俺のチートって何?

臙脂色

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第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第93話 海

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 「ディックのヤツ……」

 『昨夜はお楽しみだったかー?(≧∇≦)b』

 朝っぱらから、しょーもないメッセ送りつけてきやがって。
 俺は『くたばれ』と、返信してやる。

 朝の身支度を済ませ、一同が食堂に集う。

 食事中に市川の顔を一瞥したが、メガネのレンズ裏で目蓋が少し腫れているのが確認できた。
 ……ありゃ一晩中泣いてたっぽいな。
 隣に座っているデューイも市川を心配している様子だ。

 朝食後、市川に「大丈夫か?」と声をかけてみたが、「やっぱりすぐに受け入れるのは難しいかな」と言われた。
 そりゃあそうだよな。元の世界のこと、簡単に諦め切れるもんじゃない。俺だってマリンを守ろうって思えなきゃやってられなかったんだから。

 ……そうだ、マリンに相談しに行くか。


 *


 俺はマリンとミカがいる部屋を訪れた。

 俺とマリンは互いに丸机を挟んで椅子に腰掛けている状態で、俺はマリンの顔をジーッと見ていた。

 「あ、あの私の顔に何か付いてますか?」

 「へ? あ、いやついてないよ! 何にもついてない!」

 いけね。昨夜の考えが頭にこびりついて。
 今は考えるな渡辺 勝麻。市川のことだけを心配してろ。

 「お話というのは?」

 「市川のことだ。アイツをどうにかして元気付けてやりたいんだけど、イイ慰めの言葉が思いつかなくってさ」

 「あー、ショウマってそういうの苦手そうだもんねー」

 ベッドの上で枕を両腕に抱えているミカが言った。
 うるせー。

 「こら、ミカちゃん。ショウマ様は真剣に考えてるんだよ。バカにするようなこと言っちゃダメ」

 「う、うー、ごめんなさい」

 ミカのやつマリンに対しては大分素直になってきたな。

 「市川さんですが、街を散歩してみるというのはいかがでしょうか。気分を一新できるかもしれません」

 「なるほど、気分転換か。いいかもな。そうなると、どこをブラブラするかだが――」

 ブルルッ
 って、ディックめ今度は何だよ。

 『おっとご機嫌斜めじゃねぇか٩(๑´0`๑)۶ その様子だと夜のお誘いは失敗かぁ? そんなワタナベにパートナーたちを口説き落とすのにもってこいの場所を教えてやるぜ。その名もバミューダビーチ!(#・∀・)  海だぜ! 海でキャッキャッしてりゃ親睦が深まることまちが――』

 そこまで読んで俺はスマホをスリープさせた。
 ったく、アイツは他に話題ないのかよ。っていうか何故に怒りの顔文字。意味分かって使ってんのか。

 「どうかしました?」

 「話すほどのことじゃ……待てよ……そうか、海だ!」


 *


 「なるほど、気分転換に海か」

 オルガが砂浜にビーチチェアを置いて言った。

 「ああ、身体動かしてた方が気分も紛れると思ってよ」

 その横で俺は日避けのためのパラソルを立てる。

 真昼。俺たちは、燦然さんぜんと輝く太陽の光が降り注ぐ海へとやってきた。熱された砂浜にはたくさんの人がいてビーチチェアに座って寛いでいる人物もいれば、バーベキューやビーチバレーをして過ごしてる人もいる。当然、海も人で埋まっている。

