俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第134話 ディックとセラフィーネ

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 三途の川を時折眺めつつ、何とかエマの料理を食べ切ったディックは、シャワーで体を流した後、自室で作業をしていた。
 大規模な戦争に向けての準備である。

 机上で解体した愛用のスナイパーライフルを、椅子に座ってメンテナンスする。
 銃身内をガンオイルで濡らしてから、布を巻き付けた棒で銃弾の通り道をゴシゴシと擦り、銃身内に残っていた弾頭の鉛や煤などを取り除いていく。
 この作業に加えて、スタングレネードや手榴弾、ワイヤーなども異常が無いか入念にチェックする。
 ディックの表情は真面目そのものだ。


 コンコンコンッと、ディックの部屋の扉がノックされる。

 「開いてるぞ」

 ディックがそう言うと、扉は開かれてノックした人物が入ってくる。

 「ッ! セラ?!」

 部屋を訪れたのは、ピンク色のパジャマを着たセラフィーネだった。
 てっきりエマが今日の会議内容を聴きに来たのかとディックは思っていたものだから、予想外な人物の登場にドギマギする。

 「何か用か?」

 内心戸惑いつつも、落ち着いた口調で冷静さを装う。

 「エマ様たちから「せっかく久々に会えたんだから話してきたらどうだ」って言われまして」

 (あ、アイツら。妙な気遣いしやがって)

 「今、お忙しかったでしょうか?」

 「少し話すぐらいどうってことないさ。んと、椅子一つしか無いからベッドに座って話すか?」

 「はいっ」

 ディックは作業を途中で切り上げて、セラフィーネと横に並んでベッドの端に腰掛ける。

 さて、何を話したものかとディックが思っていると、セラフィーネの方が先に話を切り出した。

 「明後日、ディック様は戦場に出られるんですよね?」

 セラフィーネが机の上に置かれている銃のパーツに視線を送りながら言った。

 「そりゃあな。戦力差からして俺が戦場に出なきゃあっという間にやられちまうよ」

 「……人を、あの銃で撃つんですか?」

 「…………」

 部屋でセラフィーネと二人きりのシチュエーションに浮き立っていたディックだが、セラフィーネが何を言おうとしているのか察して真剣な面持ちになる。

 「セラには話してなかったが、人なら12の歳で既に殺めてる」

 ディックは目を閉じて、当時の記憶を目蓋の裏で再生する。

 「チート能力を使って街中で暴れてた連中をとっ捕まえる際にな。それも一度や二度じゃない。騎士団でも手に余るような事件が起きたら、いつも呼び出されて、それで大抵誰かを撃ち殺してた。あの頃の俺にはまだ実力が無くて、相手を生かして捕らえる余裕がなかったんだ」

 「ディック様……」

 ディックは今を見つめるため、目蓋を開く。

 「今回の戦もそうだ。多分、相手に気を使ってやる余裕はない。やらなきゃやられる。だから、俺は撃つ」

 「……相手が知世様でも、ですか?」

 「……草薙家は忠義に厚いからな。王国に背くと決めた時点でアイツと殺り合うのも覚悟してる。実際、俺の優秀なパートナーはそれをやってのけた。なら、主人である俺が日和るわけにはいかねーよ」

 「……そう……ですか」

 セラフィーネが俯く。
 その表情は暗い。

 「私はずっと人々の幸福を祈ってきました。そんな私からすれば、ディック様たちが行おうとしていることを許すことはできません」

 「それはつまり……セラは王国の側に付くってことか?」

 「……頭の中に二人の私がいるんです。人々の平和を願う私と、ディック様をそばで見守りたい私。どっちの自分に従えばいいのか、わからないんです……ディック様、私はどうしたらいいのでしょう?」

 「当然、俺について来い。……って、言ってやりたいところだが。セラ、そればっかりは人に言われて決めるもんじゃねーよ」

 セラに優しく微笑みかけるディック。

 「誰かがこう言ったから、ああ言ったから。セラは自分の人生の大事な選択を他人の手に委ねるのか? それで決まった人生が本当に自分の人生と言えるのか?」

 ディックはかぶりを振る。

 「俺はそうは思わない。産まれる前から自分の人生の目的が決められて、世界の都合のために生き方を決められて、そんなもの工場で生産される歯車――物と同じだ。他人が勝手に決めた正義っていう鋳型テンプレートで自分の正義が製造されちまうんだ」

 「……難しいですね……」

 「これまで祈る以外、王国に従うしかなかったセラには、自分で決めるってのは高いハードルだろうな。ま、偉そうに言ってる俺も、ついこの間まで勇者っていう鋳型テンプレートにはまってたんだが」

 「ディック様……」

 「セラ。せっかく手にした自由なんだ。自分がしたいと思ったことをしてほしい。それで例えセラが敵になったとしても、俺は……何も言う気は…………あ……いや……やっぱり少し説得はする……けど……それでも、セラが王国の味方をするっていうな――」


 セラがディックに抱きついた。

 「お、おい?! セラ?!」

 セラはディックの背中に回した両手にギュッと力を入れて、顔をディックの胸に埋める。

 「急にどうしたんだ?!」

 「……私がしたいことです。ディック様、エマ様やアイリス様と一緒にいたい」

 「な、なるほどな。そりゃ嬉しいが、わざわざ抱きつかなくたっていいだろ」

 「これも、ずっとしたかったことです」

 「え?」

 「どうしてかは自分でもわかりません。でも、ずっと前から。教会でディック様に会う度、こうしたかったんです」

 セラが埋めていた顔を上げ、上目遣いでディックを見つめる。
 ディックの視線と、セラの視線が合う。

 「――ッ!」

 ディックの心臓の鼓動が早まる。

 (ちょっと待て! ずっとこうしたかったって?! まさかセラは俺のことを?!)

