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第三章 ― 筆頭勇者と無法者 ―
第84話 vs Lv45 スライム
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馬車の前へ歩いて行くディック。
「よしよーし、今綺麗にしてやるからな」
エボニーとアイボリーの頭部から生えている角に大量の虫が突き刺さっていた。おかげで角は、黒やらピンクやら緑やらいろんな色の体液に塗れている。
ディックは素手でその虫たちを引き抜くと、『水魔法』で体液を綺麗に洗い流した
「さて、ワタナベ、あれがなんだか、わかるか?」
ディックが前方を指差す。
「……あれってどれだよ。特に何も……ん? 水溜りが、動いてる!」
「スライムだな。梅雨が通り過ぎた後に地下から湧き出るモンスターだ」
オルガが解説してくれた。
スライムと言えば、ファンタジー世界のザコモンスター代表じゃないか。
「こいつらが道を塞いでちゃ馬車は進めない。というわけでクエスト開始だ。頼むぜワタナベ」
「え?」
「え? じゃねぇよ。お前らは俺たちを護衛するためについてきてるんだろうが、旅行に来てるんじゃねぇぞ」
「護衛って、俺なんかよりも遥かに強いんだからそんな必要ないだろ!」
「男だったらギャーギャー言わず、黙ってスマートにこなしやがれ」
こ、こいつぅ! ひょっとしてあれか! 俺のチートを引き出すために、けしかけてやがるのか! 出ないもんは出ないってのに……はぁ……仕方ない。スライムぐらいサクッと片付けちまうか。
「ジェニー殿も戦ってみますか? 『直感』の使い方を伝授しますよ」
「うん、お願いー」
「じぇ、ジェニー! モンスターと戦うなど危険だ! 怪我でもしたらどうする!」
「何事も経験だよー。それにメシュに頼り切りじゃなく、自分でもクエストで稼げるようになりたいからねー」
「ジェニー……俺のためを想って……」
どうやら、ジェニーも戦ってくれるようだな。
「では説明します。『直感』は、匂い、大気の流れ、温度などのわずかな変化。殺気、電磁波などの微弱な信号を捕えることで危険を察知しています。『直感』をより上手く扱うには、これらのへ変化と信号をより正確にキャッチすることが重要になるわけです」
「ほえー、なるほどなー」
「正確に信号を得るためには、まず自身が無駄な信号を発しないこと、”無”になることです」
「……?」
ジェニーは頭上にクエスチョンマークを出しそうなくらい、首を傾げた。
「え、えーっとですね。うーん、なんて言ったらいいのか……」
俺にも知世が何を言ってるのかさっぱりだ。
とにかく、俺は俺でとっととやっちまおう。
複数いるスライムの中で、一番手前にいるヤツを狙って俺は走り出した。
スライムはグニュグニュの軟体生物だ。おそらく打撃より斬撃の方が有効なはず。
俺は腰から右手で短剣を抜く。
「あ、ショウマ! 待って!」
後ろから、ミカの声がした。
「なーに、心配すんなって! スライムなんて雑魚、一瞬で倒してやるよ!」
俺はスライムに向かって短剣を振り下ろした。短剣の刃渡りは約30cm。それの半分がスライムの半透明な体の中へとすんなり入った。
うわっ、思った以上に柔らかい。プリンを包丁で切ったみたいだ。
こんだけ柔らかかったら、倒すのなんて楽勝だな。
……何だ? スライムの中が急に泡立ち始めて――。
「離れて!」
ミカが叫んだ瞬間、スライムの体が、右肩のあたりまで一気に伸びた。
な、何だこれ! やばい!
反射的に後ろへ下がろうとしたが遅かった。俺の右腕全体を覆うようにスライムが纏わり付いた。
「ガアアアァァ!!!」
熱い! 火傷しるみてぇに熱い! は、早くこいつを引っぺがさないと!
そう考え左手で剥がそうとしたが、
あっつ! ダメだ! まともに触れない上ヌルヌルしてるせいで滑る! クソッ! 右腕がイテエェ!
