163 / 230
絆編
特攻のクロノ死す
しおりを挟む
友の命を奪った憎き獣……マンティコアはBランクの魔物だ。俺とライオネルだけではまず勝てない。勝利の鍵は、ファウストが残した爪痕……【デスクロー】による猛毒だ。
毒と言っても、ゲームのようにじわじわとダメージを受ける、そんな生易しいものではない。ダメージはもちろんのこと、前後不覚にし、身体能力を低下させる呪いに近いものだ。相手は少なからず弱くなっている。
「ぐう……っ! なんて重さだ。まともに受けたら装備が持たねぇぞ!」
中盾を両手で持ち、マンティコアの一撃を受けたライオネルの手は震えていた。これは恐怖ではなく、単純に痺れたのだろう。あえて下がることで威力を分散させてもこの威力……助力があれど5分と持たない強敵か。
それでも勝ちたい。こいつだけは始末する。そのためには、俺のすべてを賭けてもいい。最悪は刺し違えても――。
「おい、バカなことは考えんなよ。相打ちするくらいなら、撤退だぜ」
「人の頭を覗くな。喋る余裕があるなら、熟考しても構わんな?」
「おう……3分な!」
相手は強い。憎たらしいほどに。そんな化け物を倒せるほど、強いスキルが欲しい。あいつの前では、ダークネスさえ決定打にはならない。信じているからこそ、力量差がはっきりと分かるのだ。
もっと、もっと強いスキル……【星の記憶】よ。どんなデメリットだって受け入れる。あいつに届くスキルを俺にくれ……っ!
【ネガティブ・バースト】……MPをすべて消費し、周囲一帯を灰燼と化す。
目をつぶり、願いに答えて現れたスキルはこれだけ。上級悪魔・フロントデーモンが使ったあのスキルだ。その威力は折り紙付きだが、俺の求めるスキルではない。もし使ったとしても倒せる保証がない。
もし俺がこの場にひとりで立っていたなら、ダメ元で使ったかもしれない。しかし、今はパーティー戦だ。ライオネルもろとも敵を倒すなど、本末転倒である。
だから別のスキルを願ってみたが、新しいスキルは出てこない。それどころか、ネガティブバーストの文字がどんどん大きく、濃くなっている。はっきり言って邪魔だ。
「……邪魔か。そうか」
憎しみに囚われた思考が晴れた気分だ。邪魔なスキルが霧散し、新たなスキルが次々と現れる。
今度は数が多すぎる。どのスキルが最も効果的なのか、考える余裕も、試す時間もなさそうだ。だったら、すべてを習得すればいい。
マンティコアを倒すためなら、俺のすべてを賭ける。万が一に備えて、常に保持し続けていたSP。赤龍を倒して得た力も……これまでの積み重ねをここで一気に使う!
「……待たせたな。準備完了だ」
「遅ぇよ……どうだ、勝てそうなのか?」
今のマンティコアは、ライオネルの挑発を受けて激高している。狡猾な性格など見る影もなく、鼻息荒く、歯をむき出しにして、感情のままにライオネルに襲いかかる。
皮肉なものだ。友を奪われた俺たちのほうが激情に駆られているというのに、冷静に戦わなければならないなんてな……。
「勝つさ。やつを地獄に叩き落す。引くなよ?」
「……俺も怒ってるんだぜ。今だけは、神様だって見逃してくれるさ」
さぁ、戦いの時間だ。ライオネルはいつ崩されてもおかしくない。だが安心しろ。俺の目が黒いうちは、お前を死なせない!