 現在、俺、メシュ、デューイの男性陣は早々に近場の店で水着を購入して着替えを済ませ、女性陣が来るのを待っている状況だ。

 「オルガ。何で水着じゃなく、いつもの甚平なんだよ。せっかくの海だっていうのに」

 オルガは広げたビーチチェアの上に横になると、口を開いた。

 「もう海ではしゃぐような歳でもないからな。オッサンはこうしてカクテル片手に海を眺められればそれでいいのさ」

 「あーあ、やだやだ。こんなだらけた大人にはなりたかないね」

 今の言葉に機嫌を悪くしたのか、オルガが俺をまじまじと見る。いや、正確には俺の体をアチコチ見回している。

 「な、なんだよ。人の体をジロジロと」

 「どうやら、今でもトレーニングは欠かさず毎日熟しているようだな。筋肉がついてきている」

 「え、そうか?」

 言われて、自分の腕やら腹やらを見てみる。確かに筋肉っぽいボコッとした筋が出てきたかも。気づかない間に成長してたんだなあ。

 「ナベウマ、片足で立ってみろ」

 「ん、こうか?」
 
 「……ふむ。やはり重心が前よりも安定しているな」

 これには自分も驚きだ。不安定な足場であるはずの砂浜の上なのに、片足で立ってても全く倒れる気がしない。いつまでも姿勢を維持できそうだった。

 「もしかして、俺って結構すごい?」

 「そうだな。短期間の割には大した成長だ」

 や、やべ。ニヤけそう。
 でも我慢我慢! オルガにそんな顔見せるのはなんか負けた気がして嫌だ。

 「フンッ。この程度のことで喜ぶとは底が知れるわ!」

 「この声は、メシュてめ――!」

 横に顔を向けると、俺と同じ様に片足立ちしているメシュの姿があった。

 「ほう、これは意外だな。よくよく見てみればナベウマよりも筋肉があるじゃないか」

 た、確かに、コイツ結構ムキムキだ。普段から鍛えてる様子もなかったのに。クソーッ! なんか負けた感じがする!


 「二人とも楽しそうだねー」

 気の抜けたジェニーの声が聞こえた。
 後ろを振り返ると、そこには男の夢があった。

 黒いビキニを着たジェニー。基本、ジェニーはジャージやTシャツを着ていることが多く、あまり女性らしい姿を見ないのだが……こうして見ると意外にもスタイルいいんだな。
 市川は、青地に細かな白のチェックが入ったワンピースか。市川の大人しい性格が出てる格好だ。あと、メガネかけてない市川って何気に始めて見る。新鮮だ。
 ミカは、トップス、ボトムス両方とも帯状の水着を着用している。色はミカの褐色肌が映える白地にピンクの花柄だ。

 「どおどお?」

 ミカはその場でくるっと一回転して、全身を俺に見せる。
 正直、可愛い。つい目で追いかけてしまいそうなくらい。
 っていうのは気恥ずかしくて言えないので。

 「おう、似合ってるぞ」

 無難な回答で済ませる。

 「えー、もうちょっと何かないのー?」

 ムスッと口を尖らせるミカは置いといて、マリンは……タオル?
 うーん、なんかこうもっと華やかなのを期待してたんだけどな。

 「もー、マリンさんいつまでタオルで隠してるんですかー」

 「やっぱりこれ、すごく恥ずかしい……」

 「ショウマが喜んでくれるなら頑張って着るって言いましたよね?」

 「で、でも――」

 「えーい! 脱がないなら、私が脱があぁす!」

 ミカによってマリンを包んでいたタオルが取り払われ、それは露わになる。
 純白のマイクロビキニ姿のマリン。

 ……え……ま、まままままマリンさん? 布面積が少なすぎません? ブラ部分から今にもたわわな実りが零れそうなんですが? ……あ、いかん。鼻血出そう。これ以上マリンを凝視していたらヤバイ。ヤバイのはわかっているんだが、目が離せない。

 「あうぅ……そ、そんなに見られると恥ずかしいです……」

 みるみる内に顔を真っ赤にさせていくマリンは、両手で懸命に二つの実りを隠そうとする。
 だ、ダメだマリン、下手な抵抗はやめるんだ! 手で全く隠せてないし、それどころか手で押し上げられたことにより、実りがさらに柔らかさを主張している!

 「あ、あの、喜んでくれてますか?」

 そう言って、マリンはもじもじしながら上目遣いで俺を見つめた。

 ……あ……出たわ……鼻血。
 俺の鼻から一筋の鮮血が流れ落ちた。

 「やったー! 鼻血出たー! ジェニーさん、賭けは私の勝ちだね! アイス一本奢りだよ!」

 「あらー、エロいので鼻血出す人ってホントにいるんだねー。ビックリだよ」

 「ミカ、ジェニー……お前ら人で何くだらない賭け事しとんじゃ……」

 俺は鼻血を垂らしつつ、両手をわなわなと震わせる。

 「ヒャー! ジェニーさん逃げろおおぉ!」

 「あ! 待てぇ!」

 脱兎のごとく、ミカとジェニーは一瞬にして海の中へと逃げて行った。

 「アイツらぁ、鼻血が治まったらただじゃ置かないからな!」

 「ショウマ様。あの、怒ってるということはあまり喜んではもらえなかったんでしょうか?」

 少し落ち込み気味にマリンが話す。

 「え!……えーっと、その……喜んでるよ。喜んでるから鼻血が出てしまったというか」

 うわぁ! 何言ってるんだ俺! めっちゃ恥ず!

