俺のチートって何?

臙脂色

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第二章   ― 争奪戦 ―

第65話 vs Lv71 匠 後編

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 内臓がひっくり返るような衝撃に、俺の体は"く"の字に折れ曲がって、そのまま真横へふっ飛ばされた。
 地面に肩やら腰やらを打ち付けて何回か地面を跳ねたような気がしたが、殴られた箇所の激痛や腸から食道へ上ってくる不快感で、自分の状況を把握するどころじゃなかった。
 その内、体から慣性の力がなくなって地べたに横たわる形になる。

 「ガゴボッ!」

 これまで自分の口から聞いたことのない音の咳が出る。
 ――血。
 口元の地面に血が滴れる。
 俺は腹を両腕で抱えて蹲る。

 「イ……カ……グ……」

 腹が痛い。痛すぎて声が出ない。
 そして、とてつもなく気分が悪い。派手に転がったせいか、頭がグワングワンする。


 『ああっと、渡辺選手! ついに匠の一撃をその身に受けてしまったああぁ! ダウンに入ったのでこれよりカウントをとらせていただきます! カウントが60になっても渡辺選手が立ち上がれなかった場合、降参扱いとなり匠の勝利が決まります!』

 匠の、勝利、だって?
 ダメだ、それだけはダメだ! 動け、早く動けってんだよ! 俺!
 頭の中で必死に自らを鼓舞するが、体は言うことを聞こうとしない。

 「ナベウマ! 約束を忘れたのか! 動こうとするんじゃあない!」

 観客席の中からオルガの声が、歓声に混じって耳に入った。
 悪いなオルガ、約束なんて端から守る気なんてないんだよ。
 匠のパートナーたちは匠を怖がっていた。誰も幸せそうな顔をしていなかった。
 俺は、マリンの笑顔を曇らせたくない。
 例え、自分がどうなろうとも。

 『20!』

 「ヘッヘッヘッ」

 いつの間にか、匠が倒れている俺の傍に立っていて、不敵な笑みを浮かべていた。

 「全く、最高だよなチート能力ってもんはよぅ。ちょいと本気を出しただけで気に入らねぇ野郎が冗談みたいにぶっ飛んで地べたを這い蹲りやがる。前の世界じゃ一発で警察行きの行いが、ここじゃ公然と認められ、おまけにダッチワイフまでついてきやがる。ほーんとトラックに轢かれて死んで良かったぜぇ」

 歯を食いしばる。
 ダッチワイフだと? 死んで良かっただと?!
 俺は痛みに悶えながらも、匠を睨む。

 『30!』

 「なんだぁ、その目は。文句があるのか?」

 「ゲフッ、前の世界に、何の未練も、ない、ていうのか」

 俺の質問に対し匠は大きくため息を吐いた後、しゃがみ込んで俺を見る。

 「ねーよ。ショウマ君よぉ、歳は18だったよなぁ? いいよなぁ18。俺もその頃は未来に希望をもっていたっけなぁ。八ヶ月前――俺は29の歳にこの世界にやってきたがよ、そりゃあ、つまらないもんだったぜ。やりたいことも満足に出来ない、先行きの決まった人生。ただ生きてるだけだったのよ。だがよ、この世界は違う。俺のしたいことが好きなようにできる! アリーナで気分爽快に相手をボコボコにして、好きなように女を侍らせられる! これ以上ないってほどに生を実感できる! 異世界様様だぜ!」

 『50!』


 ……あぁ……今、ハッキリとわかった……。

 『55!』

 俺は上体を起こして、屈んでいた匠の首を左手で掴んだ。
 死にかけていたにも関わらず、いきなり機敏に動き出した俺に、匠は少なからず驚いたが慌てることはなかった。防御力が高い匠にとって大した力じゃなかったからだろう。

 『おおっと! 渡辺選手! 立ち上がります! 戦闘続行です! すごいガッツです!』

 足に力を入れて立ち上がろうとする俺は、そのまま匠を掴んでいる左手も上げようとする。
 流石に鬱陶しいと思ったのか、匠は俺の左手首を掴んで引き離そうとする。が、離れない。

 「――ああ?」

 『おや、匠選手。どうしたのでしょう、渡辺選手に首を掴まれたまま一緒に立ち上がりました。遊んでいるのでしょうか?』

 自分を無理矢理立たせたことに苛立った匠は、左手を掴む手にさらに力を込める。
 それでも、俺の左手は離れない。
 匠の表情が苛立ちから驚きのものにゆっくり変わる。
 瞳孔が開いていき、口が「あ」の形になる。

 風が吹く。
 俺を中心に。

 「ど、どうなってやがる! 引き剥がせ――がっ!」

 「それ以上しゃべるな」

 俺は左手の握りを強くして、匠の体を浮かせる。

 『な、ななななああ! 信じられません! 渡辺選手が匠選手の体を片手で持ち上げているぅぅぅ!』


 怒りに呼応するかのように俺を取り巻く風が勢いを増し、砂を舞い上げる。

 『渡辺選手を中心に砂埃が渦を巻いています! まさか『風魔法ウィンド マジック』のチート能力が目覚めたのでしょうか、ニモさん!』

 『わかりません! わかりませんが『風魔法』であれば事前の『解析アナライズ』結果で魔力が0と出るのはおかしいです! チート能力に目覚めていなくても、魔法チートであれば魔力にそれが表れるはずですよ!』

 『い、一体何なんだ、このチート能力はああぁ!!』


 俺は空いている右腕を、大きく後ろへと伸ばし、手をパーに広げる。

 「ハッキリわかった」

 風が右腕に纏わりついていく。
 その風を掴み取るように手の形をパーからグーに変え、握り締める。
 左手から匠の首を放すと同時、渾身の右ストレートを匠のどてっぱらに叩き込んだ。

