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第三章 ― 筆頭勇者と無法者 ―
第103話 二度目のアリーナ
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夕方。
フィラディルフィアを11月の気温が風に乗って巡っていた。常夏のバミューダの気候に合った格好のまま帰ってきた俺たちに寒さが刺さる。
俺たちは晩飯の買い出し客でごった返している大通りを避けて、オルガの家へ向かっていた。
これから話し合いをするのに、手狭な俺の家よりも、適切だとオルガが提案したのだ。
その道中、ミカが立ち止まってしゃがみ込んでしまった。
マリンとジェニーが駆け寄って、支えるようにミカの身体に手を添えた。
「……ありがとう。マリンさん、ジェニーさん」
声にミカの元気さは宿っていなかった。普段からは想像できない、沈んだ声。
ミカは俯かせていた顔を起こして、俺の方を見る。
夕日がミカのクリーム色の髪をオレンジに染めている。
……確か、ミカと初めて買い物に行った帰りもこんな夕日だったな……ただ、あの時はこんな辛そうな表情じゃなかった。
ミカは前の主人から、そのまた前の主人からも慰み者にされていた。男に対して恐怖心がある。
そんなミカを堂々と戦力を向上させるための道具として扱うと、ディックは公言しやがった。
ミカにとっちゃ、俺たちと離れるのも辛いだろう。ただそれだけじゃない。また昔みたいな日々がやってくるんじゃないかって、怖がってるんだ。
「大丈夫。ミカをディックに渡したりなんかしない。絶対勝つ」
俺は精一杯笑ってみせて、ミカに手を差し伸べた。
……なんて……虚しい響きだろう。
「……うん。ショウマならきっと勝ってくれるよね」
ミカが差し伸ばされた手を掴んで立ち上がる。
虚しさがミカにも伝わっているんだろう。ミカの笑顔は儚げだった。
筆頭勇者ディックにアリーナで勝つ。
それはまるで、武術を学んだことがない素人が横綱力士に勝負を挑むような感覚だった。
ディックは強い。間違いなく。
埠頭での戦いが、その事実を証明している。
千頭が率いるジェヌインのメンバーの実力は、多分一人一人が前回アリーナで戦った匠よりも上だ。そんな連中を同時に百人も相手しながら、互角に渡り合っていたとなれば……な。
けど、だからって諦めるつもりは、毛頭ない。
「おぶさるか?」
俺が聴くと、ミカは静かに頷いた。
それから、ミカをおんぶしたまま、オルガの家まで歩いた。
*
オルガ家についてから、早速俺は、庭にオルガを呼び出して聴くべきことを聴いた。
「匠のときみたいな秘策はあるか?」
「あるなら俺の方から言っている」
「……そうか」
「前に、お前さんに渡した『炎魔法』の魔法石だが、あれに込められた炎の威力はレベル200相当でしかない。おまけにディックには属性への耐性もある」
「耐性?」
「ディックは全ての属性魔法を使えるだけじゃない。『炎耐性』『水耐性』『氷耐性』『風耐性』『雷耐性』『地耐性』全ての属性魔法に対して耐性の能力を持っている」
「おいおい……」
つまり、魔法での攻撃は通用しないと考えた方がいいってことか。
かと言って、物理系の攻撃で攻めようとしても、アイツは『怪力』の能力で防御力も高い。
まさに絵に描いたようなチート能力者だ。
「銃の持ち込みって、アリーナじゃあ禁止だよな?」
「うむ」
それなら、開幕直後に撃たれて終わるってことはないか。
数少ない朗報だけど、ディックは銃なしでも魔法があるし、素手でも十分強い……。
あーもう! マジで無理ゲー過ぎるだろ!
