俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第109話      死 ね

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 体中が痛む。
 特に右腕がチリチリと痛む。
 そんな状態だというのに、渡辺はパイプベッドから転がり落ちて出た。

 布団の中から這い出てきた渡辺の姿は、ルーノール・カスケードに一撃を受けてからそのままだった。長ズボンは膝から下が無くなり、長袖シャツも右腕部分が完全に消失していた。

 「グ!……ウ……」

 体中が痛む。
 特に右腕の肘が、電流でも流されているようにバチバチと弾ける痛みがはしる。
 それでも、渡辺は歯を食いしばって、鉄格子の方まで匍匐前進した。

 匍匐前進とはいえ、渡辺がいる部屋の広さは四畳ほどしかなく、移動に大して時間はかからなかった。

 鉄格子までたどり着いて、渡辺の目に映った景色は、自分がいる牢屋と同じものがズラズラと並んでいるものだった。それも横一直線だけではない。上にも牢屋が無数に並んでいるのが確認できた。
 アルカトラズは基本的に吹き抜けている構造になっているのだ。
 渡辺がいるエリアも50の階層があり、多くの牢屋がそれぞれの階層を縁取るように外側に配置されている。
 今の渡辺の視線からは死角となっているが、渡辺のいる牢屋から通路を挟んである転落防止を兼ねた手すりを越えれば、そこも吹き抜けており、下にも同様の風景が広がっている。


 「起きたか新人」

 渡辺の牢屋の前に、甲冑に身を包んだ若い騎士が現れた。

 「右腕も動いてるみたいだな。ここに来たときは千切れる寸前だったんだぞ。回復専門の勇者様が何とか神経を繋ぎ合わせたおかげだな」

 騎士は片方の握った手を鉄格子の間に通した後、その手からピンポン球サイズの青白い魔法石を3つ、渡辺の前に落とした。『回復魔法リカバリー マジック』の魔法石だ。

 「いいか、一日に一個だぞ。それより多く使えば、体が一気に栄養不足になって衰弱死しちまうからな」

 と言う、騎士のありがたい忠告を無視して、渡辺は三個の魔法石のピンを一度に引き抜いた。

 「は? ちょっとちょっと! お前、人の話聞いてなかったのか! そんなに一遍に使ったら――」

 「……やがった」

 「はい?」

 渡辺は壁にもたれかけながら、おもむろに立ち上がると、鉄格子を掴んだ。
 掴んだそばから鉄格子全体が軋み、渡辺の掴んでいる部分の格子はひしゃげる。

 「ゲッ! こ、コラ大人しく――!!」

 騎士は言葉を噤んだ。
 光をすべて飲み込むような黒い眼差し、額に限界まで浮かび出た青筋。そんな渡辺の形相を見て本能的に理解したのだ。
 ここに立っていたら殺されると。

 「う、わああああぁあぁ!!!」

 その場からみっともなく逃げ出した騎士の判断は正しかった。
 程なくして、渡辺を閉じ込めていた鉄格子が甲高い金属音と共に固定していた壁ごと弾け飛んだのだから。
 ふっ飛んだ鉄格子は手すりにぶつかった後、回転しながら吹き抜けの下へと落ち、約3秒の間を置いて、ガシャンという音を下から響かせた。

 これだけの騒ぎだ。
 当然、そのエリア内にいた他の騎士達も、各階層から渡辺の牢屋の方を見やる。

 鉄格子を強引に外したせいで、上から壁の一部がまだボロボロと崩れている中、渡辺は通路にフラフラと歩き出てきた。
 そこで、一度歩みを止め、大きく息を吸い込んだ。

 「……テメェら…………マリンに何しやがった!!!!!」

 渡辺の怒号が全ての階層に響き渡るのと同時に、渡辺を中心に風が吹き荒れ始める。


 「脱走だ!」「囚人が脱走しているぞ!」「第二区画の警備兵および勇者は急いで37階へ行け!」「上にも連絡しろ!」

 「……やろうってか……」

 渡辺の意識は『回復魔法』の副作用によって朦朧としているため騎士達が何を言ってるのかハッキリとは聞き取れなかったが、上の階を走る騎士や、弓や杖などの武器を手に持ち始める騎士の様子から敵意があることだけは理解した。

