俺のチートって何?

臙脂色

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第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第101話 決着

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 フィラデルフィアの西区にはある教会があった。その教会の礼拝堂には、転生者たちを生み出した張本人である神を模した像があり、像の前には救いを求める者たちのための長椅子が並べられていた。

 渡辺 勝麻が転生するよりも前。ディックが筆頭勇者に任命されるよりも前。

 教会には、当時16歳を迎えたばかりの少女がいた。修道服姿で、金髪のロングヘアが腰まで伸びている。
 少女は日毎夜毎、像の前で手を組んで立ち続け、祈りを捧げていた。

 「飽きもせず、よくやるよなぁ」

 「ディック様、他の方も礼拝しにいらしているのですから、シーッですよ」

 少女が、一番前の長椅子で足を組んで座っていた同じく当時16歳のディックをたしなめる。

 「はいはい、わかったよ、セラ。ふあぁ」

 と、ディックは欠伸を混じえて答えた。
 反省の色が伺えない態度であったが、そんなディックを見て少女はクスリと微笑んでいた。

 少女の名はセラフィーネ。『クロノスへの祈り』と呼ばれる禁じられたチート能力の持ち主である。


 参拝者がいなくなったところで、セラフィーネが祈りを止めて後ろを振り返った。

 「これが私に与えられた使命なんだって、そう思ってるんです」

 「毎日毎日祈ることが使命、ね。たまには騎士の目を盗んで外に出ようとは思わないのかよ」

 セラフィーネは『クロノスの祈り』という時間を操る強力な能力のため、王国によって教会に軟禁されていた。

 「私はこうして、人々のために祈れるだけで満足ですから」

 ニッコリと心の底からの笑顔を、ディックに見せつけた。

 これでも彼女は優遇されている方だ。禁じられたチート能力者は通常であれば、王国地下にある牢獄で、自分が不幸であることも知らずに一生を送るのがほとんど。もし薄暗い地下から出られるときがあるとすれば、それは魔人が侵攻してきた時――兵器として使われる時のみだ。
 セラフィーネが教会にいることを許されているのは、素行が良かったからというのもあるが、本人の強い希望が大きい。

 「『ウォールガイヤの人々が平和な日々を過ごせますように』か……何で他人のために祈るんだか、自分のために祈れよ」

 彼女が、いつ、牢獄という限られた空間の中で、このような献身的な思考に至ったのかは誰も知らない。
 とにかく、ディックはそんなセラフィーネの考え方が納得できなかった。ディックとセラフィーネは出会ってから六年も経つが、お互いにその辺りの考え方はずっと同じだった。

 ディックは顔を上げ、教会のシンボルである像を見る。髭を足元まで伸ばした老人が優しく微笑み、大衆を包み込もうと両腕を広げている姿が象られているのだが、ディックは像も教会も気に入らなかった。

 ……なーんか、ムカツクんだよなぁ。

 コイツがこんな狭い世界で、全部をわかった気になってるのが。……つっても『禁じられたチート能力』を持つセラフィーネを外へ連れ出すのは、王国のルールに背くことになるから無理な話なんだけどな。
 ……もし外の世界を見せてやれたなら、コイツはどんな顔をするんだろう。


 *


 ジェヌインとの戦闘の真っ最中であるというのに、ディックはセラフィーネとの記憶を思い返していた。

 一個の手榴弾が、ディックの頭上へ投擲される。それが『複製デュプリケーション』の能力で増殖し、爆発の雨と化す。

 右足が素早く動かせないディックはそのまま回避すること叶わず、爆撃の嵐に飲み込まれたかに思われたが、左足で地を蹴って大きく前へ飛び出して避けていた。

 それから両手を地面につけて、くるりと体を前へ半回転した後、今度は左足をつけて前へ半回転と、まるで新体操のように、左足と両手を使ってクルクルと回りながら100人を超える敵の中へと身を投じる。

 カモが来たぜと言わんばかりに、ジェヌインの一人である大男が口元を歪めると、自慢の筋肉と『怪力アサルトパワー』で巨大なハンマーをディックへ振り下ろした。ハンマーの柄の長さは3m、頭の太さは軽トラック並み。いかにディックといえど、まともに受ければタダでは済まないが、大男のスローな動きでは、かすりもしない。
 左足を踏み込むタイミングで加速すると、ハンマーの頭よりも内側に入り込んだディックは大男の顔面が減り込むほどのパンチを入れた。

