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第二章 ― 争奪戦 ―
第61話 策
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匠によって少しばかり荒らされてしまった店内を、マリンやジェニーと共に片付ける。
一連の騒動で店長に咎められることはなかった。それどころか、アリーナのことで心配してくれた。いい人だ。けど、マリンにアリーナのことを知られるわけにはいかないから、その話はマリンの前ではしないように頼んでおいた。
しかし、さっきの俺たちの会話を聞いてるなら当然マリンは疑問に思ってるはず、パートナーがほしいならってかなり直球な内容だったし……もし聞かれたらなんて答えればいいだろう。
……ドッキリでした! は、流石に通じないだろうな。
と、テーブルに溢れた餡蜜を片付けている最中、あれこれ考えてるときだった。
「あの、ショウマ様。さっき二人が言っていたパートナーを奪うというのは、どういうことなのでしょうか」
言ってる側からきちゃったよ! まだ何も返事考えてないぞ、どうする!
「え、ええと、それはだな。つまりその……」
「言いにくいことでしたら、いいですよ」
「あ、ああ」
マリンは再び掃除の続きを始めた。
ずいぶんあっさり引いてくれたな。
掃除が終わると店長が気を利かせて、今日は帰って良いと言ってくれた。本当にいい人だ。
けど、マリンはその厚意に甘えようとしない。まぁ、マリンはそういう性格だからな。予想できたことだ。
俺がマリンに家に帰るように促すと、俺が言うならそうすると言い、マリンは宿へ帰ることとなった。
俺はオルガがいる修行場に戻らないといけない。戻って修行の続きをするのはもちろんだが、匠のことを伝える必要がある。ただ、その前にやることが一つ。
念のためアリーナへ行って、匠が本当に俺との試合を申し込んだのか確認しておきたい。これこそドッキリという可能性もある。匠がその場のノリで――勢いで言ってしまったということもあり得なくない。そんな淡い期待を抱きながらアリーナの受付の人に話を聞いたが、現実は甘くない。俺と匠の対戦カードはしっかり組まれていた。試合は一週間後、ちょうど初心者サポートが終わった次の日に行われることが決まっていた。
いよいよだな……。
対戦相手も日付も決まったからか、体全体がブルリと震えた。武者震い……じゃなく、単純に怖いんだろうな。
情けない話、俺はあの男が怖い。
風を吹かせるほどのパンチ力とか少年マンガ出てくるようなヤツ相手に、ちょっと武道を噛っただけの一般人が勝てるか? いや、勝てないだろうな。普通の戦い方じゃ勝てない。
……策が……何か策が必要だ。
そんなことを考えながら、ジェニーたちと一緒に修行場に戻ってきた俺は、木陰で本を読んでいたオルガに対戦相手が決まったことを伝えた。
「匠か……」
本を閉じて答えるオルガの表情は渋い。
「知ってるヤツか?」
「最近名がしれ始めてる注目の転生者だな。匠は初戦以外、連勝続きの強者で、王国が騎士団に引き抜こうとしてるくらいだ。覚えが正しければ、一ヶ月前のアリーナではレベル60代だったはず。今はレベル70を超えててもおかしくはないだろうな」
「レベル70って、前に倒した熊よりも強いってことかよ」
「それどころかモンスターと違い、人間はチート能力の性能がプラスされるから、匠の攻撃力と防御力に関してはレベル70の標準ステータスに『怪力』の分が加算され実質レベル100相当になる」
「マジかよ……」
レベル100っておいおい、熊はレベル50程度って話だったよな。それの倍ってなるとアイツの攻撃の威力は……いや、やめよう。ここまでくると考えるだけ無駄だ。
それよりも注目すべきポイントがある。
「レベル100の防御力を破るにはどれだけの攻撃力が必要なんだ?」
相手の攻撃力以前に、そもそもこちらの攻撃が効かなければ勝つことは絶対に不可能だ。これも厳しいようなら、どうやって戦えばいいのやら。
「単純に、レベル100の防御力にレベル100以上の攻撃力を加えればいいだけだ。できるかは別問題だがな」
……勝つイメージが全く湧いてこない。
そんな俺の絶望を、馴染みの読心術で見抜いたオルガは言う。
「勝つ方法はなくはない」
「ホントかよ、にわかに信じ難いぞ」
「ただ、この方法は俺が上手く事を進められるかにかかっている。俺が失敗すれば打つ手はなくなるだろう。それでも、お前さんは俺を信頼して勝負を賭けるか?」
「上手く事を進められるって具体的に何をするつもりなんだ?」
「あまり大っぴらに言えることじゃないんでな。秘密だ」
何だよそりゃあ――と、毎度のことのようにオルガに呆れそうになったが、そうはならなかった。そんな気持ちにはなれなかった。俺を見るオルガの目の色を見て、本気なんだと感じ取ったからだ。
オルガのこんな真っ直ぐな眼差しは初めて見る。
出会った頃のオルガは、どこか適当で、他人行儀で、俺と仲良くする気なんて端からないような、そんな目をしていた。だから、俺も遠ざけていた。
でも今は俺をみてる。
……俺は大人ってやつをあまり信用していない。
特に、こういった重要な場面で大人に頼るなんて真似絶対にしたくない。
頼ったところで無駄だと知っているからだ。骨の髄まで。
だけど――。
「頼む、オルガ」
これは直感でしかない。
オルガならきっと何とかしてくれる。
ついそう思ってしまった。
理由なんかない。
本当にただの勘だ。
「ああ、任せてくれ」
オルガはいつもみたく高らかに笑うのではなく、穏やかで優しい笑みを浮かべた。
一連の騒動で店長に咎められることはなかった。それどころか、アリーナのことで心配してくれた。いい人だ。けど、マリンにアリーナのことを知られるわけにはいかないから、その話はマリンの前ではしないように頼んでおいた。
しかし、さっきの俺たちの会話を聞いてるなら当然マリンは疑問に思ってるはず、パートナーがほしいならってかなり直球な内容だったし……もし聞かれたらなんて答えればいいだろう。
……ドッキリでした! は、流石に通じないだろうな。
と、テーブルに溢れた餡蜜を片付けている最中、あれこれ考えてるときだった。
「あの、ショウマ様。さっき二人が言っていたパートナーを奪うというのは、どういうことなのでしょうか」
言ってる側からきちゃったよ! まだ何も返事考えてないぞ、どうする!