「【サンライト】【ムーンライト】」
「……っ! 光の支援スキルかっ!」
【サンライト】……HPを継続回復させる。
【ムーンライト】……MPを継続回復させる。
どちらも効果量は高くないが、30分は持続する。ポーションを使用する隙を減らせる。長期戦になるほど効果を発揮するが、俺は一秒でも早くこの戦いを終わらせるつもりだが、思い通りにならないものだ。
「【英雄の奮起】【鋼の意志】【背中を押す風】【狩りの興奮】」
【英雄の奮起】……攻撃力を3倍にする。身体系への異常に耐性を得る。
【鋼の意志】……防御力を倍にする。精神系への異常に耐性を得る。
【背中を押す風】……素早さと回避率を倍にする。
【狩りの興奮】……命中率とクリティカル率を倍にする。
「おいおいおい! 何でもありかよ!」
いずれも中級支援スキルだが、既存のスキルの中では最高の支援スキルだ。もっと時間があれば、忘れられた上位のスキルを見つけられたかもしれないが、今はこれで充分だ。そう思いたいね。
「ありったけの支援スキルをお前にかけたんだ。よろしく頼むぜ、ヒーロー」
「あぁ……任せな! この力なら……っ!!」
相手は格上。勝つにはこちらが強くなるしかない。そのための支援スキルだ。マナポーションを飲みながら、ライオネルの様子を見守る。
これまで防戦一方……いや、首の皮一枚繋がっていたライオネルの動きが見違える。片手で持った盾で攻撃を正面から受け止めると、後ずさることもなく、反撃の刃を死角から差し向ける。その切っ先には、わずかに赤黒い血が付着していた。
「こいつぁ……すげぇ力だ。本当に勝てるかもしれねぇぜ!」
超人的な力を得ると、誰もがそう思う。生憎と仮初の力であり、時間経過で消えてしまう。もっとも、俺が切らさないから関係ないのだが。
「喜ぶのはこいつを殺した後だ」
気にすべきは、常に相手のことだ。マンティコアにとって、俺たちはただの餌だった。激情のままに襲っていた獲物が、急に強くなった。その疑問が、怒りを落ち着かせ、本来の判断力を取り戻す。
飛び退いたマンティコアは、顎を外すほど大口を開けると、黒い霧を吐き出した。こちらも距離を取ったものの、黙って見ているわけにもいかない。
「あの霧は……毒か、目眩ましか……どっちだと思う?」
「分からねぇ。どっちにしても厄介だ。このままってわけにもいかねぇが、迂闊に動けねぇよ」
「だろうな。俺が調べよう。【サモン・ガーゴイル】」
霧の効果を確かめるには、囮を突撃させるのがてっとり早い。しかも悪魔となれば、良心の呵責はない。こいつら悪趣味だからな。さぁ行け、ガーゴイル。
羽ばたいたガーゴイルが霧に突撃すると、すぐに悲鳴を上げた。
「なるほど。腐食……つまりは酸の霧か。毒よりましか?」
「最悪だぜ。あの野郎、装備をぶっ壊すつもりかよ。しかもどんどん広がってるし……」
サモン越しに見ると、マンティコアは霧の中でじっとしている。霧が広がりきるのを待っているのだろう。
霧に入らなければ倒せない。しかし、ライオネルの身体能力をいくら強化したところで、壊れた装備で勝てるほど楽な相手ではない。
痛みにもがき苦しむガーゴイルに命令を出し、マンティコアに突撃させる。結果は一撃で沈められた……。
ガーゴイルは特別な能力を持たない。その代わりに、ステータスは全体的に高く、頑丈だ。それが一撃で……CランクとBランクでは戦力差がありすぎたか。
まぁいい。収穫はあった。この霧は重い。ガーゴイルの羽ばたきで発生した風の影響を受けなかった。つまりこの霧はマナで出来ている。物理的な影響はほとんど受けない。
マナにはマナだ。高威力の範囲攻撃があれば、この霧は消し飛ばせる。俺が使えるのは【ダークレイ】だが、今回は使えそうもない。マンティコアにとってこの霧はひとつのスキルに過ぎない。こちらは限界に近い全力だ。割に合わない。
なるべく低コストであの霧を止める方法となると……。
「【バリア】【バリア】【バリア】」
物理防御には不向きでも、状態異常や、形のないものにめっぽう強い。恐らくはこの霧を止められるはず。俺の予想通り、拡散していた霧が、バリアに遮られて止まった。
この霧は変則的なフィールドスキルに違いない。俺が使った支援スキルのように、時間経過で効果が薄まったり、消滅するはずだ。問題はその後……2回目の霧を使ってくるか? そこが気がかりだ。
反撃や探りを入れるより、ただ観察する。この霧が相手にとってお手軽スキルだったとしても、こちらとしては得体のしれないスキル。効果を少しでも把握しておきたかった。
バリアは目に見えないが、一向に広がらない霧を不審に思ったか。相手が先に動いた。つんざく咆哮が大気を震わせ、展開していたバリアが砕け散った。
こっちがMPを使って作りだしたバリアを、ちょっと鳴くだけで粉々にしちまうとは、力量差にため息が出る。
「あの霧を止めるのは諦めよう。霧の速度と同じく下がるぞ」
「了解だぜ。攻撃はどうする」
「あの霧が晴れるまでに考える。まだ作戦を考えてる途中なんだよ――」
霧が揺れた気がした。その直後、俺たちに向かって岩石が飛んできた。第三の目を持たない今の俺では、見極めが遅れ、初動が出遅れてしまう。認識できても反応が追いつかない!
