ブサイクは祝福に含まれますか? ~テイマーの神様に魔法使いにしてもらった代償~

さむお

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絆編

司法取引

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 突然やってきたお貴族様は、なんと俺をご指名だ。Cランク冒険者になると、指名依頼の制度がある。もちろん拒否権もあるぞ。


「私は、ソフィア・スノーウッド。男爵の地位にあり、アルバに比べれば片田舎の領主を務めているの。私のお話を聞いていただけますね?」


 わぁ、釘を差してきたぞぉ。初対面で抱きつくなんてセクハラしたから、内心はよほどお怒りなのだろう。聞く聞く。受けるとは言ってねーけどな!


「……うん? スノーウッド? あの高級木材のスノーウッドか?」

「ご存知なのね。その通りよ。スノーウッドは私の領地の特産品。夏に雪のような花粉が降り注ぐ光景がとても美しくて、お忍びで訪れる貴族も多いのよ」

「あぁ、知ってる。マイホームの柵をスノーウッドで作ったからな」

「柵ですって!? こ、高級品なのよ? あなた、騙されているんじゃ……」


 スノーウッドは確かに高いが、原材料なら当時の俺でも手に入った。どちらかと言うと、加工費……職人への技術料により何倍もするだけだ。そこでやっと最高級の家具になるわけだ。


「それで、スノーウッドで有名な男爵様が俺に何の用だ?」

「……スノーウッドの森に居る魔物を特定して欲しいの」


 スノーウッドが特産品となれば、人の手によって植林されたスノーウッドの森がある。どうやら、そこで問題が起きたらしい。


 まず、専属契約をしていた木こりが消息を絶った。同業者が彼を探しに行ったが、戻ってくることはなかった。スノーウッドの森に入った人は、そのまま行方不明となった。


 これまでも何度か魔物に居着かれた経験があるらしく、男爵直轄の騎士団を派遣した。およそ300を超える頼もしい騎士団だった。しかし、誰一人として戻らなかった。


「なるほど。おい、ハゲ……どう思う?」

「……被害が大きすぎる。王都ギルドの管轄だ」

「ハゲの言う通りだ。頼るところを間違えてる。こちらから王都に依頼を出しておこうか?」

「既に断られたわ。Cランクの探索に特化したパーティーを三度も派遣して貰って、それっきり。森に入ったが最後、誰も戻らない。人だけじゃないわ。獣も鳥も……虫さえもね」


 どう考えても異常だ。分かってるだけで300名を超える行方不明者だぞ。しかも武装していたとなると、場所が違えば町ひとつを壊滅させるほどの化け物だ。こんなのCランクの手に負える依頼じゃない……。


「この規模で断られるなんてありえねぇ。本当に王都ギルドに依頼を出したのか?」

「Bランク冒険者の要請も出したわ。でも、王都ギルドから断られてしまったの。優秀なBランク冒険者が不幸な事故により死亡してしまって、派遣の基準を見直すことになったらしいの」

「ファウスト……っ」


 友の名誉は守った。問題は終わったと思っていたが、ここまで尾を引いていたか。それにしても、なんと間の悪い。


「王都ギルドが言うには、その魔物を特定すれば、最適のBランク冒険者を派遣すると言っているの。けれどスノーウッドの森は、帰らずの森と噂になっていて、もう引き受けてくれる冒険者が居ないのよ……」


 そして途方に暮れていたとき、猫耳の獣人から俺の噂を聞いたらしい。キャリィのやつ、余計なことしてくれたもんだ。


「お願いします。もうあなたしか頼れる冒険者は居ないの!」


 泣きつかれても困る。泣きたいのはこっちだ。でも、泣き言よりも先に聞きたいことがあった。


「……異変に気づいたのは、いつ頃だ?」

「秋の終わり頃ね。それからというもの、行方不明者は増えるばかりで――」

「秋の終わりだと? どこまで間が悪い女なんだ。もっと早く動いていれば……もう少し……早かったら……っ」

「その通りね。私がもっと早く動いていれば、被害は抑えられたわ……」


 そんなことはどうだっていいんだ。ファウストにパーティーを組もうと誘われたとき、俺はやり残したことがあるから断った。もし、この女がもっと早く動いていれば、ファウストが死ぬ未来は回避できたかもしれない。


