俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第119話 シンプルからの脱却

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 夕方。
 利害が一致しフィオレンツァと協力関係を結んだ渡辺が牢獄へと戻った頃。

 アルーラ城でも一人の男が動き出そうとしていた。
 ディックである。

 ディックは現在、エマ、アイリスを連れ立って、アルーラ城最下層の地下牢を訪れていた。
 壁に背をつけ、胡座をかいて座るディックの前にはいくつもの牢屋が横に並んであり、鉄格子の間から『禁じられたチート能力』を持つ若者たちが顔を覗かせていた。
 皆、ディックたちに釘付けになっている。
 普段は鎧や剣を装備した人間か、黒の司祭平服を着た人間が来るのに、黒いダウンジャケットを着た銀髪男と、黒タイツにショートパンツを履き深緑のチェスターコートを着た目つきの悪い緑のツインテール女、ビキニアーマーを着たナイスバディな金髪ロングな女、と初めて見る服を着た人物が三人もいたので、興味深々なのだ。

 「……突然ついて来いって言うもんだから、ついてきてみれば、一体どういうわけ? 見張りを気絶させて立ち入り禁止がされてる最下層に踏み込むなんて。後で騒ぎになるのわかった上でやってるんだろうね?」

 「……アイツの産まれた場所がどんなところなのか見たくなってよ」

 アイツとはセラフィーネのことであり、付き合いの長いアイリスとエマはそれをすぐ理解する。

 「……最近、センチメンタルな空気漂わせてるけど、なんかあったの? この前新しく入ってきた……ミカだった? あの娘とも全然することしないし」

 「ワタシも心配デース。ひょっとしてディック、私の作ったお薬、効いてないのデースカ?」

 アイリスの質問に、ディックは失笑する。
 実は、ディックは性行為の前に、アイリスの薬を飲まないと男の象徴が機能しない。ディックは心因性のEDだった。
 人前で散々下ネタを垂れ流していた男が、そのような悩みを抱えていると予想できる者はほとんどいないだろう。
 だからこそ、ディックは虚勢を貼り続けてきたのだ。自分がEDだと悟られぬようにするために。

 自らが持つ強力なチート能力を次の世代へ渡していくことが勇者の役目だ。その勇者が“不能”だと知られれば笑い者にされるし、酷ければ勇者としての適性だって疑われる。
 それが嫌だったので、ディックはエマとアイリス以外には隠し続けてきている。

 「別に薬は関係ねーよ。ただ、そんな気分になれないってだけだ」

 「だから、それが何でよ? アンタひょっとして、あの渡辺とかいうガキのこと気にしてんの?」

 「…………」

 ディックは言葉を発しなかったが、エマには十分な返答だった。

 「え、嘘、マジ? どうしてまた……まさか……今更相手のパートナーを奪い取るのを申し訳なく思ってるとか?」

 「そんなんじゃねぇよ……なんつーか、ただ……」

 「ただ?」

 「……知りたくもねぇことを、知っちまったのさ」

 ディックは8日前の渡辺とのアリーナ戦を思い出す。
 互いの拳同士がぶつかり合って稲妻状の光が迸ったのと同時に、ディックは体験してしまった。

 視界は金色に包まれて何も見えなかったが、痛みと感情がディックに伝わってきたのだ。
 痛みには、殴られてると思われる直接的なものもあれば、胸の奥に針の先がチクリと刺さるかのような小さな痛みもあった。特にその小さな痛みは経験したことがなく、ディックは動揺した。最初は大したものではないと思っていた小さな痛みは、ジワジワとディックを恐怖させた。
 殴られて痛いのは一時的だ。
 だが、小さな痛みは、治らない。治らない痛みが一つ一つ確実に積み重なって、ディックという存在を死へと近づけていく。

 どうすることもできずに、このまま死ぬのではと、そう思ったときだった。
 感情が――殺意がディックを奮い立たせた。
 降りかかる逆境に耐え抜かんとする殺意。
 強大な敵を討ち滅ぼさんとする殺意。
 ディックは信じられなかった。これほどの恐怖に耐えられる忍耐と立ち向かう勇気を持つ意思が存在することを。

