俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第116話 アルカトラズ

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 牢獄から外へと連れ出された渡辺は、鎧を身に着けた男から手渡された朝食代わりのコッペパンを齧りながら、大人しく男の後についていった。
 男は他の看守とは違う様相だった。看守が着ている鎧は小綺麗なのだが、この男の鎧は砂に塗れている。


 渡辺は本当であれば、今すぐにでも前の男を打ちのめして、脱獄したかった。

 昨日、頭の中に流れ込んできたイメージは夢じゃない、マリンの目から見た景色だ。何でそんなものが見えたのか、理由はどうでもいい。
 マリンは男らしき人物に……。

 磨りガラス越しに見ているような、ぼけた景色だったためハッキリと何をされているかは視認できなかったが、最悪な想像に至るには十分過ぎる材料だった。

 その光景が脳裏を過ぎる度に、渡辺は腸が煮えくり返る思いをするが、怒りを、手を握り締める力と歯を食い縛る力に変えてどうにか堪えていた。

 今の渡辺は手錠をかけられ両手の自由が効かない。おまけに右腕の怪我は、骨は治ったものの筋肉が悲鳴をあげていた。
 流石にこの状態で、アルカトラズから脱獄できると思えるほど、渡辺は周りが見えていないわけではない。

 耐えろ、渡辺勝麻。
 まずはアルカトラズの地形を把握して、エメラダ含む騎士たちの目を盗んで脱出する算段をつけるんだ。

 「地上へ続く階段だ。日の光が恋しかろう? ま、アルカトラズには薄明かりしか差さないが」

 男が螺旋状の階段を登りながら言う。
 階段はちょうど、渡辺が闘っていた廊下の先に位置していた。
 階段を登り切った後、『透視』能力者が出入りする者を監視している部屋を抜け、屋外へ出た。

 「ここがアルカトラズ……」

 渡辺は全体を見渡す。
 アルカトラズは、雪山の中腹に位置する鉱山都市だ。
 雪山とはいっても、街は山の巨大な横穴に建造されているため直接雪風が当たらない地形になっている。加えて、囚人たちが逃げ出すのを防ぐため、石造りの壁と『物理反射』、『魔法反射』が常に横穴に蓋をするように展開されているので、雪は一粒も街の中には入らない構造になっている。よって、街はそれほど寒くはなかった。

 「いつまでもボーっとすんなよ期待のルーキー」

 男に促され、渡辺は横穴の奥の方へと歩き出す。
 勾配がきつく、歩くのが意外にもしんどい、などと考えていると。

 「オンドルァ!」

 パリンッとガラスが割れる音とともに中年男の怒号が響き割った。
 何事かと渡辺がそちらを見やると、男が別の男の頭にガラス瓶を叩きつけていた後だった。

 「何すんだテメェ!」

 殴られた男が、殴ってきた男に掴みかかる。

 「オノレが俺様の前をフラフラと歩いとるからじゃボケェ!」

 「っざっけんなゴルァ!」

 今度は逆に男が顔面に鉄拳を浴びせられる。

 「上等だぁ!」

 パンチをくらった男が反撃に出て、いよいよ喧嘩に発展する。

 「お、喧嘩か!」「いいわ! やっちゃえやっちゃえ!」「ヒューヒュー!」

 事態に気づいた男女たちが、野次馬となって集まり始める。

 「おい、あれ止めないのかよ」

 素知らぬ顔で前を歩く男に渡辺が言う。

 「いいんだよ放っておけば。当人たちだって楽しくてやってるんだ。それで死んだとしても本望だろうよ」

 「あんなんで死んで本望なわけないだろ」

 「気持ちはわかる。俺だって考えは受け入れちゃいるが理解はできないからな。ここの街にはそういった連中が集まる。フィラディルフィアの空気もバミューダの空気も合わなかった爪弾き者共さ。知ってるか? アルカトラズに住んでる大半の連中が服役してた奴らよ。牢獄から出た後もここで暮らして好き勝手やってるわけさ」

 「そうかよ」

 渡辺はどうでも良さそうに返事した。
 助けないならそれでいい。普段の渡辺であれば仲裁に入ったかもしれないが、今は他所の面倒事に付き合ってられるほどの余裕はなかった。

 渡辺は砂埃が舞う街の中を歩き続ける。

 アルカトラズにある住宅はどれも一階が倉庫で二階以上が居住スペースになっており、屋根も急な家ばかりだ。これはアルカトラズがまだ雪に覆われていた時代の名残で、家が潰されたり玄関が埋もれたりしないための工夫だ。

 また、渡辺は横穴の天井を支える一本の巨大な石柱にも注目した。アルカトラズのランドマークとして街の中心に聳え立つ直径2㎞の柱は、アルカトラズの開拓初期に多勢の『土魔法』によって人工的に造られたものだ。