 大男がズシンッと大地を振動させつつ倒れている間に、また別の敵がやってくる。ソイツを倒すとまた別の敵が、それも倒すとやはり次の敵が。ディックに休む暇を与えることなく、敵が次から次へと押し寄せてくる。
 右足の踏ん張りが効かないディックは『曲芸アクロバット』による器用さを活かし、バック宙や股抜けなどして、相手を翻弄し、ギリギリで気づいた攻撃にも『高速信号ハイスピード シグナル』――人間を超える電気信号の伝達速度で対処する。

 一見、圧倒しているディックだったが、相手もやられているだけではない。

 「うっ!」

 接近戦を行っている最中に、別方向からチャクラムが飛んできて、ディックの左腿を裂く。『回転スピン』の能力により高速で回転しているチャクラムの刃は日本刀並みの切れ味となっており、ディックの腿がパックリと割れ、血が溢れ出す。

 「隙あり!」
 「無ぇよ!」

 レイピアを持った男がディックの首を貫こうとするが、ディックが『地魔法』で足元の地面を盛り上げたことにより、体勢を崩され未遂に終わる。
 難を逃れたディックだったが、次は背中を拳銃で撃たれてしまう。

 後からの支援が鬱陶しいと感じたディック。
 瞳をゆらゆらと動かし、遠距離攻撃を行っているメンバーを一人一人目視した後、ディックは左手に水を、右手に炎を纏わせ、その両手を合唱させた。

 複合チート能力『ミスト』が発動し、埠頭全体を水蒸気が包んだ。

 「それも対策済みだよ」

 千頭が紫の穴の中から『風魔法ウィンド マジック』の魔法石を取り出して発動させた。
 横殴りの風が、霧を一瞬で吹き飛ばした。

 しかし、ディックもそれは予想していたことで、上へ飛ぶためにわずかな隙を作りたかったのだ。

 空中へ逃げたディックを銃で撃ち落とそうと構えるジェヌインの面々だが、手遅れだった。
 いつの間にかディックは愛用のライフルを回収しており、上空から銃を握る敵たちを目にも留まらぬ早さで狙撃した。

 「やるね。でも、空中で避けられるかな?」

 二丁の拳銃を構え、千頭が宙を舞うディックに向かって連射する。
 逃げ場の無い空中でありながら、ディックは『曲芸』で上手く体を捻ったりして、この一連の攻撃をかわしたものの、先程の様に千頭は撃った弾丸らを『道具収納アイテムボックス』で再利用し、ディックに何発か命中させた。
 その中の一発がディックの額を裂き、血が吹き出る。
 ディックの銀色の髪が赤く染まる。


 ……全く、ホントにムカツク野郎だぜ。千頭 亮。
 セラを外に連れ出すっつー、俺には出来なかったことを、無法者のオメェがやりやがったんだからな。
 けど、結局オメェもアイツの可能性を閉じ込めるなら、遠慮はしねぇ。全力で潰す!

 頭から流血しながらも、ディックは鋭い目つきで千頭を睨みつけた。
 ライフルにゴム弾ではなく、実弾を『弾丸創造バレット クリエイション』で装填して引き金を引く。
 一発、二発、三発と立て続けに撃ち、弾丸の雨をジェヌインたちの頭上に降らせる。
 その雨は、ジェヌインの腕や足を撃ち抜くだけでなく、地面も砕いていく。

 次の弾を装填し終えた千頭がその攻撃を止めようと、銃を構えるがディックはそれを許さない。

 「くらいやがれ!」

 『氷魔法アイス マジック』でディックが空中に無数の氷柱を作り出すと、それを一斉に落下させた。
 多くのジェヌインたちは、これを迎撃したが、少なくない人数が氷柱によって肉体を貫かれる。

 その後、ディックは自身の狙撃や『氷魔法』によって、ゴチャゴチャと荒れた大地の上に着地しようとした。
 そこを千頭が狙う。
 千頭は撃った弾丸を『道具収納』を介して噴水のようにディックの着地点から湧き出させた。

 まずい! 左足だけは!

 咄嗟に、ディックは飛んでくる弾丸に対して背中を向けた。
 当然、背に数発の弾丸が命中し、メキメキと皮膚を抉られ、骨を削られる。

 地上へ背中から落ちたディックに、ジェヌインたちが一斉に群がってくる。

 「なめんなあぁ!」

 ダメージを受けてるとは思えない勢いで、ディックは体を起こしこれらを捌くが、ダメージが溜まっていることは、黒いコートに浮ぶ赤い滲みが物語っていた。


 *


 「あちらは善戦しているようですね。こちらは苦戦してますが」

 老人が遠くの埠頭と、目の前の状況を見比べつつ、顎に手を当てて言った。
 ディックが戦っている間、知世の方でも戦いが始まっていて、既に知世が7人の敵を合気道で動けなくしていた。

 「ヤバヤバですよ! ディックが追い詰められていまーす! 助けに行かないと!」

 「ダメだ、アイリス。私達があそこに行っても足手纏いになるだけだ」

 落ち着いて状況を読めるようになったエマが歯痒そうに言う。
 『瞬間移動テレポート』であの場からディック離脱させたいエマだったが、『瞬間移動』は連続で使えないため、再び使えるようになるまでのインターバル中に狙われる危険があった。
 何より、途中で逃げ出すことを、ディック自身が望んでいないであろうことは、長い付き合いからわかっていた。


 老人と相対した知世が、腰から刃渡り70cmの打刀を鞘から抜いた。
 これまで素手に徹していた知世が刀を抜く。それは、老人の強さを示していた。

 「アナタ、名はなんと?」

 「なぁに、名乗るほどの者じゃありませんよ。私は知世さんには及ばないでしょうしね」

 「ならば、引いてはもらえませんか?」

 老人は顔を横に振る。

 「そうはいきません。私は同じ願いを持った同胞たちのため、アナタに挑まなければならない」

 「……いいでしょう。覚悟の上であるならば、応じないわけにはいきません」

 「ふっ、敵相手に律儀な方だ」

 老人が刀の柄に手をかける。

 「武士の戦にチート能力など無粋なだけ、試されるべきは己の技量のみであるべきだ」

 「言われるまでも無く、私はチートを使いません」

 「それは良かった」

 波打ち際、海を照らす月夜の下で、刀を持った女と老人が対峙する。
 場が張り詰め、アイリスもエマも、渡辺もオルガも静かに行く末を見守っていた。

 老人がゆっくりと歩き出して間合いを詰め始めると、知世も老人へ歩を進めていく。二人とも、普通の歩き方ではなかった。上半身が全くブレず、足は砂浜の上を滑るように前へ出ていた。

 そして、二人の間が大分詰められた頃、老人が一気に間合いを詰めて勝負に出た。老人は右半身を前に出すと同時に、抜刀した。

 来た! 逆袈裟斬り!

 これを見切っていた知世は半歩下がってかわすと、踏み込んで反撃に出ようとしたが、老人の射殺すような目を見て躊躇した。それどころか、もう半歩後退した。
 知世の判断は正しかった。一度上へ斬り上げられた老人の刀の切っ先が、弧を描いて再び下から上へと命を攫う軌跡を描いてきたのだ。
 もし半歩下がっていなければ、知世は腹部右下から左肩まで綺麗に斬り開かれていただろう。
 老人は二回目の斬り上げを終えた次に、横一文字に刀を振るおうとする。

 二回連続の斬り上げには驚きましたが、その体勢からではそうせざるを得ないのは必然!

 今度こそ見切った知世は、老人が描く一文字よりも低い姿勢で懐に入り込み、胴を一閃した。

 「……お見事」

 老人が口から血を零して倒れた。

 倒れたそばから、老人の腹辺りの砂浜が白から赤になっていく。
 その様子を見て呆気にとられる渡辺。

 「見るんじゃない」

 そんな渡辺の様子に気づいたオルガが、大きな体で渡辺から老人を見えなくした。
 人が人を殺す瞬間を、初めて目の当たりにした渡辺。その光景は小さくないショックを彼に与えていた。

 「……ふぅ」

 一呼吸置いた後、知世は刀を振って、刀身に付着した血を払う。

 「私はディック殿に加勢して参ります! 二人とも、あとはよろしく頼みましたよ!」


 *


 あれから、また30人近く倒したディックであったが、度重なる攻撃でついに左足にも力が入らなくなっていた。

 「ゼェ……ゼェ……」

 「やれやれ、ようやく動かなったね。予想以上にちょこまかと動き回られたけど、これで終わりだ」

 「はっ、そういうことは終わらせてから――」

 パァンッ!

 発砲音とともに、ディックの全身が揺れた。

 「ウ……ク……」

 「終わりだよ」

 千頭は拳銃を横に向けて撃っていた。銃口の先には紫の穴があり、その穴はディックの腹の前に続いていた。
 至近距離で撃ったのと同じ威力は、ディックの防御力を軽く上回り、肉体を穿っていた。

