ブサイクは祝福に含まれますか? ~テイマーの神様に魔法使いにしてもらった代償~

さむお

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絆編

奇跡

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 死んだはずのファウストの声が聞こえるなど、ありえない。俺は夢を見ているのだろうか。それとも、何らかの状態異常にかかったのだろうか。


――あれ、無視ですか。聞こえてますよね? ブサクロノさーん。ライオネルさーん?

「おい、クロノ……どうやら空耳じゃないらしいぜ」

「本当にファウストなのか!?」

――僕ですよ。他に誰が居るんですか。とりあえず、マンティコア討伐おめでとうございます。おふたりにしては頑張ったほうじゃないですか。

「このクソガキャー……心配させやがって。どこに居るんだ!?」

――あぁ、そうでした。この先です。埋まっちゃって。掘り起こして貰えます?

「それが人にものを頼む態度かよ。しょうがない。すぐ行くから待ってろ」


 重かった体が嘘のように、立ち上がった俺たちはずんずんと静かになった森を進んでいく。すると、小高い山が見えた。


「平坦な森にか……? 何かの巣なのか?」

「……おいおいおい、まじかよ。これ全部、魔物の死骸だぜ!?」


 積み上げられた虫の死骸。ほとんどがアント系だ。まさか、ファウストがひとりでこれを作ったのか……。


――えぇ、邪魔だったので絶滅させました。叩き潰したので素材としての価値もゼロです。そんなの放って置いて、早くしてくださいよ。


「分かった分かった。こっちだってヘトヘトなんだよ」


 地面に突き刺さっていたアントの足を杖にしようかと思ったが、なんかキモかったから止めた。


 手頃な木の枝を支えに進んでいくと、今度は巨大な氷が見えた。


「いや、何あれ。この気温で氷なんてありえなくね」

「こいつぁ……クリスタルだな」


 透明な水晶の中には、ケイブマンティスやイビルドーザー……見たことのない装甲虫が埋まっている。標本にしちゃ悪趣味だが、虫取り少年と呼んでやろう。


「何がどうなりゃこうなるんだ。これもファウストの仕業か」

「白龍のブレスが似たような特徴を持ってる……と、聞いたことがあるぜ」

――はいはい、見惚れてないで進んで進んで。

「うーん、このシャイボーイ。虫取り少年らしく自慢してもいいんだぞ」

――誰が虫取り少年ですか!? まぁいいですよ何でも。とりあえず、この辺を掘り起こしてくれませんか? 今、埋まってるんですよね。

「そういうことは早く言え!」


 邪魔な水晶の壁をダークネスで砕くと、中は空洞だった。虫の死骸を端に投げつけながら地面を掘り起こしているが、どうにも進みが悪い。


「こ、これじゃ終わらねぇぞ!? クロノ、何かいい作戦ないのか?」


 俺は青狸じゃないんだがなぁ。頭を捻って浮かびそうなことは……。


「暗黒式採掘法なら時間は短縮できる。簡単に言うと、スキルで地面を削るわけだが……ねっ?」

「あー、そりゃ無理なわけだわ。ファウストに当たっちまったら大変だぜ」

――平気ですよ。僕、強いんで。

「よっしゃ、泣かせたるわ! 【エンチャント:ダークネス】」


 その辺で拾った木の枝にダークネスを付与する。非常に締まらない絵面だが、緊急だから仕方ないね。ここ掘るぞわんわん。


――もう少しだと思うので、頑張ってください。根性ですよ、根性。そういうの好きでしょ?

「バカ言え。打つ手がなくなったから体張るしかないだけだぞ……むっ!?」


 黒い棒で掘り進めると、バチリと稲妻が走る。ようやく物が出てきた。薄汚れたそれを拾い上げて拭き取ると、金色に輝くプレートだった。


「これって、まさか……」

――やっと見つけましたか。それが僕です。


 このプレートには、ファウストの名前が刻まれている。冒険者の階級を表すもので、遺品の代わりにもなる。


「ファウスト……お前、死んだのか……?」

――えぇ、まぁ。すみません。僕、死んじゃいました。それは差し上げます。僕にはもう、必要のないものですから。


 やはりそうか。これまでの状況のすべてが、ファウストの死を物語っていた。だからファウストの声が聞こえたときは、俺の予想が外れたと本当に嬉しかった。


 けれど、妙だと思っていた。ファウストの声はする。しかし、姿は見えなかった。生きているとも言われなかった。聞きたくても、怖くて聞けなかった。その答えを、今はっきりと言われてしまった……。


