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終焉の原初 後編
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「早退させてもらうわ」
ヴィルツが一言、ローラに言った。
こんなときに何を言っているのかと、ローラから文句を言われるだろうとヴィルツは予想したが、そうはならなかった。
「早く行って。奥さんを一人にしたら許さないから」
ヴィルツは哀愁漂う笑みを浮かべて頷いた後、艦長に会釈しブリッジから出て行った。
死ぬ覚悟はあったヴィルツだが、自分より先に妻がいなくなることには覚悟ができていなかったのだ。
腰からハンドガンを抜き、妻が待っている自室を目指して船内を駆ける。
「やっぱステーションは機能してないか」
全長10kmほどの船にもなると、船内には移動手段としてリニアモーターカーが配備されているのだが、今は止まっている。
「線路を走っていくしかない……無事でいてくれよ」
ヴィルツは薄暗い線路の上に降り立ち、クルーたちの憩いの場であった第一居住区を目指す。
5分ほどかけて、ヴィルツは第一居住区に辿り着く。
ここまでの間に、何度か爆発音が聞こえたが、今は不気味なほど静かだった。
「……誰の声も聞こえない」
白い壁、白い天井、白い床の廊下。
無機質な廊下ではあるものの、平和な頃はここで多くのクルーたちの妻や夫、子どもたちが談笑し、温かみに満ちていた。
それが嘘であったかのように、今は静寂が漂い、空気が凍っている。
ハンドガンを握る力を強くし、ヴィルツは慎重に廊下の曲がり角から顔を出す。
「――ッ!」
ヴィルツの呼吸がひゅっと一瞬止まった。
ヴィルツが覗いた先には、悪夢が広がっていたのだ。どこもかしこも白い廊下が赤く染められており、そこら中に死体が転がっている。
その死体たちの中心で、終焉がヴィルツに顔を向けて立っていた。
そして、ヴィルツは終焉の足元に転がっている胴体と脚が泣き別れになったそれを見て目を見開いた。
目を開けたまま動かなくなっている妻がいた。
「ぬうああぁ!」
ヴィルツがありったけの怒りを込めてハンドガンの引き金を引く。
一度だけではない。二度、三度、四度と連続で引き続ける。
頭、目、口、胸、四肢と、適確に狙いを定めて弾がなくなるまで撃った。
だが、終焉は微動だにしなかった。
直後、終焉の腕がヴィルツの胸を貫く。
「がっ!」
口から吐血しながらも、ヴィルツは敵意の籠った視線を終焉に向ける。
そのとき、ヴィルツは気がつく。
終焉は瞳こそヴィルツに向けていたが、その焦点は全く合っていなかった。
まるで、人を人として見ていないかのような。
ヴィルツは、そんな終焉を不気味に思い怯みかけるが、怒りの感情が勝る。
「クソ野郎が!」
ハンドガンのグリップ部分で終焉の側頭部を殴る。
すると、終焉の焦点がヴィルツに合った。
さらにもう一発殴ろうと、ヴィルツが手に勢いをつけた瞬間、ヴィルツの体は燃え上がり灰となった。
「………………」
足元に積もった灰を、終焉はしばらく黙って見下ろす。
何を思ったのか、終焉はその灰の上に手をかざす。
灰は緑の光に覆われ始め、一つの形に集まっていく。その形はヴィルツだった。
灰が完全にヴィルツの形になるだけでなく、色さえも灰色からヴィルツの体の色になった。
「ゲホッゲホッ!」
燃えて消し炭になったはずのヴィルツが、人間の形に戻って再び呼吸をする。
「お、俺は死んだんじゃ……」
ヴィルツは戸惑いつつも、終焉を睨む。
「くたばれ!」
ヴィルツが終焉の顔面を殴ると、終焉がヴィルツの顔面を殴り返した。
ヴィルツの頭部はふっ飛んで無くなった。
なのに、ヴィルツの体はまた元通りになる。
「ッ!……だらぁ!」
今度は胸に穴を開けられて死ぬ。
しかし、また何事もなかったかのように蘇る。
今度は、体を半分にされて蘇る。
次は、窒息させられて。
氷付けにされて。全身から出血して。
「……何なんだよ……お前は! 何がしてぇんだよ!」
10回殺されたあたりで、ヴィルツは表情に恐怖を浮かべていた。
そんなヴィルツを見てか、終焉はまたどこをも見ていない瞳に戻っていた。
ヴィルツは、11回目の死を迎えた。
蘇ることはもうなかった。