 動揺するディックをよそに、セラフィーネは再びディックの胸元に顔を埋める。
 すると、甘い香りがディックの鼻腔をくすぐった。

 (セラからシャンプーの香りがする!)

 セラフィーネは風呂上がりなので当然だ。

 ディックの鼓動は大きく脈打ち、顔もだんだんと赤くなっていく。

 (ななな何でこんなに動揺してるんだ俺は! 女に抱きつかれる程度これまで何百回もあっただろ! それで一度だって狼狽えたことはなかったってのに! セラだから?! 相手がセラだからなのか?!)

 「はふー。やっぱり、ディック様。イイ匂いがします。教会でもずっとこの匂いを間近で嗅ぎたいって思っていました」

 (って、おい! 神聖な教会で何考えてんだ! つか、嗅ぎたいって、よくもそんな台詞を恥ずかしげもなく……そうか! セラはずっと外の情報をほとんど与えられずに育ってきた言わば箱入り娘。自分の言葉が世間ではどう見られるかわからない。精神的な年齢は18でも、恋愛とかの知識はマジで今の姿のまんまなんだ!)

 「ディック様……大きくて、硬い……」

 セラが身体全体でディックの感触を確かめながら言う。

 (つまりこの発言も、男と女の違いを全く知らないから……考えてみりゃ『禁じられたチート能力者』は能力を保存するときしか異性と肉体的に接触する機会が無いもんな)

 「えっとな。大きいのはセラが小さくなったからで、硬いのは男は女よりも筋肉があるからだ」

 「そうなんですね、男の方の身体って不思議です。……あの、すごく熱いのも男性特有なんですか?」

 「ウグッ、そ、それは――」
 (セラのせいで気分が高揚してるからなんて、恥ずかしくて言えるわけねぇ!)
 「男はみんな体温が高い生き物なんだ!」

 「そうなんですね!」

 ニッコリと、セラは無邪気な笑顔をディックへ向ける。

 (ったく、人の気も知らないでニコニコしちゃってよー)

 「ディック様」

 「ん?」

 「これからも、私にいろんなこと教えてくれますか?」

 その問いかけに、ディックは照れ臭そうに指でこめかみをポリポリと掻きながら答えた。

 「ああ、教えてやるよ。世界は広くて、知らねぇことが山程あるってことをな」

 (……そのためにも、この戦争。絶対に勝たなきゃな)


 その後、ディックとセラフィーネは他愛もない会話を続けていき、そして、知らず知らずの間に二人は抱き合ったまま眠りに就くのだった。


 *


 時間は少し前に遡り、セラフィーネがディックの部屋に訪れて少し経った時。
 隣の部屋では、エマが心配そうに二人がいる部屋の方をジッと見ていた。

 「心配なーのですか?」

 アイリスが問う。

 「まぁね。あの二人、お互いに好いてるのは間違いないんだけど、それを自覚できるかどうか。セラは恋愛ってのをよくわかってないし、ディックも恋愛っていう過程をすっ飛ばして大勢の女性と義務的に交わってきたからね」

 「そんなに心配なら聞いちゃえばいいデース!」

 アイリスが壁に耳を当てて、二人の様子を探ろうとする。

 「やっぱり! オンボロ宿だから壁薄いデース!」

 「あ、バカ! 盗み聞きなんて真似……」

 と言いつつ、エマも壁に耳を当てた。


 『ディック様……大きくて、硬い……』


 「「 ――ッ!!!? 」」

 アイリスは目を白黒させ、エマは吹き出した。
 姉妹は壁から耳を離し、驚きの表情で互いに向き合う。

 「お、おおおい! 今セラがなんかすごいこと言ってなかったか?! 私の聞き間違いか?!」

 「いいえ! 私もハッキリ聞まーした! しかもあんなセラフィーネさんの甘い声初めて聞いたデース!」

 二人はまた壁に耳を当てる。


 『……あの、すごく熱いのも男性特有なんですか?』


 「熱いって何が?! ナニが?!」

 エマは大声をあげて叫びそうになるのを、懸命に喉の奥で抑えて小声で言う。

 姉妹は唖然とした状態のまま壁から耳を離す。

 「……マジかー。全然仲良くヨロシクやってんじゃん。ってかディックのやつ、いくら想い人だっていっても、あそこまで若返っちゃったセラに興奮しちまうのか……」

 「心配は杞憂デーシタ……」

 「そうだね……もう今夜セラは帰って来そうにないし、寝るか……」

 「寝マース……」

 いつもよりも早い時間に消灯して寝る体勢に入ったエマとアイリス。しかし、いつ隣から淫らな声が響いてくるのかと、ずっとそわそわしていたために、彼女たちが眠りに就けたのは、朝日が窓に差し込んでからだった。
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