俺のチートって何?

臙脂色

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第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第98話 ジェヌイン vs Lv151 オルガ

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 車が埠頭らしき場所に着く。埠頭は現代みたいな形でしっかりとした造りになっている印象だ。
 埠頭には20人くらい乗れると思われる木製の帆船が、何艘か停泊して波に揺れている。

 その埠頭の一番奥にアトランタ号があった。他の船のように海に浮かんでおらず、砂浜に打ち上げられている格好だ。
 300人もの乗員が乗っていたというだけあり、確かにそこらの帆船よりもずっと大きい。それに立派な砲門が側面に幾つか顔を出している。
 しかし、138年の歳月により朽ちていることは、船を覆うフジツボや苔、折れた三本のマストが語っている。

 あの帆船が最初の転生者たちを運んできたわけだが、千頭はあそこに何の用があるんだ?

 より車がアトランタ号へ近づくと、人影が見えた。それも一人や二人じゃない、30人はいる。その人影たちの前で停車した。

 「状況は?」

 千頭が窓から顔を出して言うと、一人の着物を羽織った老人がやってくる。老人と言っても背筋はしっかりと伸びており、目も鋭く、袖口から見える腕の筋肉は俺よりある。何より腰に下げた刀。
 ……強そう。

 「予定よりも多くの魔力が集まっています。先日の魔の雨の影響でしょうな。いつでも実行できますよ」

 「なら、とっとと済ませてしまおうか。アヤメ」

 うわっ! 老人の横にくノ一みたいな格好をした女がいきなり現れたぞ!

 「はい、何でしょう」

 「『拘束魔法』が切れる前に彼を縛っておいてくれ」

 どこから出したのか千頭は持っていた縄をアヤメと呼んだ女に手渡した。
 その後車を降りようとしたので、俺は呼び止めた。

 「おい。こんな場所に来てどうするつもりだ?」

 すると、途中で動きを止めて、顔もこちらに向けないまま口を開けた。

 「HMS アトランタ」

 は? 

 「His 国王もしくはHer Majesty's Ship女王陛下の船。渡辺君はあの船が何なのか知っているかい?」

 コイツ、イチイチ気取った話し方するな。

 「一番最初の転生者たちと一緒に、ウォールガイヤにやってきた船だろ。それと俺の誘拐に関係あるのかよ」

 「ああ、それなら君と船に関係は無いよ、全く。もともと、今回の計画はこの船を奪うためのものだ。君を組織に勧誘する予定はもっと後のつもりだったんだけれど、ちょうど君がバミューダにいたものだから、どうせならまとめていただこうと思ってね」

 人をついでみたいに誘拐しやがってコイツは……まぁ、それは置いておく。船が目的っていうのはどういうことだ?

 「船で何しようってんだ。まさか持ち帰るわけじゃないだろ」

 「ほー、よくわかったねぇ。持ち帰るんだよ。人ごと転生してきた乗り物だ。転生、転移のメカニズムがわかるかもしれない。だから、拠点に運んで調査するのさ」

 「……はい?」

 何を言ってる? あれを持っていく?
 俺はアトランタ号の方に目を動かす。

 「……いやいや、無理だろ」

 「やれやれ、君は今まで何を見てきたんだい? 不可能を可能にしているのがこの世界だろう?」

 千頭が今度こそ車を降り、船の方へと向かって行った。

 よく見ると、船の周りを数人の人間が囲んでいる。全員杖を所持していて、その杖を正面に垂直に立てて、祈りを捧げるみたいに目を閉じたまま直立している。
 何人かの傍らには、カーバンクルもいる。

 魔法で何かしようっていうのか?
 一体何を?

 考えている間に、俺はアヤメに手足を縛られてしまった。
 うっ、結構キツく縛られたぞ。地味に痛い。

 にしても、参ったな……逃げ出そうにも、周りを完全に囲まれちまってる。俺の能力が発動してくれれば、逃げられるかもしれないが、多分今は発動してくれないだろう。何となくだが、そんな感覚がある。


 アトランタ号の方で動きがあった。
 千頭が両腕を広げる。
 一体何をしているのかと、目を凝らしていたら空にバスケットボール大の穴が空いた。

 な! このタイミングで転生者か?! ……いや、違う! あの紫色の穴は覚えがある! 知世たちが見せた『道具収納アイテムボックス』だ!
 そうか! 千頭が銃、手鏡、縄を瞬時に取り出していたのは『道具収納』で取り出していたから!
 千頭のチート能力は『道具収納』だったんだ!

