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絆編

依頼ミス

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 今日は久々の出勤だ。ギルドは珍しく朝の静けさを保っていた。だから俺は、何かあったのかとギルド長の部屋を訪ねた。


「全く、ふざけおって!!」


 真っ二つに破った用紙越しに、ギルド長とこんにちは。気まずい沈黙が流れる。偶然にも、ハゲもやってきて、ボスがご立腹の理由を、目で訪ねてくる。肩をすくめれば分かってくれるだろうか。


「……おい、ブサクロノ。お前が聞け。そういうの好きだろ」

「分かったから耳打ちは止めろ訴えるぞ。えーっと、ギルド長。どうかしましたか?」

「あぁ、いや、何でもないさ。少しね、腹を立てる出来事があってね」


 それ何でもあるじゃん。アリよりのアリじゃん。察しのいい大人は黙って引くものだが、不機嫌の理由を知っておかないと地雷を踏むこともある。つまり俺は野次馬心が旺盛なので、話すまで待つゾ。


「……実はだね、私が破り捨てたのは、王都ギルドからの通達だよ。君を寄越せときたもんだ。あまりに勝手な内容でね、思わず破り捨ててしまったよ」

「はぁ、具体的には何と……?」

「ブサイクロノ・ノワール。王都ギルドに所属する力がない。私から受けた報告は誤りだった。アルバは王都ギルドに優秀な冒険者を送り出す義務がある。早急に王都に送り出せと……心外だよ。私の報告は別に嘘ではないと言うに」


 それはそれでどうなの。おじさんちょっとは強くなったよ。手負いとはいえマンティコアを倒したから、最低限の実力はあると思うんだけど。少なくとも、アルバの冒険者の中ではそこそこ強いよ。たぶん。


「こちらがファウストくんの一件を問い合わせても、『情報を精査中だ』と聞く耳を持たないくせに、自分の都合ばかり通そうとする。不愉快だ」

「うん? じゃあ詳細は何も聞かされてないんですか?」

「そうだ。いずれ君からも聞くつもりだったが、別に急かしているわけではない。仲間を失った話など、したいものではないからね……」


 いつか話すなら、別に今でいいか。数日ほど休んで少しは落ち着いたわけだし、向こうさんがだんまりではギルド長も困るだろう。


 事の顛末を話すと、ギルド長は破った紙を握りつぶした。


「マンティコアが2匹か。信じられない話だが、君の話なら信じよう」

「あの小僧が死んだか。今でも信じられん。だが、やつの実力は本物だった。ブサクロノの話が正しいんだろうな。しっかし、大変なことになるぞ……」

「こちらから問いただすしかあるまい。今後の方針が決まるまで、ギルドは閉じるとしよう」


 ふたりとも尋常じゃない慌てぶりだが、俺だけ蚊帳の外である。そういうの悔しいから絶対に聞き出すぞ。


「ファウストくんの実力を疑う余地はない。代えの利かない存在だ。冒険中に死亡したとなれば、王都ギルドの依頼ミスとなる。誰が責任を取るかで揉めていることだろう」

「依頼ミス……? 冒険者は自己責任なのでは?」

「Bランクは国家防衛の要だ。実力者であっても万が一があってはならない。まずは他の冒険者が現地の危険度を調べ上げる。その情報を元に、ふさわしい者に依頼を出すことになっている」

「どんだけ強くても得手不得手があるからな。魔法が効かない魔物を討伐するために、魔術師を派遣するか? ねぇだろ」

「確かに。それじゃ本来の実力を発揮できないな。ファウストは万能型だと思うが、それでも依頼ミスだと思うのか?」

「サポートが少なすぎる。しかも2匹ときたもんだ。マンティコアの存在を掴んでいなかった。王都ギルドの連中は、事前調査を怠った。そうとしか考えられん」

「我々は王都に冒険者を送り出す。言わば可愛い我が子さ。ずさんな輩に渡したくはない。アルバの方針は国政であって、王都ギルドの管理下にあるわけではないのだから」


 理屈は分かった。王都ギルドがファウストの捜索を打ち切った理由もだ。


「ファウストの捜索を打ち切って、立入禁止にしたのは、くだらん言い訳を考える時間稼ぎか」

「その可能性もある。我々はすぐに王都に行き、真相を――」


 窓ガラスが叩かれる。青い鳥が窓の外で待っていた。小さな体に見合わぬ仰々しい封筒を咥えて。その封筒を乱暴に開け、中を確かめたギルド長はまたしても紙を真っ二つに破り捨てた。