俺は俯いて、両手で頭をワシャワシャと掻いた。
「……付け入る隙が無いわけじゃない」
待ち望んでいた言葉がオルガから発せられ、俺はハッとなって顔を上げる。
「ディックの怪我だ。アイリスも言っていたが、あれ程のダメージが明後日までに回復するわけがない。予想が正しければ、明後日のディックは残ったダメージと『回復魔法』を受けて出た疲れから、機動力がかなり落ちているはずだ」
「なるほど……確かに、ディックの強さはその素早さによるところも大きかった。それが無いなら、なんとか勝てるかもしれない」
「その方向性で今夜中に作戦を練るぞ」
俺は頷いた。
その日は夜通し、オルガと話し合うこととなった。
―――――
遥か彼方の次元で六の罪は思う。
私より容姿が良かったから、顔を潰して殺した。私より頭が良かったから頭を引き抜いて殺した。私より身長が高かったから足を削って殺した。私より目が綺麗だったから目を抉って殺した。私より髪が長かったから頭蓋骨を捲りあげて殺した。私より健康だったから毒を盛って殺した。私より歩くのが速かったから腿を切断して殺した。私以外の女と仲良くした男はその女ごと殺した。私以外の女と仲良くした女はその女ごと殺した。
私より優れているものは物であれ人であれ全部殺した。
私より優れているものは私を不快にさせる。
これは、復讐なの。
―――――
ディックから与えられた1日は、オルガと考えた作戦の準備でほとんど費やされた。
千頭の一件から息つく暇もなく、俺は二度目となるアリーナの日を迎えることとなる。
今回の試合は、中央区で行われる。
どうも、騎士や勇者が出場する場合、中央区の会場で行われる決まりになっているらしい。
中央区には一度来たことがあるが、あの時よりも街の中心に近いため、前よりもアルーラ城が大きく見える。
会場自体も前より巨大で、東京ドームよりも大きい。
その会場の出場者専用の入り口の前に、俺は立っていた。
夜だというに、会場の周囲に設置された街灯が昼間を思わせる。
俺以外にも、マリン、ミカ、オルガ、ジェニー、メシュ、レイヤがいて、俺を見送りに来ていた。
「ミカちゃんのためにも勝ってねー。負けないでねー」
こんなときだっていうのに、ジェニーの喋り方は相変わらずだな。でも、この声を聞いてると、こっちも余計な力が抜けるっていうか、落ち着けてしまうから、こういうときジェニーがいるのは心強い。
「ふんっ、せっかくジェニーが応援してくれるからには! 無様な姿を晒してくれるなよ!」
それはメシュも同じだな。
「観客席から応援してるからね! 頑張ってね!」
レイヤが両手をぶんぶん振って言う。俺は「ありがとう」と答えた。
レイヤには感謝してる。
クエスト中であったにも関わらず、昨日の突然の呼び出しにも応えてくれて、準備にも協力してもらったんだ。
……レイヤはバミューダで千頭が現れたことを既に耳にしていた。それでも、何も聞かず、俺たちの方を優先してくれた。オルガと千頭のやり取りから察するに、レイヤも千頭と関係があるのは間違いない。千頭に関して聞きたいことがあっただろうに。
「ショウマ様……どうか無茶だけはなさらないでくださいね」
マリン……内心すごくハラハラしてるんだろうな。
何しろ、前回が前回だからな。
「ああ、無茶はしない。そのために、オルガと作戦を考えてきたんだから。マリンに心配はかけないよ」
「はい。ショウマ様を信じています」
「ミカ。余裕の勝利を決めてくるから、お前も安心して待っててくれよ」
「うん……」
ミカは、弱々しく答える。
そんなミカにもっと何か言葉を送ろうとも思ったが、試合の時間はすぐそこまで迫っていた。
「……じゃあ、行ってくる」
俺がそう言って、アリーナへと足を向けたときだった。
「ショウマ!」
後ろから、ミカに抱きつかれた。
「み、ミカ?」
「やっぱり棄権して!」
……ミカ……。
「私……みんなと離れるのは嫌だ……でも、ショウマが私のせいで傷つくのはもっと嫌だ! だから、私のことは気に――」
振り返ってミカの額に、軽く、優しく、デコピンをした。
「え……」
きょとんとした表情で、ミカはデコピンされた額に手を当てる。
「つまんねぇこと考えるくらいなら、今夜の晩飯、何食うか考えとけよ」
俺は、ミカに何か言われるよりも早く、自分のすべきことへ向かって走り出した。
全く、俺のことをまだわかってないな、ミカは。俺が傷つくのは嫌だ? 私のことは気にしなくていいから?
