俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第118話   異 世 界 転 生

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 今より138年前。
 異界歴0年に一隻の船が300人あまりの人類を連れて、異世界ウォールガイヤに現れました。

 彼らはわけもわからないまま神から能力を与りパートナーと共に別世界へ放り出され、途方に暮れていました。
 知らない土地、知らない動植物、知らないパートナー、魔力という謎の力。何が安全で何が危険かもわからない状況下で、パニックに陥っていました。

 そんな彼らを一人の女性が導きました。
 その女性こそが、後に初代女王となるアルーラです。
 アルーラは人々に食べられる木の実や植物を教え、様々な種類のモンスターの倒し方も伝えました。
 アルーラから生きる術を学んだ彼らは、森の木を切って現在のバミューダの元となる家屋を建てていきました。

 異世界の新人類はこうして誕生したのです。


 また初めは、得体が知れないパートナーたちを気味悪がってた転生者たちでしたが、彼らと行動を共にする内に、彼らに悪意は無いと結論付け、親密な関係を築き上げるようになっていきました。


 人類は子を産み、育て、人口を増やし、生活圏を広げていきました。
 そうして異世界ウォールガイヤが、転生者たちにとって第二の故郷として定着しつつありました。
 その頃です。
 異界歴30年。
 人類の前に魔人が突如として、現れました。

 魔人エーアーン。
 人間の腕や足、背中から鳥の翼を生やした見た目の存在が、同様の姿をした部下たちを引き連れて、空から襲来したのです。

 魔人たちは鋼のような硬度をもった羽根で、次々に人間を切り裂き惨殺しました。
 もちろん、人々も必死に抵抗したのですが、魔人の圧倒的な力の前では為す術もありませんでした。

 一週間後、魔人たちが撤退した跡にはほとんど何も残されていませんでした。
 家屋は破壊され、育てた作物や家畜も台無しにされ、人類も大きく数を減らされてしまったのです。これが現在に伝えられている第一次魔人戦争です。

 魔人の存在を目の当たりにした人類は、魔人に対抗するための力を求めました。より強い肉体と能力を。
 その結果が、勇者でした。


 時は流れ、バミューダの街はアルーラの娘である二代目女王の統治の元、発展を遂げ、木造だった家は石造りに姿を変え、道も石畳に整備されました。
 また、バミューダから遠く離れた山であるこの雪山、アルカトラズで魔法石とミスリルを発見したことで、人類はより高度な文明と力を手にしていきました。

 その最中で、第二次魔人戦争は起きました。
 異界暦62年、魔人アクアリットが単身で海からやってきたのです。
 アクアリットの作り出した大津波がバミューダを飲み込み、魔人は再び人類から長い時間をかけて積み上げてきたものを根こそぎ奪っていきました。

 第二次魔人戦争は戦争と名付けられてはいますが、戦争というものさえ起きていません。人々は抵抗するどころか生き残るのに精一杯でした。津波に、打ち勝つ程の力など人類は持ち得ていなかったのですから。

 災害とも呼べる力を前にして、多くの人々は二代目女王と共に内陸へ逃げるように去っていき、そこで新たな街を造ったのです。
 その街は異界歴63年に一度に転生してきた16人の転生元からフィラディルフィアと名付けられました。


 「ん……」

 フィオレンツァはカップに口を付けて一口飲むと、口を離しカップをまた受け皿の上に置いた。

 「わかりますか?」

 「……何がだ」

 渡辺が変わらず剣呑な声色で聞き返す。

 「魔人がいたから勇者が産まれ、魔人がいたから兵器が作られ、魔人がいたからフィラディルフィアという高い壁に守られた街が造られた。異世界ウォールガイヤの人類史の裏には常に魔人の存在があったのです」

