俺のチートって何?

臙脂色

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第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第92話 真実の嘘

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 「あうぅ……な、何でもない」

 「なんだそりゃ」

  「……本当に……渡辺君なんだね」

 「ああ、正真正銘、渡辺 勝麻だ」

 相変わらず、市川の声は耳を澄ませてないと聞き取れないほどに小さいな。

 あの後、また目を覚ました市川に、今度は宿の女将さんに頼んで異世界について話してもらった。
 前の世界で死ぬと神の気まぐれでウォールガイヤに飛ばされること。死人がやってくるので前の世界で知り合いだった者と出会う可能性があること。
 以上の二点を踏まえた上で、俺と顔会わせしてみたところ市川は気絶までは至らず全身を硬直させる程度で堪えてくれた。

 というわけで、俺と市川は今一対一で会話している。縁側に座って月に照らされた枯山水を眺めつつ、冷たい麦茶で喉を潤していた。

 「幽霊さんじゃない?」

 「死んでないって、足だって付いてるだろ? あ、いやでも正確には一度死んでるのか」

 「……う……う」

 ああ……泣き出しちまった。部屋に置いてあったハンカチ持ってきて正解だった。
 俺は市川にハンカチを差し出した。市川は涙ぐみながら、それを受け取ると目元を拭う。

 「相変わらず泣き虫だなぁ、市川は」

 「だって、お葬式までしたんだよ。もう二度と会えないと思って……グスッ……また渡辺君に会えて嬉しい」

 「そんなに会いたかったのか?」

 「うん、会いたかったよ……渡辺君は私に新しい生き方を教えてくれた大切な人だから」

 「お、おおふぅ」

 予想以上にくすぐったい返事がきたもんだから変な声が出てしまった!
 コイツ、気弱なクセにこういう台詞をはずかしげもなく言うんだよな。

 「ったく、大袈裟な。いっつも独りで寂しそうだったから、声かけただけの話だろ」

 高校一年のとき、市川は昼休憩中には図書室で読書し、放課後にはさっさと帰宅してしまうようなヤツだった。
 イジメられてたわけじゃない。他人との接し方がわからないから自分から人を避けているという感じだった。
 あまりにも独りで長くいたせいなのか、市川の瞳は、昔鏡に映っていた俺の瞳と同じだった。それを知っちまったら放っておけなくなって、声をかけることにしたんだ。最初はすげぇ警戒されたけど、何度も声をかける内に、市川の方から話しかけてくれるようになったんだ。

 「渡辺君が私の世界を変えてくれたから、渡辺君は私にとって恩人だよ」

 「……世界を変えたからか……そうなると俺にとってA君とI君も恩人ってことになるなあ」

 「栄島君と相ノ山君が?」

 「……まぁ、今だから白状するけど、中学の頃の俺は人間不信だったんだよ」

 予想しなかった発言に市川が目を皿のようにした。

 「そんな俺に懲りもせず声をかけてくれたのが、あの二人だったんだ。俺にとっちゃアイツらは恩人なんだよ」

 灰色だった俺の世界に色を付けてくれた。かけがえの無い存在だ。

 「恩人の恩人さん。二人のおかげで今の渡辺君がいるんだね」

 「そういうことだな……なぁ、アイツら元気にしてるか?」

 「あ……」

 市川が顔を俯かせた。
 この時点で良くない知らせを覚悟した。

 「栄島君と相ノ山君ね。渡辺君がいなくなってすごく落ち込んでた。学校でも全然話さなくなっちゃって」

 何をやってやがる……とは言えない。俺も逆の立場だったら同じになってるだろうな。

 「それでも、最近また口数が増えて話すようになったんだよ。だけど……栄島君と相ノ山君が絶交しちゃったみたいで」

 「はぁ?! ちょ、ちょっと待て、何で絶交?! ケンカでもしたのかよ!」

 市川がビクッと肩を震わせる。
 しまった。市川は大きな音が苦手だったんだ。

 「わ、わりぃ。つい大声出ちまって」

 「ううん、大丈夫。二人が絶交した理由はケンカじゃなくて、渡辺君なんだ。二人で会って話してるとどうしても渡辺君のこと思い出しちゃうからって……」

 嘘だろ……あの二人が? お前ら付き合ってるんじゃないかってくらい仲の良かったA君とI君が俺が死んだせいで……。
 改めて、俺は死んだことを後悔した。
 そして、ずっと胸の内に抱え続けていた心配事が、漏れ出すのを抑えられなくなる。

