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絆編
余波
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「……何だこりゃあ」
もう来ることはないと思っていた王都ギルドに単身乗り込んで、最初に出たのがその言葉だった。
バカみたいに巨大な建物に、蹴飛ばしたいほど冒険者で溢れかえっていた王都ギルドには、冒険者の姿がない。誰も居ない。ひとりもだ。
今日は休みなのか? それとも、準備中なのか? 入る建物を間違えた可能性だってある。けれど、駆け寄ってくる受付の制服を見る限り、ここは間違いなく王都ギルドだ。
「ややっ!? ゴブリンのような顔……おほん、特徴的な顔立ち! 太った……失礼、タンクのようなどっしりとした体格! もしやあなたはブサイクロノ様ででは!?」
「何で二度も訂正すんだよ。ぶっ飛ばすぞ。そうだよ、俺がクロノ――」
「や、やった! 奇跡だ! ようこそ王都ギルドへ! 歓迎いたします! ささっ、こちらにお座りください。上が来るまで、我々がささやかながらおもてなしをさせていただきます!」
どこからともなく取り出した紙吹雪を散らしながら、背中に手を添えられて席に座るよう促される。何これ。高い壺を買わされそう。
「ブサイクロノ様が来て下さったんだぞ! 早くもてなしの用意をしろ!!」
「いや、お構いなく。俺は――」
「きゃ、キャー! ブサクロノ様ぁ!! すぐにお酒をご用意しまぁーす!」
意味が分からないが、何か勘違いしてるのは確かだろう。断ってもいいが、俺はこいつらが嫌いなので、最後にバッサリやっちゃお☆ミ。
受付の向こうから、同じ制服を来たやつらがぞろぞろとやってきて、酒や飯を運んでくる。えっ、まじで宴とかしちゃうの……?
前言撤回だ。俺は忙しい。この場を取り仕切っている男を問いただして、くだらん茶番を終わらせることにした。
「おい、お前……これは何の真似だ? 俺に毒は効かないぞ」
「毒だなんて滅相もない! 我々はただ、これからともに働く仲間として、ブサイクロノ様を歓迎する宴を開いているだけですよ」
「あー、そういうことか。それね、断った。俺はお前らの上司でも仲間でもない。ぶっちゃけ王都ギルドの連中が大嫌いだ」
「……へっ? それならどうして王都ギルドに……?」
「俺はファウストの件を許しちゃいない。文句のひとつでも言ってやろうと思って乗り込んできたクソ野郎だ。まぁそれはいい。この閑古鳥はどういうことだ? 俺の貸し切りってわけじゃないだろ?」
「この惨状は……ファウスト様の事故の余波と言いますか……」
ファウストの死の波紋が、王都ギルドの冒険者に広がっている。そう言われたときは意味が分からなかった。乗り出したい気持ちを堪えて話を聞いていくと、ようやく現状を理解した。
ファウストは紛れもない実力者だ。腕利きの冒険者が集う王都ギルドでも、憧れの存在だ。そんなファウストが死ねば、それ以下の者たちが生き残れる道理はない。あの森で見た、ルークたちのように、身の程を知り、心が折れた。
冒険者活動を休止し、今後の身の振り方を考えるものが増えたらしい。今ではほとんどの依頼が受注されることなく溜まっているそうだ。それがこの閑古鳥の正体か。
「王都ギルドは、アルバを除く国内の依頼を一手に担っています。このままでは最前線で戦って下さっている方々も限界を迎えるでしょう……」
「ちゃんと戦っているやつらがいるのか。腰抜けばかりじゃないんだな」
「……ほとんどの方が、王都ギルド職員です。どれだけ強くても、身はひとつ。引退した方々にも声をかけていますが、到底足りません」
「だろうな。俺には関係ないけどな」
「これは噂ですが、アルバのギルド職員にも命令が下るそうです。ベルティーナ様や、ハーゲル様を呼び戻すそうで……もちろん、ブサイクロノ様もです」
「はぁ? お前らの不始末を、俺たちにさせるのか? お偉いさんに泣き縋って? プライドって言葉、知ってるか?」