堪らず、俺はその場に倒れた。
「ショウマ! 右手を上に挙げて!」
いつの間にか俺のそばに駆け寄ってきていたミカが叫んだ。もはや、痛みのせいで思考が働かない状況にあった俺は、ただ言われるがままに従い、右手を空へ伸ばした。
その直後、冷たい感触が俺の右腕を包む。ミカの『氷魔法』だ。ミカが俺の腕に纏わり付いていたスライムを氷に変えていた。
スライムは脱力し、俺の手からズルリと落ちる。
「スライムは低温に弱い……良かった授業で習ったとおりだ」
「ショウマ様!」
マリンが倒れている俺のそばまで来て膝を着き、とても心配そうな表情で俺を見ていた。
「――つううぅ! や、焼けるような痛みがまだ……」
スライムがいなくなってマシにはなったものの、刺すような痛みがまだ腕全体に続いている。
「ったく、考えなしにもほどがあるだろ」
ディックの声が聞こえたと思ったら、右腕に思いっ切り魔法産の水をかけられた。
「スライムは臨戦状態に入ると体内に溜めてる硫酸を外へ分泌する。不用意に近づくのは命知らずのやることだ」
硫酸……高校で散々扱いには注意しろって言われたことがあるけど、まさかここまでヤバイ代物だとは。
水で洗われた後もまだジリジリと痛みが続いている。
「アイリス、この馬鹿に『回復魔法』かけてやれ」
「はいでーす!」
「自信満々に突っ込むから何か策でもあるのかと思えば、とんだ蛮勇だったぜ。だいたい何だ? スライムが雑魚? 確かに俺たち勇者クラスからしたら雑魚も同然だが、一般人には十分危険なモンスターだ。一体どこでそんなアホな知識を仕入れてきやがった」
ウッ……ゲームや漫画から得た知識……とは言えない。
というか、実物と戦ってみて思ったが、前の世界でスライムが弱いって言い出したの誰だよ。メチャクチャ強いじゃねぇか。
「あんまりガッカリさせねーでくれよ」
「おい、ディック。スライムたちがこちらの攻撃に反応して動き出してるぞ」
オルガの言葉で、そちらに目を向けてみると、水溜りに扮していたスライムたちが一斉に俺たちへと向かってきていた。
ボトボトと木の上からもスライムが落ちてきて、その進軍の中に加わる。
おいおい、何匹いるんだよ。
数を増やしていくスライム軍団。しかも増えるだけじゃない。寄り集まっていく。スライム同士が融合して大きくなる!
「早く倒さないと! 厚みが増したら冷気が内側まで届かなくなっちゃう!」
ミカが両手を前に出すと、スライムの周囲に白っぽい靄が立ち込み始める。それに合わせて、スライムの一部の表面が凍結していくが、それが全体に行き渡らない。
大き過ぎるんだ。既にスライムの体長は10mにまで達していた。
「うぅ……私の『氷魔法』じゃ、これが限界だよぉ……」
「スライムは群体になると一気にレベルが上がるからな。この大きさだとレベル100は超えてんだろ。いくら氷が弱点つっても一般人の手には負えなくなる。ま、筆頭勇者の俺には関係ねぇがな」
ディックが片方の手の人差し指と中指をクィッと動かした。
巨大スライムを中心とした直径約30mの範囲に、ミカのとき以上に濃い靄が立ち込めたかと思えば、鋭く尖った氷の塊が一瞬にして大地から40mの高さまで生えて、辺りの木ごとスライムを刺し貫いた。
「す、すげぇ。ビルみたいな氷を一瞬にして作り出すなんて」
「これぐらいディックにとっては当然でーす! なにしろディックのレベルは256なんですから!」
レベル256……どおりで。
「ちょっと、何があったのさ」
横からエマの声が聞こえたので、そちらを振り向く。どうやらテレポートでこっちに戻ってきたばかりで、へばっている俺を見て何事かと驚いているようだった。
「あ、お姉ちゃん、おかえりでーす! 渡辺さんがスライムの攻撃で怪我したので治しているところでーすよ!」
「……うわー、ダッサ。威勢はいいクセに、弱いとか」