 「お前は、俺がもっとも嫌悪する人種だ」

 「ウゲェッ!!」

 先程、俺がしたようなぶっ飛び方を、匠がした。
 地面に転がって咳き込む匠に、軽蔑の眼差しを向けながら言う。

 「これがお前は爽快だって言ったな。俺はこれっぽっちも爽快だとは思わなかった。むしろ、汚物を殴った不快感しかない」

 匠がフラフラながらも立ち上がろうとする。
 それを見た俺は、直ちに匠へと駆け出す。

 「ガキィがあぁ! 逝ねやああ!」

 逃げる暇もなく俺に詰め寄られた匠は、蹴り上げを放つが、みえみえだ。
 軽く横へ移動してかわし、次は左ストレートをくれてやる。

 「グゥッ!!」

 またまた真横へ飛んでいった匠は地面を転がった後、会場を囲む壁に体を打ちつけた。


 『あ……ああ!!』

 『に、ニモさんどうしました?!』

 『渡辺選手の体を『透視』で見たのですが、彼の両手の骨が砕けています! おそらく今のパンチで……』

 『え、ええぇ! それじゃ、もう殴ることなんてできないじゃないですか!』


 「へ、ヘヘヘ……ゲホッ! イイこと聞いたぜぇ、こっから俺がテメェを半殺しに――は」

 壁にもたれかけながら立ち上がろうとしていた匠の顔面に、右の肘打ちを入れた。
 匠の顔面を通じて衝撃が背後の壁に伝わり、壁がバキバキに割れて崩れる。

 「何勝った気になってんだ? がまだ残ってるだろうが」

 「ッッッッッ!!!」

 『こ、今度は上腕骨を! 無茶苦茶だ!』

 今のは効いたようで、匠は両手で顔面を押さえながら声にならない叫びをあげる。
 やっぱり腹より、顔とか首を狙った方がいいかもな。
 というわけで、次は左の肘打ちを匠の首へ当てる。

 「エ"ッ」と短い音を発した匠は、顔を覆っていた両手を首へ移してえずく。

 ん、なんか今左肩に変な感触が。

 『か、肩を脱臼! おかげで上手く力が乗らず骨折を免れました!』

 『う、うわ。なんて戦い方だ……』

 ああ、脱臼ね。イテテ、イテェなあもう。
 俺は壁に向かって背を向けると、左肩を後ろから叩きつけた。
 プチッという音ともに、左肩が元の位置に戻る。
 その反動で痛みを感じるが、話に聞いていたほど大した痛みじゃない。
 アドレナリンが過剰になってるのかもな。今の俺はコイツへの怒りでいっぱいだ。

 「お"か"し"い」

 しわがれた声で匠が、鼻血を垂れ流しながら涙目で言った。

 「ああ、そうだろうよ。このチート能力はわからねぇことだらけだ。俺も困って――」

 「チ"ート"じゃな"い"。お"か"し"い"の"は"テ"メ"ェ"だ!」

 そう言われ、俺は自分に向けられている視線に気がつく。
 いつからだろう。ずっとバカみたいに騒いでいた観客が水を打ったように沈黙している。
 骨を折りまくって戦ってるのをドン引きされたのか?
 まぁ、どうでもいい。

 「ふ"つ"う"じゃね"ぇ"」

 その一言に俺はピクリと反応し、視線を観客から匠へと戻す。

 「あ?」

 「お"ま"え"は"ふ"つ"う"じゃね"ぇ"!」

 俺の脳内で、過去の記憶が一気に呼び起こされる。
 ああ、本当にコイツは、俺の神経を逆撫でする天才かよ!

 「違うね、俺はだ! 普通じゃないのはお前らの方! 他人のことなんてまるで考えちゃいない! 自分さえ良ければそれでいい! 害悪なんだよ!」

 再度、匠に左の肘を入れた。
 後ろの壁がさらに音を立てて崩れる。

 「…………こ"う"さ"ん"……だ……こ"う"さ"ん"さ"せ"て"……く"れ"」

 意識が朦朧としているのか。
 崩れた壁の中で、匠は頭をグラグラさせていた。

 『な、なんと匠選手、降参です! この瞬間、渡辺選手の勝利が決まりました! 史上初、転生者アリーナ初戦勝者です!』

 と言った実況者の言葉は、俺の耳に届いていなかった。
 俺はもう目の前の害悪を――を確実に黙らせることしか考えていなかった。
 俺の周りをさっきから漂っている風が、両足に纏わりつく。
 すると、左足を置いていた地面が砕ける。右足で蹴る際、軸足となる左足に力を入れたからだ。
 続いて、右足を大きく後ろへ上げる。風が強くなる。

 『渡辺選手?! 勝負はもうついています! 警備の方! 誰か彼を止めてください!』

 こういうヤツは思い知らせてやらないとわからないんだ。お前が痛めつけてきた人間が、どんな思いをしてきたのか。

 勢い余って殺すかもしれない。
 けど、まぁ、いいよな。こんな"ゴミ"みたいなヤツ死んだって。


 だめええええぇぇぇ!!!

 そのとき、マリンの声が聞こえたような気がして、体の動きが止まった。

 次の瞬間、首後ろに鈍い痛みを感じて、視界が一気に暗くなった。

 「それ以上は、マリンちゃんのためにも、君のためにもならないわ」

 この声――レイヤ…………。

 俺の意識は途絶えた。
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