 ここまで聴いて、渡辺はフィオレンツァが言わんとしている内容を推し量った。

 「……カトレアも数多く積み重ねられてきた歴史の一つでしかないと?」

 フィオレンツァは頷く。

 「彼女は元々、少しばかり歴史に詳しいだけの一般人でした。女王と血の繋がりもなければ、騎士ですらない。そんな彼女が私に言いました。「お前のやり方では甘い。それでは国を守れない」と」

 「ふん。それでアリーナ制度かよ」

 「はい。ですが、受け入れることはできませんでした。理由はあなたと同じです。そのような非人道的な行為が許されるはずがないと。私は何度もカトレアを門前払いにしました」

 「……だが許した。何故だ」

 「25年前の第三次魔人戦争、魔人と人間の力の差を眼に焼き付けた私は、酷く諦念しておりました。そこへ彼女がいつもと違う様子でやってきたのです」

 「違う?」

 「彼女は血まみれで、涙を流し、亡くなった子供を抱き抱えていたのです。心を悲しみと憎しみで一杯にしながら。そう、彼女は娘を魔人によって殺されたのです」

 「…………」

 娘が殺された。
 母親がどうであれ、その悲しい事実は渡辺から殺気を取り払うのに十分な話だった。吹き続けていた風も収まる。

 「最後に私の元へやってきた彼女は、私のパートナーであったルーノールを欲しがって、私に勝負を申し込んできました。おそらくカトレアは自分で別の国を建てようとしたのでしょう。それで人を駆り集めるためにルーノールの求心力を利用しようとした」

 「……それで、勝負したのか?」

 「いいえ。私は勝負せずルーノールを彼女に譲りました。女王の位と一緒に」

 「な!」

 予想を超えた返事に、思わず渡辺は体を前のめりにした。
 女王は全ての事柄に口出しができ、国内のルールも自由に操れる。臣民たちの生殺与奪の権を握っていると言っても過言ではない立場だ。それなのに、家族でも国民から人望があるわけでもない一般人に譲位した。
 国のトップが、国民に断りも無しにそんな行いを軽々しくやっていいわけがない。

 「その後、私の心変わりを恐れたカトレアは、仕えていたパートナー、近衛兵共々、私をアルカトラズへ収監したのです」

 「……わからねぇ。何で、カトレアを女王にしたんだ。娘を殺されたカトレアに同情でもしたのかよ」

 「心です」

 「心?」

 「私とは全く違う景色を捉えている心でした。この方であれば、もしかしたら私の想像もつかない方法で魔人たちを倒してくれるかもしれない。そう思ったのです」

 「……ハァー」

 渡辺が深いため息を吐いた。

 「また魔人か……オルガとディックのクソ野郎もそうだったけどよ。どいつもこいつも魔人魔人って、魔人がそんなに怖いのかよ」

 やれやれと呆れた態度で訊く渡辺だが、次の返答に違和感を覚えることになる。

 「…………」

 これまでどんな質問に対しても微笑みを崩さず即答していたフィオレンツァが、初めて言葉を詰まらせたのだ。
 何かを言おうと口を開きかけては、またすぐに唇を結び。視線も渡辺ではなく、どこか遠くに焦点が合わさっている。
 しかし、それは10秒にも満たない出来事だった。

 「はい。怖いです」

 フィオレンツァが答える。
 渡辺はこの返答の遅れに妙な雰囲気を感じたものの、その部分を掘り下げたところで自分の得になるような話は聴けないだろうと判断し、無視を決めた。


 「そうかい……それで、結局アンタがカトレアを悪く思わない理由だがよ、それで全部か?」

 「はい」

 「なら、ダメだな。俺はカトレアを許さない。だいたい理由なんて関係ないんだよ」

 そうだ。どんな大義名分があろうが、人の心を踏み躙る行為がまかり通っていいはずがない。
 だってそうだろ。
 俺をイジメてきたアイツらにどんな理由があれば許せる? 例えるならそれは、胃とか喉とか腹にナイフを突き立てられた後で、ごめん。これこれこういう理由でやらなきゃいけなかったんだ。って言われるようなもので。殺されかけて、はい。そうですか。なんて言えるわけがない。

