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アリシア編
町へ
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「はぁ……はぁ……っ」
アリシアは軽いとは言え、人ひとりを抱えて走り続けると息が上がる。
焦る気持ちとは裏腹に、足の動きは鈍っていた。
相棒が魔物大発生を相手にして、稼げる時間は僅かだ。
ほんの数分だろう。その数分が、俺たちの生死を分けた。
町にさえ着けば、俺たちは助かるのだから、もうひと踏ん張りだ。
そう考えて、違和感に気づいた。
町に着けば、助かる……?
確かに、俺たちは助かるだろう。だが、魔物大発生の規模は不明だ。
俺たちが見たのは片鱗に過ぎず、逃げ出した瞬間も増え続けていた。
そんな規模の魔物大発生を相手に、アルバの町は……みんなは無事で済むか?
「あぁ……くそ……っ」
こんな時のためにレスキューバードのカークが居るはずだった。
町にいち早く危機を知らせ、災害に備える時間を作れるはずだった。
昼間かつ比較的近場であり、シャドーデーモンを通して索敵し、洞窟という閉鎖的な環境を考えて、カークは留守番させていた。
カークには頼れない。どれだけ声を張り上げても聞こえはしない。危機を察して飛んでくるような天才でもない。
何か、ないのか。町に危機を知らせる方法は……。
「あるじゃないか」
頭に浮かんだのは、ハイリスク&ハイリターンな方法だ。
失敗すれば死ぬのだから、リスクなど知ったことか。
ナイトメア召喚で貯めたMPは消滅した。
裏を返せば、今の俺は普通にスキルを使えるということだ。
瞼の裏に浮かび上がる呪文を握りつぶし、習得したスキルを唱える。
「【サモン・デーモン・ガーゴイル】✕3」
黒い魔法陣から3体のガーゴイルが這い出てきた。
「ガーゴイル!? まさか悪魔をサモンしたんですか!?」
「そうだ。集中したい。静かにしてくれるか」
「わ、分かりました……」
町に危機を伝える方法はない。レスキューバードという肩書きの重みを改めて知った。
だから、俺が危機を起こす。この悪魔を使えば人は嫌でも警戒する。人の言葉を話す必要はない。
――それ、バラバラにしていいカ?
――いや、目玉をほじり出ス。
――真っ二つにしてくっつけよウ。
悪魔が爪で指したのはアリシアだった。
やはり悪魔は邪悪で、分かり合えない存在だ。
サモンして意思の疎通が取れるようになると、一発で分かるな……。
この程度の狂気は、禁忌スキルの代償に比べると屁でもないな。
「黙れ。俺の命令通りに動くんだ。行け!!」
俺の命令を受けたガーゴイルたちは、アルバの町に向かって飛び立った。
「早いな。飛べるやつが羨ましい……」
人はサモンを先のないスキルだと言うが、俺はそうは思わない。
サモンは魔物を介して、本来なら持ち得ないスキルを与えてくれる。
そう断言できるのは、サモンされた魔物が召喚者に絶対服従するからだ。
人類の敵である悪魔でさえ、サモンの効果で他の魔物と変わらない。
違うのは、サモンされたことを知らない人からの印象だ。
そこを上手く利用して、町に危機を知らせるとしよう。
走りながら片目を閉じて、ガーゴイルの視界を共有する。
アルバの城壁が見える。門は閉ざされている。
飛行能力を持つガーゴイルに門は障害にならない。
俺の目的は、町にある3つの鐘だ。
門の鐘は、外からの驚異を告げる鐘。まずは衛兵の領分を犯すとしよう。
1匹は上空で雲に隠れて待機させ、あとの2匹を待つ。
目的地は町の中心にある鐘だ。
ひとつは時刻を知らせる鐘。もうひとつは、町の危機を知らせる鐘だ。
2匹が目的の鐘の上空に着いた。
よし、行け!!