「我々はギルドの受付係。魔物の知識はあれど、戦う力はございません。ひとつ言えるのは、それだけ切迫した状況のようです。この騒ぎが収まるまで、アルバギルドを休止させるとかで……」
「ちょちょちょ、ちょっと待て!? アルバギルドを閉じるだと!?」
「内密な話ですよ。けれどこのままでは、すぐにもそうなるかと。アルバ職員を引き入れて、伸びしろのある冒険者たちも戦力として計算するとか……」
伸びしろのある冒険者……アルバの冒険者だ。聞こえはいいが、現実はまだ未熟で、戦力として計算するべきじゃない。これじゃ学徒動員と変わらない。
「どれだけ悪手か、分からないわけじゃないよな?」
「もちろんです。しかし他に方法がないのです」
「……そうだな。戦わないお前らには誰が死のうと関係ないか。この人殺しが。ファウストに飽き足らず、どれだけの冒険者を殺すつもりだ」
「返す言葉もございません。あなたの胸の内が楽になるかは知りませんが、我々は解雇されます。あなたを王都ギルドに招き入れる。それが契約を更新する条件として提示されておりましたので」
「俺を引き抜いて、ファウストの件を誤魔化すつもりだったのか。バカにするんじゃない。英雄の首をすげ替えるなんざ、ムリな話だ。お前らは冒険者を人として見てないのか」
「長く続けていると、嫌でも思い知る。入れ込んではいけません。親しくなったとしても、次の日には突然、居なくなることもある。心をすり減らした受付係を何人も見てきました」
「冒険者たちは命がけで戦っている。相手には力を求めて、自分は何もしない。楽しようとした結果がこの有様だ。あんたらなりに冒険者の引き止めもしただろうが、取り付く島もなかったろ? 他人なんだよ。お互いに」
「おっしゃる通りです……」
あまり正論は言いたくない。だって逃げ道を塞ぐと逆ギレされるから。だが、こいつらはクビになって当然だ。日頃から親身に接していれば、この閑古鳥はなかったのだから。
――先輩、パーティー帽子ありましたよ……あれ? みんな暗くないですか?
「……あぁ、ありがとう。とりあえず……被ろうか。楽しくなるかもしれないからね……」
三角に尖った帽子のてっぺんには、ギンギラと光る謎の飾りがある。それを被って手を組んで俯く姿は、アスキーアートで見たことあるなぁ。
とにかく歓迎会は終わり。お別れ会を楽しんで。グッバイ王都ギルド。
「……さて、事の真偽を確かめにいくか」
俺はあいつらの話を信じてない。ちょっと命令に背けば降格だと脅すような連中なのだ。打ち合わせをしておけばあの光景は簡単に作り出せる。
仮にこの騒動が事実だとしても、やはり状況を把握しておかねば対応が遅れてしまう。別に、王都の可愛子ちゃんたちとキャッキャウフフするお店に、入る前から出禁にされたから真面目に行動するわけじゃない。ちくしょう。
「ケッ、二度と来ねーよ。潰れちまえ」
捨てセリフを吐いて向かったのは、大通りを進んで少し外れた区画。冒険者たちに必要なお店が立ち並んでいるそうだ。
「うーん、本当にここか? 嘘じゃないよな……?」
道は広いし、物騒な輩も居ない。というか、人がほとんど居ない。閉じてるお店もあるから、揃って定休日なのかもしれない。
ようやく開いている店を見つけて入ると、むっとした匂いが鼻を刺す。魔物の剥製や革などがぶら下がっていることから、素材屋だと思われる。
「ひぃっ、生きた魔物は専門外だっ」
店のカウンターで頬杖を付いていたおっさんと目が合うと、崩れ落ちて腰を抜かしている。アルバじゃ良くも悪くも有名になってしまったので、逆に新鮮だな。
「安心しろ。人間だ。アルバから来た。ところで店長、景気はどうよ?」
「驚かせやがって。慰謝料代わりに何か買っていけ。ここにあるもの全部、値札の半額だ」
「閉店詐欺でもするのか?」
「そのまんまだ。閉店するんだよ。冒険者たちが一斉に活動を止めちまった。半額でも売れ残りばっかりよ」
「ふーん、こうも愛想が悪くっちゃしょうがないよな」
「うちだけじゃねーよ。武器屋も防具屋も、雑貨屋だって似たようなもんだ。店を開いていても赤字になるし、さっさと売り払って畳むんだよ」
おや、まじっぽいぞ……? 本当に冒険者が消えてるのか……?
