感なくって……何も考えず海で遊んでたのがすごく昔みたい」

 渡辺は答えない。意識は無いままだ。
 それでもミカは続ける。

 「ショウマもマリンさんも優しくて、これまでじゃ考えられなかったくらい毎日が楽しくて、自分の夢も追いかけていいって言われて、ずっとこんな日が続くんだって思ったら幸せでいっぱいになって……ぐすっ」

 すすり泣く音が混ざり始める。

 「……嫌がったから……なのかな……私が嫌がらずに……ショウマに一緒にいたいって甘えなかったら……ディックのパートナーに大人しくなってたら……」

 ミカの両目から涙がポロポロと零れ落ちていく。

 「ショウマもマリンさんも離れ離れになんかならなくて済んだのに…………こんなに怪我だってしなくて……左目だってりしなかったのに……」

 ミカは立ち上がると両手をベッドの端に置いて、包帯に隠された渡辺の左目を上から俯瞰する。

 渡辺の左目は、モンデラの一撃により光を失っていた。
 人体の自然治癒能力を促進させる『回復魔法』だけでは、視力を戻せなかったのだ。
 地球の日本ほど医療レベルがあればともかく、異世界ウォールガイヤにそれだけの設備は存在しない。

 渡辺の左目は二度と光を見ることはない。一生、暗闇を見続ける。
 そう思うと、ミカは自責に胸を締め付けられ、涙が止まらなかった。

 渡辺の頬に、その雫が落ちる。


 「……バーカ、お前が泣く必要なんてまったくねぇよ」

 「ショウマ?!」

 渡辺の右目がゆっくりと開かれ、泣き腫らしたミカの顔を瞳に映す。

 「え、お、お起きてたの?!」

 「ああ」

 「いつから?!」

 「何も考えず海で遊んでたのが昔だーってところから」

 「それ! ほとんど全部聞いてたってことじゃん!」

 「聞いてたな」

 「……ごめんなさい」

 目を閉じ、謝るミカ。

 「私がワガママ言ったから、こんなことになっちゃって……!」

 ミカの頬を伝っていた大粒の涙を、渡辺は指先で拭った。

 「謝るなよ。ミカは悪くない。好きな連中と一緒にいたいって願いが、間違いなわけ無いんだからな」

 「……ショウマ」

 「それに、ミカが助けを求めようが求めまいが、俺はお前を連れ帰ろうとしてた。だって、あんなに楽しそうに過ごしてたヤツが俺たちから離れたいなんて思ってるはずないからな。だから、気に病まなくていいんだ。な?」

 「……う……ひぐっ……ウワアアア!!!」 
 「ウッ!」

 ミカがボディプレスの勢いで渡辺にしがみついた。

 「いてて、一応怪我人なんだから優しく……まあいいか」

 渡辺はフッと小さく笑った後、胸元で泣き続けるミカの頭をそっと優しく撫でるのだった。

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