ブサイクは祝福に含まれますか? ~テイマーの神様に魔法使いにしてもらった代償~

さむお

文字の大きさ
上 下
187 / 230
絆編

手招き

しおりを挟む
 地面に落ちた腕は、俺の腕にそっくりだ。でもシャドーデーモンは斬撃耐性があるし、ごく自然に落ちてきた糸の力では切れるはずがない。


 左腕の肘から先がなくなっているのに、これが現実だと受け入れることが出来なかった。


「斬れるはずが……ぐおぉっ!」


 感覚のなかった腕が激痛に襲われる。脳が怪我を認識し、いきなり痛みがやってきた。そこでようやく、俺の腕が切り落とされたと理解した。


 テレサが何か言っている。痛みのせいでよく分からない。


「ふー、ふーっ、【ヒール】」


 吹き出ていた血が止まり、痛みも和らいだ。それでも鈍い痛みは続いている。気を抜いた代償がこんなにも高く付くとは思わなかった。


「あんたの腕がっ! どこっ、どこに行ったのよ!? あんたハイヒール使えるでしょ!? 今ならくっつけられるからっ!!」


 騒がしい。心配してくれるのはありがたいが、今は頭に響く。それに、腕なら足元に落ちて――。


「どこにもないのよ!」

「腕が、ない……?」


 俺はごく自然に腕が落ちる様子をこの目で見ている。いくら霜降りの腕とはいえ、跳ね回ってどこかに消えるなどありえない。花粉に埋まるほど重くもないはずだが……。


 地面を見渡しても、ない。どこにもない。俺の腕はどこに……待て! 蜘蛛はどうなった!?


 今は消えた腕の心配より、敵の動きを知るべきだ。顔を上げたとき、俺の腕を見つけた。


 俺の腕は、アラクネの近くにあった。宙に浮いている。ゆっくりと、怪しく、手招きをしている。おいでおいでと、手招きをしている……。


「このクソ野郎っ」


 アラクネが糸で操っている。安い挑発だ。見え透いた罠だ。実に腹立たしい。そんなものに釣られる俺ではない。


「それを返せぇぇぇぇぇっ!!」


 鬼の形相で飛びかかろうとしたテレサを止める。懐かしのカオスバインドが効いて良かった。


「離して! あんたの腕を取り返さないとっ!!」

「落ち着け。どう見ても罠だろ。たかが腕1本で、2人の命と釣り合うものかよ」

「でもっ、でもぉっ!!」

「……生まれ変わるんだろ? 俺の知るテレサちゃんは、怒りに身を任せない。辛抱強さを持っている。だから、信じて拘束は解く」


 ずるい言い方で、テレサは落ち着きを取り戻した。しかし手招きを続ける腕が気になるらしく、ちらちらと様子を伺っている……。


 その反応は良い。無関心では蜘蛛が行動を変えるかもしれない。もう少し、そうしてくれているとありがたいね。


 さて、どうするか? 敗戦濃厚だ。いや、ほぼほぼ決まったな。俺たちに勝ち目はない。いつもの弱気ではなく、悲しいかな根拠がある。


 テレサにカオスバインドが効いた。想定以上のシャドーデーモンが残っているということだ。それは、俺も同じ条件だ。


 斬撃に強いシャドーデーモンが、あっさりと切られた。あれがアラクネの本来の力であり、防ぐ手立てがない。敵を油断させ、消耗させ、時間を稼ぎ、活路を見出す。俺の戦法は攻撃を耐えてこそ通じるものなのだ。


