俺のチートって何?

臙脂色

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第二章   ― 争奪戦 ―

第64話 vs Lv71 匠 中編

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 匠が地を蹴って飛び出すのと、俺が右足を前へ出したタイミングは同じだった。
 瞬く間に、匠は俺を殴れる距離まで突っ込んできていた。
 匠の顔がハッキリ見え、そこで気づく。
 匠はこれまでの表情には似つかわしくない。驚いた表情をしていた。
 ――そうか! 匠にとって、俺が前に出るのは予想外だったんだ! だとすれば、匠は手前に攻撃する事態を想定していない!
 自分の生存本能に感謝する。
 勝負はまだ終わっていない!

 気づいてすぐ。残されたわずかな時間。俺は胸や額に、石つぶてがぶつかるのも構わず、前に進みながら身体を右へ倒した。右へ倒すといっても、匠と接触するまでの0.01秒にも満たない短い時間だ。1cmズレた程度。
 だが、その1cmが勝敗を分ける。

 匠から放たれた右ストレートは、俺に当たった。
 痛かった、熱かった。でも、それはクリーンヒットじゃない。
 匠の突きは、俺の左頬と左耳の表面を削るだけで終わる。

 「ああ?! あの状況で前に出るかよ!」

 そのまま、飛び出してきた勢いにまだのっていた匠の体と正面衝突した。

 「かはっ!」

 それにより胸が圧迫されて、肺から一気に空気が抜け、一瞬息が詰まる。堪らず、後ろへよろめいて転びそうになるのを足に力を入れて耐えた。

 倒れるな、渡辺 勝麻!
 今、匠は手を伸ばせば届く範囲にいる!
 それに匠は怯んでこそないが、自分が予想していなかった出来事で思考が止まっているはず!
 攻めるなら、ここしかない!

 左手で匠の右肘を、右手で匠の革ジャンの左側の襟を掴む。

 「んだぁ?!」

 振り解こうとしても遅い! 俺の技が先に入る!

 匠の右足の外側へ、左足を踏み出し、続けて右足を大きく振り上げた。

 『こ、これは――』

 振り上げた右足を、匠の右足の後ろへと回り込ませた後、全力で振り下ろした。

 『お、大外刈おおそとがりだあぁ! 渡辺選手、日本の武術、柔道の技を匠選手に仕掛けたあぁ!』

 歓声がドッと沸き起こる。

 「うおっ!」

 右足の膝裏を曲げられ、さらに右肘と襟を引っ張られた匠はバランスを崩し、後ろへ倒れそうになる。

 オルガの言っていたとおりだ! 『怪力アサルトパワー』はパワーはあっても筋肉量が増えているわけじゃない、体重は一般人と変わらない。力を入れる隙をあたえず重心を崩すことができれば、一般人レベルの力でも投げられる!

 「ガキが調子にのってんじゃねぇ!」

 匠が地面から浮きかけた右足を、再び地面に密着させる。

 まさか、ここまで体勢を崩されて抗えるのか?!

 匠の右足はそれだけに留まらず、地面に亀裂を入れる。後方へ倒れかけていた匠の上半身に力が入る。

 マジかよ! まずい、ここで決められなきゃ次は無い! 
 匠の体勢をここまで崩せられたのは、俺が柔道技を使うことを知らなかったからだ。それがバレた今、次からは警戒される!
 無理にでも押し切るか?! いやダメだ! 『怪力』と力比べして勝てるわけがない! なら一か八か!

 俺は、体の向きを思い切り反転させ、両手を匠の方から自分の方へ引き、匠の右足に引っ掛けていた自分の右足を捻って匠の右膝下に置く。

 「ナニィッ?!」

 『今度は体落たいおとしだぁ!』
 『上手い! 後ろから前へ揺さぶった!』

 後ろに倒れまいと重心を前に寄せようとする匠の心理を逆手に取る!
 匠の両足が地面から離れ、そして、背中から落ちた。

 『な、投げたあああぁ!! 信じられません! レベル13の力で、レベル71の『怪力』を下しました!』

 「それが何だっつんだよ!」と、匠の口が開くよりも早く、俺は匠から距離をとり始める。

 当然、投げたぐらいで匠に傷を負わせることなんてできない。百も承知だ。
 今のはあくまで、次の攻撃を確実に当てるための前準備。

 尚も、後ろへ下がり続ける俺は、匠との距離が10メートルぐらいになったところで、右ポケットに手を突っ込むと、中から手のひらサイズの真っ赤な球状の物体を取り出す。その物体には一部突出している箇所があり、それは抓むと引き抜ける構造になっている。
 俺はその突起部分を引き抜いて、まだ片膝を地に着けて立ち上がろうとしている最中の匠へと投げた。

 赤い物体は、匠の目の前で一回バウンドした後、爆発した。
 爆発の中から赤い炎が一気に燃え広がる。

 「ぶるあああぁぁ!!!」

 炎に身を包まれ、匠は苦しみの声をあげる。

 って、熱っ! 炎が俺の方まで!
 オルガに炎が広範囲に広がるから、使うときは巻き込まれないようにしろって言われたけど、ここまで広がるのかよ!
 慌てて、その場からさらに後ろへ下がる。

 『魔法石だぁ! 渡辺選手、炎の魔法石を使用しました! 初戦で使う選手は久しぶりに見ましたねー、ニモさん!』

  魔法石。
 アルカトラズ山から多く採れる石を加工した物で、石の中に魔法を一つだけ保存しておけるという不思議な能力がある。石に傷を入れると保存しておいた魔法が飛び出してくる特性があり、さっき引っ張った突起部分は石に傷を入れるためのパーツだ。これさえあれば、魔法が使えない人間でも魔法を使えるというわけ。ただし、石は使い捨てだから、使いどころには注意しないといけない。

 『それもそうですが、中に保存されていた炎の火力がすごいです! 明らかに一般で流通しているものじゃない、この炎を仕込んだ魔法使いは間違いなく隊長クラスですよ!』

 やっぱり、普通じゃ手に入らない代物だったのか。
 オルガが自分に任せろと言った次の日に持ってきたのが、あの魔法石だった。
 あっさり持ってきたもんだから拍子抜けしたけど、実際は裏でいろいろ動いてくれたのかもな。


 『これはひょっとするとひょっとして、初の転生者初戦勝利となるかあぁ!!?』

 いくらなんでも、この炎をくらって倒れないわけないだろう。逆に殺してしまわないか心配なくらいだ。
 そうやって安堵のため息をついたとき、匠が炎の中から出てきた。

 「クソガキヤァアアアァアアアァアアアアアァァァ!!!!!」

 ――嘘、だろ。
 燃える革ジャンを地面に叩きつけて、怒りの形相で俺を睨む。
 後ずさりした。怖い。悪寒がした。
 殺意だ。今の匠の目には殺意がこもっていて、それを俺の体が感じ取ったんだ。
 前の世界でそんな経験してこなかった。誰かからこんな、射抜くような視線を向けられるなんて。

 匠が姿勢を低くする。
 やばい、また突っ込んでくる!
 俺は横へ飛んだ。
 これまでであれば、このタイミングで匠が突っ込む際に起きる風圧が横からくるはずなのだが、それがない。
 匠は、まだ向かってきていなかった。

 あ――しまった――フェイントだ――。
 次の瞬間、匠の右ストレートが俺の腹に減り込んだ。
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