俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第125話 四大勇者

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 「陛下! 収容所にあった魔法陣を全て破壊しました! これにより地下を覆っていた『魔法反射』が消失!」

 フィオレンツァの前で一人の男が跪いて報告する。

 「ご苦労様です。これで外との連絡もスムーズに行えますね」

 地下牢は囚人たちのけたたましい雄叫びと騎士らの悲鳴で満たされていたが、そんな状況下でもフィオレンツァはいつもの様にニコニコと微笑んでいた。
 その横でフィオレンツァの娘であるシーナが口を開く。

 「いきなり女の人たちが来て一緒に戦ってくれなんて言ってきたときはどうなるかと思ったけど、これなら無事にアルカトラズを制圧できそうね! お母さん!」

 「えぇ、これも脱獄する上で一番の障害であったエメラダさんを、渡辺さんとディックさんが抑えてくれているおかげです」

 「た、大変です!」

 フィオレンツァたちのもとに慌ただしく女がやってきた。

 「地上にエメラダ以外の名家3人が、四大勇者が現れました!」

 「……ふふふ、流石はエメラダさん。そう簡単には行かせてもらえませんか」


 *


 「くっ……」

 「大丈夫デースか?!」

 地上でアイリスから『回復魔法』を受けていた渡辺が目眩を起こす。『回復魔法』の反動が出始めているのだ。

 「これ以上は危険デース! 回復はここまでに……」

 「いや、続けてくれ。せめて、右腕の骨と神経を繋げるところまでは。片腕を失ったままじゃ満足に戦えないし、それにだんだんとキッツい痛みがきてるんだ」

 「わ、わかりマーシタ!」

 渡辺たちを囲むようにして現れた新たな敵。
 一人は黒髪のショートヘアで小麦肌の小柄な女性だ。4人の中ではかなり若く見える。服装は黒一色で統一されており、ミニスカートを履き革製の黒の胸当てを付けている。
 矢が大量に詰め込まれた矢筒を背負い、手には弓が握られている。それら弓矢でさえも黒色であるため、夜の闇に紛れたら見失ってしまうだろう。
 真っ黒な中に唯一光る白銀の瞳は、ジトっとした形で気怠そうな印象を周囲に与える。

 二人目はモノクルをかけた初老の男。七三分けで栗色の髪の上にシルクハットを被っており、紺色のスーツに蝶ネクタイを着け、両手には白い手袋をはめている。
 男は碧眼の細目にニヤニヤとした笑みを浮かべて、渡辺たちを品定めするかのようにネットリとした視線を放っていた。
 よく見ると男の傍らには、見た目7、8歳くらいの幼女がいた。膝下にまで伸びた赤毛のツインテールが特徴的で、ピンク色のジャンパースカートに白い長袖のボレロを羽織り、頭にはカチューシャ型のベッドドレスをつけている。そんなロリータファッションの彼女の緑色の瞳には全く生気が感じられなかった。瞬き一つすらせず、死んでいるかのようだった。

 最後の一人は、まさに絵になる日本人女性といった佇まいだった。青い柄が入った和服は落ち着いた雰囲気を醸し、長いウェーブがかった黒髪を片側寄せして顕になった首筋は艶かしい。
 しかし、その艶っぽさも刺すような鋭い目つきによって一蹴される。
 女性は既に、腰に差してある一振りの打刀の柄に手をかけており、いつでも戦闘態勢に入れる状態だった。


 ディックは、幼女も含めた五人をそれぞれ一瞥すると口を開けた。

 「……ったくよぉ、エメラダの相手だけでこっちは腹一杯だっていうのに」

 「ぼやいてる暇があるなら、こいつらの特徴を教えろ」

 渡辺は4人から途方も無いプレッシャーを感じていたが、怯むこと無く冷静に対処しようとする。

 「ごもっとも。あそこにいる黒い奴はモンデラ・シャンって名前で、見てわかるように弓をメインに扱う。俺みてえに全属性の『属性付与』ができるし、あと地面に仕掛けるタイプのトラップも使ってくるから注意しろ。で、反対側にいるオッサンがグスターヴ・ヴンサンだ。人形を操って戦う珍しい戦闘スタイルの持ち主さ」

