俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第117話 お爺さんに導かれて

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 「おい、そこの爺さん何やってるんだ! 持ち場に戻れ!」

 老人が渡辺を連れて坑道を出ようとしたところ、案の定、そこを監督している者から呼び止められる。
 監督者が鞭を片手に老人の前までやってきた。

 「どんなつもりか知らんが、この俺に断りもなしに――」

 老人が監督者のズボンのポケットに何かが入った袋を忍ばせた。
 チャリンッと金属同士が擦れる音が鳴る。渡辺は何を渡したのか察した。金だ。

 「…………」

 監督者は黙ると、野良犬を追い払うかのようにシッシッと手を振って仕事場へ戻って行った。


 *


 老人は渡辺と人気の無い建物の裏側まで移動すると、魔法石で『土魔法』を使った。
 足元の地面がスライドし、地下へ続く階段が現れる。

 砂っぽい坑道にいるよりはマシかと思ってついてきちまったけど、この爺さん俺をどこへ連れていくつもりだ? まさか新人いじめとかじゃないだろうな。

 渡辺は映画やドラマで刑務所を舞台にしたシーンによくそういった展開があったのを思い出しつつ、老人とともに階段を降りた。

 老人が壁に掛けられていた松明に『炎魔法』の魔法石で火を点してから、『土魔法』を使って入り口を閉じた。
 外からの光が無くなると内部は一気に暗くなる。火が無ければ完全な真っ暗闇だ。

 「足元に気をつけるのじゃ」

 階段はずっと下に続いているらしい。
 手錠を掛けられて受け身が取れない状態の渡辺は、階段を踏み外して転がり落ちぬよう慎重に歩を進めた。

 しばらくすると、前に壁が現れて行き止まりになった。

 「ん? 何も無いけ――」

 「しーっ」

 老人が指を口の前に立てて、渡辺に静かにするように訴える。
 よくわからないまま、老人の指示に従って黙っていると、

 「入って大丈夫よ、ジイ。看守方には眠ってもらったわ」

 「ッ!」

 奥からいきなり女性の声が聞こえビクリとする渡辺を他所に、老人は『土魔法』で前の壁をスライドさせた。
 奥から人工的な光が差し込む。
 老人は不要になった松明の火をフッと一息で消すと壁に掛け、奥の部屋へと進んで行った。
 渡辺も追って中に入ると、そこは見覚えのある空間だった。
 無機質な灰色の壁に鉄格子。
 階段の先は、なんと渡辺がいた収容所に繋がっていたのだ。

 しかし、渡辺にとってそんな事実は些細なことだった。
 目の前にいる人物に比べれば。

 「昨日は手荒な真似をしてしまってごめんなさい」

 毛先がカールしている金髪のロングヘアに、緑のドレス。フィオレンツァが顔をニコニコさせて立っていた。

 「チッ!」

 フィオレンツァの憎たらしい笑顔が鍵となって昨日の記憶が一気に蘇った渡辺は、一歩後ろへ下がって臨戦態勢をとる。

 「安心してください。私はただあなたと昨日のお話の続きがしたいだけです。ですから、どうぞ椅子にお座りください」

 と言われても、渡辺は構えを崩さない。闘いになるなら、まずは地形を理解しなければと、目を左右に動かして状況を確認する。

 鉄格子と壁で囲まれた部屋……ここは、牢獄の中?! てっきり、あのエメラダとかいう女の仲間だと思ってたが、囚人なら違うのか?
 いや、待て、囚人かどうかも怪しいぞ。

 渡辺がそう思うのも無理はなかった。

 ここの牢獄は明らかに他とは違う。
 4人で囲えるぐらいのダイニングテーブルが中央にあり、椅子もそれだけの数が揃っている。壁際には冷蔵庫やコンロ、衣装棚までもがあり、普通に住んでも不自由無く暮らせそうな空間だった。
 反対側にはダブルサイズのベッドがあり、上にはふかふかな布団に、金髪のポニーテルでスカートを履いた女の子が座っている。

 な! 仲間が、もう一人いたのか! フィオレンツァと部屋の内装に気を取られて気づくのが遅れた!

 渡辺は正体を探るべく、その女の子を凝視した。
 歳は渡辺と同じくらいだろうか。瞳の色はフィォレンツァと同じ翠玉色。ふんぞり返って、腕を組み、足を組み、と非常に偉そうな態度をとっている。