 敗北を受け入れよう。だが生憎と、おとなしく殺されるつもりはない。最後まで足掻くさ……。


 目を閉じて集中しよう。今の俺に勝ち目がないのなら、勝てる手段を見つけるしかない。新しくスキルを習得して、俺も生まれ変わればいい。


 しかし、浮かんだスキルはひとつだけ。【ネガティブバースト】……嫌な予感がして、見て見ぬ振りをし続けたスキルだけ。


 こいつは最悪だ。俺はお貴族様と約束した。なるべくスノーウッドの森の被害を抑え、犠牲者の装備も返還する、と。


 ネガティブバーストは、超広範囲・超高火力の攻撃スキル。周囲一体を灰燼に帰すものだ。使えば約束を違えることになる。しかし、使わなければ死ぬのみか……。


「……背に腹は代えられない」


 腕を伸ばし、文字を握りつぶす。砕けた粒子が体に流れ込んでくる。身震いするほどの寒気と同時に押し寄せる高揚感……破滅を予感させる危険な感覚だった。


 【ネガティブバースト】……使用者のMPをすべて消費する。消費したMPに応じて威力が増す。使用者の精神を汚染する。


「精神を汚染する……? どういう意味だ……?」


 見慣れた言葉と、習得したことで現れた見慣れない言葉。精神を汚染するとは、穏やかじゃない。想像している以上に、ろくでもないスキルらしい。


 腕の痛みが、死を告げてくる。リスクを承知で、使うしかないな……。


「……テレサ。おい、テレサ!」

「はっ、えっ? どうしたの!?」


 手招きする腕に夢中だったテレサが、ようやくこちらを向いた。


「このままじゃ俺たちは殺される。だから、究極奥義を使う」

「最初に使ってよ!」

「せっかちだなぁ。条件があるんだよ。なにせ、癖が強い。超広範囲で、高火力なんだ。使えばお前を巻き込むことになる」

「あたしのことはいい。あんたには生きて欲しい。さぁ、早く!」

「ばかたれ。最後まで聞け……俺が合図をしたら、目をつぶれ。使える条件を揃えるために必要だ」

「分かったわ。協力する。何でもする」

「良い子だ。いくぞ……【フラッシュ】【ナイトスワンプ】」


 まばゆい光が森を駆け抜ける。アラクネは糸にかからない獲物は目視で確認する。つまりは目に頼っているから、一度きりの目くらましが通じる。ナイトスワンプは、おまけだ。


「さぁて、暴れろ。シャドーデーモン!!」


 糸に捕まったシャドーデーモンは死んでいない。どこかに隠されたか、集められている。そいつらに命令を出した。


 アラクネは今、目くらましにより何も見えない。無防備な状態だと錯覚する。やつは悪く言えば臆病な性格だ。混乱と不安のなか、何を思い、行動するか……。


 まずは神経を研ぎ澄ませるだろう。次に、この危険な状態にどう対処するか具体的に考えるはずだ。


 俺たちを捕獲しようにも効果が薄いと知っている。しかし、何をしてくるにせよ糸を伸ばせば妨害が出来る。平時なら、この方法が手堅い。


 しかし、非常事態に加えて、新たな脅威が生まれた。無力化したはずのシャドーデーモンが、一斉に暴れ始めたのだ。


 研ぎ澄まされた神経が感じ取る、糸から伝わる獲物の怒り。それは目隠しされて揺らぐ精神状態のなかでは、脅威と感じてしまう。とても邪魔で、とても恐ろしい。だから、邪魔者を殺す。集中するために殺すのだ。


 シャドーデーモンの歓声が聞こえる。感謝の言葉とともに死んでいく。いずれも圧死らしい。貴重な情報とともに、減っていた俺の最大MPが戻っていく。


 アラクネが見えずとも糸を操れるように、俺も訓練している。目を閉じたままでも、腰にかけたマジックポーチを開けて、愛の中級マナポーションを飲めるのだ。


 今思えば、アラクネは執拗に俺たちを宙吊りにした。あれはアイテムを奪うことが目的だったのだろう。マジックバックが空いていれば、逆さにするだけですべて奪えるからな。


「ごくっ……よし、補給完了だ」


 光の目潰しがなければ、補給は出来なかった。頭痛が引いた俺は、力強く頷いた。


 いつもならこれが仕切り直しの合図だが、今回は違う。一気に畳み掛ける!


「テレサ、今からお前を強化する」


 ありったけのバフをテレサにかけた。マンティコア戦でライオネルに使ったから、効果のほどはよく分かる。ちょっとした英雄様の誕生だ。


「今なら何でもやれそうな気がする。この力で腕を取り返せばいいのね!? あいつの反応より早く動けば――」

「ストップ。今からお前には、飛んでもらう」

「えっ……? 上って、あれのこと?」


 テレサが上を見上げ、指を指す。白い木々の隙間から覗く、広大な青空だ。


「あんたのバフって、羽まで生えるわけ?」

「まさか。それは風のスキルだ。俺は闇と光の魔術師だぞ」

「ま、まさか……」

「そのまさかだ。てっぺん目指して、垂直跳びだ」

しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...