俺のチートって何?

臙脂色

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第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第95話 それは忘れた頃に

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 市川もデューイも『階層跳躍レベルジャンプ』か。主人とそのパートナーでチート能力が被ることもあるんだな。

 「それでは、二人にはフィラディルフィアへ来てもらおう」

 「え、何でだよ?」

 俺は当然の質問を投げる。

 「そういう決まりだからだ。『階層跳躍レベルジャンプ』はすべからく、フィラディルフィアの中央区まで来てもらう」

 なんだそりゃ。

 「よくわからないけど、そういうことなら俺たちもついていくぞ」

 「それは許可できない。来ていいのは『階層跳躍レベルジャンプ』の能力を所有している者だけだ」

 「わ、渡辺君!」

 市川が細い声を精一杯張り上げた。
 何事かと市川の方を見ると、他の騎士に腕を掴まれて馬車へ無理矢理連れられようとしていた。

 「うわっ! どこへ連れてくの?!」

 デューイも別の騎士の肩に担がれて、馬車へと連行される。

 「おい! お前ら二人に何しやがる!」

 殴りかかる勢いで市川を連れ去ろうとしている騎士に迫ろうとしたが、オルガが前に立ち塞がる。

 「やめておけ」

 「オルガ……澄ました顔しやがって。どうせ二人がどうなるか知ってんだろ! 教えやがれ!」

 「……『階層跳躍』とはレベル――すなわち、経験で得た知識や肉体に加えられた刺激を、通常よりも遥かに効率よく自分の中に取り入れられるようになる能力だ。持っていて決して無駄にはならない能力でメリットしかない」

 市川とデューイが馬車に入れられ、直ちにその馬車が走り出す。

 「持って回った言い方はやめろ! 二人はどうなるかって聞いてんだ!」

 「得しかない能力。フィラディルフィア王国において、それを子供に継がせたがるのは当然の帰結だ」

 脳みそが痺れるような感覚に支配される。

 は?

 最低最悪な想像が頭の中に広がる。
 馬鹿な。いくらなんでもありえねぇ。そんなこと、いくらこの国でもやるはずがねぇ。

 フィラディルフィアに残された良心に賭けた願いだった。
 だが、それも、オルガの次の一言で打ち砕かれる。

 「特に、女性は出産までに長い期間を要するため、『階層跳躍レベルジャンプ』持ちの女性は欲しがられる」

 「――こんの、クズ共があぁ!!!」

 怒りが全身を電流の如く一気に駆け巡った。俺は爆発する勢いで飛び出し、行く手を阻んでいたオルガの脇をすり抜けた。

 「ナベウマ! 待て!」
 「ショウマ様!」

 後ろからの声を完全に無視して、騎士連中の敷地から通りに出た。

 いきなり飛び出してきた俺に、通りにいた何人かが驚く。
 俺は人混みの先で走る馬車を視界に捉えると、一目散に駆け出した。


 何を考えてたんだ俺は!
 わかっていただろうが! 一ヶ月前に散々思い知らされて! この国が人をどう見てるかを! それを良しとする人間の腐った思考回路を!
 アリーナさえ解決できれば終わり? 違うだろうが! この王国の根っこから、俺とは価値観が違うんだ、それ以外の問題が起きるのは当然!

 そのはずなのに!
 街の観光だの、海だの、祭りだの! 平和ボケして! 気持ちを緩ませて! 結果がこれだ!

 待ってろ、市川! 絶対に助けるからな!


 馬車が大通りに出て、バミューダの出口の方へ曲がった。

 幸いに今は祭りで、道には多くの屋台が並んでいる上、大勢の人々が行き交っている。馬車の進みは遅い。これなら追いつける!

 続いて大通りに出た俺は、前の馬車を見据える。

 馬車の後部に、市川の姿を捉えた。
 怖い。不安。助けてほしい。それらが入り混じった表情を俺に向けていた。
 その市川に似合わない表情が、俺の血流をさらに加速させる。

 市川!

 一歩、踏み出そうとしたときだった。

 オルガが滑るように横から現れて、俺の行く手を阻んだ。

 「邪魔だ! どけ!」

 「ナベウマ! 落ち着け!」

 「落ち着けだと?! 友達が嬲られるかもしれないってヤツに、よくもそんなことが言えたなテメェは!」

 「王国の法に逆らえば反逆罪になる! 国に居られなくなるぞ!」

 「そのときは野宿でも何でもしてやる!」

 「冷静になれ! 今のお前さんは激情に駆られてて事の重大さが――」

 「ゴチャゴチャとうるせぇんだよ! 馬車が行っちまうだろうが!」

 俺はオルガに向かって、怒りを込めた右ストレートを放った。
 突然の攻撃だったわけだが、オルガは反応してパンチを左手で受け止めやがる。

 「――ッ?! 重……い!」

 オルガの大きな体が後ろへ大きく滑った。

 本来の俺に、筋肉で構成されているオルガの肉体を滑らせるほどのパワーはない。
 それは、俺を鍛えていたオルガもよく知っていた。

 「ナベウマ! やめろ! 能力が発動しかかっている!」

 「……やめろだって? 上等だろうが。このまま馬車に乗り込んで、市川を怖がらせた連中をにぶちのめしてやる!」

 地を蹴った。オルガの顔面へ右ストレート――に見せかけて腹だ。
 右はフェイク。本命はオルガから死角になる位置に構えた左拳によるアッパー。
 いつか、知世から受けた技だ。その技をもって、オルガを黙らせてやる!

