俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第133話 束の間の休息

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 夜。
 その日の作戦会議を終えたディックはアルカトラズにある木造建てのボロい宿屋に入る。
 戦争が始まる2日後までの間、寝泊まりする場所が必要だったので、ディックが宿を確保しておいたのだ。

 借りた部屋は2部屋あり、一部屋はディックの、もう一部屋はエマ、アイリス、セラフィーネの女性陣用だ。

 ディックが宿の階段を登っていく途中、ギシギシと軋む音が鳴る。

 「ったく、こんなにボロい宿に泊まるのは一体いつ以来だ?」

 ディックとしては本当は高級な石造りの宿に泊まりたかったのだが、宿主に「反逆者を泊めて後で面倒になるのは御免だ」と言われ、仕方無く金さえ払ってくれれば良いというこの宿になってしまったのである。

 コンコンコンッと、ディックは女性たちの部屋の扉をノックする。
 どうぞ、と部屋の中から幼い声が聞こえてきたので、ディックは建付けの悪い扉を開けて部屋に入る。

 部屋の中には丸い机とそれを囲む3人分の椅子があり、その内の一つにセラフィーネが両手を膝の上に置いて行儀良く座っていた。
 両足は長さが足らないため、宙ぶらりんになっている。

 『クロノスへの祈り』の副作用で背丈が縮んでしまった彼女は、エマたちと改めて今の身体の大きさに合った服を購入し、それを着ていた。上半身が白、スカート部分が黒を基調とし、袖口とスカートにはフリルが付いている可愛らしい服だ。
 千頭に攫われる前、セラフィーネはずっと修道服を着ていたため、そのような女の子らしい格好をした彼女を見るのは、ディックは初めてだった。

 気持ちが浮つくのを自覚する。
 昨日の傷がまだ癒えず、しかも大規模な戦闘が間近に迫っていてそれどころではないというのに。
 ディックは自らの素直さに呆れた。

 「ディック様、おかえりなさい」

 長期間に渡る会議で気疲れしたディックを、セラフィーネの微笑みが優しく迎える。

 「ああ、ただいま」

 思わず顔がニヤけそうになるのを、無理矢理眉を吊り上げて仏頂面で抑えつけると、そのまま誤魔化すように話を続けた。

 「あいつらは?」

 「あ、エマ様とアイリス様なら宿の厨房を借りて今晩の食事を作ると言われて部屋を出ていかれましたよ」

 「ふーん、そっか。アイリスが調理してるのか」

 「ふふっ」

 「ん? どうした?」

 「いえ、お友達が作った料理を食べるなんて初めてなので、ついワクワクしてしまって」

 「……なーるほど」

 牢屋と教会。閉じられた空間で過ごしてきたセラフィーネは、他人との接触が少なかった。王国が彼女を従順な兵器として扱いたかったために、余計な知識を付けさせまいとしてきたのだから当然だ。
 千頭に連れ去られてジェヌインにいた間も、個室に閉じ込められ、人と話す機会は無かった。
 故に、セラフィーネにとって友人と呼べる存在はディックたちの他に知世しかいなかったし、その友人たちとも話す以外に何かした経験も無かった。

 「ま、アイリスの料理は美味いから楽しみにしと――」

 ばあんっ、と勢いよく扉が開かれた。

 「ジャジャーン! エマ特製鍋が完成したよ!」

 「は? え?」

 ディックは特製という部分に耳を疑った。

 大きな鍋を抱えたエマと食器類を持ったアイリスが部屋に慌しく入ってくる。

 「ん! よいっしょ!」

 エマが机の上に鍋を置いた拍子に鳴った、ごとっ!という音が鍋の中身の重量を物語る。
 ディックはその鍋の中を覗き込んだ。

 「ウッ!」

 緑の液体がマグマの如くボコボコと泡立っていた。その泡がボコッと爆発する度に甘ったるい臭いに混じって金属臭さが鼻を突き、身体が反射的に"それは食べ物ではない"と身震いして警告する。
 液体の表面には野菜なのか肉なのかもわからない四角状の黒い物体も浮いていた。