「……今話せているのは、お前のスキルか?」

――僕にも分かりません。奇妙なこともあるもんです。奇跡ってやつですかね。

「……すまない。本当にすまない。俺は……間に合わなかった……っ」

――間に合ったじゃないですか。こうして最後に、話せたんですから。

「いいものかよっ。俺は……お前を助けたかったんだ……っ!」

――嬉しかったですよ。助けに来てくれて。もう少し、話をしませんか。個人的でつまらないことですけどね。

「いいとも。何でも話せ。若者の話を聞くのも、年長者の役割だからな……」

――僕の人生は、ろくなものじゃなかった。毎日が恐怖と焦燥感の連続でした。力を得ても、それは変わらなかった。けれど、おふたりに会えました。こういう結果になったのは残念ですが、不思議と後悔はありません。

「ファウスト……よく頑張ったな」

――はい……っ。


 周囲を見渡せば分かる。ファウストは、たったひとりで何千という魔物と戦った。想像を絶する死闘が、生きたいと物語っていた。俺に出来ることは、努力家の少年を、褒めてあげることだけだった。


――ブサクロノさん……ひとつ、お願いを聞いて貰えますか?

「……言ってみろ」

――僕の夢……あなたに託します。どうか英雄になってください。

「……やなこった。自分で叶えればいいじゃないか……っ」

――僕には叶えられなかった。似た者同士のあなたに、僕の夢を託したいんです。


 分かってるんだ。そんなことは。でも、約束をしてしまったら……この時間が終わってしまう。だから無神経なことを言ってでも、少しでも……長く、話がしたかった。


 でも、俺は大人だ。子供のわがままくらい、聞いてやらなくっちゃなぁ……。


「分かった。約束する。いつになるか分からない。お前の望み通りの英雄になれるかも分からない。でも、俺なりに……お前の夢を引き継ぐ。だから……安心して眠れ。ファウスト……っ」

――ありがとうございます。これで安心して眠れそうです。しばらく顔は見たくないですよ。せいぜい長生きしてくださいね……。


 ファウストの声が遠ざかっていく。静かな森では、すすり泣く声が響いてしまうじゃないか。


「ライオネル……お前は話さなくて良かったのか?」

「いいんだ。話したいことはいっぱいあった。でもよ、言葉が出なかった。こんな情けない俺の代わりに話してくれて、ありがとな。少年もきっと……寂しくなかったさ」

「……そうか。少し休むか」

「あぁ、その辺を探索してくるぜ……っ」


 今度こそ本当に、静かになった森で。だんまりを決め込んでいた相棒に語りかける。


「ナイトメア……最後にファウストと話せたのは、お前の仕業か?」

――何のことだい。ボクはキミさ。

「茶化すな。ファウストはどうして話せているのか分からないと言った。俺じゃなければライオネルでもない。もうお前くらいしか居ないだろ」

――キミはこれまで、大切な人を失ってきたね。レイナ・フィーア……いずれもキミが入れ込んだ人が、ある日突然、居なくなってしまう。そのたびにキミは、未熟な自分を責めた。今度こそ守れるようにと、己を磨いてきた。

「……まぁな。3度目の正直だった。その結果がこのザマだ」

――ボクはね、今回もムリだと思っていた。キミがどれだけ強くなろうと、好条件が揃っていようと……相手が悪い。勝てないはずの戦いを、キミは覆したんだ。大したもんだよ。ボクに頼らず、よく頑張ったね。

「それが何だって言うんだ。助けられなくっちゃ、何にもならない……っ」

――そうだね。だけど、努力は報われるべきだ。ボクはキミなのだから、そう思ったんだよ。残念ながら、時は戻せない。けれど、最後の別れの時間くらいは、あっても良いと思ったんだ。それが勝利の報酬として、ボクに出来る唯一のことだった。