「どうしてこうなったんだ? ファウストの死の影響なのか?」
「そうだよ。全部そいつのせいさ。その名にはもううんざりだ」
「あまり悪く言わないでくれると助かる。友達なんだ」
「……そうかい。悪かったな。無神経に八つ当たりをしちまったよ」
「詳しく聞かせてくれないか? 少しならお礼もするつもりだ」
「別にいいさ。単純な話だ。お強い冒険者様が死んで、他の冒険者がブルっちまったんだよ」
「だからって店を畳むのか? この……国じゃ、冒険者は欠かせない。いずれまた活気が戻ると思わないか?」
「そりゃそうだが、俺の見立てじゃ3ヶ月はかかる。デカい商会ならともかく、個人店じゃ人が戻るまで待てねぇ。今月はいい。来月には、家賃を払えなくなる。大通りから少し外れちゃいるが、アルバのあんたにとっちゃ、目の玉が飛び出るほど高いんだ」
「3ヶ月か。根拠があるんだな?」
「平和なアルバじゃ知らねぇが、王都の冒険者は過酷だ。無事に帰ってきたところで、五体満足とは限らねぇ。そうなりゃ引退だ。身の振り方を考えるための金を持ってるんだよ。どんだけ派手に使うやつだって、そこには手を付けねぇ」
「なるほどね。ところで、店主はこれからどうするつもりだ? パン屋でも開くか?」
「迷ってるのさ。デカい商会の下請けになるか、場所を変えて素材屋を開くか。まぁ、俺はマシなほうだ……そこにある下級ポーション、いくらだと思う?」
下級ポーション。効果は乏しいが、冒険者のみならず一般市民にも広く使われている。アルバでは1本あたり銅貨1枚である。王都は物価が高そうだから、2倍か3倍か……?
「ハズレ。銅貨1枚で10本買える」
「……はぁ?」
「大量に消費されていたポーションが、ぴたりと使われなくなった。大量に作られていたそいつは、2週間と持たない。横の繋がりで置いちゃいるが、1本たりとも売れてねぇ。市民が通う店は、もっと明るくて清潔感があるからなぁ」
「信じられんな。俺は専属契約を交わしているから買えないが、そうじゃなかったらあるだけ買っただろうな」
「専属か! そりゃ凄ぇ。あんたの素性、教えちゃくれるかい?」
「アルバでギルド職員をやっている。評判は悪いけどな。問題も起こしているが、ギルド長が理解ある方だから、そう簡単にクビになることもないだろう」
「へぇ、それなら専属持ちも納得だ。いいこと教えてやる。アルバに戻ったら、生産調整を勧めときな。来月にはアルバもここと似たようなことになる」
さて、インサイダー地味たこの話。信じるか否か。他の店から情報収集をするべきか――。
「嘘じゃねぇよ。冒険者用のポーションを作ってたやつらは、ここじゃ商売にならねぇ。各地に散った。だけどよ、騒動が終わればまた王都に戻りたい。在庫のポーションは日持ちしない。腰掛けに選ぶのは、ここから近い町だ」
「そのひとつがアルバかっ。ワイバーンなら1日くらいだしな……」
「そういうこった。どいつもこいつも薬師ギルドに移転の申請を出してたぜ。まぁ、大半が通らねぇだろうな。そうなりゃ、分かるよな?」
「……非認可で売るつもりか」
「品質は確かさ。王都の冒険者を支えてきたやつらだからな。だが、同業者としちゃ、たまったもんじゃないだろうねぇ。だから、財布の紐を締めときな。王都に冒険者が戻るまで、ちょっとした冬だと思いな」
これはポーションに限った話ではない。武具・雑貨も含まれる。もはや対岸の火事ではない。この大きな流れは、俺じゃ止められない……。
「世話になった。お礼を兼ねて、この店で一番高い素材を買わせて貰おう」
「ちゃっかりしてるじゃねーか。だけどお生憎様だ。希少な素材は、最初に売り払ったよ。ここの売れ残りと違って、さほど値下がりもしないだろうが念のためにな」
「それなら何でもいい。買って欲しい物はないのか?」
「その様子じゃ、アルバにとんぼ返りだろ。ここにある素材は、価値があるものさ。だけどあんたには不要だ。余計な荷物を増やすことはない。気持ちだけ受け取っておくさ……おい、多すぎるぞ!」