本当にわかってない。
そんなことを言われたら、逆に意地でも守りたくなるっての。
フィラディルフィアを11月の気温が風に乗って巡っていた。常夏のバミューダの気候に合った格好のまま帰ってきた俺たちに寒さが刺さる。
俺たちは晩飯の買い出し客でごった返している大通りを避けて、オルガの家へ向かっていた。
これから話し合いをするのに、手狭な俺の家よりも、適切だとオルガが提案したのだ。
その道中、ミカが立ち止まってしゃがみ込んでしまった。
マリンとジェニーが駆け寄って、支えるようにミカの身体に手を添えた。
「……ありがとう。マリンさん、ジェニーさん」
声にミカの元気さは宿っていなかった。普段からは想像できない、沈んだ声。
ミカは俯かせていた顔を起こして、俺の方を見る。
夕日がミカのクリーム色の髪をオレンジに染めている。
……確か、ミカと初めて買い物に行った帰りもこんな夕日だったな……ただ、あの時はこんな辛そうな表情じゃなかった。
ミカは前の主人から、そのまた前の主人からも慰み者にされていた。男に対して恐怖心がある。
そんなミカを堂々と戦力を向上させるための道具として扱うと、ディックは公言しやがった。
ミカにとっちゃ、俺たちと離れるのも辛いだろう。ただそれだけじゃない。また昔みたいな日々がやってくるんじゃないかって、怖がってるんだ。
「大丈夫。ミカをディックに渡したりなんかしない。絶対勝つ」
俺は精一杯笑ってみせて、ミカに手を差し伸べた。
……なんて……虚しい響きだろう。
「……うん。ショウマならきっと勝ってくれるよね」
ミカが差し伸ばされた手を掴んで立ち上がる。
虚しさがミカにも伝わっているんだろう。ミカの笑顔は儚げだった。
筆頭勇者ディックにアリーナで勝つ。
それはまるで、武術を学んだことがない素人が横綱力士に勝負を挑むような感覚だった。
ディックは強い。間違いなく。
埠頭での戦いが、その事実を証明している。
千頭が率いるジェヌインのメンバーの実力は、多分一人一人が前回アリーナで戦った匠よりも上だ。そんな連中を同時に百人も相手しながら、互角に渡り合っていたとなれば……な。
けど、だからって諦めるつもりは、毛頭ない。
「おぶさるか?」
俺が聴くと、ミカは静かに頷いた。
それから、ミカをおんぶしたまま、オルガの家まで歩いた。
*
オルガ家についてから、早速俺は、庭にオルガを呼び出して聴くべきことを聴いた。
「匠のときみたいな秘策はあるか?」
「あるなら俺の方から言っている」
「……そうか」
「前に、お前さんに渡した『炎魔法』の魔法石だが、あれに込められた炎の威力はレベル200相当でしかない。おまけにディックには属性への耐性もある」
「耐性?」
「ディックは全ての属性魔法を使えるだけじゃない。『炎耐性』『水耐性』『氷耐性』『風耐性』『雷耐性』『地耐性』全ての属性魔法に対して耐性の能力を持っている」
「おいおい……」
つまり、魔法での攻撃は通用しないと考えた方がいいってことか。
かと言って、物理系の攻撃で攻めようとしても、アイツは『怪力』の能力で防御力も高い。
まさに絵に描いたようなチート能力者だ。
「銃の持ち込みって、アリーナじゃあ禁止だよな?」
「うむ」
それなら、開幕直後に撃たれて終わるってことはないか。
数少ない朗報だけど、ディックは銃なしでも魔法があるし、素手でも十分強い……。
あーもう! マジで無理ゲー過ぎるだろ!