「なんだと」
俺はムッとする。
「事実だろ。こんな弱いヤツのパートナーになってる二人が可哀想だよ」
ウッ……反論できない……ムカツクがエマは間違っていない。もっと俺に力があればマリンばかりに働かせることもなかったし、ミカが夢のために欲しがっている物だって買ってやれた。俺は二人に何もしてやれていない。
「…………」
俺の横で屈んでいたミカが急に黙って立ち上がった。ミカはエマの前までとずかずかと歩き、両手を腰に当てて自分よりも背が低いエマの顔をジッと睨む。
「な、何よ」
「君さ、私たちのこと全然知らないくせに、知ったようなこと言わないでくれるかな。ううん、言うな。ムカムカする。私はショウマのパートナーになって楽しくやれてるの! 勝手に可哀想って決め付けるな!」
「ミカちゃんの言うとおりです。私もショウマ様のパートナーでいられて幸せだと思っています」
ミカ……マリン……。
そんなふうに思ってくれてたなんて。
「フ、フン。パートナーに気遣ってもらっちゃって情けないったらないね。とにかく、アタシはアンタみたいな威勢だけのガキは嫌いだから以上さよなら」
それだけ言い残すとエマはその場を逃げるように去って行った。
「コラ待て! 話はまだ――」
「いいんだ。ミカ」
「けどさ!」
「アイツの言ってること自体は間違っちゃいない。俺はもっと強くならないと」
「ショウマ……」
「二人ともありがとな。さっきの言葉、嬉しかったよ」
マリンは優しく微笑み、ミカは照れくさそうにほんのり染まった頬を指でかいた。
*
邪魔者もいなくなり、馬車は再び四つの車輪を忙しく回し始める。
森を抜け、上りと下りの坂が交互に続く山道を抜け、その日は山のふもとで野宿となった。
初めてのフィラディルフィアの外での一泊。
女性陣は皆馬車の中で寝て、男性陣は外でレジャーシートの上から寝ることになった。
隣にマリンがいない、初めての夜だ。
寝るときマリンに、いつも心拍数を強制的に引き上げさせられていた俺は、今夜はゆっくり眠れると思っていた。
だけど、その日の夜はいつも以上に寝るのに時間がかかった。
次の日も馬車は進む。
途中、川の近くでアイリスが馬車を止める。河原に珍しい薬草を見つけたようで、それを採取したかったらしい。
ついでに、水筒の中身がなくなっていたので、川の水を頂戴しようとしたところ、オルガに止められた。
「川の水は安全とはいえない。近くに『水魔法』が使えるヤツがいるんだから、そいつからもらえ」
『水魔法』って、なんて便利なんだろう。水筒要らずじゃないか。ディックに頼まなきゃいけないのが癪だけど。
それからの道中、またモンスターと遭遇した。今度はイノシシのモンスターだ。
そのモンスターには見覚えがあった。俺が異世界で最初に出会ったモンスターだ。あのときは危うく殺されるところだったが、今回の戦いではイノシシの突進後の隙を何度も短剣で突き、長期戦の末見事に退治した。
俺もあの頃よりは成長していたようだ。
エマは、倒したイノシシ、アイリスと一緒に川へ『瞬間移動』して行った。内蔵処理と血抜き作業をして、今日の昼飯にするとのこと。
俺が「飯なら街に『瞬間移動』して直接店で調達してくればいいじゃないか」と、言うと「あー、そういうのパシらされてるみたいでヤダって前に言われたのよね」と、ディックに言われた。
そんな調子で、その日も終わりを迎え、次の日の朝。
高台を降りている途中で、見晴らしのいい景色の中を進んでいるときだった。
「ほれ、ナベウマ見てみろ。あれがドロップスカイだ」
オルガに言われて、その方向を見たとき、俺は目を見開いた。
フィラディルフィアを囲む平原に匹敵するほどの広大な草原が眼下に広がり、草原の遥か先には砂漠が延々と続いていた。
それだけでも息を呑む景色だが、俺が驚いたのはそこじゃない。
ありゃあ、一体何だ?
