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アリシア編

天災

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 アリシアを背負ってのリハビリは良い気分転換になった。
 事務員兼受付けとしても慣れてきて、功績を焦るルーキーにお灸をすえるのもお手のものだ。


「なぁおっさん、なるべく魔物がいっぱいの狩り場を教えてくれよ」
「お前ルーキーだろ。ランクは?」
「へへっ、昨日Eランクになったんだぜ。新しいスキルも覚えた!!」
「それは、おめでとう。パーティーはもう組んだか? 教えるのはその後だ」
「今日は別行動なんだ。装備のメンテだってさ。だから俺ひとりで新しいスキルを使いこなして、びっくりさせてやるんだ!!」
「気持ちは分かるが、スキルの試し打ちは仲間と一緒にしたほうがいい。こうなりたいなら別だがな」

 ちらりと自分の左腕を見ると、ルーキーの目から焦りが消えた。


「や、やっぱり仲間と一緒に試すよ!!」
「それがいい。死ななきゃ伸びるさ。必ずな」


 はっきり言って、この世界の教育水準はゴミだ。
 そもそも受けていないから、地球ならその辺の子供が神童に見える。
 普段なら多くの時間と言葉をかけ、たまに脅し、ランクを笠に着て止めるのだが、ない腕を見せるだけで済むのだから、治るまでは有効活用することに決めた。


 アリシアとのエッチも順調だ。
 初めは嫌そうな顔を隠そうと虚空を見つめることもあったが、今では快感に表情が綻ぶことも増えてきた。
 エッチ大好きとは言い難いが、良い意味で慣れてきたのだ。


「ふぅー、アリシア。今日も可愛かったぞ」
「ありがとうございます」


 薄っすらと汗を浮かべたアリシアが、微笑んだ。
 いつものやり取りも場の空気が柔らかくなったと思う。


 そんなある日、瞼の裏に浮かぶエクスヒールの文字色が変わった。
 いつもは灰色なのに、薄らと光を帯びていた。
 エクスヒールを使える日が近い……喜びのあまり声が出たのは内緒だ。


 冒険者活動を再開すると言った手前、リハビリを兼ねた魔物の間引きも行っている。
 いつもは夜にするが、今日は昼間に行う。
 人に見られたくないという願いを持つアリシアが承諾したからだ。
 外に出るきっかけがあれば、暗く後ろ向きな思考も別のことに割く。
 本人は知らないが、絶賛レベルダウン中のアリシアは、未だ高レベルのレンジャーである。
 人の気配があれば大きな鞄に身を隠せば良い。頭では分かっていたことを受け入れたことで、アリシアの生活はより良いものとなるだろう。


 そうして、今日もリハビリが終わった。
 いつもの洞窟で、人知れず魔物を間引く。エンチャント・ダークネスに恐怖し、逃げ出す大蝙蝠を、すれ違いざまに斬る。戦闘とは呼べない行為だった。


 正直なところ、魔物であっても生物であり、俺は生物を殺すのをあまり良く思っていない。一方的ならば尚更だ。
 しかし、群れを作る魔物は、放っておけば危険だ。
 群れは大きくなり、群れを率いるボスモンスターが生まれる。
 民衆が危険に晒されるだけでなく、危険な敵と判断されれば、人は容赦をしない。根絶やしにしたと思うまで刃を振り下ろすだろう。
 だから、お互いのために、職務を全うするしかないのだ。


「やることやったし、帰るか」
「はい。何事もなくて良かったですね」


 アリシアの言葉に頷いた直後、空間が歪み亀裂が走った。


「あれは何だ」


 そう言う前に走り出していた。
 振り返ると、亀裂をこじ開けるように無数の手が伸びている……。


「あれは……て、天災です……」
「天災?」
「一種の魔物大発生スタンピードです」
「そんな馬鹿な話があるか。間引きはしていた。気配もなかった」
「通常の魔物大発生スタンピードと違って、予兆や原因はありません。地震や竜巻と同じです。だから天災なんです」


