俺のチートって何?

臙脂色

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第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第96話 千頭 亮

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 チノパンらしきベージュの長ズボンに、白いYシャツを着た男。Yシャツの裾はダラッと外に垂れ下がり、ボタンも第一ボタンと第二ボタンが外されており、だらけた印象を受ける。
 スラッとした金髪が肩口まで伸び、前髪部分が細い目にかかっている。

 こいつが、千頭 亮ちかみ りょう? オルガたちが話していた“ジェヌイン”っていう組織の頭目。
 何でソイツが俺の部屋にいるんだ?
 というか、どこから入ってきた?
 部屋の入り口もそうだが、窓だって鍵がかけられている。一体どうやって……とにかく、大声で叫んで隣のマリンたちかジェニーに異常を――。

 「君は本当に思っていることが顔に出るねぇ。叫んでもいいけど、意味はないよ」

 クククッと、人をからかうような笑いをする。
 意味がない? いや、それよりも。

 「さっきから、俺を知ってるみたいな口ぶりだが、アンタとは初対面だぞ」

 「うん。君は僕を知らないだろうね。でも、僕は君を知っている。君が初めてアリーナというものを知ったその日から」

 「アリーナを知った日……」

 そういえば、こいつの声、どこかで……。


 『へぇ……この坊やが、そうなのか』


 あ! 朝倉に連れられてアリーナへ向かっていたときだ! あのときの声はコイツの?!
 けど、なんだって名の知れた盗賊のボスが俺に。
 
 「……ジェヌインのリーダー様が俺に何の用だよ」

 アイリスの話では、ジェヌインは物を盗み、人を攫うって話だった。
 もし、俺を攫いに来たっていうなら、殴りかかるしかねぇ。

 「そう力まないでくれよ。僕は、君をスカウトしに来たんだ」

 「は? スカウトって、俺をジェヌインの仲間にするとでも?!」

 「ああ。君にはその資格がある。昼の騒動、実に素晴らしかった。未遂に終わりはしたが、自分が許せないものは何が何でも許さない確固たる意思を君から感じた。その意思こそ僕らジェヌインを動かす原動力であり、互いを結ぶ信頼だ」

 「褒めてもらっといて悪いが、俺は盗賊なんかに成り下がるつもりはねーよ。それこそ確固たる意志でな」

 「いいや、なるさ。そもそも僕らの目的は盗みじゃない」

 「どういうことだ?」

 「物や人を得るのはあくまで手段であって、目的じゃない。僕らの目的――それは帰ることだ――元の世界へ」

 「――ッ!」

 「目の色が変わったね。君は本当にわかりやすい。君と……市川 結ちゃん、だったかな? 会話は聞かせてもらっていたよ。前の世界に未練があるんだろう? 死ぬわけにはいかなかったんだろう?」
 
 そこまで言うと、千頭は机から降り、俺へ手を差し出す。

 「なら君と僕たちは同じこころざしを持った同士だ。市川ちゃんを助けて、かつ、元の世界へ帰る方法の道を共に模索しようじゃないか」

 「市川を助けられるのか?!」

 「ああ、助けられる。君の関与を疑われることなくね。君は素知らぬ顔して日常を送り続けていればいい。ジェヌインへの協力もほんの少しでいいんだ」

 市川を救えるかもしれない……けど……。
 俺は拳を握りしめる。

 「……市川は助けたい。助けたいさ……けどな、お前らがやってることは、王国となんら変わりねぇ。物を盗み、人を攫う。人の心を傷つける行いだ。筋が通らないことに加担する気はねぇ!」

 「ク……クハハハッ!」

 千頭が腹を抱えて笑い出した。

 「何がおかしい!」

 「おっと、ごめんよ。君は真面目に語っているんだよね。うん、笑うのは失礼だった」

 スッと口を閉じて顎に手を当てる。

 「ふむ……そうかそうか……うん……うん。君は……実にあれだね。周りに流されるだけの平成生まれらしい考え方を持っているね。学校や数多のメディアを介して教えられてきたルール、モラルを忠実に守りたいと君は言うわけだ。もっとも、街中のど真ん中で暴れといてそれもどうかと思うけど」

