俺のチートって何?

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第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第76話 フィラディルフィアをお散歩 中編

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 中央区と東区を隔てる30mの白い壁の前で馬車が止まる。所謂、終点というやつで、ここから先は歩きになる。

 マリンたちを連れて馬車を降りた俺は壁を見上げる。

 ……でけぇ。

 俺が住んでいた近所からでも見えていたが、近くで見ると本当に圧倒されるな。

 「わぁ、人がたくさんいますね」

 マリンの驚き混じりの声に引っ張られて視線を地上へ戻すと、大勢の人々が東区と中央区を繋いでいるトンネルを出入りしていた。トンネルもまた巨大で、車が横一列に十台並んでも余裕があるほどの道幅があり、天井の高さも相当だ。
 俺たちは中央区へ向かおうとする人混みの流れにのって歩いて行く。
 街中でよく見かける格好だけじゃなく、ローブを羽織った人や鎧を身に纏った人、剣だったり盾だったり刀だったり杖だったりを持ち歩いている人々。様々な格好をした人たちが行き交っていた。
 特に、剣、鎧、ローブ、杖なんかは、まさしく俺が思い描いていたファンタジー像であり、否応なしにワクワクしてしまう。

 そして、その胸の高鳴りはトンネルを抜けた後、最高潮に達した。

 石畳の道を挟むように、急勾配の屋根をもつ家々が隙間なくピッチリ並んでいる。家は三階建てや四階建てのものがほとんどで、窓辺には草花が飾られていてとても華やかだ。
 この景色、間違いない! 俺が異世界にやってきた日に見た、ヨーロッパの街並みはこれだったんだ!

 「へへっ、やっぱりビックリするよね。私もそうだったもん」

 ミカの言うとおり、ジェニー、メシュ、マリンもこの光景に唖然としている様子だ。

 「……ククッ! いいぞ! 最高じゃないかっ! ジェニー、俺様もここに住むぞ!」

 「あー……メシュさん。中央区に住もうと思ったらメチャクチャお金要るよ?」

 「何? そうなのか?」

 「うん。だから、基本的にお金が少ない転生者だと厳しいよ」

 「ガックシ……」

 肩を落とすメシュの頭をジェニーが撫でた。


 「お?」

 歩き回る人と人の隙間の中に、ある店を見つける。武器屋だ。店の前に置かれた台の上や壁一面に剣や盾が並んでいる。

 うおおぉ! ファンタジーつったらやっぱ剣だよな!

 俺は足早に台の前まで行き、その上に並べられた数々の剣をしげしげと眺めた。
 鳥の翼を模したと思われる鍔に、刀身に施された装飾! 対応する鞘も負けじと細やかな紋様が象られて……たまんねぇ!

 「ショウマ様、急に離れたらはぐれちゃいますよ」

 「あ、わりぃ。ここにある剣がカッコよくてつい」

 「ん、ボウズ、この剣買ってくのか?」

 そこへ店の主と思われるオッサンがやってくる。
 買えるものなら是非とも欲しいけど、これ一体いくら――!
 値札を見て驚愕した。

 「は、八十万?! 高過ぎる! 何だこれ! ぼったくりじゃないか!」

 「おいおい、バカ言っちゃあいけねぇよ。この剣はミスリル製な上『属性付与エンチャント』で雷属性を付けてあるのに加えて『能力向上キャパシティ ビルディング』で切れ味も良くしてるんだ。値が張るのは当然よ。金がないんだったら、そっちの油で焼いた剣で我慢するんだな」

 「ミスリル? 油で焼いた剣?」

 ミスリルってゲームとかで聞く用語だよな。油で焼いた剣っていうのは……。
 油を敷いたフライパンで剣を焼いているシーンを想像する。

 「なんだあ、転生したてか? ミスリルっていうのは、金属よりも頑丈な鉱石で、油で焼いた剣っていうのは油焼き入れした剣ってことだ。油焼きは水焼き入れするよりも手間がかからないから安いのよ」

 OK。ミスリルは金属よりも硬いけど、材料として扱うのが大変な分高価になるってことだな。まんまゲームの知識で良さそうだ。
 焼き入れっていうのがよくわからないが、話の流れからして製法か? まぁいいや、とりあえず、その油焼き入れしたっていう剣は……って何の飾りもないな。普通の両手剣だ。

 「それを買うぐらいなら、今持ってる短剣でいいや」

 「ハッ、また出直してきな、ボウズ!」

 俺は店を後にした。


 「残念でしたね、ショウマ様」

 「クッソー、いつか絶対あの剣買えるぐらい金持ちになってやる!」

 「ハハッ、ショウマは剣が好きだねぇ!」


 *


 マリン、ミカ、ジェニー、たまにメシュと会話をはさみながら、俺たちは中央区を練り歩く。

 魔法チート専門店。
 この店では主に杖がメインに取り扱われていた。杖には30cmにも満たない棒切れのような種類もあれば、俺の身長よりも長い杖もある。
 ミカの説明によれば、杖は空気中の魔力を自らへと引き寄せる能力があるそうで、魔法使いにとって大きな助けになるらしい。杖にこのような能力がある理由は、材料として用いられている植物が空気中の魔力を養分にして育つためだそう。
 あと、ここにはあの魔法石も売られていた。『炎魔法ファイア マジック』『水魔法アクア マジック』『風魔法ウィンド マジック』『道具収納アイテムマジック』『精神感応テレパシー』『能力向上』などなど、多種多様な魔法石たちが店の棚をカラフルに彩っている。
 うーむ、緊急連絡用に『精神感応』は買っておいてもいいかもしれないな。一回の連絡で500Gかかるっていうのは気になるところだが。
 俺は『精神感応』の魔力が込められた魔法石を俺、マリン、ミカ用に三つ購入した。