「よしよーし、今綺麗にしてやるからな」
エボニーとアイボリーの頭部から生えている角に大量の虫が突き刺さっていた。おかげで角は、黒やらピンクやら緑やらいろんな色の体液に塗れている。
ディックは素手でその虫たちを引き抜くと、『水魔法』で体液を綺麗に洗い流した
「さて、ワタナベ、あれがなんだか、わかるか?」
ディックが前方を指差す。
「……あれってどれだよ。特に何も……ん? 水溜りが、動いてる!」
「スライムだな。梅雨が通り過ぎた後に地下から湧き出るモンスターだ」
オルガが解説してくれた。
スライムと言えば、ファンタジー世界のザコモンスター代表じゃないか。
「こいつらが道を塞いでちゃ馬車は進めない。というわけでクエスト開始だ。頼むぜワタナベ」
「え?」
「え? じゃねぇよ。お前らは俺たちを護衛するためについてきてるんだろうが、旅行に来てるんじゃねぇぞ」
「護衛って、俺なんかよりも遥かに強いんだからそんな必要ないだろ!」
「男だったらギャーギャー言わず、黙ってスマートにこなしやがれ」
こ、こいつぅ! ひょっとしてあれか! 俺のチートを引き出すために、けしかけてやがるのか! 出ないもんは出ないってのに……はぁ……仕方ない。スライムぐらいサクッと片付けちまうか。
「ジェニー殿も戦ってみますか? 『直感』の使い方を伝授しますよ」
「うん、お願いー」
「じぇ、ジェニー! モンスターと戦うなど危険だ! 怪我でもしたらどうする!」
「何事も経験だよー。それにメシュに頼り切りじゃなく、自分でもクエストで稼げるようになりたいからねー」
「ジェニー……俺のためを想って……」
どうやら、ジェニーも戦ってくれるようだな。
「では説明します。『直感』は、匂い、大気の流れ、温度などのわずかな変化。殺気、電磁波などの微弱な信号を捕えることで危険を察知しています。『直感』をより上手く扱うには、これらのへ変化と信号をより正確にキャッチすることが重要になるわけです」
「ほえー、なるほどなー」
「正確に信号を得るためには、まず自身が無駄な信号を発しないこと、”無”になることです」
「……?」
ジェニーは頭上にクエスチョンマークを出しそうなくらい、首を傾げた。
「え、えーっとですね。うーん、なんて言ったらいいのか……」
俺にも知世が何を言ってるのかさっぱりだ。
とにかく、俺は俺でとっととやっちまおう。
複数いるスライムの中で、一番手前にいるヤツを狙って俺は走り出した。
スライムはグニュグニュの軟体生物だ。おそらく打撃より斬撃の方が有効なはず。
俺は腰から右手で短剣を抜く。
「あ、ショウマ! 待って!」
後ろから、ミカの声がした。
「なーに、心配すんなって! スライムなんて雑魚、一瞬で倒してやるよ!」
俺はスライムに向かって短剣を振り下ろした。短剣の刃渡りは約30cm。それの半分がスライムの半透明な体の中へとすんなり入った。
うわっ、思った以上に柔らかい。プリンを包丁で切ったみたいだ。
こんだけ柔らかかったら、倒すのなんて楽勝だな。
……何だ? スライムの中が急に泡立ち始めて――。
「離れて!」
ミカが叫んだ瞬間、スライムの体が、右肩のあたりまで一気に伸びた。
な、何だこれ! やばい!
反射的に後ろへ下がろうとしたが遅かった。俺の右腕全体を覆うようにスライムが纏わり付いた。
「ガアアアァァ!!!」
熱い! 火傷しるみてぇに熱い! は、早くこいつを引っぺがさないと!
そう考え左手で剥がそうとしたが、
あっつ! ダメだ! まともに触れない上ヌルヌルしてるせいで滑る! クソッ! 右腕がイテエェ!