少しの間があり、命令を受けたガーゴイルたちは一斉に下降した。
「ゲハハハハハハ!!」
ガーゴイルたちは、嫌な高笑いをすると、すぐに鐘を打ち出した。
乱暴で、規則性もなく、ただ大きく不快な音がする。
叩くのに飽きたのか、鐘を爪で引っ掻き回せば聞いているだけで鳥肌が立つ。
門では怒声が上がり、町では悲鳴が上がる。
町の人たちが悪魔の存在に気づいた。
(よくやった。派手に遊べ。もちろん、人を傷つけない範囲でな)
門の鐘は見張り台に備え付けられている。足場は悪く狭い。
衛兵の強みは数であり、統率力だ。
個々の能力に劣る衛兵がひとりが登ったところで、手加減された悪魔が相手でもまともに力を発揮できるはずもない。
「ゲハハハハ!!」
「このっ、くそぉ!!」
「ギイギイイィヒッヒッヒ!!」
「ぬうぅ、黙らんかぁ!!」
悪魔は狂ったように笑い、鐘を盾にして立ち回る。
頭をひょいと出しておちょくる。横顔を出してニヤつく。攻撃がくれば引っ込む。外したペナルティと言わんばかりに、鐘を引っ掻き回し不協和音を生み出し、衛兵の表情を歪ませた。
もちろん、俺の入れ知恵である。狡猾な悪魔たちはすぐに俺の作戦を理解し、実行した。
悪魔とは分かり合えないが、戦いの駒としては非常に優秀だ。
欠点としては、注意力が足りないようだ。
衛兵は翻弄されている風に見えるが、実際は少し違う。悪魔の注意を引きつつ、味方の準備が整うまでの時間稼ぎをしている。
俺の考えを通して悪魔も衛兵の動きを知ったものの、何をするでもない。
撤退の命令は出さない。ならば死ぬまで遊ぶだけ。お互いにWIN-WINだ。
弓兵たちが配置に着くまで、門の悪魔は役目を果たすだろう……。
町の方では、パニックが起きていた。
戦えない一般市民にとって、悪魔とは恐怖の象徴だ。
他の魔物とは違う。腹を空かせていなくても殺戮を楽しむと子供のうちから言い聞かされている。
俺がサモンした悪魔だと知らないのだから、逃げ惑うのは正しい反応である。
「落ち着いて!! 早く建物の中に避難して!!」
駆けつけた冒険者が避難指示を飛ばすが、市民たちの悲鳴にかき消されてしまう。
勇気のある女の子だ。これがもし野太い男の声なら、また違った結果になっただろうに……。
それでも、少しずつ市民は避難を進め、やがてその声は通るだろう。
心折れることなく、頑張って欲しい。
苛立ち混じりに放たれた弓矢は、きっちり避けさせて貰うが。
アリシアは軽いとは言え、人ひとりを抱えて走り続けると息が上がる。
焦る気持ちとは裏腹に、足の動きは鈍っていた。
相棒が魔物大発生を相手にして、稼げる時間は僅かだ。
ほんの数分だろう。その数分が、俺たちの生死を分けた。
町にさえ着けば、俺たちは助かるのだから、もうひと踏ん張りだ。
そう考えて、違和感に気づいた。
町に着けば、助かる……?
確かに、俺たちは助かるだろう。だが、魔物大発生の規模は不明だ。
俺たちが見たのは片鱗に過ぎず、逃げ出した瞬間も増え続けていた。
そんな規模の魔物大発生を相手に、アルバの町は……みんなは無事で済むか?
「あぁ……くそ……っ」
こんな時のためにレスキューバードのカークが居るはずだった。
町にいち早く危機を知らせ、災害に備える時間を作れるはずだった。
昼間かつ比較的近場であり、シャドーデーモンを通して索敵し、洞窟という閉鎖的な環境を考えて、カークは留守番させていた。
カークには頼れない。どれだけ声を張り上げても聞こえはしない。危機を察して飛んでくるような天才でもない。
何か、ないのか。町に危機を知らせる方法は……。
「あるじゃないか」
頭に浮かんだのは、ハイリスク&ハイリターンな方法だ。
失敗すれば死ぬのだから、リスクなど知ったことか。
ナイトメア召喚で貯めたMPは消滅した。
裏を返せば、今の俺は普通にスキルを使えるということだ。
瞼の裏に浮かび上がる呪文を握りつぶし、習得したスキルを唱える。
「【サモン・デーモン・ガーゴイル】✕3」
黒い魔法陣から3体のガーゴイルが這い出てきた。
「ガーゴイル!? まさか悪魔をサモンしたんですか!?」
「そうだ。集中したい。静かにしてくれるか」
「わ、分かりました……」
町に危機を伝える方法はない。レスキューバードという肩書きの重みを改めて知った。
だから、俺が危機を起こす。この悪魔を使えば人は嫌でも警戒する。人の言葉を話す必要はない。
――それ、バラバラにしていいカ?