 「人形……」

 渡辺がグスターヴの隣にちょこんっと立っている幼女を見やる。

 「そういうことか、どおりで生きてる感じがしないわけだ」

 「そんでもって後ろにいるアイツが、草薙 刀柊くさなぎ とうしゅうだ。俺の前の筆頭勇者だ。ま、名前からわかると思うが――」

 「知世の、母親か」

 「ああ、そうだ。知世と一戦交わったお前ならわかると思うが、草薙家はチート能力は使わない。天知心流の技を駆使してくる。正直、得体が知れなさ過ぎてチート能力より余程おっかねぇ」


 「…………」

 刀柊が渡辺たちを無視して辺りを見回す。

 「して、お主をそこまで追い込んだ輩は何処におるのだ?」

 「そこにいる二人の男がそうだ」

 刀柊の問いかけに、エメラダは煙草の煙を吹かしながら答える。

 「……エメラダ、お主の遊び癖は不治の病らしいな」

 ギロリと、エメラダに眼光を飛ばす刀柊。

 「何故お主の子が敵対しているのかはこの際聴きはせぬが、お主がディック程度に遅れを取るはずなかろう? それに、もう一人はただの一般人ではないか。手を抜くにもほどがあるぞ」

 「私が遊んでようが遊んでまいが、私にこれほどのダメージを与えた。これは事実だ。あまり、そこの二人を侮らない方が身のためだぞ」

 「フン……」

 エメラダの忠告に、刀柊は肯定とも否定とも受け取れるような返事をする。

 「それで、私はどこに劇場を開けば良いのかね? ここでいいのかね? 観客が二人しかおらぬのは寂しいのだが」

 グスターヴが人形の頭を撫でながら訪ねる。

 「グスターヴは、収容施設の方を頼む。見ての通り囚人に制圧されかけてるのでな」

 「お、おー、あそこなら観客が大勢いるな」

 グスターヴは身を屈め、顔の高さを人形と同じにした上で語りかける。

 「良かったな、私の可愛いアリス。今夜は楽しい月夜になりそうだぞ。さぁ、遊んできなさい」

 幼女の人形は瞬きもせず頷いた後、真っ直ぐ激戦地に向かって飛び出した。

 「ん、お、おい! なんかこっちに来るぞ!」「小さい女の子?!」「バカ! こっちに来るんじゃねぇ! 危ねぇぞ!」

 向かってくる人形を、一般人の女の子だと勘違いした囚人が心配する。

 「おやおや、優しいお兄さんたちだ。アリスはどうしたい? ンッンー♪ そうかそうか、劇場に招待したいのか、それじゃ開演といこう。"第一幕:町角での衝突"」

 グスターヴの指がクイッと動く。
 すると、人形の手を覆い隠しているラッパ状の袖口からナイフの刀身が現れた。人形はそのナイフで囚人たちを次々切り裂いていく。

 人形の躯体はグスターヴの指先と魔力でてきた糸で繋がっており、グスターヴが指を動かすと人形も合わせて動作するのだ。

 「「 ギャアアアァ!! 」」

 「おお、おお! 素晴らしい歓声だ! 次は"第二幕:引き合う運命の糸"!」

 人形がフリル付きのスカートをふわりとさせ、その場で一回転した。
 すると突然、囚人たちが両足と両脇を閉じて倒れ込んだ。その囚人たちをよく見ると、細い糸が巻き付いていた。彼らは拘束されたのだ。