 起きてしまったことは仕方ない。そう思うしかないんだ。やり残したことをここで終わらせる……。


「その依頼、引き受けてもいい。俺の出す条件を飲んでくれるならな」

「危機的な状況でも、安請け合いはできないわ。今度は、そちらが話す番ね」

「懸命だ。すぐ終わる話さ……入ってこい、テレサ」


 扉が開くと、テレサちゃんが立っていた。近頃は見慣れたウェイトレスの衣装を身に着けて。額には薄っすらと汗が滲んでいることから、ギリギリ間に合ったようだ。


「何の用? あたし、見ての通り忙しいんだけど……」

「すぐ終わる。こちらの男爵様と俺が話をするから、聞いていなさい」


 少し迷っていたようだが、小さく頷くと部屋の壁に移動した。よろしい、素直で良い子だ。


「そちらの女性は? 部外者ならお引取り願いたいのだけど?」

「紹介しよう。夜鷹の元筆頭・アインだ」

「夜鷹!? お嬢様、お下がりください!」


 身構える貴族連中は放っておいて、ギルド組みを横目で見る。ふたりとも頭を押さえている。悪いな、少し迷惑をかけます。


「落ち着いてくれ。元アインだ。今はテレサという名前だ。暗殺業からは足を洗ったから、ただの可愛い女の子だよ」

「信じられるものか! この爺の目が黒いうちは、お嬢様に指一本触れさせんぞ!!」


 いや、さっき抱きついたけどな。言ったらキレそうだから黙っておこう。せっかちな爺は放っておいて、お貴族様に視線を送る。


「俺から出す条件はひとつ。司法取引だ。テレサちゃんをスノーウッド男爵家の庇護下に置いて欲しい。法の番人の手が迫ったとき、守って欲しいんだよ」

「あなた、本気なの? 暗殺者を庇うだなんて。しかも夜鷹のアインなんて……その辺のごろつきとは訳が違うのよ!?」

「だから男爵様に頼むんじゃないか。ギルド職員という地位では、守りきれないものから、男爵という地位を使って守って欲しい」

「理解できないわ。自分の地位や名誉・命をかけてまで守る価値があるの?」

「俺にはある。冗談でこんな話はできない。テレサちゃんはもうアインじゃない。生まれ変わったんだ。俺が保証する」


 さぁ、これで引けなくなった。俺のやり残したこと……ここで押し通す。


「無理よ。夜鷹のアインの後ろ盾になったことが知られたら、男爵位の剥奪だけじゃ済まないわ。今の会話は聞かなかったことにしてあげるから、私の依頼を受けなさい」

「……あんた、ひとつ勘違いをしているな。俺が弱みを見せたから、自分が交渉権を握ったと思ってるんだろ? 逆だよ。交渉権は、俺が握ってる。ご聡明なお貴族様なら、分かるんじゃないか?」


 この女の領地の経済は、スノーウッドで回ってる。依存している。それが手に入らなくなった。地位とは金だ。今年は乗り切れても、来年は分からない。先に待つのは没落……だから、鼻で笑うような噂にすがりついてきたのだ。


「見くびられたものね。確かに、領地の状況は厳しいわ。けれど、貴族には横のつながりもある。あなたの危険な要求を飲むほど追い込まれてはいないわ」

「スノーウッドは良い木材だ。貴族から好まれる理由も分かるよ。でもさ、どうせなら丸ごと欲しいと思うんじゃないか? あんたが没落するのを待ってから、ご自慢の私兵に討伐させりゃいい……そういうやつが、多いんじゃないか?」


