俺のチートって何?

臙脂色

文字の大きさ
上 下
93 / 172
第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第90話 市川 結

しおりを挟む
 急ぎエボニーとアイボリーに止まるように指示を出すと馬車がゆっくりと減速して止まった。
 俺たちは馬車後部から降りてオルガを追いかける。

 「転生者ってどういうことだ?! 空の穴と何か関係があるのか?!」

 俺の疑問に、並んで走るミカが答える。

 「授業で習ったよ! 空に穴が出てきたときはそこに転生者が現れるんだって」

 「そういうことか! 俺がこの世界にやってきた日もオルガはあれを見つけて!」

 オルガが柵を飛び越えて森の中へと侵入した。俺たちも後に続く。
 速く駆けつけないと、出くわしたモンスターに襲われるかもしれない! 間に合ってくれよ!


 程なくして、空の穴が消えて青空だけが残った。
 穴を目印に進むことはもうできない。あとは前進するオルガの空間把握力を信じるのみだ。

 そして、それはいた。
 しかも二人。
 地面に横たわっている。

 一人は小さな男の子だ。
 もう一人は顔が向こうを向いてるからハッキリしないが、服装からして女の子っぽい。というか、あの服どっかで見たような。

 先に到着したオルガが男の子の容体を診ている。

 「男の子は無事か?!」

 「そうやら、気を失っているだけだ」

 男の子のもとへ駆け寄った俺は、片膝をついて自分でも男の子の様子を確認した。
 見た目からしてまだ10歳ぐらいだろうか。
 オルガの言うとおり息はある。良かった……ん? この子……泣いてるのか?
 男の子の片方の目尻に涙と思われる水滴が付いていた。
 怖い夢でも見ているんだろうか。

 そう考えている間に、オルガが近くに倒れ伏していた女の子を仰向けの状態にした。

 「……へ?」

 俺はその女の子の顔を見て素っ頓狂な声をあげてしまった。

 「知っている方ですか?」

 マリンが俺に聞く。

 「……ああ、知ってる。前の世界の高校でクラスメイトの女の子だ」

 

 彼女の名前は市川 結いちかわ ゆい
 高校一年から三年までずっと同じクラスだった女子だ。
 だからといって特別仲が良いわけでもなく、そんなに話す間柄でもなかった。
 ただ不思議と行く先々で出くわすことが多かったから挨拶をよく交わしてた覚えがある。

 というような感じに、市川と俺の関係をざっくりと皆に説明しつつ、二人を馬車の長椅子の上に寝かせた。

 改めて彼女を見る。
 ショートの黒髪に丸いレンズの眼鏡。
 昔は両サイドで三つ編みが出来るくらい長い髪だったはずなんだが……ずいぶんとバッサリ切ったんだな。

 学校の制服を着ていることから、登校時か下校時に不運に遭遇してしまったのだろう。

 「……ぅ……うーん……」

 市川がもぞもぞと体を動かし始めたかと思えば、目を覚ました。
 目の焦点が合っていないのか初めは眼鏡越しにボーっと辺りを見回していたが、次第に真っ直ぐ俺に目を向けるようになる。

 「よっ、市川。具合はどうだ?」

 「…………っ」

 無言のまま、市川がまた気を失った。

 「何でだよ! おい、市川!」

 「無理もない。死んだはずの人間がいきなり目の前に現れれば、誰だって動揺するだろう」

 オルガの言うことももっともだが、気絶するほど驚かなくてもいいだろうに。

 「……そういえば、市川は気の小さいヤツだったな」

 「とにかく、このまま硬い板の上で寝かせるわけにもいくまい。バミューダまで行って宿へ運ぶとしよう」

 オルガの提案に従い、俺たちはバミューダ港へと進み始めた。


 *


 馬車の前方にその景色は見え始めた。

 「わぁ!」

 マリンが感嘆のため息を漏らす。
 俺も同じ心境だった。

 脇にあった森は無くなり、代わりに草原が現れる。その草原の先が下り坂で、そこに中世ヨーロッパ風の巨大な港街が築かれていた。港街というだけあって、眼前には星の光を散りばめたかのように日の光を反射している海原が存在している。

 異世界でも海の表情は変わらないな。
 見てるだけで心が洗われるようだ。


 そんな海を飽きもせず眺めている内に、俺たちはバミューダの門の前に到着した。

 バミューダを外界から守る城壁はフィラディルフィアと比べるとずいぶん小さい。多分5m、フィラデルフィアの4分の1くらいしかない。

 門には騎士が三人と杖を持った女性。四人の人物がいて、そいつらが俺たちの馬車に注目している。

 エボニーとアイボリーの歩みを止めた後、俺たちは馬車から降りて騎士たちのもとまで移動した。

 「身分証を」

 どうやら、フィラディルフィア東区から南区へ小旅行したときと同様の手続きが必要らしかった。
 俺たちは身分証を騎士たちに見せ、一週間滞在する予定であることを伝えた。ここまでは滞りなく手続きが進んだのだが、荷物検査の段階で問題が発生した。

 「この者たちは?」

 馬車の中を覗いた騎士が言った。
 市川と男の子だ。

 「その子たちは、先程転生してきたばかりの子たちだ」

 オルガが答える。

 「『階層跳躍レベルジャンプ』の確認をしたいのだが、起こしてもらえるか」

 『階層跳躍レベルジャンプ』……どこかで聞いた覚えが……あれか!
 俺がウォールガイヤに転生してきた日、フィラディルフィア王国に入国するために必要な手続きとか言われて強制的にネズミモンスターを殺させたやつだ!

 「待てよ。気絶してるヤツをわざわざ叩き起こしてまでやらなきゃいけないことなのかよ」

 俺は騎士に文句を言ってやる。
 異世界に転生させられたってだけで本人にはかなりのショックがあるだろうに。その上で、いきなり動物を殺せだなんて、気の小さい市川にはヘビー過ぎる。

 「これも仕事の内なのでね」

 「今である必要もないだろう。『階層跳躍レベルジャンプ』の確認には一週間の猶予があるはずだ。俺はフィラディルフィアで初心者サポートをやっている。お前さんたちの都合はよく理解している。一週間以内には必ず確認作業をしてもらうことを約束しよう」

 おお、ナイスオルガ! 俺とマリンのときはそんな気遣い全くしなかったくせに、良いこと言うじゃないか。

 「……いいだろう。だが何か問題があったときの責任は――」

 「俺が負うさ」


 馬車が移動を再開する。
 俺たちはついにバミューダ港に到着した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

モブです。静止画の隅っこの1人なので傍観でいいよね?

紫楼
ファンタジー
 5歳の時、自分が乙女ゲームの世界に転生してることに気がついた。  やり込んだゲームじゃ無いっぽいから最初は焦った。  悪役令嬢とかヒロインなんてめんどくさいから嫌〜!  でも名前が記憶にないキャラだからきっとお取り巻きとかちょい役なはず。  成長して学園に通うようになってヒロインと悪役令嬢と王子様たち逆ハーレム要員を発見!  絶対お近づきになりたくない。  気がついたんだけど、私名前すら出てなかった背景に描かれていたモブ中のモブじゃん。  普通に何もしなければモブ人生満喫出来そう〜。  ブラコンとシスコンの二人の物語。  偏った価値観の世界です。  戦闘シーン、流血描写、死の場面も出ます。  主筋は冒険者のお話では無いので戦闘シーンはあっさり、流し気味です。  ふんわり設定、見切り発車です。  カクヨム様にも掲載しています。 24話まで少し改稿、誤字修正しました。 大筋は変わってませんので読み返されなくとも大丈夫なはず。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...