 「おお、私のアリス! なんとキュートな! いかん! この可憐な姿を永久保存しなくては!」

 グスターヴが懐からカメラを取り出すと、人形が戦っている様子を撮り始めた。


 「な、何だあのハイテンションじいさんは」

 ドン引く渡辺。

 「あれがグスターヴさ。あんなんだから周りも変人扱いしてる」

 「ヘーイ、渡辺さん。右腕の骨と神経は繋げマーシタ。でも筋肉はボロボロのままなのであまり無理はしないでくださいデース。次はディックさんデ――」

 「さて、我々も動くとしよう」

 アイリスがディックに魔法をかけようとしたとき、刀柊が腰の鞘から刃渡り70cmの刀をスラリと引き抜いた。

 「流石にゆっくりはさせてもらえないか。アイリス! 残念だが時間切れだ!」

 ディックが刀柊と向かい合うようにして立つ。

 「アイリスは安全な場所へ離脱しろ! 渡辺! 素手のお前に刀柊の相手は分が悪い! こいつの相手は俺がす――グハッ!」

 「そうはいかんな」

 エメラダが横合いからディックを蹴飛ばした。

 「親子水入らずで仲良くしようじゃないか」

 寝転がるディックにエメラダが覆い被さって殴りかかった。
 それをディックは片方の手でギリギリ受け止める。

 「ディック! 今行きマース!」

 「来るなアイリス! さっきも言ったろうがよ! ここから逃げろ! 足手まといだ!」

 「う……ゼッタイゼッタイ負けないでくださいネ!」

 「ああ!」

 アイリスが『瞬間移動』の魔法石でその場から避難した。

 「チッ! ディック!」

 「貴様の相手は私であろう」

 すぐにでもディックの救助に向かいたかった渡辺だったが、目の前にいる敵からとても目を離すことができなかった。
 刀柊の漆黒の瞳から目を背けられない。
 少しでも隙を見せれば斬られる。
 刀柊からはそんな重い空気が発せられていた。

 刀柊が一歩、また一歩と近づいてくる。その度に渡辺の緊張は高まり、心臓の鼓動が早まる。

 刀から逃げ回って戦うのは却って危険。一気に間合いを詰めて刀で攻撃し辛い懐に入るべきだ。と、作戦を立てた渡辺は実行に移そうと足を動かそうとした。
 しかし、渡辺の足は地面に接着剤で固定されているかのように動かない。

 「ッ?!」

 足だけではない。手も動かなかった。
 どうして。と、声に出したかったが、その口すらも動かない。

 そうしている間にも、刀柊が自分にどんどん近づいてくるというのに、渡辺は刀柊の瞳に釘付けになったまま動くことができなかった。

 「蛇に睨まれた蛙という慣用句を知っているか? ちょうど、これがそれだ」

 「わ、渡辺!」

 横目に、渡辺のピンチに気づいたディックが動く。
 自分とエメラダの位置を入れ替えて上下を逆転させた後、エメラダの顔面に向かって拳を振り下ろす。
 エメラダはこれを難なく受け止めるが、ディックの『二重行動』で生み出されたもう一つの拳を防げずにくらい、後頭部が地面にめり込む。

 エメラダが怯んだ隙に、ディックは刀柊に向けて『雷魔法』を放った。

 「ハッ! 動く!」

 ディックから飛び火した雷の閃光が刀柊を飲み込んだのをキッカケに、体が動くようになった渡辺は刀柊から距離を取る。

 渡辺を助け一安心したディックがエメラダを見下ろす。

 「へっ、流石のあんたも疲れてるみてぇだな」

 「ほう? 何故そう思う?」

 エメラダが埋まった後頭部を首の力で持ち上げて言う。

 「この期に及んで強がるなよ。何で銃を使わない? アンタから銃を無くしちまったらただのイキってるババアになっちまうっていうのに」

 「…………」

 「答えは簡単だ。もうアンタには『弾丸創造』ができるほどの集中力が無いんだ。実際は視界がグラグラ揺れてる状態なんじゃないのか?」

 「フッ……」

 エメラダがニヤッと笑う。

 「ったく、素直じゃねぇなあ。体ガタガタの癖にもうちっと親孝行したくなるような表情ができねーもんかね」

 「ガタガタなのは……」

 エメラダがディックの二の腕を掴むと、親指の爪を強く押し込んだ。

 「お前も同じだろう?」

 「ガッ! アアアァ!!!」

 二の腕には弾丸で穿たれた傷があり、そこを爪で抉られたディックは堪らず叫び声をあげてエメラダから離れた。


 「ディック! チッ! 助けに行きたいが」

 渡辺は歯痒い思いを抱きながら、刀柊の方を見る。ただし、目は直視しないようにして。
 自分を襲った金縛りに似た現象がどうやって引き起こされたか、その仕組み自体は不明だったが、先刻ディックの『雷魔法』が刀柊の瞳を遮った拍子に動けるようになったことから、元凶はおそらく刀柊の目にあると渡辺は予想していた。

 「戦いの勘は悪くない。よくぞ一回だけでこの極意の仕掛けが目にあると見抜いた。しかし、勘だけで実力差は埋められぬものと知れ。若人よ」

 刀柊が消えた。
 渡辺は『瞬間移動』したのかと思ったが、それは『瞬間移動』でも何でもなかった。
 刀柊が持つ純粋な速さ。
 渡辺の目はその速度に追いつけない。
 つまりそれは、次の攻撃を避けられないことを意味していた。

 渡辺の脇腹を、刀柊の刀が薙ぎった。

 「ぐっ!」

 ガインッ!

