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自由編

お兄ちゃんクロノ死す

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 森を抜けて馬車に揺られ、アルバに帰ってきた。俺がアラクネを倒すのは想定外だったらしく、ちょっとしたトラブルに見舞われたが、持ち前の屁理屈を発揮して解決した。


 めでたくないことに、俺が使った【ネガティブバースト】が禁忌スキルということが判明した。


 俺が森でブチキレていたのは、禁忌スキルの弊害らしい。使用するたびに精神が汚染される。俺のスキルの場合はとにかく短気になるらしい。


 一度使っただけなので、たぶん平気だろう。ただ、ギルド職員という立場にある俺が与える影響力は大きい。だから経過観察を兼ねて休暇が与えられることになった。期間は、未定である。



「休暇とか最高かぁ!? シコるぞシコるぞ!!」


 マイホームでくつろぐ生活が始まった。これまで録画していたエロ動画を見ながら、充実したオナニーライフを送っていたが、3日目にして飽きた。


「あ゛ぁ~、暇だなぁ」

『忙しいのに慣れちゃうと、休日が落ち着かなくなるね』

「誰にも会えないのが辛ぇわ」


 経過観察と言えば聞こえはいいが、実際は執行猶予に近い。些細なトラブルでも一発アウト。ギルド職員をクビになりそうな雰囲気がバリバリしている。


 俺にとってギルド職員は腰掛けだ。いつもならクビを恐れず好き勝手にする。しかし、テレサちゃんを冒険者にする話が裏で進行しているので、肝心の俺がクビになるわけにはいかなくなった。


 自分でも今の精神状態が良くないのは分かっている。だから知人には会いたくない。それとは別の話になるが、とくに小人族には会いたくない。


 今の俺は左腕がない。これをティミちゃんに知られたらどうなるだろうか。激怒するだろう。あの子は基本的に大人しいが、俺が関わるとバイオレンスになりがち。テレサちゃんの頬を赤く染めていいのは俺のセクハラだけだぜ。


「左腕、どうすっかなぁ。パイルバンカーでも付けるかぁ? ケバブ野郎が開発してねぇかなぁ」

『フック付けて大海原に飛び出せば?』

「船長より、『てーとく』って言われたいかな~」

「ていぞくで勘弁してあげるよ」

「ははは、こやつめハハハ」


 久々にナイトメアとじっくり話した。それはそれで楽しかったが、ナイトメアは俺という設定だ。自問自答ということになる。ため息と同時に、腹の虫が鳴った。


「そうだ! 外食しよう! それくらいならいいだろ!!」


 失った左腕を隠すために、長袖に手袋を付ける。中にはシャドーデーモンを入れて形を保つ。外見からでは隻腕のクロノとバレることはないはずだ。


 ちなみに、シャドーデーモンとは魂が繋がっているので、存在しないはずの腕は自分の手のように動く。物だって掴める。感触がないことを除けば、完璧だ。


「マジックシャドウハンドと名付けよう」


 普段は忙しくて決まった道を往復するだけだが、アルバという町は活気があるのだ。出店が立ち並び、眺めているだけでも楽しい。最初の喧嘩もここだったなぁ。


 俺のお眼鏡にかなう昼飯は、ハンバーガーに決めた。ジャンクフードの危険な誘惑にはおじさんもイチコロ。深く被ったフードのおかげで、とくに問題なく購入できた。


「ふふふ、美味そうだ。でもここじゃ食べれないな……」


 なるべく人混みを避けていくと、スラムに近い路地に行き着いた。何やら少し騒がしい気もするが、些細なことだ。丁寧に包まれた紙袋を開けて、今日のメインディッシュを拝むとしよう。


 ふわふわのパンズに、ジューシーなパテが2枚。レタスとトマトで色合いも完璧だ。甘辛いタレの香りが、とにかく食欲を誘う。もう少しこの黄金比率を眺めるのが通ってものだ。5秒くらいは眺めて……。


「ヒャァ! 我慢できねぇ! ゼロだ――」


 愛しいハンバーガーに齧り付こうとした次の瞬間、誰かがぶつかってきて、ハンバーガーが地面に落ちた。


「おっ、俺の……俺のはんばばばぁぁぁぁぁぁ!?」

『気持ちは分かる。でもちょっと落ち着こうか』


 ムリだ。殺す。邪魔者は殺す――。


「おいそこのおっさん! 危ないから下がってな!」


 ぶつかってきた男は、口元を拭いながら、壁伝いに立ち上がる。睨みつけた先には、知らない男がいた。どうやら俺は、喧嘩に巻き込まれてしまったらしい。喧嘩両成敗という言葉がある。ふたりとも殺してもいいんだ。