 「お、ジェニーも魔法石買ったのか」

 「うんー、怪我したときにあると便利と思って『回復魔法リカバリー マジック』が入った石をねー」


 「可愛い!」
 「はぅー、癒されますなぁ」

 マリンとミカが店の隅で黄色い声をあげているのが聞こえた。
 何事かと後ろから覗き込むと、檻の中にいる動物に注目していた。一見猫かと思ったが、二本の尾に額の赤い宝石からすぐにモンスターだということがわかった。

 「わっ! 街中にモンスターがいんのかよ!」

 モンスターに遭って、碌な目にあったためしがなかったから、反射的に身構える。

 「ハハッ、もうショウマってばビビリすぎ! この子らはカーバンクルってモンスターでペット用に飼育されてるから噛み付かれたりしないよ。もちろん乱暴しなければだけど」

 「へぇー、でもそのカーバンクルとやらが何で魔法の店に?」

 「カーバンクルは魔法チート使いがよく連れ歩くからだよ。カーバンクルは近くに魔力ステータスの高い人がいるほど強くなるし、魔力を消耗し過ぎたときなんかも、懐いてるカーバンクルだったら魔力を分けてくれたりもしてくれるんだよ」

 「なるほど。しっかし、異世界産まれとはいえミカは物知りだな」

 「へっへーん! 私、学校の成績上位だったもん! 余裕のよっちゃんだよ!」

 「マジで?! い、意外!」

 「ちょっとー、それどういう意味なのさっ」


 *


 防具屋。
 魔法使いが使うローブや騎士が着る鎧などが置かれている店。水属性耐性とか火属性耐性とかの能力が付けられているものだったり、『能力向上』で強化されたものが陳列されていた。

 他にも家具屋、雑貨屋、弓矢専門店、トラップ店、マリオネットの店など、名前から内容が想像できるものからそうじゃないものまで、たくさんの店があちこちに並んでいた。


 「救済の時は、もうすぐそこまできています!」

 道を歩いていると、脇から道行く人々の喧騒を突き破って大きな声が耳に入ってきた。

 「ここ最近、転生者の数が減っています! それを神が我々を見捨てたのだとうそぶく輩もいますが、断じて違います! これは救いの時が迫っている兆しなのです!」

 台の上に立って声を張り上げる男性の前で、数十人が聞き入っている。

 「なぁ、ミカ。あそこの男が言ってる神って、俺らが転生する際に会った神のことを言ってるのか?」

 「うん、そうだよ」

 うへぇ、あんなふざけた神を信仰してるのかよ。俺は絶対無理だ。元々神様とかって信じないタイプだし。


 「あー!」

 突然、ミカがある本屋へ騒々しく突入する。
 そんなに慌てて……ミカは本が好きなのか?

 追っかけてみると、

 「イーウェスタンのライブやるんだあ!」

 本ではなく、壁に貼られた広告を見て目を輝かせていた。

 「おいおい、本を見に来たんじゃないのか。イーウェスタンって?」

 「女二人組みの超有名ユニットだよ! 私大ファンなんだ!」

 「ほー、異世界にもライブコンサートなんてあるんだねー」

 ジェニーがそのまま俺の抱いた感想を代弁してくれた。

 「二週間後にバミューダにて開催だって!」

 と言って、ミカは俺の顔をジーッと見てくる。

 「バミューダってどこだ?」

 「フィラディルフィアから約200km南下したところにある街だねー。馬車で行こうと思ったら片道3万Gはかかるよー」

 「うん、却下」

 ジェニーからもたらされた情報を聞いて即決した。

 「そんなぁ、行きたい行きたいー!」

 「ダメだ! 家にそんな余裕はないの!」

 「ケチー!」

 その後も、何度かミカはイーウェスタンとかいうユニットに対する熱き思いを口にしていたが、俺はスルーを決め込んで本屋の中を歩いた。
 その間に知ったことだが、異世界の本はかなり高価だ。漫画の単行本一冊程度の厚みと大きさでも5000Gする。ジェニーによれば、ウォールガイヤではまだ紙の原材料の調達が間に合っていなかったり、量産体制が整っていなかったりで、紙はかなり貴重品なんだそうだ。言われてみれば、ノートとかメモ用紙を店で売られているのを見たことがない。
 それだけに留まらず、本にするとなるとタイプライターで活字を打ち込む必要もあり、それの和文となると余計に大変らしい。


 ん? 『チート能力辞典』?