 続けて千頭は穴の中へ弾丸を撃ち込むと、ディックを囲むように出口となる穴を展開し、四方八方から銃撃を浴びせた。

 次々に弾丸が自分の体内へ入り込み、ディックはついに両膝を着く。もはや立つことすらもできなくなっていた。

 「最後に何か言い残すことはあるかな?」

 「……あるぜ。オメェよ、周りが見えなさ過ぎて友達とかいなかっただろ」

 「……は……ハハハハハッ! 君のそういう負けず嫌いな所、僕は好きだったよ。それじゃあ、さようなら筆頭勇者」

 千頭が指を引き金にかける。

 「だから、オメェは周りが見えてねぇっつーんだよ!」

 ディックが両手を思い切り後ろへ引いた。

 「ッ!!」

 千頭は気づく。
 ディックの指先に細い糸のようなものが結ばれていることを。そして、それが自分の足元にまで伸びていることを。

 「スタングレネード?!」

 散々ディックが暴れ回ったことで辺りに散らばっていた瓦礫の影にそれはあった。

 スタングレネードが閃光と爆音を放ち、ジェヌインたちから目と耳を数秒の間完全に奪う。
 その間に、ディックは動く。
 黒いコートの内側から手榴弾を取り出し、歯でピンを噛んで引き抜く。
 それから手榴弾をポイ捨てした後、ディックは『位置交換スワップ ポジション』で千頭と自分の位置を入れ替えた。

 直後、千頭が爆発に飲み込まれる。

 「まだまだ! こんなもんじゃくたばらねぇよな!」

 ありったけの魔力を込めて、ディックが『炎魔法』でジェヌインのメンバー全員を炎に包んだ。

 すぐに『水魔法』が使われ、消化されてしまうものの、ディックの攻撃はジェヌインにかなりの被害をもたらした。

 炎と水で発生した水蒸気の中で、立ち上がったのは千頭を含め、わずか30人、その30人ですらフラフラの状態で、残りは虫の息だった。

 クソッ! まだこんなに立ち上がれるのかよ! 今ので魔力は出し切っちまったし、ネタも切れた! こりゃ、いよいよマジにやべーぞ!

 「……ゴフッ……ディック」

 Yシャツとズボンがボロボロとなり、体のあちこちから血を流す千頭。初めて険しい表情を見せていた。

 「……へっ、男前な面構えになったじゃねぇか千頭さんよぉ。そっちの方がよっぽどモテるぜ」

 「コイツ!」

 部下の一人が、ディックに向かおうとしたが、千頭がこれを手で制した。

 「タイムアップだ」

 「あ、こ、これは!」

 部下は、いつの間にかバミューダ全体が、ドーム状の黄色の壁に囲まれているのに驚いた。
 ディックはその壁を見て勝利を確信した。

 「『魔法反射』の力を増幅して生み出した巨大な壁だ。もう『瞬間移動』で逃げ出すことは出来ない。千頭、お前の負けだ」

 「……残念だけど、これは引き分けさ」

 「は? 何言って――!」

 埠頭近くで海水の中から大きな物体が現れた。

 「……な、何だアレは!」

 それはディックが――この世界の住人が知り得ない物体――潜水艦だった。全長80mの潜水艦。それも三隻。
 三つの潜水艦から光が次々に飛び出す。それは『瞬間移動』の光で、ディックや渡辺たちの前に控えていたメンバーたちが現れる。

 「ディックに攻撃を仕掛けますか?」

 潜水艦から現れた部下が千頭に訊ねる。

 「辞めておけ、これ以上は長引かせられない。引き際を間違えるな」

 「はっ」

 控えていたメンバーは倒れているメンバー達を抱えて、潜水艦へ戻っていく。

 「ま、待ちやがれ千頭!」

 「慌てない。君とはまた会うだろうさ」

 千頭は潜水艦に戻る前に、砂浜を見つめる。

 「……小樽さん。アナタとの決着もいずれ……」

 千頭は『瞬間移動』で潜水艦の中へ消えて行った。


 埠頭に一人残されたディックのもとへ、バミューダの騎士達が途中で合流した知世と一緒にやってくる。

 「勇者様! 大丈夫ですか!」

 「おい! 今すぐ! 海門を閉じろ!」

 「は、は?」

 「いいから早くしやがれケツ穴に鉛弾撃ち込むぞ!!」

 「ハイィ!」

 バミューダは第二次魔人戦争以降、海に巨大な灰色の壁――グレープロテクションを建設した。魔人の攻撃を防ぐために建てられた防御壁だが、漁業などの問題から、海への道を完全に閉ざすわけにもいかなかった。それでグレープロテクションに設けられたのが三つの海門だった。
 今、その海門を三つとも閉じてしまえば、ジェヌインは完全な袋小路に追い詰められるのだが。

 「か、海門を管理している騎士と連絡が取れません!」

 「既に対策済みってことかよ……『物理反射バリア』は準備に時間がかかる…………クソッ!」

海の中へと潜る潜水艦を、ディックはライフルで撃つが、装甲をわずかに凹ませる程度に終わった。

 「クソォッ!」

ジェヌインたちは、ディックからまんまと逃げおおせたのだった。
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