 それなら、さっき俺が宿から車に移動した理由も説明がつく。『道具収納』によって開けられる穴の位置は、ある程度距離が調整できる。おそらく、千頭は俺をあの部屋で『道具収納』の中に入れた後、すぐに車内に穴を作って俺を出したんだ。

 アトランタ号上空に作り出された紫色の穴はどんどん広がっていく。

 おいおい、まさか持ち運ぶってそういうことかよ!『道具収納』の穴ってそこまで広げられるものなのか?!

 「ん!」

 車の傍に立っていたアヤメが急に後ろを振り向いて、拳銃を取り出た。
 アヤメだけじゃない、千頭の行為を後ろで見守っていた人間全員の視線が後ろへ向けられる。

 な、何事だ?

 『拘束魔法レストレイント マジック』が解けてきて、体の向きを変える程度のことは出来るようになっていた俺は、後部座席を転がって体を反対に向けた。

 ッ⁉ オルガ?! オルガなのか?!

 オルガらしき人物がジグザグに移動しながら、こっちに向かって走ってきていた。それが誰だかハッキリしないのは、全身がまるで岩石に包まれているかのようになっていて、顔部分も変形しているからだ。
 だが、オルガだ。
 あれは、『鋼の肉体スチール ボディ』をフルに発動した状態のオルガだ!

 オルガの足元で、突如爆発が起きて砂煙が巻き上がる。
 一瞬やられたかと心配するが、煙の中から走り出てきたのを見て安心する。ジグザグ走行のおかげて直撃を避けたらしい。
 しかし、爆発は続く。オルガが数歩、歩を進める度に地面の砕ける音が響く。

 地雷でも埋めているのかと思ったが、爆発に混じって聞こえる音に気づき、そうじゃないとわかった。

 これは狙撃だ。
 さっきオルガが一撃くらったときに、聞こえた音と同じだ。
 あのとき千頭は対物ライフルとか言っていたが、これがライフルの威力かよ。ほとんど大砲じゃないか。もし、またあんなのをくらったら……。

 最悪の場面を想像した俺は、居ても立ってもいられず、叫んだ。

 「来るな! 俺に構うな!」

 聞こえていないのか、それとも聞こえた上でか、オルガは前進を続ける。

 「――らしくないことすんなよ! いつものアンタだったら多勢に単身で突っ込むような真似しないだろ! 頼むから逃げてくれ!」

 「無駄だよ」

 千頭が紫の穴を尚も広げながら言った。

 「小樽さんが最も恐れているのは親しい人を守れないこと。君を見捨てることは自殺すること同義なのさ」

 ……何で……何でだよ……大人って自分が大事なんだろ……何で自分の命を危険に晒してまで俺を助けようとするんだよ! 大人なら大人らしく自分勝手にすりゃあいいだろうが!

 ライフル弾の着弾音が空気を振動させる。
 何度も同じ振動が鼓膜を震わせていたが、次の振動は違った。
 これまでよりも鈍い音が耳に入ったとき、オルガは体勢を崩していた。
 その瞬間、アヤメが発砲。周りから炎、電撃、矢など様々な攻撃がオルガへ集中した。
 一際大きな煙が巻き上がる。

 や、ヤバイだろ! いくらオルガでもこんなのくらったら!

 煙が晴れていく。
 その中から、一歩ずつ、ゆっくりとオルガが歩き出てくる。粘着性のある糸――蜘蛛の糸らしきものがオルガの全身に絡み付いており、オルガはそれを腕や足を力任せに動かして破いていた。

 しかし、俊敏さが著しく落ちたことで、ライフル弾が命中するようになる。それも一発どころじゃない。
 三発。
 胸、肩、腿に着弾し、岩の鎧のそれぞれの部位が弾け飛ぶ。
 たたらを踏むオルガだったが、それでも俺のもとへ向かうことをやめなかった。

 アヤメの横に立っていた老人は少しばかり驚いた様子で言う。

 「レベル500相当のワイバーンですら逃げ出すほどの威力だというのに、まだ立っていられるとは。それにあの気迫、鬼の類か」

 オルガに纏わりつく糸が解けてきて、また足を早めていく。
 俺とオルガの間の距離はもう10mもないほどになっていた。

 「参る」

 それを見てか、老人が飛び出し、鞘に収められた刀を一気に引き抜いてオルガを斬った。
 オルガの『鋼の肉体』は柔じゃない。その程度では傷一つ付けられない。だが、足は止められてしまう。イコールそれは狙撃されるということ。
 今度は腹部が破壊されてしまう。