 この野郎、ベラベラと舐めた態度でしゃべりやがって。

 「まぁそれはこの際どうでもいい。渡辺君、モラルやルールを守るというのは余裕の表れだ」

 「は?」

 「余裕があるから、選択肢が他にもあるから、それを対価にしてルールを守ることができる。だけど、余裕が無く選択肢が一つしかなければ、ルールなんて関係なくなる。渡辺 勝麻君。君がまだ暇人のようなことを言えるなら、それは君にとって市川ちゃんはその程度だってことさ」

 「て、テメェ! 黙って聞いてれば――!」

 千頭が差し出していた手の上に何かが落ちて、千頭はそれを空中でキャッチした。

 俺は固まってしまった。
 何故なら命の危険を感じたから。
 千頭が手にして俺に向けているものは、俺を一撃で殺せるであろう現代兵器だった。

 「流石に無鉄砲な君でも、を前には大人しくなるようだね。じゃあ、用事を済ませようか」

 千頭が空いている手でズボンのポケットから白い魔法石を取り出すと、それを俺に投げ当てた。

 「ガッ!」

 こ、これは『拘束魔法レストレイント マジック』か! 立っていられねぇ!
 体に上手く力が伝わらなくなり、俺はその場に倒れてしまった。

 「できれば穏便に話を進めたかったんだけどね。ま、君は基本、反抗的な態度をとるし、こうなると思っていたよ」


 千頭が笑みを浮かべて俺を見下ろしたその直後。
 部屋の扉が何者かの体当たりによって突き破られた。

 「うおおおぉぉおぉ!!! りょおおおぉ!!!」

 「お、オルガ?!」

 オルガが扉を突き破った勢いにのったまま、千頭へ突っ込んだ。
 だが。

 「やっと来ましたか! 来るのが遅いんですよ!」

 まるで待ちわびたものにやっと出会えたかのような、嬉々とした表情を浮かべた千頭は、拳銃をオルガへ向け、引き金を引いた。

 轟音。
 爆裂音が部屋に響き渡ると同時に、オルガの体が部屋の壁を突き破ってぶっ飛んだ。

 「オルガアアアアァァ!!!!」

 「どうです? なかなかのマズルエナジーでしょう? デザートイーグルに.50AE弾。そこに様々な魔法付加を行った一品です」

 「……亮……お前さん、今一切の躊躇なしに、引き金を引いたな……」

 壁の先の廊下で、オルガがふらりと立ち上がる。
 ホッ、良かった。生きてた。

 「ほー、噂通りの頑丈さ。少し驚きました。えぇ、引きましたよ。どうせアナタは僕の邪魔をするのでしょうから。排除したいと考えるのが普通では?」

 「亮……あれほど……正義の味方に憧れていたお前さんが何故……」

 正義の味方?! こ、こいつが?!

 「そこまでして……そうまでして元の世界を求める理由は何だ?! 教えてくれ!」

 「なるほど、登場が遅れた理由は盗み聞きですか。アナタに言ったところで無意味ですよ。もう何十年とファンタジーごっこを楽しんできたアナタには、ね。小樽 大河おたる たいがさん」

 え……小樽 大河? まさか、それがオルガの前の世界での名前なのか!

 「……レイヤがお前さんの帰りをずっと待っている。戻る気はないのか?」

 「それこそ至極どうでもいい。彼女と僕では文字通り住む世界が違うんですから。関わりを持つこと自体おかしい」

 「……本気なんだな。本気で俺たちと袂を分かつつもりなんだな?!」

 オルガが両腕の筋肉を隆起させ始める。

 「……かつて、最高の技術と最低の人格と評された野球選手であるタイ・カッブはこう言いました。『もう一度人生を歩めるなら私は同じ道を歩むだろう。多少の修正を加えながら』……僕の修正したいものが何か、もう言わなくてもわかりますよね?」

 「りょおおおおおおおおお!!!!!」

 鬼のような形相でオルガが、千頭へ走り出した。
 こ、こんな顔のオルガ初めてだ! 本気で怒ってる!

 「あなたへの挨拶は十分に済みましたので、さようならです」

 え?

 何が起きたのか。
 俺はに落ちて視界が紫色に染まった。
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