「え、ええと、それはだな。つまりその……」
「言いにくいことでしたら、いいですよ」
「あ、ああ」
マリンは再び掃除の続きを始めた。
ずいぶんあっさり引いてくれたな。
掃除が終わると店長が気を利かせて、今日は帰って良いと言ってくれた。本当にいい人だ。
けど、マリンはその厚意に甘えようとしない。まぁ、マリンはそういう性格だからな。予想できたことだ。
俺がマリンに家に帰るように促すと、俺が言うならそうすると言い、マリンは宿へ帰ることとなった。
俺はオルガがいる修行場に戻らないといけない。戻って修行の続きをするのはもちろんだが、匠のことを伝える必要がある。ただ、その前にやることが一つ。
念のためアリーナへ行って、匠が本当に俺との試合を申し込んだのか確認しておきたい。これこそドッキリという可能性もある。匠がその場のノリで――勢いで言ってしまったということもあり得なくない。そんな淡い期待を抱きながらアリーナの受付の人に話を聞いたが、現実は甘くない。俺と匠の対戦カードはしっかり組まれていた。試合は一週間後、ちょうど初心者サポートが終わった次の日に行われることが決まっていた。
いよいよだな……。
対戦相手も日付も決まったからか、体全体がブルリと震えた。武者震い……じゃなく、単純に怖いんだろうな。
情けない話、俺はあの男が怖い。
風を吹かせるほどのパンチ力とか少年マンガ出てくるようなヤツ相手に、ちょっと武道を噛っただけの一般人が勝てるか? いや、勝てないだろうな。普通の戦い方じゃ勝てない。
……策が……何か策が必要だ。
そんなことを考えながら、ジェニーたちと一緒に修行場に戻ってきた俺は、木陰で本を読んでいたオルガに対戦相手が決まったことを伝えた。
「匠か……」
本を閉じて答えるオルガの表情は渋い。
「知ってるヤツか?」
「最近名がしれ始めてる注目の転生者だな。匠は初戦以外、連勝続きの強者で、王国が騎士団に引き抜こうとしてるくらいだ。覚えが正しければ、一ヶ月前のアリーナではレベル60代だったはず。今はレベル70を超えててもおかしくはないだろうな」
「レベル70って、前に倒した熊よりも強いってことかよ」
「それどころかモンスターと違い、人間はチート能力の性能がプラスされるから、匠の攻撃力と防御力に関してはレベル70の標準ステータスに『怪力』の分が加算され実質レベル100相当になる」
「マジかよ……」
レベル100っておいおい、熊はレベル50程度って話だったよな。それの倍ってなるとアイツの攻撃の威力は……いや、やめよう。ここまでくると考えるだけ無駄だ。
それよりも注目すべきポイントがある。
「レベル100の防御力を破るにはどれだけの攻撃力が必要なんだ?」
相手の攻撃力以前に、そもそもこちらの攻撃が効かなければ勝つことは絶対に不可能だ。これも厳しいようなら、どうやって戦えばいいのやら。
「単純に、レベル100の防御力にレベル100以上の攻撃力を加えればいいだけだ。できるかは別問題だがな」
……勝つイメージが全く湧いてこない。
そんな俺の絶望を、馴染みの読心術で見抜いたオルガは言う。
「勝つ方法はなくはない」
「ホントかよ、にわかに信じ難いぞ」
「ただ、この方法は俺が上手く事を進められるかにかかっている。俺が失敗すれば打つ手はなくなるだろう。それでも、お前さんは俺を信頼して勝負を賭けるか?」
「上手く事を進められるって具体的に何をするつもりなんだ?」
「あまり大っぴらに言えることじゃないんでな。秘密だ」
何だよそりゃあ――と、毎度のことのようにオルガに呆れそうになったが、そうはならなかった。そんな気持ちにはなれなかった。俺を見るオルガの目の色を見て、本気なんだと感じ取ったからだ。
オルガのこんな真っ直ぐな眼差しは初めて見る。
出会った頃のオルガは、どこか適当で、他人行儀で、俺と仲良くする気なんて端からないような、そんな目をしていた。だから、俺も遠ざけていた。
でも今は俺をみてる。
……俺は大人ってやつをあまり信用していない。
特に、こういった重要な場面で大人に頼るなんて真似絶対にしたくない。
頼ったところで無駄だと知っているからだ。骨の髄まで。
だけど――。
「頼む、オルガ」
これは直感でしかない。
オルガならきっと何とかしてくれる。
ついそう思ってしまった。
理由なんかない。
本当にただの勘だ。
「ああ、任せてくれ」
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