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自由編

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 性癖をぶちまけて落ち込んでいた俺だったが、いつまでも床の染みを数えるわけにはいかない。ぶっちゃけ、死ぬほど恥ずかしいので、俺の女たちを連れて店の外に出た。


「いやぁ、恥ずかしいところを見せちゃったね。でもありがとう。おかげでやっていけそうだよ」


 俺の女たちは、いずれも一般人で、性的に言うなら素人である。おまけに常識を持っているので、他人の前で性行為をするなど、いくら俺の頼みでも承諾するはずがない。


 不可能を可能にしたのは、俺が冒険で腕を失い、冒険者の引退を考えており、新たな仕事を得るために協力して欲しいと卑怯なお願いをしたからである。さり気なく、失った片腕を見せながら。我ながら、ないものを上手く使ったものだ。


「ううん、ブサクロノのためだもん。店長さん、頑張ってね。きっと凄い店長さんになれるよ」

「ですです。冒険者より肌に合ってるかも知れませんよ!」

「……あれだけやったんだし、大丈夫でしょ」


 テレサちゃんの反応も及第点と言ったところか。腕を失った話には、テレサちゃんが絡む内容は伏せた。これだけは死んでも言わない。俺もテレサも、墓場まで持っていく。色んな意味で卑怯なおじさんを許しておくれ。


「ダメだったら族長になれるよ」

「やりましたねおじさん! はーれむですよ!」


 さらりとプロポーズしてくるティミちゃんである。本当に引退したら、それも悪くないかと思ってはいるが、やはりまだやり残したことがある。甘い誘惑に乗るわけにはいかないのだ。1日族長ならいいけど。


「困ったことがあったら、いつでも言ってね。あたしたちが力になるよ。テレサさんでもいいし、とにかく何でも相談してね。約束だよ?」

「俺の女たちは頼もしいなぁ。必要ならまた頼らせて貰うさ」


 まだ話したいことはあるが、目的の途中で抜け出した身。彼女たちも忙しい。手を降って小さな背中を見送った。


 さて、また娼館に戻らねばなるまい。めちゃくちゃ恥ずかしいし、入りたくないけど。ここで逃げたらただの変態になっちゃうからね、仕方ないね……。


「俺の女たちは、性行為を覚えて1年にも満たない。それは君たちも似たようなものだろう。同じ条件でありながら、凄まじい差があったな」

「アニキの言う通りで。間近で見てよく分かりやした。こいつらもよーく分かったと思うんで、今日の教えを参考に励ませていただきやす!」

「良い心がけだ。だが、自習は効率が悪い。俺が指導してやる。3ヶ月だ。3ヶ月、俺をこの店の店長として雇ってみないか? 売上を10倍にすると約束しよう!」

「10倍ィ!? それはいくらなんでも盛りすぎじゃ……?」

「まぁな。難しいと思うよ。でも、嬢たちのやる気があれば実現できる。店の売上が10倍になれば、嬢たちの給料も跳ね上がる……君たちの努力が、数字となって現れる!」

「俺としても願ったり叶ったりな話で! よっ、アニキ店長!!」


 店長のロックが認めた今この瞬間より、俺が新店長だ。やらなきゃいけないことは山ほどあるが、最初にすることは決まっている。


「俺が店長になったからには、経営にも口を出すし、嬢たちも従ってもらう」


 俺の流儀は、初対面の人と話をするとき、ケンカを売ることである。無関心な人を怒らせ、こちらを向かせる。次に実力を示す。それでやっとこちらを見てもらえる。とはいえ、それだけで良好な関係は築けない。


「女性は、強く賢く美しい。もちろん、君たちもだ!」

「いきなり何よ。先ほどとは大違いね」


 そう、実力を示して黙らせようと、ケンカを売られた記憶は消えない。内心では面白くない。このまま指導をしても素直に従ってくれないのだ。


「君たちは、負け犬だ。勝ち方を知らないから、負け犬の地位にある。俺が勝ち方を教えてやる。偉そうな男たちを黙らせるテクニック。自分の我を通す手段のひとつ。知りたいだろ?」

「……あなたの指導を受ければ、あの子たちのように出来るの?」

「ふむ、自信がないようだな。まずはその弱気……いや、負け犬根性を正さなきゃいけない。根が深い問題だが、原因は君たちじゃない。ロックにある」

「お、俺が原因で……?」


 動揺するロック。嬢たちも首を傾げる。彼女たちは言い訳こそすれど、具体的に個人名を出して人のせいにはしない。


「ロック、お前は行き場のないこの子たちに活躍の場を与えようとした。それは凄く尊いことだ。見た目に似合わず、優しいやつだと思うよ」

「よ、よしてくだせぇ。俺は……その……行き場がないのは俺も同じで。だから放っておけなかっただけでさぁ」

「そうか。どんな理由でも、行動は立派だ。しかし、そこで終わってしまった。助けたことにはならない。分かるか?」

「む、難しい話は俺には分からねぇ。どうすれば良いんで……?」


 何かが欠けている。どこか間違っている。でも、具体的なことが分からない。だからロックも嬢たちも、抜け出せないままなのだ。


「ま、待って。ロックは悪くないわ。わたくしたちが不甲斐ないせいなのでしょう!?」

「違う。悪いのはロックだ。上に立つ者が道を示してやれなかったから、君たちは動けずにいる。力を発揮できずにいる。まずロックの心を変える。お前たちは少し黙っていろ」


 ロックに近づき、目をじっと見つめる。大男の表情から読み取れるのは、怯え・不安だ。


「彼女たちは若い。可能性に満ちている。娼婦として、最も人気がある時期だ。最高の素材なんだ。それを輝かせてやれないロックが悪い」

「アニキの言う通りで。不甲斐ない話で。だから、俺の代わりに、アニキがこいつらを導いてやってくだせぇ! お願いします!!」

「媚びるな。俺は仮初の店長だ。お前が店長だ。彼女たちを守ってやれるのはお前しかいない。その手段を教えてやる」

「へい! 教えてくだせぇ! 何でもしやす!」


 良い返事だ。目に輝きが生まれた。これでやっと、始めの一歩を踏み出せる。


「新店長として命じる。これより、閉店詐欺は禁止する! これからは、店の名を育てていく!」

「店の名を、育てる……?」

「売れないからガワを変え、また挑戦する。生きる知恵を否定するつもりはない。店長のお前はそれでいい。自分の間違いを認められるのは美談となる。だが、お前は何も指導をしていない。彼女たちに丸投げだ。それはつまり、リニューアルの原因は彼女たち! 彼女たちが負け犬だとお前が言っていることになる!」

「!!」

「頼むから彼女たちに落ちこぼれのレッテルを貼ってくれるな。ブランドを貼ってやらなくちゃ。それが店長の努めなんじゃないか?」

「ぶ、ブランド……?」

「うちの店の嬢たちは、どこよりも優れている。店の看板が保証するぞと、自信を持って言えるようになれ。○○の店の○○という嬢が良い……客にそう言われるようになれってことだ」

「た、確かにそうだ。客たちの噂話じゃ、店の名前が先に出る! 名前を変えてちゃ、出来やしねぇ!!」

「そうだ。良い評判・悪い評判……続けていれば色々ある。それを背負う覚悟がお前にはなかった。だから覚悟を決めろ!」

「閉店詐欺は店じまいだ! 罵倒を受けるのも慣れてる。覚悟を決めやす!」


 良い返事だった。道を見つけた人の目には、光が宿る。これでしばらくは、ふたつ返事で俺の指示を聞いてくれることだろう。
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