堪らず、俺はその場に倒れた。
「ショウマ! 右手を上に挙げて!」
いつの間にか俺のそばに駆け寄ってきていたミカが叫んだ。もはや、痛みのせいで思考が働かない状況にあった俺は、ただ言われるがままに従い、右手を空へ伸ばした。
その直後、冷たい感触が俺の右腕を包む。ミカの『氷魔法』だ。ミカが俺の腕に纏わり付いていたスライムを氷に変えていた。
スライムは脱力し、俺の手からズルリと落ちる。
「スライムは低温に弱い……良かった授業で習ったとおりだ」
「ショウマ様!」
マリンが倒れている俺のそばまで来て膝を着き、とても心配そうな表情で俺を見ていた。
「――つううぅ! や、焼けるような痛みがまだ……」
スライムがいなくなってマシにはなったものの、刺すような痛みがまだ腕全体に続いている。
「ったく、考えなしにもほどがあるだろ」
ディックの声が聞こえたと思ったら、右腕に思いっ切り魔法産の水をかけられた。
「スライムは臨戦状態に入ると体内に溜めてる硫酸を外へ分泌する。不用意に近づくのは命知らずのやることだ」
硫酸……高校で散々扱いには注意しろって言われたことがあるけど、まさかここまでヤバイ代物だとは。
水で洗われた後もまだジリジリと痛みが続いている。
「アイリス、この馬鹿に『回復魔法』かけてやれ」
「はいでーす!」
「自信満々に突っ込むから何か策でもあるのかと思えば、とんだ蛮勇だったぜ。だいたい何だ? スライムが雑魚? 確かに俺たち勇者クラスからしたら雑魚も同然だが、一般人には十分危険なモンスターだ。一体どこでそんなアホな知識を仕入れてきやがった」
ウッ……ゲームや漫画から得た知識……とは言えない。
というか、実物と戦ってみて思ったが、前の世界でスライムが弱いって言い出したの誰だよ。メチャクチャ強いじゃねぇか。
「あんまりガッカリさせねーでくれよ」
「おい、ディック。スライムたちがこちらの攻撃に反応して動き出してるぞ」
オルガの言葉で、そちらに目を向けてみると、水溜りに扮していたスライムたちが一斉に俺たちへと向かってきていた。
ボトボトと木の上からもスライムが落ちてきて、その進軍の中に加わる。
おいおい、何匹いるんだよ。
数を増やしていくスライム軍団。しかも増えるだけじゃない。寄り集まっていく。スライム同士が融合して大きくなる!
「早く倒さないと! 厚みが増したら冷気が内側まで届かなくなっちゃう!」
ミカが両手を前に出すと、スライムの周囲に白っぽい靄が立ち込み始める。それに合わせて、スライムの一部の表面が凍結していくが、それが全体に行き渡らない。
大き過ぎるんだ。既にスライムの体長は10mにまで達していた。
「うぅ……私の『氷魔法』じゃ、これが限界だよぉ……」
「スライムは群体になると一気にレベルが上がるからな。この大きさだとレベル100は超えてんだろ。いくら氷が弱点つっても一般人の手には負えなくなる。ま、筆頭勇者の俺には関係ねぇがな」
ディックが片方の手の人差し指と中指をクィッと動かした。
巨大スライムを中心とした直径約30mの範囲に、ミカのとき以上に濃い靄が立ち込めたかと思えば、鋭く尖った氷の塊が一瞬にして大地から40mの高さまで生えて、辺りの木ごとスライムを刺し貫いた。
「す、すげぇ。ビルみたいな氷を一瞬にして作り出すなんて」
「これぐらいディックにとっては当然でーす! なにしろディックのレベルは256なんですから!」
レベル256……どおりで。
「ちょっと、何があったのさ」
横からエマの声が聞こえたので、そちらを振り向く。どうやらテレポートでこっちに戻ってきたばかりで、へばっている俺を見て何事かと驚いているようだった。
「あ、お姉ちゃん、おかえりでーす! 渡辺さんがスライムの攻撃で怪我したので治しているところでーすよ!」
「……うわー、ダッサ。威勢はいいクセに、弱いとか」
「なんだと」
俺はムッとする。