「お前ら殺す……うん? お前、どっかで見たことあるな」


 日焼けした肌に、どっしりした大男。身なりは小汚く、スラムの住人となると……昔、ミラちゃんに絡んできたチンピラのボスだった。


「名前は……チンピーラだったっけ?」

「ロックだ! って、アニキじゃねぇか!」

「誰がアニキだ殺すぞ。どちらかというとお兄ちゃんと呼ばれたい派だ」

「お、お兄ちゃん(裏声)!」

「絶対殺す。八つ裂きにする」

「まままま、待ってくだせぇ! 今は取り込んでて――」


 ロックを見下ろしていた男が、刃物を取り出した。俺とロックを交互に見ている。まさかお仲間だと思われたのか。酷い勘違いだ殺す。


 ナイフ男が突進してきた。ここは路地裏だ。ひと目に付くことはない。おまけに日が差さない。つまりは俺の領域だ。


「カオスバインド」


 シャドーデーモンが刃物男を無力化する。しかし危ないやつだ。このまま腕をねじ切ったほうがいいだろう。


「なななな、何だ何だ!?」


 ロックの驚いた声で俺は正気に戻った。カオスバインドを解くと、ナイフ男が逃げ出そうとした。しかし、その場から動けずに居る。まるで足が地面とひとつになったように、どれだけ足掻こうと、その足が離れることはない。


「俺から逃げられると思うなよ」


【運命の糸】……誰も死から逃れられない。自分より弱い敵の逃走率を下げる。


「お前、武器を出したな。俺を刺そうとしたな。許さん」


「何がどうなってやがるんだ!? これもアニキのスキルっすか!?」


 後頭部を掴み、トドメを差そうとした瞬間、ロックのバカでかい声でまた正気に戻った。


 何も殺すことはない。ドロップキップをお見舞いして、動けるデブをアピール。最高に決まったのに、ロックはそっちには無反応だった。殺すか。いや待て。落ち着くんだ。


「おい、このおっかない野郎は何だ?」

「アニキの方がおっかねぇけど……こいつは王都からやってきたチンピラで、俺の命を狙っていた……んです」

「何で敬語?」

「そりゃあ、アニキっすから」

「だからアニキじゃないと言ってるだろ殺すぞ。あまり俺を怒らせるな殺すぞ」

「すいやせん!」

「人に言えないことばかりしてるから、こんなことになるんだ。さっさと足を洗え。次は刺されるぞ」

「誤解ですって。俺たちは町の平和に貢献してるんすよ!」


 うーん、こんなキャラだったっけ? 初対面のときは、貫禄のあるやつだったのに。今じゃ下っ端みたいなキャラだ。


「嘘つき。チンピラ同士の抗争のどこが平和活動だよ。迷惑してんだよ殺すぞ」

「だから誤解ですって。この間、王都から人が消えかけたじゃないっすか。それで王都で幅を利かせてる連中が、保険で活動範囲を広げようとしてるらしくて。町を歩いていたら、いきなりガツン、ときたもんだ。元に戻ったのに迷惑な話で……」


 あぁ、王都から冒険者が消えかけたあの騒動か。無事に収束に向かっているようだ。殺すのは勘弁してやろう。


「おい、今すぐハンバーガー買ってこい」

「は? ハンバーガー?」

「お前のせいで俺のハンバーガーが落ちちまったんだよ。今すぐダッシュで買ってこい。5分以内な。遅れたらお前もハンバーガーにしてやる」

「行ってきます!!」



 パシリのボスが持ってきたハンバーガーをむしゃむしゃしながら、むしゃむしゃしている。やはり美味い。腹が満たされると、苛立ちが薄らいだ。今後は空腹を避けよう。


「アニキ! 改めてお礼を言わせてくだせぇ! アニキが居なかったら、俺……きっと死んでやした! アニキは命の恩人です!!」

「あっそ。生きてて良かったね。それじゃ、ばいばい」

「待ってくだせぇ! 受けた恩義は返さなきゃ俺の気が済まねぇ!」

「とか言って、怪しげな壺を買わせるつもりか」

「壺……? アニキは骨董品が好きなんで?」

「そんなわけあるか殺すぞ。美少女大好き人間だよ」

「それなら、ぜひお礼をさせてくだせぇ! 俺たち、娼館を経営してまして。アニキを1日店長にしやすから!」

「何で俺が経営を手伝わなきゃいけないんだよ殺すぞ」

「いやいや、違いますって。うちの店の女、誰でも好きに抱きまくってくだせぇ! それが店長の特権ってわけです」


 ふむ、娼館か。入る前から出禁になってるから、玄人童貞なんだよな。顔見知りとはしばらく会えないし、せっかくのお礼を無碍に扱うのは悪いな。


「うーん、どうしてもって言うならいいぞ」

「決まりだ! ささっ、行きやしょう!」

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