懐から取り出した金貨を1枚置いて、店を出た。話を聞いたあとでは、この人通りの少なさが、活気あるアルバにこの先に起こるであろう冬を物語っていた……。
もう来ることはないと思っていた王都ギルドに単身乗り込んで、最初に出たのがその言葉だった。
バカみたいに巨大な建物に、蹴飛ばしたいほど冒険者で溢れかえっていた王都ギルドには、冒険者の姿がない。誰も居ない。ひとりもだ。
今日は休みなのか? それとも、準備中なのか? 入る建物を間違えた可能性だってある。けれど、駆け寄ってくる受付の制服を見る限り、ここは間違いなく王都ギルドだ。
「ややっ!? ゴブリンのような顔……おほん、特徴的な顔立ち! 太った……失礼、タンクのようなどっしりとした体格! もしやあなたはブサイクロノ様ででは!?」
「何で二度も訂正すんだよ。ぶっ飛ばすぞ。そうだよ、俺がクロノ――」
「や、やった! 奇跡だ! ようこそ王都ギルドへ! 歓迎いたします! ささっ、こちらにお座りください。上が来るまで、我々がささやかながらおもてなしをさせていただきます!」
どこからともなく取り出した紙吹雪を散らしながら、背中に手を添えられて席に座るよう促される。何これ。高い壺を買わされそう。
「ブサイクロノ様が来て下さったんだぞ! 早くもてなしの用意をしろ!!」
「いや、お構いなく。俺は――」
「きゃ、キャー! ブサクロノ様ぁ!! すぐにお酒をご用意しまぁーす!」
意味が分からないが、何か勘違いしてるのは確かだろう。断ってもいいが、俺はこいつらが嫌いなので、最後にバッサリやっちゃお☆ミ。
受付の向こうから、同じ制服を来たやつらがぞろぞろとやってきて、酒や飯を運んでくる。えっ、まじで宴とかしちゃうの……?
前言撤回だ。俺は忙しい。この場を取り仕切っている男を問いただして、くだらん茶番を終わらせることにした。
「おい、お前……これは何の真似だ? 俺に毒は効かないぞ」
「毒だなんて滅相もない! 我々はただ、これからともに働く仲間として、ブサイクロノ様を歓迎する宴を開いているだけですよ」
「あー、そういうことか。それね、断った。俺はお前らの上司でも仲間でもない。ぶっちゃけ王都ギルドの連中が大嫌いだ」
「……へっ? それならどうして王都ギルドに……?」
「俺はファウストの件を許しちゃいない。文句のひとつでも言ってやろうと思って乗り込んできたクソ野郎だ。まぁそれはいい。この閑古鳥はどういうことだ? 俺の貸し切りってわけじゃないだろ?」
「この惨状は……ファウスト様の事故の余波と言いますか……」
ファウストの死の波紋が、王都ギルドの冒険者に広がっている。そう言われたときは意味が分からなかった。乗り出したい気持ちを堪えて話を聞いていくと、ようやく現状を理解した。
ファウストは紛れもない実力者だ。腕利きの冒険者が集う王都ギルドでも、憧れの存在だ。そんなファウストが死ねば、それ以下の者たちが生き残れる道理はない。あの森で見た、ルークたちのように、身の程を知り、心が折れた。
冒険者活動を休止し、今後の身の振り方を考えるものが増えたらしい。今ではほとんどの依頼が受注されることなく溜まっているそうだ。それがこの閑古鳥の正体か。
「王都ギルドは、アルバを除く国内の依頼を一手に担っています。このままでは最前線で戦って下さっている方々も限界を迎えるでしょう……」
「ちゃんと戦っているやつらがいるのか。腰抜けばかりじゃないんだな」
「……ほとんどの方が、王都ギルド職員です。どれだけ強くても、身はひとつ。引退した方々にも声をかけていますが、到底足りません」
「だろうな。俺には関係ないけどな」
「これは噂ですが、アルバのギルド職員にも命令が下るそうです。ベルティーナ様や、ハーゲル様を呼び戻すそうで……もちろん、ブサイクロノ様もです」
「はぁ? お前らの不始末を、俺たちにさせるのか? お偉いさんに泣き縋って? プライドって言葉、知ってるか?」
「我々はギルドの受付係。魔物の知識はあれど、戦う力はございません。ひとつ言えるのは、それだけ切迫した状況のようです。この騒ぎが収まるまで、アルバギルドを休止させるとかで……」
「ちょちょちょ、ちょっと待て!? アルバギルドを閉じるだと!?」
「内密な話ですよ。けれどこのままでは、すぐにもそうなるかと。アルバ職員を引き入れて、伸びしろのある冒険者たちも戦力として計算するとか……」
伸びしろのある冒険者……アルバの冒険者だ。聞こえはいいが、現実はまだ未熟で、戦力として計算するべきじゃない。これじゃ学徒動員と変わらない。
「どれだけ悪手か、分からないわけじゃないよな?」
「もちろんです。しかし他に方法がないのです」
「……そうだな。戦わないお前らには誰が死のうと関係ないか。この人殺しが。ファウストに飽き足らず、どれだけの冒険者を殺すつもりだ」
「返す言葉もございません。あなたの胸の内が楽になるかは知りませんが、我々は解雇されます。あなたを王都ギルドに招き入れる。それが契約を更新する条件として提示されておりましたので」
「俺を引き抜いて、ファウストの件を誤魔化すつもりだったのか。バカにするんじゃない。英雄の首をすげ替えるなんざ、ムリな話だ。お前らは冒険者を人として見てないのか」
「長く続けていると、嫌でも思い知る。入れ込んではいけません。親しくなったとしても、次の日には突然、居なくなることもある。心をすり減らした受付係を何人も見てきました」
「冒険者たちは命がけで戦っている。相手には力を求めて、自分は何もしない。楽しようとした結果がこの有様だ。あんたらなりに冒険者の引き止めもしただろうが、取り付く島もなかったろ? 他人なんだよ。お互いに」
「おっしゃる通りです……」
あまり正論は言いたくない。だって逃げ道を塞ぐと逆ギレされるから。だが、こいつらはクビになって当然だ。日頃から親身に接していれば、この閑古鳥はなかったのだから。
――先輩、パーティー帽子ありましたよ……あれ? みんな暗くないですか?
「……あぁ、ありがとう。とりあえず……被ろうか。楽しくなるかもしれないからね……」
三角に尖った帽子のてっぺんには、ギンギラと光る謎の飾りがある。それを被って手を組んで俯く姿は、アスキーアートで見たことあるなぁ。
とにかく歓迎会は終わり。お別れ会を楽しんで。グッバイ王都ギルド。
「……さて、事の真偽を確かめにいくか」
俺はあいつらの話を信じてない。ちょっと命令に背けば降格だと脅すような連中なのだ。打ち合わせをしておけばあの光景は簡単に作り出せる。
仮にこの騒動が事実だとしても、やはり状況を把握しておかねば対応が遅れてしまう。別に、王都の可愛子ちゃんたちとキャッキャウフフするお店に、入る前から出禁にされたから真面目に行動するわけじゃない。ちくしょう。
「ケッ、二度と来ねーよ。潰れちまえ」
捨てセリフを吐いて向かったのは、大通りを進んで少し外れた区画。冒険者たちに必要なお店が立ち並んでいるそうだ。
「うーん、本当にここか? 嘘じゃないよな……?」
道は広いし、物騒な輩も居ない。というか、人がほとんど居ない。閉じてるお店もあるから、揃って定休日なのかもしれない。
ようやく開いている店を見つけて入ると、むっとした匂いが鼻を刺す。魔物の剥製や革などがぶら下がっていることから、素材屋だと思われる。
「ひぃっ、生きた魔物は専門外だっ」
店のカウンターで頬杖を付いていたおっさんと目が合うと、崩れ落ちて腰を抜かしている。アルバじゃ良くも悪くも有名になってしまったので、逆に新鮮だな。
「安心しろ。人間だ。アルバから来た。ところで店長、景気はどうよ?」
「驚かせやがって。慰謝料代わりに何か買っていけ。ここにあるもの全部、値札の半額だ」
「閉店詐欺でもするのか?」
「そのまんまだ。閉店するんだよ。冒険者たちが一斉に活動を止めちまった。半額でも売れ残りばっかりよ」
「ふーん、こうも愛想が悪くっちゃしょうがないよな」
「うちだけじゃねーよ。武器屋も防具屋も、雑貨屋だって似たようなもんだ。店を開いていても赤字になるし、さっさと売り払って畳むんだよ」
おや、まじっぽいぞ……? 本当に冒険者が消えてるのか……?