 「本当ですか! 良かったぁ!」

 マリンがパアッと顔を明るくさせる。
 ……恥ずかしいけど、マリンが喜んでくれてるならいいか。

 「けど、マリンにはもっと清楚な水着の方が似合うと思う。だから今度海に来るときは俺が選ぶぞ!」

 「わぁ! 嬉しいです! そのときを楽しみにしていますね!」


 *


 しばらくして、俺はミカとジェニーに海の水をぶっかけまくる逆襲を行った。その中にマリンも混ざってきたので、そのまま4人でビーチボール使ったりして遊んだ。

 市川はというと、デューイと一緒に砂のお城を作っていた。
 海に入らないんかい!っと俺は海の中でズッコケたが、まぁ本人も楽しそうな様子だったので良しとした。

 さて、ここでまた意外な事実が一つ判明する。
 メシュはカナヅチだった。どうやら、海に来るのも初めてだし、プールで泳いだことも無いと言う。それじゃ泳げなくて当然だ。
 俺たちはメシュに泳ぎ方を教えた。多分、海で過ごした時間の大半はそれに費やされた。


 「……ふぅ」

 空が赤くなり始めた頃、俺はオルガのもとへ休憩しに戻る。
 久々に太陽の下でガッツリ遊んだなぁ。こりゃ、相当肌が焼けてそうだ。

 俺はビーチ全体を見渡す。
 バミューダか……イイ所だな。将来はここに住むのもアリかもしれない。

 ……ん? あれは?
 景色を見渡している最中、砂浜の隅に賑わうビーチを影から覗くように存在している黒い物体が視界に入った。

 なんだろう……船……か、遠くてはっきりしないが結構大きそうだ。 全体的にかなりボロボロな見た目だが、今でも使われている船なのか?

 「ナベウマ」

 「わっ! な、なんだよオルガ、急に声かけるなよ」

 「あの船が気になるか?」

 「ああ、ウォールガイヤであそこまで古そうなものは初めて見るなって思ってさ」

 まるで何十年……いや百年以上、放置されているような。

 「古いのは当然だ。あれは138年前から存在しているんだからな」

 「へー、そんな昔から」

 「何か気づかないか?」

 「え? 気づく? うーん?」

 「今年の異界暦は何年だ?」

 「えっと、138年だけど、それが何……あっ! 異界暦と同じ!」

 「バミューダが何故"始まりの街"と呼ばれるか。それはあの船こそが、この世界における人類史の始まりだからだ」

 「人類の歴史の始まり……それってつまり、ってことじゃないか!」

 「俺たちの元いた世界の地球には、一昔前に恐れられていた海域があった。人々はそれを"バミューダトライアングル"と呼んでいた。バミューダトライアングルでは度々人を乗せた船や飛行機が行方知れずとなっていた。そして、西暦1880年1月、イギリス海軍の船であるアトランタ号もまた乗員300人を乗せたまま消息を絶った」

 「まさか……そのアトランタ号が、あそこにあるヤツなのか!」

 「そうだ」

 138年前……西暦1880年に多くの人々を乗せた船がそのまま転生して、それが異世界ウォールガイヤの起源になった…………当時、360°世界が変わったのを見て、船に乗っていた人たちは何を思ったんだろう……やっぱり、帰りたいと願ったんだろうか……。


 *


 夜の帰り道。

 「市川」

 俺は市川に声をかけた。

 「今日は楽しめたか?」

 「うん、デューイ君のこと少しわかったと思うし、マリンさんたちとお話もして仲良くなれて楽しかったよ」

 「そりゃあ何よりだ」

 「海行こうって企画立ててくれたの渡辺君なんだよね。今日は本当にありがとう」

 「礼を言われるようなことは何もしてないよ。ただ俺が海で遊びたかっただけさ」

 「……私ね……不安だよ……何も知らない世界で生きていくのが。皆にもう会えないのも辛い……」

 「……市川」

 「でもね。それでも、渡辺君がいてくれるなら、私頑張れるよ。こんなこと言われても渡辺君は迷惑なだけかもしれないけど」

 「迷惑なもんかよ。寂しそうにしてる人間を放っておく方が俺にはキツイ……って市川なら俺の性格よくわかってるだろ?」

 「うん、そうだね。渡辺君は絶対独りではいさせてくれない人だもんね」

 街の喧騒でかき消されそうな程のか細い声。油断していると、音を見失ってしまいそうになる。
 けど、笑顔はハッキリとそこにあって。
 俺はその笑顔を守りたいと思った。
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