「【疾風刃】……ふぅ、間に合って良かったぜ」
飛んできた物体をライオネルの剣が切り捨てる。今まで見た中で最速の剣技だった。正確には見えなかったが、俺を中心にして、左右の地面がえぐれ土埃が舞っている。もし間に合って居なければ、えぐれていたのは俺の体だった。
いつの間にかライオネルの直線上から少しズレた位置に居た俺は、急いで真後ろに戻った。無意識の油断で危うく死ぬところだった。持つべきものは仲間だな。
「おい、飛んできたアレは何のスキルだ?」
「【ストーンバレット】か、【ロックブラスト】だと思うぜ……」
「そうか。後者だと嬉しいね……っ!?」
「しゃがんでろっ!」
霧の中から無数に飛んでくる岩弾……普段のライオネルなら避けられるはずの攻撃だったが、俺を守るためにすべて受け止めた。
「当たってないよな!?」
「あぁ、助かったよ……」
【ソウルリンク】は便利だ。もし使っていなかったら、耳鳴りが酷くてライオネルの問いかけは聞こえなかった。
【ストーンバレット】は初級スキル。【ロックブラスト】はその上位版だ。ここで重要なのは、上位のスキルほど強く、消耗が激しいことだ。
この短時間で連発してきたということは、この攻撃は【ストーンバレット】である。土属性の初級スキルで、一番弱いスキルだ。
使い手が強いと初級スキルも上位スキルに早変わり……いや、上位スキルを1回使われるより凶悪である。しかも、この小手調べが通用しないとなれば、更に厄介な行動に移るのは想像に難しくない。
それが何なのか。受けなければ分からないが、今の俺には対応できないかもしれない。やはり出し惜しみをして勝てる相手ではないか……。
「【シックスセンス】」
視覚情報にマナの流れを加えるこのスキルは、【星の記憶】がもたらした未知のスキル。俺の生命線だ。第三の目の存在を知られたくはなかったが、後悔だけはしたくない。
「安心しろって。何があっても、秘密は守るぜ」
「どっちだっていいさ。勝つんだ。そのために使えるものは使う」
黒く淀んだマナの輝き。見た目通りというべきか、マンティコアの属性は闇と土か。これは相手がスキルを使えば検討がつく要素だ。
シックスセンスの真価は、限定的ではあるが相手の行動を先読みできる点にある。相手がスキルを使うとき、体に流れるマナの輝きが強くなる。マンティコアは人間の職で言うならば魔術師寄りであり、どの属性で攻撃してくるか予想できる。
霧にまぎれて見えにくいが、マンティコアの体が土色に光った。
「また来るぞ! 伏せてろ!」
遠距離攻撃を使えない俺たちは、無数に飛んでくる石弾を受けるしかない。幸いにも、ライオネルの装備は無事だ。小さな傷や凹みは増えているが、今すぐに壊れることはない……そう思っていた。
マンティコアの尾が黒く輝くと、淀んだヘドロのようなものが飛んでくる。嫌な予感がしても、ライオネルはガードとして、その攻撃を盾で受け止めるしかなかった。
「ちくしょう! こいつは酸だっ!!」
銀の盾にまとわりつく粘土の高い液体が、音を立てている。これは装備が溶ける音か……。
「装備破壊か!? どれだけ持つ!?」
「分からねぇ! 受け続ければ必ず装備が壊れる!」
「まだ壊れていないなら大丈夫だ! 酸は俺が止めてみせる! お前は石弾を止めてくれ! 【バリア】【バリア】【バリア】」
酸の粘弾は、大した威力じゃない。バリアなら問題なく受け止められる!