 一冊の本に目が留まる。
 表紙に138年度版と書かれたそれを手に取り、本を開いた。

 『道具収納』『水魔法』『加速アクセラレーション』『曲芸アクロバット』『怪力アサルトパワー』『アシッド』……すげぇ、いろんなチート能力について書いてあるぞ。これは欲しいかも……でも。
 本が置かれていた棚には五桁の数字が書かれた値札が貼られていた。
 ですよねー。仕方ない、軽く立ち読みだけしていこ。

 『二重行動ダブルアーツ』『鷹の目ホークアイ』『魔法剣マジックソード』。こうしてみると、チート能力ってたくさん種類あるんだなぁ。
 ページをパラパラとめくっていき、適当にチート名だけを読んでいく。

 途中で『複合チート』という題目が出てきて内容が変わる。
 読んでみると、複合チートというのは、どうも特定のチート能力を組み合わせることで発揮できる能力と書かれている。
 『炎魔法』と『水魔法』で『ミスト』。『千里眼クレヤボヤンス』と『精神感応』で『精神映像ビジョン』といった例が載っている。

 ふーん。組み合わせ次第でこういうこともできるんだな。

 さらにページをめくる。
 また新たな題目が出てきたのだが、その内容に少しギョッとする。本文は次のとおりだ。

 『禁じられたチート能力』。
 私達の世界で当たり前のように存在し、社会を支えているチート能力だが、異世界ウォールガイヤの黎明れいめい期には、危険なチート能力も存在した。そのどれもが強力な能力ではあったが、自身に害を及ぼしたり、強力過ぎて周りの命を奪ったりと事故が絶えなかった。そのような能力らをかつての王国は根絶するべく、能力を子へと相伝することを禁じた。それが禁じられたチート能力である。
 ここからは歴史書に記録されている、いくつかの『禁じられたチート能力』を紹介しよう。
 一つ目は『バロールの魔眼』と呼ばれたもの。この能力を持つ人間の視界内に入ったあらゆるものは死滅する。植物は枯れ、人間やモンスターは焼けるような痛みとともに身体中から体液を撒き散らして息絶える。目を開くだけで力が発動するので周りが危険なことはもちろんだが、能力を行使した者も代償として目の光を失うため、能力を保有する本人にとっても恐ろしい能力である。バロールとはケルト神話に登場する巨人の名であり、相手を見ただけで殺すことができる魔眼を有していた。この神話をもとに同様の力を持ったチート能力に、バロールの名が与えられたのである。


 うわぁ……俺こんな能力じゃなくて良かった。失明とか嫌だし、能力が発動しないようにするためには、ずっと目を閉じてなきゃいけないんだろ。絶対嫌だ。
 次は何だろ……なになに? 『クロノスへの祈り』?


 パパパパーンッ

 次の解説を読もうとしたときだった。外からトランペットの鳴る音が聞こえた。しかも音の感じからして一つや二つなんてもんじゃない。かなりの人数で演奏している。

 「みんなあぁ! ルーノール様が帰還されたぞお! 道を開けろおおぉ!」
 「ルーノール様だぁ!」
 「ルーノール様ぁ!」

 本屋を出て外の様子を確認すると、道を覆っていた人の波がモーゼが海割りでもしたかのように綺麗に人が道路脇へと移動し道を開けていった。
 そうして開かれた道を多くの騎士と馬車が通っていく。

 うわっ! あ、あれは!

 一際大きな馬車が一台、俺の前を通り過ぎていく。その馬車の上にはドラゴンの頭、コウモリの翼、ワシの脚、ヘビの尾を持つ緑色のモンスター、ワイバーンが乗せられていた。横になったままピクリとも動かない様子から既に死に絶えているようだ。
 すっげー! 本物のワイバーンだよ! 生ワイバーン! まさかこの目でリアルに見れる日が来るなんて!

 「おい、あのワイバーンを一人で倒したんだってよ!」
 「あわわわ、流石はルーノール様だぁ。すごいべぇ」

 そう語る観衆の視線の先には、馬車の腰掛にどっかりと座り込んでいる白い鎧を着たオッサンがいた。髪は赤色の長髪でオールバック。口周りに赤い髭が整えられた形で生えている。
 自分のことを讃えているというのに、それに対して笑みを返すこともせず、真顔のままただ真っ直ぐ前だけを見てやがる。こいつは堅物そうだな。

 「今回の討伐クエストでレベルが“777”になったんだってよ! マジパネェ!」

 数多の人々が声を発する中、俺は一人の民が言った数値に開いた口が塞がらなかった。
 は? レベル777、だって? ちょっと待ってくれ。オルガのレベル100以上って時点でとんでもないと思っていたのに、どうなってんだ?


 「あの人はルーノール・カスケードて名前なんだよ」

 呆けている俺のそばへミカがやってくる。

 「名前覚えといてね。ルーノールさんは“英雄”とも呼ばれるし、“人類の守護神”とも呼ばれる。この世界で一番強い、スッゴイ人なんだよ!」

 ……ルーノール・カスケード……“人類最強”の男か。
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