43 / 172
第二章 ― 争奪戦 ―
第40話 vs Lv56 ブリザードグリズリー
しおりを挟む
熊はこちらの出方を伺っているのか、俺をジーッと見ながら、歩いては止まりを繰り返して寄ってきている。
「ここまできて……悪い冗談よしてくれよ」
熊が襲ってくるキッカケとならぬよう、消え入りそうな声で呟いた。
とにかく逃げなければと、後ずさる。
俺の覚えに間違いがなければ、熊に出会ったときにやってはいけないことが、背中を向けて走ることだ。それをやってしまうと熊が走り出してしまう。
教えに従い、熊の方に顔を向けたまま後ろに下がるが、熊も同じペースでついてくるため距離が取れない。
「ッ! あぶね!」
後方を確認すると、切り立った崖になっていて、もう少しで落ちるところだった。
崖は高く岩場も凍っていることから降りるのは無理と判断し、俺は後ろに移動することは諦め、横方向へと動き出す。その動きを真似るように熊も動く。
これで確定した。熊は俺を狙っている。
しかも悪いことに崖の構造上、真横というよりも斜め前に進むしかない状況だ。動きの軌道を予測するに、このままいけば熊モンスターとの接触は避けられない。
熊との距離が20mほどしかなくなった頃。息を呑み、意を決した。
駆けるしかない。
「うおおああ!」
俺は熊から視線を外して、森に向かって全力疾走した。速く、もっと速く、と懸命に足を動かすが、進まない。足先の感覚を失っていることからバランスが上手く保てないのと、足全体が雪に深く入り込むせいで、スピードが全くのらないのだ。
それとは対照的に、後方から明らかに歩の進みが速い足音が迫ってくる。
う、嘘だろ! 本当に走ってきやがった! マジに食われるっていうのか?!
俺が踏み込んだときの足音と、熊の足音の大きさが等しくなったとき、背中に焼かれるような痛みがはしった。
「ああぁ!」
堪らず、俺は雪の上を転がり、うつ伏せになる。
すぐに顔を起こすと、3mの巨体が追い討ちを仕掛けようとしていた。
これが、モンスター! 本当にバケモノじゃないか!
立ち上がろうと四つん這いの姿勢なった直後、熊の前足が体の真下に入ってきて、それが力強く振り上げられた。
バッサリと腹部が裂かれ、鮮血が散る。
あ……終わった。
そう思ったとき、体から力が抜け仰向けに倒れる。
死ぬのか俺。
前の世界でも、今の世界でも何も残さずに死ぬのか。
マリンも……たった一人の女の子も救えずに……。
虚ろな瞳に、熊が上から俺の顔を見下ろしている姿が映った。
……ここまでか……。
ショウマ様
マリンの笑顔を思い出す。初めて会ったあの日の黄昏時の。
どうしてだろう。
短い。ほんの二週間、一緒にいただけなのに。
必死になって。命駆けて。
こんなにも彼女のことを考えてしまうのは。知りたいと思ってしまうのは。
熊が完全なるトドメを刺そうと、口の中の牙を見せつけて首に向かってくる。
――ああ……そうか……俺は……彼女のことが好きになったのか。
「ここまできて……悪い冗談よしてくれよ」
熊が襲ってくるキッカケとならぬよう、消え入りそうな声で呟いた。
とにかく逃げなければと、後ずさる。
俺の覚えに間違いがなければ、熊に出会ったときにやってはいけないことが、背中を向けて走ることだ。それをやってしまうと熊が走り出してしまう。
教えに従い、熊の方に顔を向けたまま後ろに下がるが、熊も同じペースでついてくるため距離が取れない。
「ッ! あぶね!」
後方を確認すると、切り立った崖になっていて、もう少しで落ちるところだった。
崖は高く岩場も凍っていることから降りるのは無理と判断し、俺は後ろに移動することは諦め、横方向へと動き出す。その動きを真似るように熊も動く。
これで確定した。熊は俺を狙っている。
しかも悪いことに崖の構造上、真横というよりも斜め前に進むしかない状況だ。動きの軌道を予測するに、このままいけば熊モンスターとの接触は避けられない。
熊との距離が20mほどしかなくなった頃。息を呑み、意を決した。
駆けるしかない。
「うおおああ!」
俺は熊から視線を外して、森に向かって全力疾走した。速く、もっと速く、と懸命に足を動かすが、進まない。足先の感覚を失っていることからバランスが上手く保てないのと、足全体が雪に深く入り込むせいで、スピードが全くのらないのだ。
それとは対照的に、後方から明らかに歩の進みが速い足音が迫ってくる。
う、嘘だろ! 本当に走ってきやがった! マジに食われるっていうのか?!
俺が踏み込んだときの足音と、熊の足音の大きさが等しくなったとき、背中に焼かれるような痛みがはしった。
「ああぁ!」
堪らず、俺は雪の上を転がり、うつ伏せになる。
すぐに顔を起こすと、3mの巨体が追い討ちを仕掛けようとしていた。
これが、モンスター! 本当にバケモノじゃないか!
立ち上がろうと四つん這いの姿勢なった直後、熊の前足が体の真下に入ってきて、それが力強く振り上げられた。
バッサリと腹部が裂かれ、鮮血が散る。
あ……終わった。
そう思ったとき、体から力が抜け仰向けに倒れる。
死ぬのか俺。
前の世界でも、今の世界でも何も残さずに死ぬのか。
マリンも……たった一人の女の子も救えずに……。
虚ろな瞳に、熊が上から俺の顔を見下ろしている姿が映った。
……ここまでか……。
ショウマ様
マリンの笑顔を思い出す。初めて会ったあの日の黄昏時の。
どうしてだろう。
短い。ほんの二週間、一緒にいただけなのに。
必死になって。命駆けて。
こんなにも彼女のことを考えてしまうのは。知りたいと思ってしまうのは。
熊が完全なるトドメを刺そうと、口の中の牙を見せつけて首に向かってくる。
――ああ……そうか……俺は……彼女のことが好きになったのか。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈


ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで商売をして生計を立てていく〜
西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」
主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。
生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。
その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。
だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。
しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。
そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。
これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。
※かなり冗長です。
説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。
みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる