俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第126話 勘違い

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 白髪混じりの黒髪の大男は、渡辺を庇い片腕を刀柊とうしゅうに斬られた。
 並の防御力であれば腕が斬り落とされているところだが、その大男の防御力は高かった。何故なら大男は自らの皮膚を硬質化させる『鋼の肉体スティールボディ』の能力を持っていたから。

 「オルガ!」

 渡辺がうつ伏せの姿勢から、顔を上げて大男の名を叫ぶ。
 そう、大男の正体はオルガだった。

 「何でアンタがこんなところに!」

 「フッ、そんなに俺がここにいるのが意外か? それに俺だけじゃない。彼らも来ているぞ」

 オルガが視線を横に移した。
 渡辺がそれを追いかけて顔を横に向けると、アルカトラズの入り口から走ってくる二人の男女が確認できた。
 深緑のジャンパーに黒いニット帽を被った金髪の男と、青いジャージに茶色のマフラーを巻いた、紫色の長い髪を持つ女。
 その二人を、渡辺は知っていた。

 「ジェニー! それにメシュも! ば、バカ野郎、来るな! 俺の味方をしたらお前らまで巻き込まれるぞ!」

 「やれやれ、今更あの二人がそんなこと気にすると思うのか?」

 「何者かと思えば、懐かしい顔だ」

 刀柊の発する声を聞いて、再びオルガが眼前にいる刀柊の方を向き直す。

 「オルガ、勘違いをしているだろうからよく聴くことだ。お主の後ろにいる男は脱獄者だ。しかもエメラダの話によれば、王国に反旗を翻そうとしているという。故に、お主がその者を護る道理は無い。そこを退くがいい」

 オルガは目を閉じる。
 ここで渡辺を護ることは、オルガも反逆者の仲間入りとなることを意味していた。それは、26年間過ごしてきた王国との決別でもある。
 オルガも正直、今夜この場でこれほど重大な二択を迫られるとは予期していなかったが、彼にはもう迷いは無かった。
 オルガは既に、ここに来る前に揺るぎない一つの決心をしていたのだ。

 話は今日の昼間に遡る。

 オルガは東区の町外れにある墓地を訪れていた。
 そこで、ある墓石の前に屈み込んでいた。
 オルガの最初で最後のパートナーだった者の墓だった。墓の下の納骨棺には、彼女の遺骨が納められている。

 「お前さんには、結局最後まで昔の話をしなかったな」

 ボソリとオルガが墓に語りかける。

 「俺はな、人々を守る正義の味方に憧れていたんだ。笑ってしまうだろう? 前の世界でも今の世界でも何一つ守れていない俺がだ」

 オルガは思い出す。
 殺された妻子のことを。

 ……二人は俺のせいで死んだ。
 町をパトロールしている最中、俺はあの空き巣泥棒を見つけ、現行犯で逮捕しようとした。
 しかし、その泥棒に「子供の治療のために金がどうしても必要だった」と言われ、身勝手な正義感に突き動かされた俺は、そいつに少しばかりの金を渡して見逃した。
 そう……見逃して……しまったんだ。
 その結果が……二人の死に繋がるとも知らずに。

 偽善で悪を助けた罰なのか。
 見逃した犯人は再び罪を犯した。よりにもよって俺の住まいで。
 家内が留守だと思っていた犯人は、居合わせた二人に犯行の現場を見られて焦り、咄嗟に持っていたナイフで……。

 「……俺は自分が許せなかった。あのとき、アイツを捕まえてさえいれば、二人はまだこの世にいたというのに……」

 俺は人を守りたかった。
 なのに、誰かを守るどころか、一番身近で一番大事なものさえ守れなかった。
 恨んだ。
 殺人犯よりも、間違った正義を行った自分を恨んだ。こんな自分を消してやりたかった。

 俺は自身の首に縄をかけ、自らを殺した。
 

 ……それなのに、俺は神と遭遇し、能力を与えられ、蘇らされてしまった。
 俺にはわからなかった。
 何故、自ら死を選んだ男を神は生き返らせたのか。
 そのまま死なせてくれれば、いや、せめて記憶を消してくれれば楽になれた。
 この世界に来て最初の頃は、俺は神に文句しかなかった。だが騎士団に入ってから、次第にこう考えるようになった。転生はやり直すチャンスなのかもしれないと。
 そう思って、俺は新たにできた大切な繋がりと仲間を魔人から守るため戦った。

 そして、俺以外が命を落とした。

 世界が変わっても、俺は俺のままだった。

 今回も同じだ。
 あれから25年が経っても変わらない。

 「渡辺の性格から考えれば、負ければああいう行動に出ることは予想できたはずだ。俺があのとき取り押さえていれば……俺がしっかりしていれば渡辺をアルカトラズに行かせたりなどしなかった……」

 オルガは両手の拳を強く握りしめた。

 「あー、いたいた。オルガー」

 墓地に似つかわしくない間延びした声が聞こえた。
 ジェニーだ。
 ジェニーが、メシュと共にオルガのもとまでやってきた。

 「レイヤさんの言っていた通りここにいたねー」

 「どうしたんだジェニー? 俺に何か用事か?」

 「うんー、これから渡辺くんに会いにアルカトラズに行こうと思うんだけどさー、オルガもどーかなって思ってねー」

 相変わらずニヘラ顔で話すジェニーの横で、メシュはそれとは逆の顔をしていた。

 「フンッ! 本当はあんな野蛮人のために雪山などに足を運びたくないのだがな!」

 「こんなこと言ってるけどー、本当は心配で心配で仕方ないメシュ君なのでしたー」

 「な! 俺様は心配してなどいないぞ!」

 「またまたー」

 ジェニーがメシュの頬をウリウリと指でつっつく。
 その様子をオルガは微笑ましく見ていたが、次の言葉を言わなければと思うと神妙な面持ちにならざるを得なかった。

 「すまないが、俺は行かない」

 「えー、どうして?」

 「……ナベウマは、俺が好きではないだろう? 行っても嫌がられるだけさ」

 オルガは嘘の理由を口にした。だが、渡辺に好かれていないと思っているのは本当だった。
 自分が何をしても渡辺はすぐに嫌そうな顔をする。きっと自分は嫌われているのだと思っていた。

 「んー、そーかなー? バミューダのお祭りで射的したときなんか、二人とも親子みたいに仲良く遊んでるように見えたけど」

 「――ッ!」

 親子という単語がオルガの心を突き刺した。
 オルガの中で当時5歳だった息子と渡辺の姿が重なる。

 「……子供……か」

 思えばオルガ自身、不思議だった。何故25年も経った今になって、再び人を守ろうと思えたのか。
 ジェニーに――人から言われてやっとわかった。
 いつの間にか渡辺に息子の姿を見ていたからだ。あの子が何事も無く成長していたら、きっとこんな子に成長していたかもしれない。あの子が何事も無く生きていたら、こんな風に一緒に過ごしていたかもしれない。知らず知らずの内にそう思うようになり、渡辺から目が離せなくなっていたのだ。

 「そうか……俺はまた子供を……守れなかったんだな……」

 「守れなかったって?」

 ジェニーは首を傾げる。

 「……スマンなジェニー、嫌われているから行かないというのは嘘だ。本当は渡辺を守ってやれなかったから、未来に何の可能性も無くなったアイツの姿を見るのが怖いんだ」

 「んー? 可能性が無くはないと思うよ? 渡辺くん生きてるし」

 「いいや、重罪を犯した渡辺はもうアルカトラズから出られない。一生を冷たく湿った地下牢と砂埃が舞う炭坑で送らなきゃならないのさ。……渡辺の人生は終わったんだ」

 「……気に入らんな」

 メシュが言った。

 「何故もう守れないと決めつけている? むしろ、守るべきはここからではないのか?」

 「一体俺に何ができるというんだ。面会室で渡辺の話し相手にでもなればいいのか? そんなことアイツにとって何の慰めにも――」

 「違う! 外に出してやればいいと言っているのだ!」

 「なっ! メシュ、お前さん自分が何を言っているのかわかっているのか?! それは国に反逆する行為だぞ」

 「国を恐れて何もしないなら、貴様の渡辺を守りたい気持ちなどその程度だったということだ!」

 言われて、オルガはハッとした。
 オルガの脳裏にフィラディルフィアで過ごしてきた記憶が蘇る。心優しきパートナーと過ごした一年間の記憶、戦友たちと酒を酌み交わした記憶。

 メシュの言う通りだ。俺は何を恐れている?
 何故、国が定めたルールに従順であろうとする?
 違うだろう。
 俺がこの異世界に来たばかりの頃、騎士団に入ったのはどうしてだ? 国に忠誠を誓いたかったからか? 国を守りたかったからか? そうじゃない。守りたい人たちがいたからだ。

 この世界にやってきて26年、俺が果たしたい想いは何一つ変わっていない。
 自分に関わった大切な人々を守る。
 前の世界で叶わなかった願いを……果たす。

 オルガは顔を上げる。
 その目の向く先には、アルカトラズがあった。

 「二人とも、ありがとう。おかげで目が覚めた」

 オルガは走り出した。
 一心不乱に全力疾走で。大切なものを、今度こそ奪われないために。


 「ありゃー、私たちも急がないと見失っちゃうねー」

 「ならば、急ぐぞ。オルガを手伝ってやらねば」

 予想外に乗り気なメシュに、ジェニーは目をパチクリとさせる。

 「意外ー。メシュくん、国に喧嘩売るなんて絶対嫌がると思った」

 「嫌だし面倒だ。だが、ジェニーは行くのだろう? お前はそういう女だ」

 「よくわかってらっしゃいますなー。じゃー、そういうことでレッツラゴー」

 二人もオルガを追って走った。
 それから、3人は半日以上をかけて雪山を駆け抜け、アルカトラズまで辿り着いたのだった。

 そして、今に至る。

 オルガはゆっくりと目を開けて、口を開いた。

 「刀柊。確かにお前の言うとおり俺は勘違いしていたようだ」

 「理解したか、ならば退いてくれるな?」

 「ナベウマが大人しく牢屋の中で捕まっているはずがなかったんだ。マリンが病に冒されたときも、初めてのアリーナ戦のときも、俺がりょうに殺されかけたときも、ナベウマは他人の縛りを跳ね除けてきたのだからな。まったく、ここまで来る間にナベウマをどうやって脱獄させようか考えていた自分が愚かしい」

 「……お主……何を申している?」

 「わからないか? 俺はお前さんの敵だと言っているんだ」

 オルガの言葉に、刀柊は怪訝な顔をした。

 「……血迷ったかオルガ。あろうことか貴様が……人類の守護神であるルーノールと肩を並べ国を守った貴様が、国を裏切るのか!」

 「刀柊、どうやら勘違いしているのはお前さんの方だ」

 オルガが拳を構える。

 「俺が守ろうとしてきたのは国じゃない。俺にとってかけがえのない繋がりたちだ!」

 次の瞬間、オルガの鋼鉄のように硬くなった拳と刀柊の月夜に煌めく刀がぶつかり、火花が散った。
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