 ならば発生の理由はある。しかし、それを知る術はない。
 ここは異世界……化け物と理不尽の巣窟だ。
 せっかく慣れてきたのに、また異世界が本気を出してきたか……。


 背後から雄叫びが聞こえる。その厚みは想像を絶する。
 アリシアが何かを言っているが、遠く離れた場所から轟く雄叫びにかき消された。


「どうするんですか!?」


 洞窟を抜けたところで、やっとアリシアの声が聞こえた。


「決まってるだろ。逃げるんだよ。町に知らせないと」
「早く私を置いて逃げてください」
「……はぁ?」
「このままでは、すぐに追いつかれます。私が時間を稼ぎます」
「ダメだ。話にならん」
「私にはとっておきのスキルがあるんです」
「だったら、今すぐ使え」
「ここで使うとご主人さまを巻き込んでしまいます。さぁ、早く降ろしてください」
「ふざけるな!! そんな与太話を信じるほど俺はお前を信用しちゃいない!!」


 アリシアの言う通りにすれば、俺は町にたどり着けるだろう。そしてアリシアは死ぬ。
 アリシアを助けるために頑張ってきたのに、ここで見捨てるのはありえない。


「信じてください!! このままじゃ全滅です!!」
「逃げ切れるかも……しれないだろうが……っ」


 今は走るだけで精一杯だ。息も切れ切れの中で、分からず屋を諭すような余裕はない。


――オオオオオォォォォッッッ!!


 背後から轟く雄叫びの質が変わった。まるで歓喜の声だ。
 あの訳の分からない裂け目をこじ開けて、無数の魔物たちが出てきてしまったのだろう……。


「ご主人さま!! 私は足手まといになりたくありません。ここで恩返しをさせてください!!」


 話にならない。だから返事はしない。
 俺は王都の腰抜けとは違う。仲間を見捨てることはしない。
 きっとふたりとも助かる方法があるはずだ……。


『……クロノくん。本当は分かっているんだろう?』


 分かってる。助かる方法はあるんだ。
 どうしようもなくやりたくないだけだ。
 ……なぁ、相棒。俺はどうすりゃいい?


『ボクはキミさ』


 洞窟の中……暗闇に大小様々な光が灯る。
 すべてが魔物の瞳だ。


 洞窟の中は狭く、渋滞が起きている。
 だから俺たちはまだ追いつかれていない。その猶予も残りわずかだ。

 群れは本来の速度と力を取り戻し、一瞬で俺たちを飲み込むだろう。
 生き残りたければ、魔物が洞窟から出る前に決断しなければならない。
 このまま一緒に死ぬか、積み上げたものをすべて捨て去るか。


『もう時間がない。決めるのは、キミなんだ!!』
「……くそっ。くそっ、くそぉぉぉっ!!」


 ナイトメアの言うことは分かっている。
 ただ、もう少し……受け入れるだけの時間が欲しかった。


「眷属よ……我が魂を喰らえ……っ」


 捧げるレベルは5。
 地形をうまく利用すれば、俺たちが町に戻るまでの時間を稼げるだろう。

 そして、何ヶ月もかけて貯めたMPはリセットされた。
 俺のエクスヒールがまた遠のいてしまった……。


『キミの判断は正しかった。と、ボクは思うよ』


 体から力が抜ける。ナイトメアの声が遠ざかる。
 背後に伸びた俺の影が膨張し、具現化していく……。


『ここはボクに任せて。キミの無念は必ず晴らすよ。さぁ、行ってクロノくん!!』
「任せた。また会おう」


 振り返ることもなく、ただ走り続ける。


「ご主人さま!! どうして私を捨てなかったんですかっ」
「……さぁな」
「世界には、使ってはいけないスキルがあるんです。ご主人さまが禁忌を犯してまで私を助ける価値なんて――」
「あれは禁忌じゃない。俺の力だ。ちょっとばかりデメリットが大きくてな……まっ、気にするな」


 落ち込む暇はない。相棒が洞窟内で群れを押し留めているうちに、町に着かなければ……。
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