 場の流れが恐ろしい事態に向かって進んでいると気づいたディックは、何もかも諦めた顔をしながら椀を並べるアイリスに詰め寄って耳打ちした。

 「お、おいアイリス! 何でエマに料理させてんだよ! 死にたいのか?!」

 「おおう、ディックさーん! 私だってまだ死にたくありませーん!」

 アイリスがうぉんうぉん泣き叫んでディックに飛びつく。

 「私だって必死に抵抗したんです……でも……」


 *

 『よーし! 今夜は腕をふるうよ!』
 『ハッ! お、お姉ちゃん、何で今日はそんなにやる気になったーので?!』
 『昔さ、セラフィーネのヤツ、牢屋でも教会でも毎日代わり映えしない食事だって言ってただろ?
あの時からいつかセラフィーネに美味い飯食わせてやろうと思ってたんだよ。前までは王国の決まりのせいで作ってやれなかったけど、今はもうそんなの関係ない立場だからな!』
 (おおう……貴重なお姉ちゃんの笑顔が眩しいデース……)
 『世の中には、天にも昇るような味があるって教えてやるのさ!』
 (の、ノー! このままではセラさんが天に召されてしまいマース!)

 『ダメデース! いつも通り私がご飯を作りマース! 私だって自分の料理食べてもらいたいデース!』
 『あ、コラッ! おたま取るなよ! 返しな!』
 『ダメったらダメダメなのデース! それがみんなの幸せになるのデース!』
 『わけわからんこと言ってないで返せったら!』
 『ノー、アイ、ドント!』
 『ブチッ(血管の切れる音)そうかい、そっちがその気なら……テレポート!』
 『ワッ?! ここどこでーすか?!』
 『じゃ、料理できたら回収しに来るわ』
 『おねぇーちゃーん!』

 ― 10分後 ―

 『ふー、入れる具材はこんなところか?』
 『ゼェ……ゼェ……お、お姉ちゃん……』
 『アイリス! 戻るの早っ! 迷うように入り組んだ所に置いてきたってのに!』
 『ゼェ……私の探知能力を、甘くみては、いけませーん……ゼェ……』
 『ふんっ、流石は我が妹ってところ……って……何ポケット弄ってん――ウゲッ! そそそれは!』
 『……大人しく私に料理させますか? それとも笑顔になりますか?』
 『くっ! まさに究極の選択! けどね! 私はやるって言ったらやる女だ! 例えア○顔になろうとも私は! セラフィーネに美味しいものを食べさせてやるのさあああああああーーーー!!!!!』


 *


 「と、お姉ちゃんは素晴らしい笑顔で調理をやりきってしまいました」

 「○ヘ顔のまま調理とかヒデェ絵面だな……」

 「はい! 二人も椅子に座った座った!」

 エマの言葉にギクリとしながら、二人はエマの顔を見やる。
 普段は無愛想な顔をしているエマが、快活な笑顔を浮かべている。余程、自分の料理をセラフィーネに食べてもらうのを楽しみにしていたのだろう。
 そんなエマを、ディックも口で直接否定することはできず。
 ディックとアイリスは死刑台に登るような重い足取りで椅子に座った。

 「たくさんあるからな! 遠慮せず食べてくれよ!」

 「あ、ああ……」

 先陣を切ったディックが、おたまで緑の液体を掬って持ち上げる。
 すると、液体がビョーンとスライムみたく伸びた。

 (ちょちょちょい待て! この鍋メッチャ伸びるんだが! 片栗粉?! いや、片栗粉でこんなゴムみたいになるか?!)