「ミスをした受付嬢をクビにしたから、ブサクロノくんを王都ギルド職員として受け入れるだと!? バカにしているのか!」

「おいてめぇ、王都のギルド職員になりたいか? 確かにうちは薄給だし激務だが、俺の飯は美味いぞ? さ、最近はへるしーなメニューを考えようと思ったこともある」


 露骨な引き止めである。下手くそすぎでは? まぁ、俺の腹は決まっている。


「俺、王都ギルド嫌い」

「君ならそう言うと思っていたよ! これからもともに励もうじゃないか! ついでに君は減給だ」

「すいません意味が分からないんですけど。邪魔なら辞表を書こうか……?」

「辞めないでくれ。王都ギルドの奴ら、断ったら減給だと脅迫してきたのだよ。王都ギルドの管轄の立入禁止区域に侵入した罰という名目でね。だが我々は脅しには屈しない。そうだろう!?」


 凄い勢いだ。他人事だもんな。はぁ、減給が終わったと思ったら、まーた減給か。痺れるなぁ。


「とにかく、その件も含めて私とハーゲルは王都に抗議しに行く。君は休んでいたまえ」

「当事者の俺が行かなくて良いんですか?」

「君は問題を大事にする悪い癖があるからね。また王都の連中を殴り飛ばされても困る」


 あらまぁ、バレてる。それ含めての減給か。仕方ない、今回はおとなしくしよう。


 敵が見えなければケンカのしようがない。相手を知るギルド長とハゲなら適任だろう。たまには信じて待つのもいいさ……。



 それから数日後、俺はギルドに呼び出された。ギルド長の部屋に入ると、机に肘を付いてうつむきながら、こめかみを抑えるギルド長の姿があった。


「今後はこのような悲劇を起こさないように善処する……とのことだ」

「……そうですか。お疲れ様です。おい、ハゲ。ちゃんとふざけた輩をぶっ飛ばしてきたか?」


 部屋の隅でおとなしくしていたハゲに話題を振ると、首を横に振られた。ダメじゃねーか。


「ブサクロノくん、落ち着きたまえ」

「まだ何も言ってませんが?」

「君の怒りはもっともだ。しかし、王都ギルドに非はない」

「聞きましょう。怒るのはその後だ」


 王都ギルドは事前調査の不備を認めた。探索に特化したCランクの2PTをイゼクト大森林に派遣したが、戻らなかったそうだ。


 強敵が居るのは確定したが、何かが分からない。そこで万能型であるファウストに依頼を出さざるを得なかった。もちろん、本人も説明を聞いたうえで、依頼を受けた。


 両者が焦るには理由がある。周辺の町で何名も行方不明者が出ていたようだ。周辺と言っても、数十キロは離れている。敵は活発で、早急に手を打たなきゃならなかった。誰が責任者でも、ファウストに依頼を出していただろうとのことだ。


 行方不明者については、ルークがそんな話をしていたな。マンティコアの命乞いは、その犠牲者のもので間違いない。サポートが少なかったのも、帰らずの噂で他の冒険者が尻込みをしたか。


 ファウストにその場を任せて逃げた腰抜けたちも、ファウスト自身が戦力にならないと判断して逃したのだろう。ファウストには【オーバーロード】がある。暴走のリスクを考えると、ひとりのほうが戦いやすい。


「なるほど。筋は通ってる。それで、責任者は他に何と?」

「……これは不幸な事故だ。人災ではない。よってこの話は終わりだ」

「それで俺が納得すると思いますか? 結局は言い訳だ。言いなりだ。似たような状況が起きれば、また同じ結果になる。そのたびに仕方がなかったと言うんですか。残念だ」


 今この瞬間だけは、空気が不味い。部屋を出ようとすると、ハゲに扉を塞がれた。


「邪魔だ。どかないなら、この建物をリフォームする」

「落ち着け。ダチが牢屋にぶち込まれるのは見たくねぇ」

「生憎と常連だ。どこだろうと楽しく過ごすさ」

「我々の敵は、常に魔物だ。市民の命と財産を脅かす魔物だ。君が怒りのままに行動し、王都ギルドに何らかの火種を投げかけるなら、苦しむのは市民なんだ。それに、君が何かをするまでもない」

「どういう意味ですか?」

「王都ギルドは、非常に危うい状況にある。と言っても信じないだろう。自分の目で確かめて来なさい」

「おいおいギルド長……こいつがやらかしたらどうすんだよ……」

「しないさ。彼はいつだって弱い者の味方だ。さぁ、行きなさい」


 ギルド長は人を見る目がないな。まぁいいさ。くそったれな王都ギルドが困り果てているのなら、その様子を見て楽しむとしよう……。
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