 「俺の母さんも、良くないか?」

 「……仕事には行ってないって聞いたよ」

 「……そうか……」

 俺は膝の上で両拳を握り締める。
 クソッ! 何で……何で俺は死んだんだよ。

 「……渡辺君、やっぱり元の世界にはもう帰れないのかな」

 「俺たちを異世界に送った張本人が言ってたからな。俺たちは向こうじゃ亡くなった人間。死んだ人間は生き返らないのが世界の道理だって」

 葬式もしたってことは体も燃やしちまったんだろう。蘇ろうにも体も無いんじゃな。

 「…………グスッ……帰りたいよ……お母さんとお父さんに会いたいよ」

 目の前で市川がすすり泣く。そんな市川を慰めてやりたかったが、俺にはその涙を引っ込める言葉が思いつかなかった。
 ……そりゃ、帰りたいよな。帰れるものなら。帰って壊れてしまったものを元に戻したいよな。

 市川が泣き止むまで、俺は枯山水に響く虫の音を聞きながら、市川の背中に手を添えて過ごした。


 *


 「あ、ユイお姉ちゃん! おかえりなさい!」

 「う、うん。ただいま」

 市川の部屋に戻ると、男の子――デューイが出迎えてくれた。市川は戸惑いつつもそれを受け入れる。

 さっきサシで会話したときに、市川にはパートナーに関しても教えておいた。「まだ混乱してて考えがまとまってないけど、私なりに頑張って面倒をみてみようと思う」と、彼女は言ってくれた。


 さて、ドタバタしてて風呂にまだ入ってないんだよな。今から入るかぁ。

 俺は宿にある露天風呂へ向かう。その道中、日本庭園を一望できる渡り廊下があり、風景を見ようとそこで立ち止まる。
 風景だけじゃない。あることについて考えをまとめたかった。

 「デューイ……か」

 市川と縁側で話す前に、デューイとも話したのだが、とりあえず何故あの場所で涙を流して倒れていた理由は、食糧調達のために村を出ていたら迷子になって森を一人寂しく彷徨っていたかららしい。

 「村を出て迷子になったなら、村に帰してやらねぇといけないよな。まだ右も左もわからない市川だけに村を探させるのは厳しいし、アリーナの件が片付いたら、俺も協力して村を探さないとな」

 「パートナーの言うことを信じているのか?」

 露天風呂がある方面から、風呂上りと思われるオルガが現れた。

 「信じるも何も嘘をつく必要性なんてあるか?」

 「……まさか、まだ知らなかったとは」

 「ん?」

 「いいかナベウマ。これは転生者と共に現れた全てのパートナーに共通して言えることだが、転生者と会う前の話は嘘だ。ほとんどのヤツが、自分は村を出て迷子になって気づいたら転生者の傍らにいたと語るが、そもそもパートナーが言う村はどこにも存在しない」

 「……え?」

 「王国も幾度か村を調査したが、どの村にもそのような人間は知らないと言われたのさ。あのデューイという子どもも同じだろう。探す村など無い」

 ……マリンも……そうなのか?
 違うと思いたい……だけど……きっとそうなんだろう。最初から薄々変だとは思っていた。ただ考えないようにしていただけだ。

 「……勘違いしないことだ。確かにパートナーたちの生い立ちは不明だがな、彼らによこしまな――」

 「わかってるよ。マリンやメシュを見てればわかるさ。あいつらは真っ直ぐだから」

 そうだ。マリンたちは嘘なんてついてなくて、それが真実だと思って話してるだけなんだ。ただその真実が事実とは異なるだけで。
 だとしたら、どうしてパートナーたちはそんな記憶を持っているのだろう。これだけの芸当をやってのけるとしたら神ジジイか? それとも何かのチート? わからないな。
 ま、いいか。
 マリンの言葉に嘘はないんだし、考えるのはやめだやめ。


 ――本当に?

 「教えてくれてありがとよ、オルガ。俺はひとっ風呂浴びてくるからよ」

 ――本当に、考える必要はないのか?

 「ああ」

 ――都合の悪いことから目を背けようとしているだけなんじゃないのか?

 『えぇ、理解できない。理由もなく媚びてくるパートナーという存在は、私にとって“気持ち悪さ”しかないもの』


 オルガの姿が見えなくなったところで、俺は自分の頬を片手で思いっ切り叩いた。

 ……マリンはマリンだ。
 俺に向けてくれるあの笑顔が……ニセモノなもんかよ……。
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