 「さぁ、おあがりよ」

 「くっ!」

 エマから死の宣告を受けたディックは覚悟を決めて、椀に盛ったそれをスプーンで口に含んだ。

 「ぐぼはっ!」

 がんっ! と、ディックは机に突っ伏した。

 「おお、すっごいリアクション! どうだ? パンチの効いた味で美味いだろ?」

 「そ……そうだ……な……すげー効いた……ぜ……。………………………………エメラダの弾丸よりも骨髄に響いた………… 」

 消え入るような声を最後にディックは動かなくなった。

 「ディックさーん!」

 「ほら、アイリスも」

 「うぅ……ディックさんは覚悟を決めて犠牲になったのです……パートナーの私が逃げるわけには行きませーん!」

 アイリスがおたまを鍋の容器に突っ込む。
 その瞬間、おたまが何かに弾かれた。

 「へ?!」

 アイリスは見た。
 緑の液体の中から一瞬、ニュルッとタコの足が伸びていたのを。

 「ひぇー! 生きてマース!」

 「そりゃあ何事も鮮度が大事だからな」

 ドヤ顔で語るエマ。

 「セラフィーネの分は私が盛るよ。っと、はい」

 セラフィーネの前に、謎の黒い物体入りのドロっとした粘度の高い液体が置かれた。

 「わぁ、緑色の液がブクブク泡立ってるのなんて初めて見ました。こういう料理も世の中にはあるんですね」

 多分、世界中どこを探してもここにしかない。
 ディックとアイリスはそう思った。

 「それでは、いただきます」

 セラフィーネは手を合わせて一礼した後、スプーンで液体を救い、何度か息を吹きかけて熱を冷ましてから口の中へと運んだ。
 もぐもぐと静かに口を動かして十分に味わうと、喉の奥へ流し込む。

 「…………」

 セラフィーネは何も言わない。

 「だ、大丈夫か?」

 ディックが心配そうにセラフィーネの顔色を伺う。

 ポロリと一粒の涙が零れ落ちた。

 「せ、セラ?!」

 まさか泣くほど不味かったのかと、ディックは思いかけるが、セラフィーネの嬉しそうな表情を見てそうではないとわかる。

 「……すごく……美味しいです」

 「ホントか! やった!」

 セラフィーネの美味しい発言に、エマはガッツポーズする。

 「温かくて、ドロっとしてて、酸っぱくて」

 「うんうん!」

 「それでいて、スープは鉄の味がして、よくわからない黒いモノはパサパサして味がしなくて」

 「うんうん……うん?」

 それは褒められているのか? と、エマは首を傾げた。

 「何より、私を喜ばせようと作ってくれたエマ様の気持ちが伝わってきて……それが何よりも美味しいです」

 「そ、そう? いや、確かにそうなんだけど、あ、あははは。言われると何だか照れくさいね」

 「料理だけじゃないです。ディック様、エマ様、アイリス様。皆様とこうして同じ食卓を囲んでお話できるのが、私はとても嬉しいのです」

 瞳をウルウルさせて語るセラフィーネ。
 その彼女の気持ちがどんなものか、付き合いの長いディックたち3人はよくわかっていた。

 彼女はずっと孤独だった。
 ご飯は顔も知らぬ誰かが作り、食べるのはいつも一人。
 今晩の料理は美味しかった?
 そう尋ねてくる者もいなければ、
 この料理美味しいね。
 と、自らの気持ちを伝える相手もいなかった。

 だが、今は違う。
 気の置けない友人たちがすぐそばにいて、その友人たちから気持ちを伝えられ、自分が抱いた気持ちを伝えられる。相手の感情が知れて、自分の感情を知ってもらえる。
 人が持つ当たり前の営みを、享受できるようになったのだ。


 涙ぐむセラフィーネに、アイリスがハンカチを渡す。
 その様子を見ていてディックは思い出す。

 2年前のあの日。胸に抱いた想い。


 『……もし外の世界を見せてやれたなら、コイツはどんな顔をするんだろう』


 ディックは微笑む。

 「……そっか、そんな顔するんだな」

 セラフィーネは大輪の花のような笑顔を咲かせていた。
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