 狙い通り、オルガの視線は俺の右拳に誘導される。だが、“観の目”によるものか、オルガは俺の思惑に気づき、下からの突き上げを防御した。オルガの体が今度は2、3mの高さまで飛んだ。そして、飛んだ先には数名の観光客らしき連中がいて、ソイツらが慌てて避ける。

 「うわぁっ! 人が飛んできた!」「なになに?! ケンカ?!」

 ガヤガヤと周囲が騒然とし始める。

 「いい加減にしろ! こんなに人が密集した場所で! 周りを巻き込む気か!」

 「人のせいにしてんじゃねぇよ! テメェが邪魔しなけりゃいい話だろうが!」

 俺はオルガとの距離を詰め、さらに突きや蹴りを放つ。
 しかし、流石のオルガ。
 俺の攻撃を全て、両手で払い除けている。やはり、少しばかり身体能力が強化された程度じゃあ、オルガは怯ませられない。
 攻撃以外の別の方法で隙を作るしか。

 などと、俺が考えを巡らせていたときだった。

 「いいだろう。お前さんがその気なら、俺も応じるとしよう」

 守り一辺倒だったオルガが両手を前に出してきた。
 両手を俺の顔に向かって?! 締めて落とすつもりか!
 オルガに襟を掴まれまいと、後ろへ一歩下りながら、片腕で首をカバーする。

 パァンッ!

 オルガの両手が、俺の目と鼻の先で合わせられ、乾いた音を発した。
 締め技……じゃない?
 攻撃とは呼べない謎の行為に、俺は一瞬動揺し、思考が停止した。

 その間、オルガは姿勢を低くし、俺の足首を掴もうとしてた。
 ハッ! しまっ――!
 反応が遅れた俺はオルガに足首を掴まれ、その足を思い切り上に引っ張り上げられてしまった。

 「猫だましという技だ。相手に目を閉じさせると同時に集中力を削ぐ。観の目の弱点だ」

 ブラブラと宙吊り状態の俺に向かって、オルガが余裕と言わんばかりに解説をしてくる。

 「チィッ!」

 俺はどうにかオルガの手から逃れようと、逆さまの状態でオルガの脇腹を殴ったり、自由な方の足で掴んでいる腕を蹴ったりするが、微動だにしない。

 「フンッ」

 鼻息を一つ鳴らしたところで、オルガは俺を石畳の地面に背中から叩きつけた。

 「ガハッ!」

 両方の肩甲骨が砕けたんじゃないかってくらいの痛みが背中にはしった。
 それだけでは終わらない。
 オルガは叩きつけた俺をまた持ち上げると、コマのように体を大きく一回転させて俺を投げた。

 直後。何かにぶつかったかと思ったら、頭に大量の水がかかり、辺りに瓶が散乱した。どうやら、飲み物を売っていた店に激突させられたらしい。店員と思われる人の怯えた声が聞こえる。

 「少しは頭が冷えたか?」

 髪の毛先から水を滴らせながら倒れている俺に、オルガが言う。

 「……冷えたと、思うか?」

 俺はオルガを睨みつける。それが答えだ。
 その返答に対して、オルガはため息をついた。

 「お前さんは、自分しかみえていない」

 「ああ?!」

 「仮に、市川を助けられたとしよう。お前さんはさっき、野宿でも何でもすると言ったが、マリンやミカはどうするつもりだ」

 「……ミカには実家に帰ってもらって、マリンのことはオルガに任せるさ」

 「残念だがそれは無理だ。いいかナベウマ。マリンとミカはパートナーだ。パートナーである以上、主人を持たなければならない。お前さんがもし反逆者の烙印を押されてしまえば、お前さんは二人の主人ではいられなくなり、二人には別の主人があてがわれることになる」

 え……別の……主人? ……二人に?

