俺のチートって何?

臙脂色

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第三章   ― 筆頭勇者と無法者 ―

第68話 新生活に向けて

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 遥か彼方の次元での罪が思う。


 満たされない。

 どれだけ物を得ても、人を得ても、愛を得ても、渇く。
 ああ、どうしてなの。

 私の眼が、耳が、鼻が、舌が、身体が、意識が、常に求める。

 私に全てを寄越しなさい。


 ――――――



 俺の名前は渡辺 勝麻、18歳だ。
 少し前まで日本という国がある世界で高校生をやっていた。
 ところが、2018年の9月7日に俺は交通事故に遭って死んでしまった。

 死んでしまったのだが、ここからが現実離れした出来事の連続で、死んだ俺は神を自称するジジイに遭遇、何を思ったのか、そいつは俺にチート能力と呼ばれている能力を押し付け、さらには異世界ウォールガイヤへと転生させられた。

 死を悔いる時間も、一連の不思議現象に思考を巡らせる間もなく、俺はマリンという名前の女の子に出会う。

 その後もまぁ、なんやかんやとあって、マリンと一つ屋根の下のさらに先を行く同室での生活が始まったわけだが……健全な男子高校生には辛いのなんの。
 夜な夜な起きることは一ヶ月経った今でも慣れない。

 それはそれとして、この世界では俺以外にも多くの転生者がいるため、前の世界の文化や文明がほとんどそのままの形で流用されている。おかげで、前の世界と同様の感覚で過ごすことができている。
 案外、ここでの暮らしも悪くないと思い始めていた矢先、マリンが謎の病に侵されてしまった。

 マリンを助けるべく、俺は周りの制止を振り切って、万病に効くとされる薬草を探しに、夜の雪山へと乗り込んだ。
 決死の捜索で薬草を見つけられはしたが、そこで大きなクマのようなモンスターに出くわし、危うく殺されかけたが、俺のチート能力と思われる能力が発現し、危機を乗り越える。
 ボロボロになりつつも、どうにかマリンに薬草を届けられて、めでたしめでたし。

 とはならず、さらなる問題がふりかかってきた。
 アリーナだ。互いのパートナーを賭けて、人間同士が戦うもので、この異世界社会で取り決められた制度だ。
 パートナーがいる16歳以上の者全員が一ヶ月に一度参加しなければならないというルールがあり、俺も例外に漏れず、戦うハメになった。

 この段階で、俺はここの人間社会に対して失望していた。
 一歩間違えば命を落とす戦いを半ば無理矢理行わせたり、パートナーをまるで景品のように扱う姿勢には怒りを覚える。
 とはいえ、ムカついたところで、俺に何かできるわけでもない。今はの準備をするのに精一杯だ。


 匠とのアリーナ戦で辛くも勝利を収めた俺は、その戦いで受けた傷により五日間入院した。匠から受けた一撃で内臓が傷ついていたが、その部分よりも、自らのチート能力が招いた怪我の方が重く、治療に時間を要したというのだから笑ってしまう。

 退院から次の日の今日、新しい家での新生活がスタートする。
 マリンが病気にかかる前に入居手続きは済ませている。場所はオルガの宿から20分ほど東へ歩いたところにある長屋で、フィラディルフィアの端にあり、外からモンスターの侵入を防いでいる高さ20mの壁がよく見える。街の外側は基本的に地価が安いので、転生者の最初の住居は大概この辺りになる。
 建物の外観は江戸時代の一階建てアパートといったところ。キッチンは付いているが、トイレは長屋の他の住人と共同だ。肝心の部屋だが、ワンルームの4畳半とオルガの宿よりも狭く、ちゃんと置く家具を取捨選択しないと三人が寝るスペースもなくなってしまう。


 まぁ、とりあえず冷蔵庫は必要だよな。
 そんなことを思いながら、1ドアサイズの冷蔵庫をぽーんと両手で浮かせては落ちてくるのをキャッチ、また浮かせてはキャッチを繰り返していた。