 「なるほど。それが今のアナタを構成している根っこの部分ですか」

 「――ッ! テメェは! 人の過去に土足で踏み込んでんじゃねぇ!」

 入り込んで欲しくない場所へ入り込まれた渡辺は激昂して、足で机を蹴り上げようとした。だが、

 「ッ?! 足が、重い!」

 途中まで上げた足が、下へ一気に引っ張られた。

 「ジイ、大丈夫だから」

 攻撃の犯人はジイだった。
 ジイは正座したまま、片方の手のひらを渡辺に向けて『重力魔法グラビティ マジック』と呼ばれる重力を操る魔法を放っていたのだ。
 ジイはフィオレンツァに言われて魔法を解く。

 クソ、足が鉛みたいになったのは、爺さんの魔法によるものだったのか。ボケてそうな面してる癖に、やりやがる。

 「ごめんなさい。私の能力は常に発動しているので、視たくなくても視えてしまうのです」

 「……チッ。話したいことはこれで全部か? じゃあ、終わりだな。アンタが国のやり方を認めても俺は認めない。何も状況は変わっていない。無意味な会話だったな」

 「まだ終わりではありませんよ。むしろ、ここからが本題なのです」

 「何?」

 「渡部さん、共にフィラディルフィア王国に反旗を翻し、私がまた女王になるのを支援してはいただけませんか?」

 「……は?」

 これまでの会話は何だったのか。
 そう思わずにはいられないフィオレンツァの度肝を抜く発言に、渡辺は開いた口が塞がらなかった。

 「お母さん?! わ、私そんな話初めて聞いたわよ!」

 これには娘のシーナも驚く。

 「今まで黙っててごめんね。既に私に仕えている者たちには伝えていたことなのだけれど、あなたにはショックが大きいと思って話さずにいたの」

 「ショック? むしろ逆よ! お母さんこそ本物の女王なんだから!」

 シーナが嬉々とする。

 「お、おいおい。お前さっきまで王国を肯定して……」

 「ええ。していました、数年前までは。ですが、限界が見えてきたのです」

 「限界?」

 「カトレアのやり方では魔人は倒せない」

 ……何だよ、それ。
 魔人が理由でカトレアを認めたかと思えば、今度は魔人が理由でカトレアを潰そうとしている。
 勝手だ。勝手過ぎる。
 いや、もちろん、散々好き勝手してきたカトレアに情状酌量の余地は無いが……無責任な振る舞いだ。この異世界はどこまで魔人を中心に回れば気が済むんだ。

 「お気に召しませんか? 反逆に乗じて、マリンさん、ミカさん、市川さん、デューイ君の4人を助けることだってできるのですよ?」

 気に入らないわけがない。
 仲間ができれば、今よりも脱獄の手立てだって増えるだろう。しかし、簡単に自分の意見を曲げるような人物を信頼していいかどうか。

 「ふふふ、いいんですよ。じっくり考えても」

 「……テメェ、わかってて言ってるだろ」

 ニコニコと話すフィオレンツァが憎らしい。
 渡辺に迷っている余裕は無い。
 今こうしている間にも、マリンたちが傷ついているかもしれないと思うと胸が張り裂けそうだった。