 あの意志は誰の者だったか。
 おそらく、金色の光を放った張本人であろう渡辺だとディックは予想しているが確証はない。

 ただ、一つだけ間違いないのは、ディックは立ち向かう心を知ってしまったことだ。


 「さっきからアンタらしくない回りくどい言い方するね、ホント。それで何を知ったんだ?」

 エマが問う。

 「……俺はよ。知ってると思うが難しいのは嫌いでね。寝床で女を悦ばせるならモノが大きければいいと。それぐらいシンプルな方が、わかりやすくて良いと思ってる……そう思いたかった。けど、実際はそうじゃない。女を絶頂させたきゃ、いろんなテクニックが要求される」

 「オーウ! ディック! そんなことを気にしていたんデースネ! でも大丈夫デース! 昔プレイしたとき、ワタシとお姉ちゃん、ディックの指先でしっかり――」

 スパーンッ! と、気持ちの良い音が、廊下に響く。エマがアイリスの尻を叩いたのだ。本当は後頭部を叩きたかったエマだが身長差の関係上こうなる。

 「イッターイッ!」

 「ったく! そういう話じゃないっての!」

 頬を若干朱く染めて言うエマと叩かれた尻を擦りながら「えー」と不満の声を漏らすアイリスに、ディックは小さく笑う。

 エマはコホンッと咳払いをして、続きを話す。

 「あんたが言いたいのは、世の中は思ったより複雑だってことだろ? そんなの今更じゃないか」

 「いや、それが今更でもないのさ。俺は今になってようやく、デカけりゃいいっていう考えは間違いだったってわかったんだからな」

 「……あんた……ひょっとして」

 「――勇者。っていうのは、戦うために産まれた存在だ。勇者の中にはその決定付けられた宿命に唾吐くヤツもいるが、俺はそれでもいいと思ってきた。俺が前に立つことでオメェの守りたいもんが守れるなら、勇者も悪くないってな」

 ディックの頭の中で、セラフィーネの柔らかな笑顔が呼び起こされる。

 「けど違った。俺は自分に嘘をついていた。鳥籠の中の鳥をただ守ってればいいとシンプルな考えに甘んじていただけだ。鳥は自由に空を飛ぶべきだって言うのに、俺は解き放たれた鳥の未来が予想できなくて、鳥籠の扉を開けるのを怖がっていたのさ」

 「……そうかい……」

 ここまで聞いて、エマはディックが何をしようとしているのか、全てを察した。

 「国に反逆しようって言うんだな?」

 「ああ、そうだ」

 ディックは、目の前に並んだ鉄格子を一瞥して言う。

 「俺はこの鳥籠をぶち壊す」

 「……はぁー、これはまた大仕事になりそうだなー」

 「……横でポカーンと口開けてるアイリスは置いといて、エマは驚かないんだな」

 「バーカ、何十年の付き合いだと思ってんの。アンタが腹に抱えているものなんて丸わかりだっての」

 「……ヘッ、流石は俺のパートナーだ。よくわかってるじゃねぇか」

 ディックは立ち上がると、片方の拳をエマの前に出した。
 すると、エマはニッと笑いながら、その拳に自分の拳を合わせた。

 「アイリスはどうするんだ? 俺についてくるのか?」

 ディックの問いかけにアイリスは丸くしていた目を元に戻すと、片方の手を腰に当て、目元で横向きのピースサインをした。

 「もっちろんデース! ディックがやりたいと思ったことなら、それは正しいことなのデースカラ! 何があろうとついていきマース!」

 「……ったく、国に喧嘩売ろうっつーのに、二人とも少しくらい迷えよな」

 二人の賛同が得られるのは予想できていたが、こうもあっさり了承されるとは思わなかったディックは、一週間悩み続けていた自分がバカらしくなり自嘲した。


 「それで、これからどーするのさ?」

 エマの質問に、ディックは予め用意していた返事をする。

 「まずは一世一代のパーティに参加してくれるお仲間探しからだな」

 「当てはあるのかい? まさか、勇者仲間を誘うわけじゃないだろ?」

 「はっ、んなことしたら即行で密告されて豚箱行きだな。とりあえずは一人、誘っておきたいヤツがアルカトラズにいる」
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