 「頭が高いわ」

 「は?」

 「頭が高いって言ってるのよ。私達より頭を低くして」

 偉そうな態度かと思えば、しゃべる内容も偉そうだった。

 「こらこら、お客様に失礼でしょ、シーナ」

 ティーバッグ入りのカップを机まで運びながら、フィオレツァが諭す。

 「何でよ! お母さんは女王なのよ!」

 「何度も言ってるでしょう。今の私は女王じゃないわ」

 「そんなことない! 皆だって、礼儀を尽くしてるじゃない!」

 「あれは私がまだ女王だった頃の癖が抜けてないだけよ」

 「違うわ! お母さんが本当の女王だからこそ、皆今も変わらない態度でいるのよ!」

 おっとりとした口調で話すフィオレンツァに対してシーナは声を荒げる。

 女王? こいつが? 確か王国の女王はカトレアってヤツだったはずだが……会話の内容から察するに前任者か?
 まぁ……どうでもいいか。

 渡辺は、自分を蚊帳の外に繰り広げられる言い争いを見て嘆息した後、構えを解いて椅子に腰を下ろした。
 向こうには本当に闘う意思が無いと思ったのだ。

 「あら、お話ししていただけるのですか?」

 「親子喧嘩を見せられるくらいなら、話してた方がマシだ」

 「まぁ。嬉しい」

 「ちょ、ちょっと! 話はまだ終わってないわ!」

 シーナは話が途中で放り出されそうになるのを防ごうとするが、フィオレンツァは頭を左右に動かして拒否の意思表示をした。

 「私は渡辺さんと大切なお話をしなくちゃいけないの。話ならまた後で聞いてあげるから。ね?」

 「う……わかったわよ……」

 高飛車な印象に反して、シーナは聞き分けがよかった。

 「……ん、待てよ。今俺を渡辺って呼んだよな。どうして俺の名前を知ってるんだ。あんたに自己紹介した覚えはないぞ」

 「そうですね。まずは、そこをちゃんとお話しておきましょうか」

 言いながら電気ケトルで沸いた湯を渡辺のカップに注いだ後、フィオレンツァは渡辺と向かい合う形で椅子に座った。
 渡辺の視線とフィオレンツァの視線が交差する。

 う……そうだ。この目だ。昨日もコイツはこんな目を俺に向けていた。この吸い込まれるような瞳。裸を見られている気分になる。自分の心の奥底まで覗かれているみたいな。

 「はい。渡辺さんがお考えになっていることに間違いはないですよ」

 「え!」

 「私は相手の心が読めるのです」

 心が読めるだって?! それがコイツのチート能力か!

 「えーっと、厳密にはあなた方が言うところのチート能力とは少し違います」

 「……どうも本当にこっちの考えは筒抜けみたいだな。それで、違うっていうのは?」

 「チート能力は親から子へ確実に受け継がれていきますが、この能力はそうではありません。初代女王アルーラの血族である儀式を受けた者だけが、読心の能力を得られるのです」

 「……チート能力というより、女王の特権みたいなもんか」

 「そうですね。あと、女王が口にする命令にも特別な力があります。直に体験した渡辺さんならおわかりですね?」

 渡辺は昨日フィオレンツァと対峙したときを思い起こす。
 『止まりなさい』、『怒らないで。今はリラックスして眠りなさい』。確かに、その言葉通りに渡辺の体は動かされていた。

 「なるほどな。相手の思惑が読めて、かつ、相手を無理矢理にでも従わせられる。上に立つ人間にとっちゃ最高の能力だろうな」

 臣民の気持ちを読んで政策できるし、裏切ろうとしてる人間もわかる。それだけで、周りよりも常に一歩先に行動できるだろうし、いざというときは、命令すれば相手は従うわけだ。

 「うーん、臣民の気持ちは千差万別なので、なかなか政策に利用するのは難しいですよ」

 「……いちいち心の声にまで返答しなくていい。面倒だろ」

 「ふふふ、ごめんなさい」

 「で、さっきのやり取りから想像するに、アンタは元女王何だろ? 元とはいえ、そんな大物が俺みたいなイチ転生者に何の用があるんだよ」

 渡辺は、そろそろ手元のカップの湯に、茶葉の成分が十分に浸透した頃だろうと思いティーバッグを取り出そうとするが、次の問いかけで手が止まった。

 「渡辺さんは、王国をどうお思いになられていますか?」

 言われて、渡辺が眉をひそめた。

 「……心を読むまでも無いですね。それほどまでに、カトレアの行いが許せませんか?」

 「アリーナ制度を作ったり、『階層跳躍』を性奴隷化したのはカトレアなんだろ」

 「はい」

 「逆に聴かせてくれよ。人を人として扱わない国をどうして許せるんだ? テメェはその女のやり方が正しいと思ってるのか?」

 「ちょっとアンタねぇ! いくらなんでもその口の聞き方――!」

 我慢できず横から口を挟んできたシーナを、フィオレンツァが手で制す。

 「道徳的な立場から言えば許されないでしょう。しかし、個人的には彼女を悪くは思っていません」

 「そうかい」

 怒りの色に塗り潰された渡辺の声。
 同時に、牢獄内に風が吹き始める。

 「な、なんなの! この風!」

 風でめくり上がりそうになるスカートをシーナは必死に抑える。
 その側でジイが正座した状態でじっと二人の会話を眺めていた。

 「なら、テメェは俺の敵だな」

 怒鳴りはしない。静かで、低く、重いトーンが殺気とともに漏れる。

 渡辺からすれば、王国のやっていることは中高生のイジメと同じだ。自分たちが有利な立場にいるのをいいことに、彼らは弱い立場の人間を平気で傷つけ間接的に殺す。そして、その有利な立場を作り上げているのは誰か。それは傍観者たちだ。非道な行いがなされているのにも関わらず、沈黙という名の肯定でイジメを助長させている者たち。
 渡辺はそうやって見て見ぬフリをする者共も許せない。だから、カトレアの行いを道徳に反していると認識していながら、黙認しているフィオレンツァも同罪だった。

 「いいえ、私は渡辺さんの味方ですよ」

 嵐の真っ只中で猛獣が今にも自分の喉を噛み千切りかねない状況だというのに、フィオレンツァは相変わらず楽しそうに微笑んでいる。

 「味方だ? 俺の心が読めるなら、俺が誰を敵としてるかわかるだろうが」

 「……少し、昔の話をしましょうか」

 「上手い言い訳でもあるのかよ?」

 「私は事実を話すだけです。この先のことを考えてもアナタは知っておくべきだと思いますので……」

 一呼吸の間を開けて、フィオレンツァが語り始める。

 「この異世界の人類にとって魔人とはどんな存在か、お教えしましょう」
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