それから5時間後、世界から人類が全て死に絶えた。
世界が終わった。
ヴィルツが一言、ローラに言った。
こんなときに何を言っているのかと、ローラから文句を言われるだろうとヴィルツは予想したが、そうはならなかった。
「早く行って。奥さんを一人にしたら許さないから」
ヴィルツは哀愁漂う笑みを浮かべて頷いた後、艦長に会釈しブリッジから出て行った。
死ぬ覚悟はあったヴィルツだが、自分より先に妻がいなくなることには覚悟ができていなかったのだ。
腰からハンドガンを抜き、妻が待っている自室を目指して船内を駆ける。
「やっぱステーションは機能してないか」
全長10kmほどの船にもなると、船内には移動手段としてリニアモーターカーが配備されているのだが、今は止まっている。
「線路を走っていくしかない……無事でいてくれよ」
ヴィルツは薄暗い線路の上に降り立ち、クルーたちの憩いの場であった第一居住区を目指す。
5分ほどかけて、ヴィルツは第一居住区に辿り着く。
ここまでの間に、何度か爆発音が聞こえたが、今は不気味なほど静かだった。
「……誰の声も聞こえない」
白い壁、白い天井、白い床の廊下。
無機質な廊下ではあるものの、平和な頃はここで多くのクルーたちの妻や夫、子どもたちが談笑し、温かみに満ちていた。
それが嘘であったかのように、今は静寂が漂い、空気が凍っている。
ハンドガンを握る力を強くし、ヴィルツは慎重に廊下の曲がり角から顔を出す。
「――ッ!」
ヴィルツの呼吸がひゅっと一瞬止まった。
ヴィルツが覗いた先には、悪夢が広がっていたのだ。どこもかしこも白い廊下が赤く染められており、そこら中に死体が転がっている。
その死体たちの中心で、終焉がヴィルツに顔を向けて立っていた。
そして、ヴィルツは終焉の足元に転がっている胴体と脚が泣き別れになったそれを見て目を見開いた。
目を開けたまま動かなくなっている妻がいた。
「ぬうああぁ!」
ヴィルツがありったけの怒りを込めてハンドガンの引き金を引く。
一度だけではない。二度、三度、四度と連続で引き続ける。
頭、目、口、胸、四肢と、適確に狙いを定めて弾がなくなるまで撃った。
だが、終焉は微動だにしなかった。
直後、終焉の腕がヴィルツの胸を貫く。
「がっ!」
口から吐血しながらも、ヴィルツは敵意の籠った視線を終焉に向ける。
そのとき、ヴィルツは気がつく。
終焉は瞳こそヴィルツに向けていたが、その焦点は全く合っていなかった。
まるで、人を人として見ていないかのような。
ヴィルツは、そんな終焉を不気味に思い怯みかけるが、怒りの感情が勝る。
「クソ野郎が!」
ハンドガンのグリップ部分で終焉の側頭部を殴る。
すると、終焉の焦点がヴィルツに合った。
さらにもう一発殴ろうと、ヴィルツが手に勢いをつけた瞬間、ヴィルツの体は燃え上がり灰となった。
「………………」
足元に積もった灰を、終焉はしばらく黙って見下ろす。
何を思ったのか、終焉はその灰の上に手をかざす。
灰は緑の光に覆われ始め、一つの形に集まっていく。その形はヴィルツだった。
灰が完全にヴィルツの形になるだけでなく、色さえも灰色からヴィルツの体の色になった。
「ゲホッゲホッ!」
燃えて消し炭になったはずのヴィルツが、人間の形に戻って再び呼吸をする。
「お、俺は死んだんじゃ……」
ヴィルツは戸惑いつつも、終焉を睨む。
「くたばれ!」
ヴィルツが終焉の顔面を殴ると、終焉がヴィルツの顔面を殴り返した。
ヴィルツの頭部はふっ飛んで無くなった。
なのに、ヴィルツの体はまた元通りになる。
「ッ!……だらぁ!」
今度は胸に穴を開けられて死ぬ。
しかし、また何事もなかったかのように蘇る。
今度は、体を半分にされて蘇る。
次は、窒息させられて。
氷付けにされて。全身から出血して。
「……何なんだよ……お前は! 何がしてぇんだよ!」
10回殺されたあたりで、ヴィルツは表情に恐怖を浮かべていた。
そんなヴィルツを見てか、終焉はまたどこをも見ていない瞳に戻っていた。
ヴィルツは、11回目の死を迎えた。
蘇ることはもうなかった。
それから5時間後、世界から人類が全て死に絶えた。
世界が終わった。
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