俺のチートって何?

臙脂色

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第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第100話 クロノスへの祈り

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 ディックと思われる影が、ライフルでジェヌインたちを圧倒する様子を、渡辺は砂浜から眺めて呆然としていた。

 「あ、アイツってメイン武器ライフルだったのかよ」

 「そうでーす! 草薙家が刀であるように、アイゼンバーグ家は銃の技術を子へと受け継がせていますからねー!」

 「使う武器が決まっていれば、自ずと必要になるチート能力も決まってくる。だから、それぞれの勇者の家は使う武器の種類を一つに絞って効率良くしてるのさ」

 アイリスとエマの説明を聞き、渡辺は納得する。
 なるほど、それでディックはライフルに適したチート能力を持ってるってワケか。

 「皆さん、私語はそこまでに。客人です」

 ビーチの入り口を見張っていた知世が、埠頭から砂浜までやってきた例の老人を含むジェヌインのメンバーたちを見やる。
 人数は8、その中でも一番の実力の持ち主があの老人だ。
 知世はそれを砂浜での走り方だけで看破した。

 その注目の老人が知世の前までやって来て言う。
 
 「おや、アナタは知世さんですか? ディックさんと仲がいいとは聞き及んでいましたが、私情に付き合うほどでしたとは」

 「私にとっても、セラフィーネさんは良き友でしたので。むしろ私の方からディック殿にお願いしたのですよ」

 「やはり、彼女を取り返すのが一番の目的ですか」

 セラフィーネ。
 聞いたとことない人名に、渡辺とオルガは蚊帳の外状態となり、ただ会話に耳を傾けた。

 「おい、アンタ。セラフィーネに何かしてないだろうな」

 エマが鋭い目つきで、老人を刺すように睨む。

 「傷は付けていませんよ。ただ、7、8歳は若くなりましたかね」

 「――やっぱり! 『クロノスへの祈り』を使わせやがったな!」

 「それはそうでしょう。そのチート能力が目的で彼女を攫ったのですから。それにいいじゃないですか。若くなれるなんて私からしたら羨ましいくらいですよ」

 「能力の代償は若返りだけじゃない! 逆に老化する場合もある! 完全にランダムなんだ! いくつ歳が増えるのか減るのかもわからない! 歳が増え過ぎれば寿命を迎えちまうし、逆に減り過ぎれば受精卵の状態まで戻って死ぬんだ!」

 「ええ、わかっていますよ。時間を操るという神にも等しい行いが、どんなリスクを伴うのか」

 「お前! わかってて――」

 知世がエマの前に腕を出して、制する。

 「相手の調子に乗せられてはいけませんよ。エマ殿」

 ……落ち着いている。いや、落ち着き過ぎている。

 知世から見て、老人が動揺していないのが異様だった。予期しないディックの乱入。自分たちのボスが狙撃され、こうして仲間にも合流された。普通なら冷や汗をかいてもいい場面のはずなのだ。実際、老人以外は狼狽しているのが誰の目から見てもわかるものだった。

 ……千頭は撃たれました。あまりにもあっさりと。10年以上も騎士たちが追い続けてきたのが嘘のように…………嘘だった?……ディック殿、もしかすると、してやられたのは私達の方かもしれませんよ!


 *


 「それじゃ、今からオメーをお縄に頂戴してやる。縛り方は亀甲縛りがいいか? ん?」

 横向きに倒れ、金髪の髪で顔が覆われている千頭をディックは嘲笑する。

 「まぁどんな縛り方にせよ、うっ血するぐれーきつくしてやる。んでもって盗んだもん全部返してもらうぜ。ったくバミューダ名物の船まで奪いやがって」

 ディックは『道具収納アイテムボックス』の魔法石を黒いコートの中から取り出し、突起部分――ピンを引き抜いた。
 ディックの横に紫色の穴が現れる。ディックから見て穴の中には捕縛用の縄が、透明な床の上に置かれているようにあり、それを手に取ろうとディックは手を伸ばした。

 「若さかな、詰めが甘いよ」

 気絶していると思っていた千頭から声が聞こえ、ディックは戦慄する。

 「――ッ!!」

 慌てて千頭の方を向いたときには、既に千頭は仰向けの状態で銃口をディックの顔面に向けていた。

 雷管を叩き爆発を起こす撃鉄。
 その爆発で発射された弾丸が、ライフリングにより回転しながら、ディックの眉間に向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 普通なら、どう足掻いても避けられない状況だったが、ディックは『加速』の能力をフルに発揮して上体を反らすことで、間一髪、銀髪の前髪が少々切断される程度で済んだ。

 あっぶねぇ! いくら俺でもこの距離でモロにくらってたら死んで――!

 安堵も束の間。右膝裏に金槌で殴られたかのような衝撃が加えられ、ディックは背中から倒れる。

 は? 弾丸?! まだスナイパーがいやがったのか?!
 上体を起こした千頭が、仰向けに倒れているディックに銃を連射する。

 「くっ!」

 ディックは何とか地面を転がってこれを避け、そのまま勢いにのって立ち上がった。

 うっ!