――いや、目玉をほじり出ス。
――真っ二つにしてくっつけよウ。
悪魔が爪で指したのはアリシアだった。
やはり悪魔は邪悪で、分かり合えない存在だ。
サモンして意思の疎通が取れるようになると、一発で分かるな……。
この程度の狂気は、禁忌スキルの代償に比べると屁でもないな。
「黙れ。俺の命令通りに動くんだ。行け!!」
俺の命令を受けたガーゴイルたちは、アルバの町に向かって飛び立った。
「早いな。飛べるやつが羨ましい……」
人はサモンを先のないスキルだと言うが、俺はそうは思わない。
サモンは魔物を介して、本来なら持ち得ないスキルを与えてくれる。
そう断言できるのは、サモンされた魔物が召喚者に絶対服従するからだ。
人類の敵である悪魔でさえ、サモンの効果で他の魔物と変わらない。
違うのは、サモンされたことを知らない人からの印象だ。
そこを上手く利用して、町に危機を知らせるとしよう。
走りながら片目を閉じて、ガーゴイルの視界を共有する。
アルバの城壁が見える。門は閉ざされている。
飛行能力を持つガーゴイルに門は障害にならない。
俺の目的は、町にある3つの鐘だ。
門の鐘は、外からの驚異を告げる鐘。まずは衛兵の領分を犯すとしよう。
1匹は上空で雲に隠れて待機させ、あとの2匹を待つ。
目的地は町の中心にある鐘だ。
ひとつは時刻を知らせる鐘。もうひとつは、町の危機を知らせる鐘だ。
2匹が目的の鐘の上空に着いた。
よし、行け!!
少しの間があり、命令を受けたガーゴイルたちは一斉に下降した。
「ゲハハハハハハ!!」
ガーゴイルたちは、嫌な高笑いをすると、すぐに鐘を打ち出した。
乱暴で、規則性もなく、ただ大きく不快な音がする。
叩くのに飽きたのか、鐘を爪で引っ掻き回せば聞いているだけで鳥肌が立つ。
門では怒声が上がり、町では悲鳴が上がる。
町の人たちが悪魔の存在に気づいた。
(よくやった。派手に遊べ。もちろん、人を傷つけない範囲でな)
門の鐘は見張り台に備え付けられている。足場は悪く狭い。
衛兵の強みは数であり、統率力だ。
個々の能力に劣る衛兵がひとりが登ったところで、手加減された悪魔が相手でもまともに力を発揮できるはずもない。
「ゲハハハハ!!」
「このっ、くそぉ!!」
「ギイギイイィヒッヒッヒ!!」
「ぬうぅ、黙らんかぁ!!」
悪魔は狂ったように笑い、鐘を盾にして立ち回る。
頭をひょいと出しておちょくる。横顔を出してニヤつく。攻撃がくれば引っ込む。外したペナルティと言わんばかりに、鐘を引っ掻き回し不協和音を生み出し、衛兵の表情を歪ませた。
もちろん、俺の入れ知恵である。狡猾な悪魔たちはすぐに俺の作戦を理解し、実行した。
悪魔とは分かり合えないが、戦いの駒としては非常に優秀だ。
欠点としては、注意力が足りないようだ。
衛兵は翻弄されている風に見えるが、実際は少し違う。悪魔の注意を引きつつ、味方の準備が整うまでの時間稼ぎをしている。
俺の考えを通して悪魔も衛兵の動きを知ったものの、何をするでもない。
撤退の命令は出さない。ならば死ぬまで遊ぶだけ。お互いにWIN-WINだ。
弓兵たちが配置に着くまで、門の悪魔は役目を果たすだろう……。
町の方では、パニックが起きていた。
戦えない一般市民にとって、悪魔とは恐怖の象徴だ。
他の魔物とは違う。腹を空かせていなくても殺戮を楽しむと子供のうちから言い聞かされている。
俺がサモンした悪魔だと知らないのだから、逃げ惑うのは正しい反応である。
「落ち着いて!! 早く建物の中に避難して!!」
駆けつけた冒険者が避難指示を飛ばすが、市民たちの悲鳴にかき消されてしまう。
勇気のある女の子だ。これがもし野太い男の声なら、また違った結果になっただろうに……。
それでも、少しずつ市民は避難を進め、やがてその声は通るだろう。
心折れることなく、頑張って欲しい。
苛立ち混じりに放たれた弓矢は、きっちり避けさせて貰うが。
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