 初めは岩に覆われて大きく見えていたオルガの体も、何度も岩が剥がされたせいで小さくなっていた。
 そんなオルガに、老人は抜いた刀で連続で攻撃を仕掛けた。オルガはその攻撃の数々を両腕で弾く。

 ……あのジイさんの刀、黄色い光に包まれている? チート能力か?
 俺は考えようとするが、連中はそんな暇を与えてくれなかった。

 一本の矢がオルガへ向かって飛来する。
 一見、見当違いの方向へ飛んでいたそれは、生き物のように急に曲がり、オルガの膝裏に命中した。

 「ウグッ!」

 堪らずオルガは片膝を着いてしまった。
 何?! 今の矢、大した威力は無さそうだったのに……そうか! 膝裏は曲げる必要があるから『鋼の肉体』で覆えないんだ!

 動きを止めたオルガの胸部が爆発し、オルガは地面を転がる。
 しかし、オルガもやられっぱなしではない。転がりながらも、左腕部分を覆っている岩を引き抜くように外すと、それを矢を放った相手へ投げつけた。

 「ぐあっ!」

 弓を持っていた男が、岩の腕を顔面に受けて倒れる。
 続けて反撃しようと立ち上がろうとするオルガだったが、さっきと同じ蜘蛛の糸がどこからか飛んできて、オルガを膝立ちの状態で固定した。そこへ、あの老人が刀をオルガの頭上へ振り下ろすが、寸でのところでオルガはこれを右腕で受け止めた。
 その直後、オルガの左腕を、地面から急に生えた紫色の水晶が刺し貫いた。

  「うっ!……ぬううぅ!!」

 右腕を振り上げて老人を飛び退かせたオルガは、左腕を固定している水晶を叩き割ろうと右拳をぶつけたが、水晶には傷一つ付けられなかった。

 ……そん……な……。

 オルガの体から、ついに鮮血が滴り落ちたのを見た俺は、言葉を失った。

 ダメだ……ホントに死んじまう……オルガが死んじまう!

 オルガを守っていた岩の鎧はもうかなり薄い。もし次、また胸に当たったら今度は防げない!
 俺は『拘束魔法』に抗って、縛られた両足で車のドアを何度も蹴った。

 壊れろ! 壊れろってんだよ! クソッ! 車も強化されてんのか!
 早くしろよ! なぁ! 応えろよ俺の能力! 今がそのときだろうが!

 両手首を縛る縄を引き千切ろうと懸命に手を動かすも、手首が赤く滲むだけでどうにもならない。ならばと、縄を噛み千切ろうとするが、鉄を齧っているみたいに歯が立たない。

 「ついに、そのときが来たようですね」

 気づけば、大穴を下へと下げてアトランタ号を『道具収納』の中へ格納する段階まで、事を進めていた千頭が、オルガの方を振り向いた。

 「どうです? 世間一般で定義されている善人であろうとした結果がそれですよ。アナタは結局何も守れずに二度も死ぬんです」

 「……善人であったことが間違いであったかのように言うんだな」

 息を切らしながらオルガが言った。

 「えぇ、そうですよ。善人であろうがなかろうが、人にもたらされる結果は運次第。それなら、より良い結果に導くため汚い手だって使った方がいい」

 「亮……」

 「全く、小樽さんには同情します。誰よりも人を守りたいと願っていたアナタに神が与えたもうた力は自らを守るためだけの力だったんですからね。ホントに神様というのは血も涙もない」

 一頻りしゃべった千頭は一呼吸分間を開けてから、再び口を開いた。

 「さて、お決まりの台詞ですが、何か言い残すことは?」

 「……ナベウマ――ショウマのことは、せめてどうか傷つけないでくれ」

 ――ッ! どうして……。

 「……それで終わりですか?」

 自分が死ぬってときまで! どうして! 他人の俺の心配をするんだよ! アンタは!

 「ああ、それだけだ」

 いい加減にしろよ! 大人のクセに! カッコつけて! 一人で満足した気になって! 俺の前で死ぬなんて絶対に許さねぇ!

 「善処しましょう。それじゃ、殺しますね。またどこかに転生したらちょっと笑っちゃいますけど、あの世でも別世界でも元気にやってください」


 絶対に認めねぇえええええ!!!!!


 「ハッ! 子供の攻撃力がどんどん伸びています! 魔力の干渉も無いのに!」

 渡辺 勝麻の動きを見張っていた一人の女性が声を荒らげた。
 信じられないと言った様子で驚く女性とは対照的に、千頭は微笑んだまま渡辺がいる車を見やる。

 「やっと、君の力をお披露目してくれる気になったようだね」

 大作の映画がもうすぐ目の前で始まる。そんな期待が千頭の中を満たしていた。

 「早く『催眠魔法ヒプノティズム マジック』をかけてください!」
 「言われずともやってらぁ! もうステータスは下ってんだろ!」
 「何を言ってるんですか! まだ上がってますよ!」
 「馬鹿な! とっくに濃い濃度でやってんだぞ! これ以上は致死量だ!」

 「構いません」

 慌てふためく二人に対し、千頭は実に落ち着いた口調で命令した。

 「殺す気で『催眠魔法』をかけてください」

 「あ、ああ……」

 にこやかに殺害を口にする千頭に、少なくないジェヌインのメンバーたちが恐怖する。

 千頭は思う。
 僕たちが現世に帰るには相応の奇跡が必要だ。それは不可能を可能にするチート能力ですら足りない。それこそ、転生転移を行った神にも匹敵する力が必要なんだ。
 この程度で抑えられる力なら、君の能力もその辺の能力と大差はない。僕らにとって必要のない力だ。だけど、もし、君がここで一つの奇跡を起こせたのなら、それは、

 「攻撃力、450! 縄の耐久度を越えました!」

 女性が叫んだ瞬間、渡辺が車のドアを蹴破って出てきた。
 それと同時に千頭が手を挙げる。それは、スナイパーへの狙撃合図。

 さぁ、見せてくれ、渡辺 勝麻君。その力の奇跡の一端を。そして、僕の希望となってくれ。
 そんな千頭の願いに応えるかの如く、オルガに向かって飛び出そうと構えた渡辺から突如、突風が吹き荒れ始める。

 「キャアアッ!」「な、何だ?!」「風?!」

 風は、匠と戦ったときよりも荒々しく渦巻いていた。千頭はその荒れ狂う竜巻を掴み取るような仕草をする。
 その瞬間、ライフルの弾と渡辺が同時に飛び出した。

 渡辺からオルガまでの方が距離が近いとはいえ、ライフルの弾の時速は3500を超えており、到底人の脚力で間に合うはずが無い。
 しかし、渡辺の持つチート能力は、それを可能なものにした。


 「だあああああああああああぁああぁ!!!!!」


 まさにジェット機のような勢いで飛び出した渡辺は、オルガを拘束していた水晶をパンチで破壊しつつ、もう片方の腕でオルガを回収した。その時点でライフルの弾が飛来するも、オルガの足を掠めるだけに終わり、渡辺たちはそのまま砂浜まで低空飛行していった。
 
 「ブラボー」

 それを見送った千頭が一人、拍手をした。
 やはりだね。君の能力は本物。そして、アリーナのとき、友達が攫われたとき、今回、これらから鑑みて間違い無い。君の能力――この風の正体は意思だ。君はで能力を発動させていたんだ。
 渡辺の力が本物であることが実証され、千頭はすぐにでも鼻歌の一つでも歌いたい気分だったが、やることをきっちりやってからの楽しみにとっておくことにした。

 『二人の状態は?』

 海とは逆側にある森から街全体を監視している部下に、魔法石の『精神感応』で連絡を取る。
 部下の話によると、二人は砂浜に転がっており、渡辺は両足と両手ともに骨が折れ、オルガも満身創痍で、二人ともまともに動ける状態ではないとのこと。

 これならば容易に捕獲できる。状況は何も変わってない。結果が先延ばしにされただけだ。とはいえ、渡辺君がせっかく頑張ったんだ。小樽さんを見逃すくらいの褒美はやってあげてもいいかもしれない。

 などと考えていたときだった。
 どこからか銃声が聞こえたかと思えば、千頭の体がふっ飛び、倒れた。

 「「 ――ッ!!! 」」

 ジェヌインのメンバー全員が目を疑った。
 千頭が撃たれたのだ。

 それから間もなく、埠頭の中心に一人の影が魔法石を捨てながら現れた。

 「ぃよう、会いたかったぜ。千頭ちゃんよぉ。つっても聞こえてねぇか」

 刺々しい白髪と両耳に付けられた銀の十字架のイヤリングを揺らしながら、筆頭勇者ディックがニヤリと笑みを浮かべた。スナイパーライフルを一丁肩に抱えながら。
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