「……そうか。ありがとう。少しだけ楽になった」

――けれど、奇跡は何度も起こらない。心することだよ。言わずとも分かっているとは思うけどね。


 握り締めていたプレートは、ほんのりと熱を帯びていた……。




 冷静さを取り戻したあと、ライオネルと一緒にマンティコアの死体の元へと戻ってきた。ひとつ、問題があるのだ。


「……この死体、持ち帰らないとダメだよな? ライオネルなら持てるか?」

「ちっとばかし厳しいぜ。かと言って放置はできねぇ。顔も見たくねぇ相手だけどよ、どうしたって先立つものが必要だからなぁ……」

「お前の装備は全部パァだもんな。名誉じゃ飯は食えん。カークが王都に情報を届けたはずだし、応援が来るまで待つか――」


 遠くから呼び声がする。援軍にしちゃ早すぎる。それに、少し頼りない感じがするんだが……。


「……何だ、ルークとキャリィか。使えねぇ~」

「誰が使えないって!? せっかく命がけでここまで来てやったのに」

「あー、はいはい。ありがとよ。しかしどういう心変わりだ? 森には入らないって言ってたくせに」

「マンティコアが出たとカラスが叫んでたんだ。そのまま飛んで行ったけど。あんたの嘘でも暴いてやろうと思ってな。今、見ちまったけどな……」

「随分ときれいな格好をしているじゃないか。道中は平気だったのか? お前、弱いからな」

「ふん、俺たちにかかれば楽勝さ――」

「それが一匹も出なかったにゃん。素通りにゃん。ビクビクしながら進んだのがバカみたいにゃん。そんなことより、この化け物はお前たちがやったにゃん?」

「そうだ。ファウストの力を借りてな。瀕死だったから、どうにかトドメを差したわけだ」

「そうにゃ! Bランク様はどこにゃん!? ルークとキャリィが助けに来たにゃんよ!!」

「その図太さは嫌いじゃないが……売名は無駄だぞ」


 手を広げてプレートを見せつける。別にこいつらに話す必要などないが、一応は世話になった。その筋を通すことにしたのだ。


「……冗談だろ? あんたは性格が悪いからな」

「ファウストは死んだよ。こいつに、2匹目のマンティコアにやられた。俺たちが駆けつけたときには、もう既に――」

「死んだ……? Bランクだぞ……? 嘘だと言ってくれよ……っ」


 ふたりから表情が消える。そのままストンと座り込んでしまった。ファウストとこいつらの面識はないはずだが、この反応は一体……。


「Bランクってのはさ。すごく強いんだ。俺たちじゃ逆立ちしても勝てない。選ばれた実力者なんだよ。僻み妬みはあっても、俺たちにとっちゃ英雄みたいなものなんだ」


 なぁ、ファウスト。お前は俺に夢を託したけどさ。お前も夢を叶えていたじゃないか。見ず知らずのルークたちがお前を英雄と呼んでるぞ。そんな凄いやつと友達になれたんだ。お前のことを誇りに思うよ。


「ファウストは有名にゃん。あの若さでBランクにゃん。そんな強い人が死んでしまうなら、キャリィたちは何なのにゃん……」

「どうしたらいいのか分からない。なぁ、あんた……教えてくれよ。俺たちはとんでもない無謀な生活を続けているんじゃないかって……」


 腕を掴まれ、力なく引かれる。普段なら振り払うが、今ばかりは何もしない。その問いかけは間違いなく正しい。しかし、頷いてはいけないと思った。答えを出すのは、他でもないこいつら自身だ。


「マンティコアを運ぶ。手伝ってくれ。礼はする。もし降格しても、当面は生活に困らないはずだ」

「あ、あぁ……そうだな……協力させて貰うよ」


 ここから早く離れなければ。この先には、ファウストの実力を裏付ける光景が広がっている。そのファウストでも2匹というイレギュラーに敵わなかった。それを知ってしまったら、本当に心が折れてしまうから。


 俺を除く3人にバフをかけ、マンティコアを森の外へと運び出したときには、夜になっていた。今日は森の外で野宿だ。見張りはルークとキャリィが買って出てくれた。俺とライオネルは泥のように眠った……。


 翌朝には王都ギルドの連中がやってきて、事の顛末を話してマンティコアの死体を渡した。詳しくは知らないが、確認が取れ次第、アルバに送られるらしい。


 今はその手の交渉をする気力もなく、合流したカークとライオネルとともに、馬車に揺られてアルバへと帰った……。



 アルバに戻ってきた俺は、ライオネルと別れてギルドに入った。そこでギルド長とハゲに出迎えられた。


「よぉ、サボり魔」

「君にしては珍しく無断欠勤をしたんだ。成果はあったのだろうね?」


 俺は力なく首を振り、手の内のプレートを見せた。そして、ファウストの死を告げた。


「……たちの悪い冗談は止めろよ。やつが早々に死ぬわけが――」


 嘘ならどれだけ良かったか。聞かれるたびにそう答えている。もううんざりだ。答える気力も湧かず、その場に突っ立っていると、ギルド長に抱き締められた。


「よく無事で戻った。しばらくは休みにしよう。気持ちの整理が付いたら、また元気な顔を見せてくれたまえ……帰ってよく眠ると良い」


 深く頭を下げて、その場を後にした……。
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