「事実だろ。こんな弱いヤツのパートナーになってる二人が可哀想だよ」
ウッ……反論できない……ムカツクがエマは間違っていない。もっと俺に力があればマリンばかりに働かせることもなかったし、ミカが夢のために欲しがっている物だって買ってやれた。俺は二人に何もしてやれていない。
「…………」
俺の横で屈んでいたミカが急に黙って立ち上がった。ミカはエマの前までとずかずかと歩き、両手を腰に当てて自分よりも背が低いエマの顔をジッと睨む。
「な、何よ」
「君さ、私たちのこと全然知らないくせに、知ったようなこと言わないでくれるかな。ううん、言うな。ムカムカする。私はショウマのパートナーになって楽しくやれてるの! 勝手に可哀想って決め付けるな!」
「ミカちゃんの言うとおりです。私もショウマ様のパートナーでいられて幸せだと思っています」
ミカ……マリン……。
そんなふうに思ってくれてたなんて。
「フ、フン。パートナーに気遣ってもらっちゃって情けないったらないね。とにかく、アタシはアンタみたいな威勢だけのガキは嫌いだから以上さよなら」
それだけ言い残すとエマはその場を逃げるように去って行った。
「コラ待て! 話はまだ――」
「いいんだ。ミカ」
「けどさ!」
「アイツの言ってること自体は間違っちゃいない。俺はもっと強くならないと」
「ショウマ……」
「二人ともありがとな。さっきの言葉、嬉しかったよ」
マリンは優しく微笑み、ミカは照れくさそうにほんのり染まった頬を指でかいた。
*
邪魔者もいなくなり、馬車は再び四つの車輪を忙しく回し始める。
森を抜け、上りと下りの坂が交互に続く山道を抜け、その日は山のふもとで野宿となった。
初めてのフィラディルフィアの外での一泊。
女性陣は皆馬車の中で寝て、男性陣は外でレジャーシートの上から寝ることになった。
隣にマリンがいない、初めての夜だ。
寝るときマリンに、いつも心拍数を強制的に引き上げさせられていた俺は、今夜はゆっくり眠れると思っていた。
だけど、その日の夜はいつも以上に寝るのに時間がかかった。
次の日も馬車は進む。
途中、川の近くでアイリスが馬車を止める。河原に珍しい薬草を見つけたようで、それを採取したかったらしい。
ついでに、水筒の中身がなくなっていたので、川の水を頂戴しようとしたところ、オルガに止められた。
「川の水は安全とはいえない。近くに『水魔法』が使えるヤツがいるんだから、そいつからもらえ」
『水魔法』って、なんて便利なんだろう。水筒要らずじゃないか。ディックに頼まなきゃいけないのが癪だけど。
それからの道中、またモンスターと遭遇した。今度はイノシシのモンスターだ。
そのモンスターには見覚えがあった。俺が異世界で最初に出会ったモンスターだ。あのときは危うく殺されるところだったが、今回の戦いではイノシシの突進後の隙を何度も短剣で突き、長期戦の末見事に退治した。
俺もあの頃よりは成長していたようだ。
エマは、倒したイノシシ、アイリスと一緒に川へ『瞬間移動』して行った。内蔵処理と血抜き作業をして、今日の昼飯にするとのこと。
俺が「飯なら街に『瞬間移動』して直接店で調達してくればいいじゃないか」と、言うと「あー、そういうのパシらされてるみたいでヤダって前に言われたのよね」と、ディックに言われた。
そんな調子で、その日も終わりを迎え、次の日の朝。
高台を降りている途中で、見晴らしのいい景色の中を進んでいるときだった。
「ほれ、ナベウマ見てみろ。あれがドロップスカイだ」
オルガに言われて、その方向を見たとき、俺は目を見開いた。
フィラディルフィアを囲む平原に匹敵するほどの広大な草原が眼下に広がり、草原の遥か先には砂漠が延々と続いていた。
それだけでも息を呑む景色だが、俺が驚いたのはそこじゃない。
ありゃあ、一体何だ?
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