「どうしてこうなったんだ? ファウストの死の影響なのか?」
「そうだよ。全部そいつのせいさ。その名にはもううんざりだ」
「あまり悪く言わないでくれると助かる。友達なんだ」
「……そうかい。悪かったな。無神経に八つ当たりをしちまったよ」
「詳しく聞かせてくれないか? 少しならお礼もするつもりだ」
「別にいいさ。単純な話だ。お強い冒険者様が死んで、他の冒険者がブルっちまったんだよ」
「だからって店を畳むのか? この……国じゃ、冒険者は欠かせない。いずれまた活気が戻ると思わないか?」
「そりゃそうだが、俺の見立てじゃ3ヶ月はかかる。デカい商会ならともかく、個人店じゃ人が戻るまで待てねぇ。今月はいい。来月には、家賃を払えなくなる。大通りから少し外れちゃいるが、アルバのあんたにとっちゃ、目の玉が飛び出るほど高いんだ」
「3ヶ月か。根拠があるんだな?」
「平和なアルバじゃ知らねぇが、王都の冒険者は過酷だ。無事に帰ってきたところで、五体満足とは限らねぇ。そうなりゃ引退だ。身の振り方を考えるための金を持ってるんだよ。どんだけ派手に使うやつだって、そこには手を付けねぇ」
「なるほどね。ところで、店主はこれからどうするつもりだ? パン屋でも開くか?」
「迷ってるのさ。デカい商会の下請けになるか、場所を変えて素材屋を開くか。まぁ、俺はマシなほうだ……そこにある下級ポーション、いくらだと思う?」
下級ポーション。効果は乏しいが、冒険者のみならず一般市民にも広く使われている。アルバでは1本あたり銅貨1枚である。王都は物価が高そうだから、2倍か3倍か……?
「ハズレ。銅貨1枚で10本買える」
「……はぁ?」
「大量に消費されていたポーションが、ぴたりと使われなくなった。大量に作られていたそいつは、2週間と持たない。横の繋がりで置いちゃいるが、1本たりとも売れてねぇ。市民が通う店は、もっと明るくて清潔感があるからなぁ」
「信じられんな。俺は専属契約を交わしているから買えないが、そうじゃなかったらあるだけ買っただろうな」
「専属か! そりゃ凄ぇ。あんたの素性、教えちゃくれるかい?」
「アルバでギルド職員をやっている。評判は悪いけどな。問題も起こしているが、ギルド長が理解ある方だから、そう簡単にクビになることもないだろう」
「へぇ、それなら専属持ちも納得だ。いいこと教えてやる。アルバに戻ったら、生産調整を勧めときな。来月にはアルバもここと似たようなことになる」
さて、インサイダー地味たこの話。信じるか否か。他の店から情報収集をするべきか――。
「嘘じゃねぇよ。冒険者用のポーションを作ってたやつらは、ここじゃ商売にならねぇ。各地に散った。だけどよ、騒動が終わればまた王都に戻りたい。在庫のポーションは日持ちしない。腰掛けに選ぶのは、ここから近い町だ」
「そのひとつがアルバかっ。ワイバーンなら1日くらいだしな……」
「そういうこった。どいつもこいつも薬師ギルドに移転の申請を出してたぜ。まぁ、大半が通らねぇだろうな。そうなりゃ、分かるよな?」
「……非認可で売るつもりか」
「品質は確かさ。王都の冒険者を支えてきたやつらだからな。だが、同業者としちゃ、たまったもんじゃないだろうねぇ。だから、財布の紐を締めときな。王都に冒険者が戻るまで、ちょっとした冬だと思いな」
これはポーションに限った話ではない。武具・雑貨も含まれる。もはや対岸の火事ではない。この大きな流れは、俺じゃ止められない……。
「世話になった。お礼を兼ねて、この店で一番高い素材を買わせて貰おう」
「ちゃっかりしてるじゃねーか。だけどお生憎様だ。希少な素材は、最初に売り払ったよ。ここの売れ残りと違って、さほど値下がりもしないだろうが念のためにな」
「それなら何でもいい。買って欲しい物はないのか?」
「その様子じゃ、アルバにとんぼ返りだろ。ここにある素材は、価値があるものさ。だけどあんたには不要だ。余計な荷物を増やすことはない。気持ちだけ受け取っておくさ……おい、多すぎるぞ!」
懐から取り出した金貨を1枚置いて、店を出た。話を聞いたあとでは、この人通りの少なさが、活気あるアルバにこの先に起こるであろう冬を物語っていた……。
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