 「お前さんが前に戦ったたくみという男。あそこまでおおっぴらではないが、アイツのように己の欲求を満たすための道具として、パートナーを扱う男は大勢いる。確率からいって、二人に付く主人はそういう輩になるだろう」

 「だ、だったら、二人も一緒に連れて――」

 「野宿か? モンスターがひしめく外に、男一人、女三人で。俺にすら勝てないお前さんが、一人で彼女らを守れるのか?」

 「ッ……」

 俺は何も言い返せなかった。

 「……病院を飛び出したときも、アリーナのときもそうだった。お前さんは自分しか――自分の感情しかみえていない。自分の行動の後に、どんな結果が残るのか。もっとよく考えてみるんだな」

 「ショウマ様!」
 「ショウマ!」

 座り込む俺のもとに、マリンとミカが駆けつけてきた。


 その後のことはハッキリとは覚えていない。
 俺はマリンとミカの手を借りて宿へ向かった。オルガは、その場に残って店員らしき人物と騎士に頭を下げていた。それぐらいのことしか頭に入らなかった。

 ……マリンとミカは俺の大切なパートナーだ……それはわかってる……けど……市川だって……大事な友達なんだ……見過ごすことなんて……だけど……。

 けど。
 だけど。
 けれど。
 でも。

 いくら考えても、堂々巡りする。マリンとミカか、市川か。


 髪を乾かして服を着替えた俺は、縁側に腰を下ろして日本庭園をボーッと眺めていた。眺めていたが、景色なんて見ちゃいなくて、俺はひたすら自問自答を続けていた。
 昼を過ぎ、夕方になり、夜を迎えた。
 飯も食わず水も飲まずに、ずっと日本庭園に顔を向けたまま、頭の中をゴチャゴチャと想像でかき回していた。

 「ショウマ様」

 そこへ、盆を抱えたマリンが現れた。盆の上には今夜の宿の飯が乗っている。

 「時間になっても席に来なかったから、こっちに晩ごはんを持ってきちゃいました。あと、お茶もあるので飲んでください。私の分も持ってきますね。あ、先に食べててもいいですからね!」

 マリンはそう言って、パタパタと食堂の方へ小走りに向かっていった。

 ……食べる気が起きない……食べたところで状況は何も変わらない……。
 俺は食べずにいようと思った。
 でも、わざわざ一緒に食べようとしてくれているマリンの気持ちを無下むげにはできないと思い、やっぱり食べることにした。

 マリンが戻ってくる。盆を抱えたミカと一緒に。

 「なんでミカまで」

 「なんでって、私がいたらダメなわけぇ?」

 「そんなことないけどさ」


 三人で椀を片手にご飯を食べる。
 その途中、マリンが少し真面目なトーンで話を始めた。

 「オルガさんから、話を伺いました。ショウマ様が悩んでいること」

 「…………」

 「……私のことは気になさらないで、どうか市川さんを助けてあげてください」

 ……ああ。わかっていたさ。マリンがそう言うことは。
 君は他者のために自分の気持ちを殺せる。そういう人だ。
 けど、いくら本人が良いって言ったって、俺が良いとは思えないんだ。マリンを苦しめたくないんだ。

 「ごめん、ショウマ、マリンさん。私は、嫌だ」

 ミカから発せられたとは思えないほどの暗い声に、俺は驚き、ミカを見やる。

 「私、いなくなってほしくない。ショウマ以外の人なんて嫌だ」

 「ミカちゃん……」

 「だって、ショウマと……ううん、ショウマだけじゃない。マリンさんやジェニーさんたちと過ごせる”ここ”がすごく楽しくて幸せなんだもん……それに、もうあんな毎日送りたくないよ……ごめん……市川さんが大変だってわかってるのに……ごめん……ショウマ……」

 ミカは俯いて、謝罪の言葉を口にする。
 謝る必要なんてないのに、と思った。
 俺に出会う前のミカの境遇を考えれば当然なんだから。ミカは負い目を感じる必要なんてないんだ。

 けど、俺もそれを言葉にすることができなかった……違うな、できないんじゃなく、したくなかったんだ。
 今ここで何か言葉を発してしまえば、市川を助けるか見捨てるかの答えに繋がってしまいそうだったから。


 結局、三人とも晩飯を完食しなかった。

 ふと、上を見上げると、無数の光の粒が夜空に浮かんでいた。
 ランタン上げという祭りで上げられたものだろう。遠くから、歓声も聞こえる。

 俺たちの気も知らないで、世界は回り続けている。


 *


 部屋に戻ってから、俺はすぐにベッドに倒れ込んだが、寝付くことはなかった。

 どれだけの時間が経ったのか。

 眠れない俺は体を起こして、ベッドに腰掛ける形をとり、再び葛藤の海に沈んだ。
 どれほど藻掻いたところで、この海から顔を出せることは無いとわかっていても、藻掻かなければ溺死してしまいそうだった。

 そうやって、長い間俯いていると、ギッと音が鳴った。
 誰が扉を開けて入ってきたのかと思い、扉の方を見たが違った。それもそのはずで、扉には鍵をかけているんだから誰も入ってこられるはずがなかった。

 なら、今の音は?

 「初めまして。と言うべきかな?」

 前方からいきなり男の声が聞こえ、俺はハッなって顔を上げた。

 「やぁ、渡辺 勝麻君。僕は千頭 亮ちかみ りょう。君に用があってきたよ」

 机の上に足を組んで座り、不敵な笑みを浮かべる男がそこにいた。
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