しかし無情にも、自信を持って唱えたバリアは、あっさりと砕け散った……。
「クソッタレが……っ」
バリアは粘弾を防いだ。石弾は防げなかった。物理寄りの石弾と、絡め手の粘弾の組み合わせの前に、俺のバリアは通用しない。それを理解したとき、ただ冷や汗が吹き出た……。
毒と言っても、ゲームのようにじわじわとダメージを受ける、そんな生易しいものではない。ダメージはもちろんのこと、前後不覚にし、身体能力を低下させる呪いに近いものだ。相手は少なからず弱くなっている。
「ぐう……っ! なんて重さだ。まともに受けたら装備が持たねぇぞ!」
中盾を両手で持ち、マンティコアの一撃を受けたライオネルの手は震えていた。これは恐怖ではなく、単純に痺れたのだろう。あえて下がることで威力を分散させてもこの威力……助力があれど5分と持たない強敵か。
それでも勝ちたい。こいつだけは始末する。そのためには、俺のすべてを賭けてもいい。最悪は刺し違えても――。
「おい、バカなことは考えんなよ。相打ちするくらいなら、撤退だぜ」
「人の頭を覗くな。喋る余裕があるなら、熟考しても構わんな?」
「おう……3分な!」
相手は強い。憎たらしいほどに。そんな化け物を倒せるほど、強いスキルが欲しい。あいつの前では、ダークネスさえ決定打にはならない。信じているからこそ、力量差がはっきりと分かるのだ。
もっと、もっと強いスキル……【星の記憶】よ。どんなデメリットだって受け入れる。あいつに届くスキルを俺にくれ……っ!
【ネガティブ・バースト】……MPをすべて消費し、周囲一帯を灰燼と化す。
目をつぶり、願いに答えて現れたスキルはこれだけ。上級悪魔・フロントデーモンが使ったあのスキルだ。その威力は折り紙付きだが、俺の求めるスキルではない。もし使ったとしても倒せる保証がない。
もし俺がこの場にひとりで立っていたなら、ダメ元で使ったかもしれない。しかし、今はパーティー戦だ。ライオネルもろとも敵を倒すなど、本末転倒である。
だから別のスキルを願ってみたが、新しいスキルは出てこない。それどころか、ネガティブバーストの文字がどんどん大きく、濃くなっている。はっきり言って邪魔だ。
「……邪魔か。そうか」
憎しみに囚われた思考が晴れた気分だ。邪魔なスキルが霧散し、新たなスキルが次々と現れる。
今度は数が多すぎる。どのスキルが最も効果的なのか、考える余裕も、試す時間もなさそうだ。だったら、すべてを習得すればいい。
マンティコアを倒すためなら、俺のすべてを賭ける。万が一に備えて、常に保持し続けていたSP。赤龍を倒して得た力も……これまでの積み重ねをここで一気に使う!
「……待たせたな。準備完了だ」
「遅ぇよ……どうだ、勝てそうなのか?」
今のマンティコアは、ライオネルの挑発を受けて激高している。狡猾な性格など見る影もなく、鼻息荒く、歯をむき出しにして、感情のままにライオネルに襲いかかる。
皮肉なものだ。友を奪われた俺たちのほうが激情に駆られているというのに、冷静に戦わなければならないなんてな……。
「勝つさ。やつを地獄に叩き落す。引くなよ?」
「……俺も怒ってるんだぜ。今だけは、神様だって見逃してくれるさ」
さぁ、戦いの時間だ。ライオネルはいつ崩されてもおかしくない。だが安心しろ。俺の目が黒いうちは、お前を死なせない!