 すると、気でも触れたのか渡辺は右手で地面を殴り始めた。

 「「 !!? 」」

 突然の行為に、騎士も、牢屋にいた囚人たちも絶句する。

 二発、三発四発と殴り、通路の底が抜けたところで殴るのを止めた。

 「……これくらいか」

 殴った右手を軽く振る。
 渡辺は確認していたのだ。自分の能力に肉体がどこまでなら耐え切れるか。
 そして、わかった。
 40%、半分を超えないなら、耐えられる。

 「おい! 貴様! 大人しく牢獄へ戻れ! 今なら痛い目には合わせんぞ!」

 渡辺がだるそうに左を向くと、槍を持った騎士と杖を持った女がいた。

 「『拘束魔法レスレイント マジック』を頼む!」
 「はい!」

 槍の男が通路を駆け始めてすぐ、女は渡辺に向かって杖を振り下ろした。
 渡辺の全身をわずかな電流がかけめぐった。

 「牢屋壊した分、きっちり痛い目に合ってもらおう!」

 男はわざわざ槍の穂が付いていない側――石突で渡辺の肩の部分を狙う。怪我を負わせないための配慮だが、それは杞憂に終わる。
 『拘束魔法』を受けていたはずの渡辺の左手が、瞬時に槍の柄まで伸びてきて掴まれる。

 「ッ!? なにっ?!」

 渡辺はそのまま無造作に男を槍ごと壁に叩きつけた。しかも、それだけに留まらず、右拳でもう一発を加えた。

 「カハッ!」

 胴を殴った衝撃は、男の甲冑を大きく凹ませるだけでなく、後ろの壁まで崩した。隣の牢屋から囚人の怯えた声が発せられる。

 「そ、そんな私は確かに『拘束魔法』で!」
 「大丈夫か!? なっ! テリー!」

 口から血を流す仲間を見つけた騎士たちは目を剥く

 「……クソガキっ!」

 応援に4人が向かい、仲間を救おうと渡辺へ真っ直ぐ向かう。

 多少動いて『回復魔法』の疲れが出たのか、渡辺は大きくよろめいて手すりに両手を着く。

 「よし、今がチャンスだ!」
 「おう!」

 勢いづく騎士たちの声に、先程の槍の男が目を開けた。

 「あいつら、来てくれたか……!」

 ホッと安堵した男だが、渡辺の方に注意を向き直してすぐ戦慄が走った。
 手すりを固定している地面にどんどん亀裂がはしっていたのだ。

 「お前ら来るな!」

 彼がそう叫んだときには、既に渡辺は通路上の手すり全体を強引に引き抜いて振り回していた。
 4人の騎士に長さ20mの金属製の手すりが直撃する。

 「「 ウゲェッ!! 」」

 殴られた一同は体勢を崩し、それぞれ壁や鉄格子に寄りかかる格好になる。そこへ渡辺は無慈悲にも続けて殴りかかった。派手に鳴り響く金属音の中に、ヒッと短い悲鳴が混じった。

 渡辺が振るう能力の40%の力は、前に匠を倒したときと同等のものだ。当時はそれに肉体が耐え切れなかったが、今の渡辺はトレーニングを積み、いくつかの戦闘を経験したことで、その力に耐えられるレベルに至っている。


 「いいぞ新入り! 連中をボコボコにしちまえ!」「ヒューヒュー!」「こりゃまた活きがいいのが来たもんだ」「楽しませてくれよ、坊主!」

 牢屋のあちこちから囚人らの歓声が湧き上がる。まるでアリーナだ。そのバカ騒ぎを渡辺は気にも留めなかった。
 ただ瞳を動かして、下の階や上の階で弓や杖を構えている騎士たちの出方を探っていた。

 「……どうやら、今回の脱走犯は手加減して取り押さえられる相手ではないようだな」

 渡辺の蛮行を一番上の階から見下ろしていた第二収容区画の管理長が呟く。

 「全員、能力の使用を許可する! 何、多少施設を壊してしまっても構わん! どうせ修繕費は国の懐から出るのだからな! ただし、脱走犯は必ず押さえろ! 決してこのアルカトラズから一歩も外に出すな!」

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