 女は味方が居ると言う。だから俺は敵の目線で語る。片田舎の金になる木を手に入れるチャンス。それを見過ごすやつは貴族たり得ない。


 俺だけが、この女の依頼を受け、達成する可能性がある。だから俺が交渉権を握っている。これが事実だ。


「交渉には応じないわ。死にたくなければ依頼を受けなさい」

「バカかお前。帰らずの森に入るってことは、死ぬと同義だ。脅しにもならない」

「本気で彼女と一緒に処刑されるつもり?」

「それも間違いだ。あんたが飲まないなら、俺はテレサちゃんと一緒に逃げるよ」

「逃げられるわけがないでしょう? 世界中から指名手配されるのよ?」

「不滅の通り名の意味、試してみるか? 没落したあんたが日銭を稼ぎながら、俺たちが捕まる噂を聞けるといいな?」


 互いに沈黙し、にらみ合う。ここは譲らない。自分の命を賭ける場だ。だが、バカ正直に賭けても効果は薄い。次の手で決まるといいが。


「あんたも頑固だな。よーく考えてくれ。俺とあんたは運命共同体なんだよ。一緒に望みを叶えるか、坂から転がり落ちるか。さぁ、選んでくれ」


 沼で溺れ、藁にもすがる思いで助けを求めたら、別の沼に引きずり込まれた。この女はそう考えているだろう。


「まるで悪魔ね……っ」

「心外だな。悪魔ってやつは、天使の笑顔で近づいてくるもんだ。俺は優しいぞ。メリット・デメリットを包み隠さず説明して、選択する自由を与えている」

「どうしてもその願いなの? 莫大な報酬を支払うつもりよ?」

「俺は金では動かん。願いは、ひとつだ」

「くっ、暗殺者に加担するわけには……っ」


 苦悩の末に、口の端から漏れた心。随分と迷っているらしい。没落から逃れるためには、俺の要求を飲むしか方法はない。分かっているのだ。大きすぎるメリットとデメリットに尻込みしている……さて、背中を押してやろう。


「そう邪険にしないでくれ。依頼の達成には、テレサちゃんの力が必要不可欠なんだ」

「どういうこと? これは探索依頼よ。討伐の必要はないわ。暗殺者の力なんて――」

「一面を見すぎている。テレサちゃんは、凄腕のレンジャーだ」

「あなたをサポートするレンジャーなら、こちらで用意できます」

「信用できない。王都の連中は腰抜けばかりで、仲間を見捨てて逃げる。つまり俺とテレサちゃんであんたの依頼を引き受け、遂行する。成功報酬は先も話した通りだ」


 女はもう俺を見ていない。ここまでくると自分との押し問答になる。爪を噛みながら凄い顔をしているな。最後にもうひと押しするか。


「あんた、実は金に余裕がないんじゃないか? 冒険者への依頼料は成功報酬が基本だが、あんたは急いでいた。前金を払ってでも有名所に頼んだはず。失敗のたびに前金は吊り上がっていく。いくら溝に捨てた? 何度捨てれば理解するんだ? 上手くいったとして、成功報酬はいくらになるんだろうな?」


 睨まれちゃった。おぉ、怖い怖い。おじさんねぇ、人の弱みにつけ込むの好きなんだ。見えてる弱点を突かないやつは、ただの間抜けだ。


「俺の願いはひとつだ。成功報酬は必要ないし、スノーウッドの森への被害を最小限にすると約束しよう。敷地内にある資産を見つけたら、すべてあんたに返そう。例えば、騎士団長の見事な装備一式とかな」


 この女の被害は甚大だ。財産のスノーウッドを金に替えられず、騎士団は全滅。人的被害はもちろんのこと、彼らの装備だって馬鹿にならない。


「失った命は戻らない。けれど、失った物、すべてを与えてやる。これ以上の譲歩はない。さぁ、選べ!」


 これだけの特典を付けたにも関わらず、女は沈黙を貫いていた。頑固と言うべきか、正義に殉じるつもりか。良くない雰囲気だ。


 テレサちゃんと一緒に逃げる準備をしておこう。そう思った矢先に、ギルド長が口を開いた。


「失礼、何を悩む必要があるのですか? これほどの好条件は、他にないと思われますが?」

「あなたも加担してたってわけね。他に方法がないのは分かってるわ。けれど私は、暗殺者に手を貸すような真似は出来ません……」

「はぁ、ブサクロノくんの嘘ですよ。彼は少し、お茶目なところがあります」

「嘘ですって!? そ、そんなはずがないでしょう! こんな嘘を付くメリットがな――」

「彼は常識を知りながら、非常識を武器とする。依頼を受けたくないから、嘘を付いたのですよ。貴族と知りながら、初対面のソフィア様に抱きついたように。心配になったでしょう? 見限って他の冒険者を探そうとしたのでは?」

「た、確かに常識に欠けているけれど……もし本当の話だったら、責任を取れませんっ」

「ブサクロノくんが彼女をアインと思い込んでいるだけで、証拠はない。私には、普通の女の子にしか見えません。ソフィア様にも、そう見えるはずでは?」


 なるほど。男爵が正義との葛藤により断るのなら、抜け道を提示してやればいい。俺が最も好む、落とし所というやつだ。


 俺は貴族ってやつは金にがめつくて、人のことをなんとも思わないクズだと先入観を持っていたので、この程度の小賢しさは備えていると思っていた。


 お互いに、まだまだ若かったということだ。さて、良い返事を聞けるといいが……。


「……あぁ、そうね。ブサクロノさん、成功報酬としてあなたの願い、叶えましょう」


 交渉が成立した俺たちは、がっちりと握手をする。合法的なお触りはこの辺にして、地獄に行く準備をしますかねぇ……。
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