 現在、俺達は新生活に必要な物を買った帰りの途中だ。

 「あ、危ないですよ、ショウマ様」

 「そんなことしてて、落としても知らないわよー」

 歯ブラシやらタオルやら、いろんな日用品を入れた袋を両手で抱きかかえて先頭を歩いていたマリンと、今日もオレンジ髪を外ハネさせて横を歩いているレイヤに言われる。

 「大丈夫、落としたりしないって」

 15kg以上はあるはずの冷蔵庫が、発泡スチロールでできているんじゃないかってぐらい軽く持ち上げられるので、少し遊びたくなった。

 レイヤは三つのチート能力『動体視力ダイナミック ビジュアルアキュイティ』『加速アクセラレーション』『万有重力ユニバーサル グラビテーション』をもっているのだが、その中の『万有重力』は触れた物の重量を重くしたり軽くしたりできる。
 それによって、本来であれば運び屋に家具家電の運搬をお願いするところを、自分達だけで運ぶことができたので、その分のお金が浮かせられた。

 ちなみに、レイヤが何で手伝ってくれているのかというと、退院したばかりの俺の体調を気遣ってのことだった。
 今日はクエストに出かけないことから、レイヤは普段肩や胴体、腰に着けている黄色の鎧を着ておらず、私服姿だ。
 レイヤの私服は黄色のチャイナドレスで、胸元や生足がチラチラと見えてちょっと落ち着かない。こういう服を着ている人ってあまり周りの視線とか気になんないもんなのかね。

 俺は冷蔵庫をバスケットボールの如く宙へ放りながら、マリンの後ろ姿を眺める。
 腰まで長く伸びた海のような透明感をもつ青い髪に陶器肌、小顔にパッチリとした愛くるしい目。俺は彼女ほど可愛らしいと思える女性を知らない。
 そんな彼女は今、白のブラウスに水色のロングスカートを着用しているわけだが、チャイナドレスとか着たらどんな感じになるかな。
 頭の中でイメージしてみる。

 ……胸チラ、太ももチラ……うん、童貞には耐えられません。

 チャイナドレスは不採用だななどと考えながら、冷蔵庫を同じ様に投げたときだった。

 イタズラな風が吹き、マリンのスカートがめくり上がった。

 「あっ!」

 マリンが慌てて持っていた袋を手放して両手でスカートを押さえるも、俺の眼はしかと捉えていた。

 純白

 脳みそがその二文字に埋め尽くされた俺は、冷蔵庫をキャッチするのを忘れ、落とす。

 ガシャーン!

 「ちょっとぉ! 言ったそばから落としてるじゃん!」
 「だ、だって純白が」
 「だってじゃなぁーい! 確かにマリンちゃんのパンチラは破壊力があるけど、それに耐える精神力をもたなきゃダメでしょ! マリンちゃんのパンチラに負けない男にならないと!」

 「うぅ……レイヤさん、大声で恥ずかしいこと言わないでください……」

 鼻血を垂らして真顔で語るレイヤに、マリンは蒸気がでそうなくらい顔を真っ赤にしていた。


 「パンチラを見たとしても、何事もなかったかのように流すのがモテる男よ。ちゃんもそう思うでしょ?」

 「えっ! 私ですか!? えぇっと! ですね! そ、そんなことはないとー思います! ご主人様は、その! 今のままでも十分素敵です! はい!」

  レイヤが俺の後ろに顔を向けて言うと、ハキハキした声が聞こえた。

 俺は冷蔵庫を持ち直した後、その声の主を見やる。

 肩甲骨まで下ろされたクリーム色の髪に、その色の明るさを強調するかのような褐色の肌をもった16歳の少女。
 俺がアリーナで勝ったことで、匠から俺のもとへとやってきた。名前をミカという。

 彼女は俺の眼差しから逃れるように、視線を逸らす。
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