俺は俯いて、両手で頭をワシャワシャと掻いた。
「……付け入る隙が無いわけじゃない」
待ち望んでいた言葉がオルガから発せられ、俺はハッとなって顔を上げる。
「ディックの怪我だ。アイリスも言っていたが、あれ程のダメージが明後日までに回復するわけがない。予想が正しければ、明後日のディックは残ったダメージと『回復魔法』を受けて出た疲れから、機動力がかなり落ちているはずだ」
「なるほど……確かに、ディックの強さはその素早さによるところも大きかった。それが無いなら、なんとか勝てるかもしれない」
「その方向性で今夜中に作戦を練るぞ」
俺は頷いた。
その日は夜通し、オルガと話し合うこととなった。
―――――
遥か彼方の次元で六の罪は思う。
私より容姿が良かったから、顔を潰して殺した。私より頭が良かったから頭を引き抜いて殺した。私より身長が高かったから足を削って殺した。私より目が綺麗だったから目を抉って殺した。私より髪が長かったから頭蓋骨を捲りあげて殺した。私より健康だったから毒を盛って殺した。私より歩くのが速かったから腿を切断して殺した。私以外の女と仲良くした男はその女ごと殺した。私以外の女と仲良くした女はその女ごと殺した。
私より優れているものは物であれ人であれ全部殺した。
私より優れているものは私を不快にさせる。
これは、復讐なの。
―――――
ディックから与えられた1日は、オルガと考えた作戦の準備でほとんど費やされた。
千頭の一件から息つく暇もなく、俺は二度目となるアリーナの日を迎えることとなる。
今回の試合は、中央区で行われる。
どうも、騎士や勇者が出場する場合、中央区の会場で行われる決まりになっているらしい。
中央区には一度来たことがあるが、あの時よりも街の中心に近いため、前よりもアルーラ城が大きく見える。
会場自体も前より巨大で、東京ドームよりも大きい。
その会場の出場者専用の入り口の前に、俺は立っていた。
夜だというに、会場の周囲に設置された街灯が昼間を思わせる。
俺以外にも、マリン、ミカ、オルガ、ジェニー、メシュ、レイヤがいて、俺を見送りに来ていた。
「ミカちゃんのためにも勝ってねー。負けないでねー」
こんなときだっていうのに、ジェニーの喋り方は相変わらずだな。でも、この声を聞いてると、こっちも余計な力が抜けるっていうか、落ち着けてしまうから、こういうときジェニーがいるのは心強い。
「ふんっ、せっかくジェニーが応援してくれるからには! 無様な姿を晒してくれるなよ!」
それはメシュも同じだな。
「観客席から応援してるからね! 頑張ってね!」
レイヤが両手をぶんぶん振って言う。俺は「ありがとう」と答えた。
レイヤには感謝してる。
クエスト中であったにも関わらず、昨日の突然の呼び出しにも応えてくれて、準備にも協力してもらったんだ。
……レイヤはバミューダで千頭が現れたことを既に耳にしていた。それでも、何も聞かず、俺たちの方を優先してくれた。オルガと千頭のやり取りから察するに、レイヤも千頭と関係があるのは間違いない。千頭に関して聞きたいことがあっただろうに。
「ショウマ様……どうか無茶だけはなさらないでくださいね」
マリン……内心すごくハラハラしてるんだろうな。
何しろ、前回が前回だからな。
「ああ、無茶はしない。そのために、オルガと作戦を考えてきたんだから。マリンに心配はかけないよ」
「はい。ショウマ様を信じています」
「ミカ。余裕の勝利を決めてくるから、お前も安心して待っててくれよ」
「うん……」
ミカは、弱々しく答える。
そんなミカにもっと何か言葉を送ろうとも思ったが、試合の時間はすぐそこまで迫っていた。
「……じゃあ、行ってくる」
俺がそう言って、アリーナへと足を向けたときだった。
「ショウマ!」
後ろから、ミカに抱きつかれた。
「み、ミカ?」
「やっぱり棄権して!」
……ミカ……。
「私……みんなと離れるのは嫌だ……でも、ショウマが私のせいで傷つくのはもっと嫌だ! だから、私のことは気に――」
振り返ってミカの額に、軽く、優しく、デコピンをした。
「え……」
きょとんとした表情で、ミカはデコピンされた額に手を当てる。
「つまんねぇこと考えるくらいなら、今夜の晩飯、何食うか考えとけよ」
俺は、ミカに何か言われるよりも早く、自分のすべきことへ向かって走り出した。
全く、俺のことをまだわかってないな、ミカは。俺が傷つくのは嫌だ? 私のことは気にしなくていいから?
本当にわかってない。
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