 そのとき、ディックは右膝の異常に気づいた。
 尋常ではない痛み。今ので靭帯をやられたらしく、膝がわらって上手く力が入らない。

 「ほー、まだ立っていられるとはね。僕たちの世界だったら間違いなく足が千切れ飛ぶほどの威力だったんだけれど」

 千頭に一言言い返してやりたかったディックだが、痛みで思考がまとまらない。
 それだけではない。さらに予想しなかった事実にディックは戸惑った。

 ――なっ! 額に傷がねぇ!
 被弾したはずの千頭の額には、攻撃を受けた痕が一切無かったのだ。

 「驚いたかい? 今夜君が現れるだろうことはわかっていた。そう仕向けたからね。あとは、いつ狙撃されるかだけど、君は相手が勝利を確信して油断しているときに狙い撃つ傾向があるよね。それさえわかっていれば、あとは簡単だ。来ると思ったときに、こうすればいい」

 千頭が自らの額の前に、野球ボールほどの大きさの紫色の穴を創り出す。

 ……そういうことかよ。
 ディックはそこまで言われて、これまで調査で得てきたジェヌインの情報は、自分を誘い出すために千頭がわざとばらまいたものであることを理解した。故に、自分への対策が万全であることは想像に難くなかった。

 「ディック君。僕はね、君の執念に感服してるんだ。正直なところ、君は本当に厄介だったよ。君のせいで作戦を実行に移せないことが何度もあったからね。だからこそ、今ここで殺させてもらうよ」

 千頭が再び発砲する。

 「くっ!」

 ディックが『位置交換スワップ ポジション』を使おうとしたが、それを予測していた千頭は発砲と同時に魔法石で『魔法反射マジック リフレクション』を展開し、ディックのチートを無効化する。

 「しまっ――ウグッ!」

 弾丸に腹の表面を抉られる。

 続けてもう一発、千頭から弾丸が発射された。
 痛む腹部を手で抑えながらディックは『動体視力ダイナミック ビュジュアル アキュイティ』で銃弾の軌道を読み、上半身を傾けてこれをかわすも、直後に脇腹をペンチで捻じ切られるような痛みが襲う。

 「つぅっ!」

 脇腹から潰れた弾頭が落ち、金属音を奏でる。
 やっぱり撃ってきてやがる! けど、どこからだ?! さっきから『鷹の目』と『透視』でそれらしい場所は探っているが人影なんてどこにもねぇ!

 「どうやら大分足にきているみたいだね」

 言いながら千頭は撃つ。
 ディックはまた同様の動きでかわすも、やはり別方向から飛んできた銃弾を今度は肩に受けた。
 ディックはすぐに銃弾が飛んできた方角を見やるが、誰もいない。
 いない……やっぱ誰もいやがらねぇ! あの憎たらしい野郎以外、俺を狙えるヤツは……!
 ディックはハッとした。

 ……まさか……千頭の仕業? あり得ねぇ。アイツの能力は『道具収納アイテムボックス』だ。飛び道具の軌道を自在に曲げられる『必中ロックオン』の能力みたいなものじゃ……待てよ……ある。確かに理論上はできる! けど、本当にんなことが可能なのか?

 「君も渡辺君と同じで結構顔に出るタイプだよね。似た者同士だ」

 千頭から次の弾丸が発射された。

 来た! とにかく、この一発で確かめるっきゃねぇ!
 ディックはこれも上体を傾けて避けたが、今回はそれだけに終わらず、自分の脇を過ぎ去っていく弾丸を目で追った。
 それにより、ディックは攻撃の正体を掴むこととなった。

 おいおい、マジかよ!

 ディックは見た。自分の横を通り過ぎた弾丸が紫の穴の中にのを。そして、さらにそのすぐ横で別の紫の穴が開いて、中から速度を維持したまま銃弾がのを。
 取り出され向かってきた弾丸をディックは手で弾いた。

 千頭なんてヤツだ。『道具収納』を攻撃として利用するという発想だけでも驚きだが。
 『道具収納』は出す時と入れるときで魔力の扱いが逆に変わる、それを高速で行うってことは左と右を同時に見るようなもんだ。それだけでも異常だってのに。弾丸を出す向きまで正確に調整してやがるなんてよぉ。認めるのは悔しいが、世界で『道具収納』を一番使いこなしている人間は、間違いなくコイツだぜ。

 「ほー、たった三発で見破ったのは君が初めてだよ。筆頭勇者の称号は伊達じゃないね」

 「何余裕ぶってやがる。タネが割れたんだ。もうオメーの攻撃は俺には通用しない。あとはレベル268がレベル151をボコるだけのワンサイドゲームだ」

 「ふぅー、こんなことで講釈はしたくないんだけれど、ディック君、人は何故、食物連鎖の頂点に君臨できたかわかるかい? それは、ココが良かったからさ」

 千頭がトントンと指先で自分の頭の横をつついた。

 すると、埠頭全体が振動を始めた。

 「……やろう、まだなんかありやがるのか」

 一部の埠頭の地面が横にスライドするように動いた。それは『地魔法アース マジック』によるものだった。しかも一箇所だけではない、いくつかの箇所が同様に動いた。

 「はっ、地面の中に『魔法反射』を展開して『透視エックス レイ』を防止してたってわけか」

 ディックは千頭の準備の良さに、もはや驚きを通り越して呆れていた。

 スライドして開かれた地面の中から、ぞろぞろと多くの男女たちが出てくる。その数、優に100を超える。彼らは全員ジェヌインの構成員であり、ディックの敵である。

 彼らが千頭を中心に置くようにして配置につく。
 その中心で千頭は声高らかに言った。

 「さて! 騎士共もマヌケじゃあない! おそらく、包囲されるまで、残り10分もないだろう! それまでに筆頭勇者様を排除しようじゃないか! 僕らの悲願のために!」

 殺気の籠った視線がディックに集中する。

 「……へっ」

 これほどの人数を前にしているのにもかかわらず、ディックは口角を上げて笑った。

 「数でゴリ押すのが賢さだって? なーるほど、数を武器にするのも間違いじゃねーだろーさ。けど、根本から間違えてることが一つあるぜ千頭」

 「ほー、言ってご覧よ」

 「俺にケンカを売ったことだ」

 埠頭での、正真正銘最後の戦いが幕を開ける。
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