俺のチートって何?

臙脂色

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第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第99話 ジェヌイン vs Lv268 筆頭勇者

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 「ぎ、銀の十字架に黒いローブ、何よりあのライフル! あれはアイゼンバーグ家のディックじゃないか!」「そんな! バミューダ周辺を監視している仲間からは勇者が近くにいるなんて報告受けていなかったのに!」

 幾人のジェヌインのメンバーが狼狽する。その様子はディックを悦に入らせた。

 「オメーらの仲間が俺たちに気づかなかったのは当然さ。隠れて行動してたんだからな」

 「隠れて……一体いつから?」

 先刻まで渡辺のステータスの変動をチェックしていた女性が質問する。

 「そーだなあ。ワタナベたちと別れてからだからザッと四日前ぐらいか?」

 「――ッ!」

 四日前。それの意味するところに気づいた女性は目を皿にした。
 四日前から、ジェヌインから隠れて行動していた? 今回の作戦がバミューダで実行されることがバレていた? いやいや、それよりも、何故彼が私達を追う? 勇者である彼にとって、私達を追うことは仕事ではないはずだ。
 と、一度状況を整理した上で、女性はさらに質問を重ねる。

 「四日前からジェヌインを追っていた。それはおかしいわ。勇者は強力なモンスターの退治か、対魔人戦に備えた準備が主な仕事のはず。犯罪関係は騎士が処理することだわ」

 「何もおかしかねーよ。俺はクエストじゃなく、プライベートでお前らに会いたかったんだからな」

 筆頭勇者が個人的に私たちを?! 彼にとって私達の行いが、とても見過ごせるものではなかったからなの?!

 「アナタ方は千頭さんを急ぎ安全なところへ運んでください! 私は子供を拾ってきます!」

 焦る女性を余所に老人は言い放つと、数名の仲間たちと共にビーチへと急ぎ向かった。去り際、老人が倒れている千頭を一瞥した。
 予想していた通りの展開となりましたね。いやはや、人を想う心とは、げに恐ろしきものということか。


 *


 埠頭から1Km離れた砂浜の波打ち際で、渡辺とオルガは倒れていた。
 二人とも意識はあったものの、両手両足が砕けた渡辺は立つこともできず、オルガも立つのがやっとのほどのダメージを受けていた。
 オルガは『鋼の肉体』で何発ものライフル弾から身を守っていたが、決してノーダメージではない。
 防弾ベストを着たからといって、銃弾の威力を完全に無効にできるわけではないように、岩の鎧越しにオルガに伝わった衝撃は、彼の肉体を内側からボロボロにしていた。

 「全く、お前さんは毎度毎度無茶をする」

 どうにか立ち上がったオルガは、渡辺を両手に抱える。

 「痛つつ……今回に関しては間違いなくアンタの方が無茶してるっての! 死ぬとこだったんだぞ!」

 渡辺が痛みを我慢しながら、怒鳴った。

 「その気持ちが、周りがお前さんを見るときの気持ちだ。少しは俺やマリンの気持ちがわかったか?」

 「うっ……」

 「助けてもらったことには礼を言おう。とにかく、今はこの場を離れるぞ……ん?」

 オルガが、埠頭にいる人影たちが一人の人間を囲っていることに気がつく。それはディックなのだが、オルガたちのいる位置からでは遠すぎて、人物まで特定できなかった。

 「誰かが戦っている?」

 「ディックだよ」

 「ぬ!」

 背後からの声を敵だと思ったオルガは、振り返りながら後退するが、

 「お前さんらは……」

 そこに立っていたのは、エマ、アイリス、知世だった。

 「男二人が揃いもそろって、なっさけないなぁ」

 「ヘーイ! 出会って3秒で悪態をついてはいけませーん! 二人を治すんでーす!」

 「はいはい、わかってますよ」

 アイリスがオルガに、エマが渡辺に『回復魔法リカバリー マジック』を行使する。

 「アンタの能力って何なの? アホなの? 急にレベル400ぐらいの攻撃力になったかと思えば、一瞬で戦闘不能になっちゃって、わけわかんないんだけど」

 「俺だって知るかよ。それより、駆けつけるタイミング良過ぎるだろ。狙ってたのかって思うくらい」

 「ああ、狙ってたからな」

 「……え? 今なんて?」

 「狙ってた。アンタ耳悪いの?」

 「いやいや、それどういうことだよ。その言い方まるで千頭の狙いが最初からわかって――」

 「わかってたんだよ。目撃情報とか最近確認されたジェヌインっぽい組織の痕跡とか、そういったもんから、きっとここでジェヌインが動くんじゃないかって予想したのさ。時期もおそらく人に紛れて行動しやすくなる祭りの日の前後が怪しいってね」