 「……いいぜ、手を組んでやる」

 「まぁ」

 フィオレンツァが喜びの声をあげる。

 「ただし、一つ確認だ」

 「はい。私が女王になった暁には、アリーナ制度を撤廃するのと、『階層跳躍』の能力を持った転生者たちを自由にすることを約束しましょう」

 こちらが言う前に解答。
 フィオレンツァとの会話は早く済むから楽でいいもんだな、と渡辺は思った。

 「交渉成立だな」

 「渡辺さんと手を組めて良かったです。あなたはきっと大きな戦力になるでしょうから」

 「おべっかはいい。まずは、これからどうするつもりなのか教えろ」

 「4日後に外部の協力者と合流する予定なので、その時に作戦をまとめる計画になっています」

 渡辺の表情が険しくなる。

 「4日後だって? ダメだ遅すぎる。今からにしろ」

 マリンたちが連れ去られてからもう8日も経ってる。これ以上は時間をかけられない。

 「渡部さん、お気持ちはお察ししますが……あ……」

 フィオレンツァは言葉を呑み込んだ。
 女王の心を読む能力は、単純に考えている内容がわかるだけではない。その思いの強さまで量ることができる。
 渡辺のマリンたちを一刻も早く助けたいという思いの強さは、生半可なものではなかった。下手な発言は火に油を注ぐことになる。燃えやすい渡辺の感情は爆発する勢いで燃え上がるだろう。そうなってしまえば、計画を台無しにされる危険もある。
 なので、フィオレンツァは慎重に言葉を選んだ。

 「わかりました。外部の者と相談してみます。ですが、今日中には無理です。外とやり取りするのも簡単ではないですから。どうか、1日は我慢してください」

 1日。
 おそらく渡辺が我慢できる範囲はそこまでしかないと、フィオレンツァは判断した。
 本当は1日で処理するのは不可能なのだが、この場を凌ぐため、方便を並べた。

 「…………」

 一層、渡辺の顔が険しくなる。葛藤しているのだ。
 たった1日。されど1日。
 その1日でマリンたちが何かされるかもしれない。
 しかし、自分が無茶を言っていることがわからないほど、渡辺も盲目的ではなかった。
 確実にアルカトラズから出るためには、最低限度の準備は必要だろう。
 そう考えた渡辺は、それに従った。

 「わかった。明日までは待つ。だが、それを過ぎるようなら俺は一人でやらせてもらうからな」

 「わかりました」

 「要件は今度こそそれで全部か?」

 「はい、これで全部です。ご協力を約束していただいてありがとうございました。ジイ、彼を元いた場所へ」

 用が無いならこれ以上ここにいる意味もない、という渡辺の心の声を聞いて、フィオレンツァはジイに渡辺を連れて行くよう指示した。

 ジイと渡辺が階段の方へ歩いていく。


 「渡部さん、最後に一つだけいいですか?」

 フィオレンツァの呼び止めに渡辺はまだ何かあるのかと、うんざりしながら振り向いた。

 「渡部さんは、この異世界にやってきてから多くのものを学びましたよね」

 いきなり話が全く別の方向を向いたものだから、渡辺は呆気にとられた。

 何だ? いきなり何の話をしてるんだ?

 「ねぇ、渡部さん。人と人のつながりは、まるでのようだと、そうは思いませんか?」

 「……は?」

 意味がわからなかった。この女は何を言ってやがる?

 「そう思えたのなら、きっとあなたは今よりも一歩前へ進んでいますよ」

 「……わりぃけど、ナゾナゾに付き合ってる余裕はねぇよ」

 渡辺の捨て台詞と共に、階段への道が『土魔法アース マジック』によって閉ざされた。


 「…………はー、怖かったー」

 渡辺たちがいなくなってすぐに、フィオレンツァが机にぐったり突っ伏した。

 「お母さん、大丈夫?!」

 心配になったシーナが、フィオレンツァの側まで駆け寄る。

 「大丈夫よ。少し疲れただけだから」

 娘を不安にさせまいと柔らかい表情をしつつ、フィオレンツァは次のことを心の中で思っていた。

 渡辺 勝麻君か。
 改めて向かい合って話してみてわかった、恐ろしいほどの強い殺意を纏った男の子ね。確かにエメラダさんの言うとおり、可愛い男の子というのは訂正した方がいいのかも。

 ……ふふふ、なるほどね。あなたが何故、あの能力を彼に与えたのか、よくわかったわ……でも、とても狭いわ、彼の見ている景色は。
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