 「む? 硬い……『防御支援』で守られているのか。ならば、その魔法が無くなるまで切り刻んでくれよう」

 「ツッ! ウッ!」

 1本であるはずの刀が、まるで何十本もあるかのように、銀の軌跡がいくつも同時に描かれる。
 渡辺はどうにか"観の目"で反応しようとするが、そもそも刀柊の刀を視認出来ていないので捉えようがない。
 なす術なく、渡辺は斬撃の海に溺れる。

 
 「……もしかして……僕……何もしなくて……いい?」

 追い詰められる渡辺とディックを、無表情でボーッと眺めていたモンデラが呟いた。
 それに気がついたエメラダが声をかける。

 「モンデラはそこでいつもの様に呆けてればいい。私たちだけで片を付ける」

 「ん……わかった……僕……ここで見てる」

 渡辺は魔力の鎧越しに伝わる衝撃だけでも気を失ってしまいそうだった。
 消えかける意識の中で渡辺は思う。

 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! 負けたくない! 負けるわけにはいかない! 俺は彼女たちを助けたいんだ! この腐った世界から! 守りたい! なのに……それなのに……眠くなって……いく……。


 『エメラダ、モンデラ、グスターヴ、刀柊、全員跪きなさい』

 遠くから、声が響いた。

 「「 ッ!!! 」」

 直後、四大勇者たちが腰を落としかける。
 それにより刀柊の手が止まり、渡辺は斬撃から解放されて地面に横たわる。

 「おやおや、ついに真打ち登場か」

 微笑を浮かべるエメラダの視線の先には、フィオレンツァがいた。
 地下の制圧が完了し、地上へ出てきたのだ。

 「よもや、かつて主君とまみえることになろうとは。人の縁というものは得てして妙であるな」

 刀柊がもつれかけた足を立て直し、姿勢を正した。グスターヴとモンデラも同様に体勢を戻す。
 その様子をフィオレンツァの隣で見ていたシーナが慌てふためく。

 「ど、どういうことよ、お母さん! 『絶対服従』が効いてないじゃない!」

 「あらあら、困ったわね」

 「あらあら……ってそんな呑気に!」

 「落ち着いてシーナ。決して効果が無いわけじゃないわ。でも『絶対服従』の力を最大限発揮するにはここからじゃ離れすぎているわね」

 「ハーハッハッハッ!」

 フィオレンツァとシーナが会話しているところへ、グスターヴの高笑いが響いてきた。

 「お久しゅう御座います、女王様! いやはや25、年ぶりの再会ですな! もう50近いはずだというのに、昔と変わらずお美しい」

 「グスターヴ、あなたも変わらず人形を愛しているようですね」

 「えぇ、そりゃあもう、愛してますよ」

 グスターヴの周りに『道具収納』による紫色の穴が開いていく。それも1つや2つどころではない。100を超える穴が開かれる。
 その中から、次々に幼女の人形が現れた。それら人形の一体一体が全て異なる髪型と服を着ている。

 「愛し過ぎて、こんなに増えてしまいました」

 100体を超える数の人形が一斉にフィオレンツァに向かって飛び出す。
 彼女をこちらに近づかせないつもりなのだ。


 「邪魔が入ってしまったが、今度こそ終わりだ。名も知らぬ男よ」

 倒れている渡辺の前で、刀柊が刀を高々と振り上げる。

 「ワタナベ!!」

 叫ぶディック。
 だが、意識が朦朧としている渡辺の耳には届かない。

 「……これは、まずいかもしれませんね」

 フィオレンツァがチラリと渡辺の方を見た。

 「しかし、ここで終わるのもまた良し。の希望がその程度であっただけの話なのですから」

 刀柊が無法者の渡辺に相応しい刑罰を実行した。
 はずだった。
 しかし、その一撃は渡辺の前に突如現れた男によって防がれた。

 「何?」

 刀柊が眉間にシワを寄せる。

 渡辺はボヤけた視界の中でその背中を見て、思わず目を見開いた。
 その後ろ姿は見知った人物のものだったのだ。

 「まったく……お前さんはいつもボロボロだな、ナベウマ」
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