 それを聞いた渡辺は、一つの疑問に納得がいった。

 「お前らがバミューダまで行こうとしていた理由はこれだったのか」

 「ああ、でも、まさか千頭まで現れるとは思わなかったけどね。ま、おかげでアイツの頭に一発お見舞いしてやれたってわけだ」

 「――千頭を撃ったのか」

 オルガは言った。
 喜んでるわけでもなく、哀しんでいるわけでもない。かといって怒っているわけでもない。ただ重たさだけが言葉にのしかかっていた。

 「……千頭とどんな仲だったか知らないけど、ディックが撃ったのはゴム弾。余程運が悪くなけりゃ死にはしないよ」

 「……そうか」

 と、返事をしたオルガの言葉には明らかに安堵の色があった。
 あれだけ酷い目にあわされたっていうのに……コイツって実はすげーお人好しなんじゃないか?と、渡辺は思うのだった。


 *


 埠頭では、今まさに戦いの火蓋が切られようとしていた。

 ジェヌインにとって千頭は必要不可欠な存在だ。千頭がいたから、これまで騎士に捕まることなく作戦を遂行できたし、千頭がいたから同じ志を持った多くの仲間が集まった。水先案内人である千頭を失えば、たちまち組織は瓦解してしまうだろう。それは現世へ戻れなくなることと同義だ。
 それがわかっているから、ジェヌインの面々は誰一人として我が身可愛さに逃げ出そうとする者はいなかった。千頭を『瞬間移動テレポート』で逃がす。彼らの頭にあったのはそれだけだった。

 「ふーん、大の大人連中がやる気満々って感じじゃねぇか」

 彼らの瞳から決意を読み取ったディックは、鼻を鳴らす。

 「お前ら、俺が誰だかわかってる上でヤろうってんだよな?」

 ジェヌインのメンバーたちが、戦いの時を予感し、構える。

 「いいぜ。だったらまとめてアルカトラズに招待してやるよ!」


 もう後には引けない! やるしかない! と誰かが思った。その誰かが攻撃の口火を切った。

 発砲音。
 直後に、ディックが持つライフルからも発砲音が響く。
 ディックの銃弾が、自分に向かって直進していた銃弾を弾いて、そのまま誰かに命中して宙を舞わせた。

 ジェヌインたちが一斉に動き出す。

 今度はディックへ『雷魔法ライトニング マジック』が放たれると、ディックも『雷魔法』で迎え撃った。雷同士がぶつかり合い、二人の間で激しい放電が起きる。パワー勝負になるかと思われた場面だが、3秒にも満たない間にディックの雷が相手の雷を押し退けて、『雷魔法』使いを感電させた。

 そしてすぐ、ディックはクルッと踊るように一回転して横に移動した。すると、ディックがいた場所が対物ライフルで狙撃され、地面が捲れ上がった。

 「――な!」

 まるで未来予知でもしたかのような動きに、狙撃した張本人は驚きを隠せない。

 「だったらもう一発う、ガッ!」

 その前にディックの弾がスナイパーの額の皮膚を裂き、頭蓋骨の一部を陥没させた。

 「な、ぜ、位置を、正確、に……」

 倒れた狙撃手の疑問の答えはディックの頭の中にあった。
 へっ、スナイパーの配置はアイリスの能力で目星はついてんだよ。残りは三時と五時の方向だろ。
 ディックがライフルを横に向ける。

 「まずいわ! 彼を止めて!」

 女性が言うまでも無く、10を超える人間がディックへ向かっていた。
 ディックは『怪力』を持っているため、高い防御力を有している。オルガほどではないとはいえ、その防御力を超える攻撃は限られてくる。その最たるものである対物ライフルを失うのは痛い。ジェヌインとしては何が何でも止めたかった。

 「おせーよ」

 ディックが『鷹の目ホークアイ』で埠頭から2000m離れた森の中のある地点を拡大し、『透視エックス レイ』で木々を透かす。続けてライフルの薬室内に『弾丸創造バレット クリエイション』でゴム弾を生成し、これを『性能向上キャパシティ ビルディング』で貫通力を強化し、さらに『|《エンチャント》属性付与』で炎を付与し、最後にトリガーを引いた。三時の方向へ弾が発射される。
 一連の行動を五時の方向にも向けて行った。

 「『二重行動ダブルアーツ』」

 ディックに重なる位置に、ディックの残像のような影が現れ、その影が今の行動を寸分違わず真似をした。

 ディックの撃った二発が、いくつかの木々を貫通した後、木の上に潜んでいた二人の狙撃手のそれぞれの頭部に着弾。被っていたヘルメットを弾く。そこへディックの残像が撃った二発の弾が露出した頭部に命中し、二人とも木から落下した。