 人工的とはいえ、その巨大さに圧倒され、魅了される人は後を絶たない。
 渡辺もジッと石柱の方を見る。
 だが、決して魅かれているわけではなく、あの石柱を壊せれば横穴の天井が崩れ、騒ぎに乗じて脱獄できるかもしれないと、物騒な考えを巡らせているのだ。


 そうして歩いている内に、カンカンと金属が硬い物体にぶつかる音やアチコチに張り巡らされた軌道の上をガタガタと音を立てて走るトロッコと、辺りが騒々しくなってくる。

 「着いたぞ。今日からここがお前の職場だ」

 軌道が枝分かれして、いくつもの坑道へと続いている中で、渡辺は一つの坑道の前まで案内される。
 そこでは渡辺と同じアルカトラズ送りにされた人間たちが、全身から汗を流しつつツルハシで壁を削っていた。

 「仕事って、例のミスリルって金属でも掘り出してるのかよ」

 「惜しい、それは向こう。ここでは……おっと、良いところに実物が来たな」

 坑道の奥から天井に吊るされた籠がモノレールのように移動してきて、渡辺たちの前までやってくる。
 その籠を一人の男が手に取り、中身をトロッコの中へぶちまけた。

 目の前で入れられた物体を確認するべく、渡辺はトロッコの中を覗き込む。
 少し透明度のある黒くくすんだ不定形の物体だ。形に見覚えのなかった渡辺だが、色合いに関してはどこかで見た気がした。

 「君、転生したてらしいけど、流石に魔法石くらい知ってるだろ? そいつの元さ。ここで掘り出して、フィラディルフィアへ運び、携帯に便利な形に加工される」

 「なるほどな。こいつを掘り出すのが仕事か」

 「ご明察。じゃ、とりあえず、このロープを天井の梁に結んで腰に巻いてもらおうか」

 押し付けられる形でロープを渡され、渡辺は首を傾げる。

 「それは命綱さ。この付近は魔法石の原石がよく採れるんだが、知ってのとおり、魔法石は割りと脆い鉱物だ。その魔法石の層が地面の下にあったりすると、その層が潰れて地面の底が抜ける危険がある」

 「落下死防止のロープってわけか」

 「さぁ、わかったらツルハシ持ってとっと行った」

 今度はツルハシを押し付けられる。

 「ちょ、ちょっと待てよ。手錠は?!」

 「手錠が何のためにあるか知っているか? 危ない人間を危なくないようにするためだ。それにだ、魔法石は片手でも十分砕ける。懲罰房に入れられなかっただけ良かったと思って励め」

 「……クソ」

 渋々、渡辺はその坑道を仕切っているリーダーの指示に従って、魔法石の採掘を始めた。


 「痛つつ……叩いたときの衝撃が右腕の傷に響きやがるな……おまけにこの坑道、微妙に砂が舞ってて口の中がジャリジャリしてくる」

 ……にしても、手錠ずっとこのままなのか? だとしたら厄介だな。能力が発動してくれれば壊せるかもしれないが、俺の手首が犠牲になる危険もある……手錠の鍵を奪うとか何かしら方法を考えるべきか? でも、そんな悠長な――。

 「やぁ! こんにちはですじゃ!」

 いきなり渡辺の横で、元気の良い老人の声が響いた。

 「…………」

 渡辺がチラッと横に視線を向けると、渡辺の半分くらいの背で和服を着た老人がつぶらな瞳をこちらへ向けているのが見えた。
 渡辺は無視してすぐに作業に戻った。

 「やぁ! こんにちはですじゃ!」

 「…………」

 渡辺は黙々と作業を続ける。

 「やぁ! こんにちはですじゃ!」

 「あーもう! こんにちは! これで満足か!」

 考え事の邪魔をされたくなかった渡辺は、これ以上話しかけてくるんじゃないと言わんばかりにツルハシを強く振るった。

 「…………」

 その間、隣の老人は作業もせずただジーッと渡辺を見ている。

 「……あのさ、仕事しないならリーダーに言いつけるぞ?」

 「……う、ううぅむ? 君に何か言おうと思っていたことがあったんだが、はて?」

 「自己紹介でもしたかったんじゃないの? 俺の名前は渡辺勝麻、短い間だろうけどどうぞよろしく黙って作業頑張ろうね」

 「……! ああ!」

 淡々と語った渡辺に、老人は合点ポーズをとる。

 「思い出したぞ少年! ワシについてまいれ!」

 「は? お、おい!」

 老人に腕を引っ張られ、渡辺は抵抗しようとしたが、

 ――! コイツ、力つえぇ!

 予想外な老人の腕力に抗えず、渡辺は連行された。
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