 「はっ!」

 埠頭の端から現れた男が白く粘着質な糸を手から放出し、それをディックのライフルに絡めて、ディックからライフルを取り上げようとする。

 「皆今だ!」

 ここぞとばかりに近接系の武器を持った面々が飛び出す。

 なるほど、埠頭の壁面を移動しているスパイダー野郎がいると思ってたが、このタイミングを狙ってたか。

 「狙いは悪かねぇが、武器が一つだとは限らねぇよな」

 片手でライフルのグリップを握ったまま、もう片方の手で黒いコートの下に手を入れたディックは、懐から拳銃を取り出し、その銃で糸を伸ばしている男を撃つ。

 「うっ!」

 「ロビン! チィ! だが、もうここまで近づいた! そんな長物、近距離戦闘じゃ扱いにくいだろ!」

 ハンマー、大剣、片手剣、大鎌、様々な武器を抱えた者達が、ディックへ突っ込む。

 「どうも勘違いしてるみてえだが、俺は素手でも強ぇぜ?」

 ディックが自分のライフルを高々と放り投げた。

 「な、何考えてやがるコイツ!」「構わねぇ! やっちまえ!」

 前へ倒れる勢いで前傾姿勢となったディック。
 次の瞬間。
 ディックは消えた。

 そして、同時に、ディックへ突っ込んでいた者全員が、腹に一発打ち込まれたかのように体を“く”の字に曲げた。

 「ガハッ!」「うぐっ」「うあ!」

 全員、強烈な一撃により肺から音を漏らした。
 その音とともに、消えていたはずのディックが彼らの背後に現れる。
 いや、実際は消えてなどいない。ただあまりにも見えなかっただけだ。

 「ダメ押しだ」

 先程と同じくディックの影が現れ、その影が全く同じ殴り方で彼らに無慈悲な追い討ちを加えた。

 「ば、バケモノ……」

 まだ気を失っていない者もいたが、嘔吐または吐血し、もう戦える状態ではなくなっていた。

 「あと残り二人か」

 ディックが『風魔法ウィンド マジック』で空中へ投げたライフルを回収しながら言った。

 「う、うぅ、来るなら来いよー!」

 片手剣と大きめの丸い鉄製の盾を装備した小兵が身構える。

 「じゃあ遠慮なく」

 ディックが小兵に向けて弾丸を撃ち出した。

 「なーんちゃって! 『位置交換スワップ ポジション』!」

 ディックの位置と小兵の位置が入れ替わり、ディック自身が撃った弾丸が自らの背へ飛んでくる形となる。しかし、それも刹那。一瞬でディックと小兵の位置が再度入れ替わって元通りとなり、小兵は弾丸を受ける。

 「な、んで」

 「奇遇だな、その能力、俺も使えるんだよ」

 残るはあと一人。
 最後の一人は、オルガの腕を『水晶畑クリスタル フィールド』で刺し貫いた女。その女は腰が抜けて尻餅をついていた。

 「うあ、うわああぁぁ!!!」

 自分の身を守るように、何本もの紫水晶を自分を囲うようにして地面から生やした。

 「やれやれ、チートの扱いが雑なんだよ。隙間だらけじゃねぇか」

 そう言って、ディックは自分の側に縦に長い氷を作り出すと、それにライフルを立てかけるようにして置いた。
 ライフルの代わりに、両手で懐から二丁の拳銃を取り出して同時に引き金を引いた。
 全く同じタイミングで飛び出した二つの弾丸は、水晶にぶつかると、別の水晶にぶつかり、また別の水晶へぶつかる。と、いったふうに二つの弾丸は水晶の間を乱反射していき、最後には水晶の守りを抜け、女の胸部と頭部にヒットした。
 女は倒れ、ビクッと小刻みに体を動かすばかりとなった。


 叫び声や銃声が鳴り響いていたのが嘘のように、埠頭は静まり返った。
 聞こえるのは波の音と、嘔吐の音だけだ。
 ディックとしては可能な限り不殺を意識はしているが、下手をすれば何人か死んだかもしれない。ディックもそれは覚悟の上だった。

 「……ふぅ、これで全員か――ッ!」

 余裕だったディックに初めて緊張の瞬間が訪れた。
 千頭の方に目を向けたディックは、アヤメが千頭に『瞬間移動』が込められた魔法石を使おうとしている場面を目撃したのだ。

 「させるか!」

 『加速アクセラレーション』の能力を最大に引き出し、千頭のもとまで一気に迫ってアヤメを殴り飛ばした。アヤメは為す術もなく、地面を転がり咳き込んだ。

 「今のはビビったぜ。そういや、千頭のパートナーは『隠密ステルス』の能力持ちだって話だったな。視覚で捉えない限り存在を認知できない能力。アイリスの天敵だ」

 今度こそ誰も動けないことを確認したディックは、千頭を見下ろす。

 「……お前を追い始めて二年ってとこか。やっと、やっとこさ追い詰めたぜ。俺に断りにもなしに奪ったアイツを……“セラフィーネ”を返してもらうぜ」
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