「【サンライト】【ムーンライト】」
「……っ! 光の支援スキルかっ!」
【サンライト】……HPを継続回復させる。
【ムーンライト】……MPを継続回復させる。
どちらも効果量は高くないが、30分は持続する。ポーションを使用する隙を減らせる。長期戦になるほど効果を発揮するが、俺は一秒でも早くこの戦いを終わらせるつもりだが、思い通りにならないものだ。
「【英雄の奮起】【鋼の意志】【背中を押す風】【狩りの興奮】」
【英雄の奮起】……攻撃力を3倍にする。身体系への異常に耐性を得る。
【鋼の意志】……防御力を倍にする。精神系への異常に耐性を得る。
【背中を押す風】……素早さと回避率を倍にする。
【狩りの興奮】……命中率とクリティカル率を倍にする。
「おいおいおい! 何でもありかよ!」
いずれも中級支援スキルだが、既存のスキルの中では最高の支援スキルだ。もっと時間があれば、忘れられた上位のスキルを見つけられたかもしれないが、今はこれで充分だ。そう思いたいね。
「ありったけの支援スキルをお前にかけたんだ。よろしく頼むぜ、ヒーロー」
「あぁ……任せな! この力なら……っ!!」
相手は格上。勝つにはこちらが強くなるしかない。そのための支援スキルだ。マナポーションを飲みながら、ライオネルの様子を見守る。
これまで防戦一方……いや、首の皮一枚繋がっていたライオネルの動きが見違える。片手で持った盾で攻撃を正面から受け止めると、後ずさることもなく、反撃の刃を死角から差し向ける。その切っ先には、わずかに赤黒い血が付着していた。
「こいつぁ……すげぇ力だ。本当に勝てるかもしれねぇぜ!」
超人的な力を得ると、誰もがそう思う。生憎と仮初の力であり、時間経過で消えてしまう。もっとも、俺が切らさないから関係ないのだが。
「喜ぶのはこいつを殺した後だ」
気にすべきは、常に相手のことだ。マンティコアにとって、俺たちはただの餌だった。激情のままに襲っていた獲物が、急に強くなった。その疑問が、怒りを落ち着かせ、本来の判断力を取り戻す。
飛び退いたマンティコアは、顎を外すほど大口を開けると、黒い霧を吐き出した。こちらも距離を取ったものの、黙って見ているわけにもいかない。
「あの霧は……毒か、目眩ましか……どっちだと思う?」
「分からねぇ。どっちにしても厄介だ。このままってわけにもいかねぇが、迂闊に動けねぇよ」
「だろうな。俺が調べよう。【サモン・ガーゴイル】」
霧の効果を確かめるには、囮を突撃させるのがてっとり早い。しかも悪魔となれば、良心の呵責はない。こいつら悪趣味だからな。さぁ行け、ガーゴイル。
羽ばたいたガーゴイルが霧に突撃すると、すぐに悲鳴を上げた。
「なるほど。腐食……つまりは酸の霧か。毒よりましか?」
「最悪だぜ。あの野郎、装備をぶっ壊すつもりかよ。しかもどんどん広がってるし……」
サモン越しに見ると、マンティコアは霧の中でじっとしている。霧が広がりきるのを待っているのだろう。
霧に入らなければ倒せない。しかし、ライオネルの身体能力をいくら強化したところで、壊れた装備で勝てるほど楽な相手ではない。
痛みにもがき苦しむガーゴイルに命令を出し、マンティコアに突撃させる。結果は一撃で沈められた……。
ガーゴイルは特別な能力を持たない。その代わりに、ステータスは全体的に高く、頑丈だ。それが一撃で……CランクとBランクでは戦力差がありすぎたか。
まぁいい。収穫はあった。この霧は重い。ガーゴイルの羽ばたきで発生した風の影響を受けなかった。つまりこの霧はマナで出来ている。物理的な影響はほとんど受けない。
マナにはマナだ。高威力の範囲攻撃があれば、この霧は消し飛ばせる。俺が使えるのは【ダークレイ】だが、今回は使えそうもない。マンティコアにとってこの霧はひとつのスキルに過ぎない。こちらは限界に近い全力だ。割に合わない。
なるべく低コストであの霧を止める方法となると……。
「【バリア】【バリア】【バリア】」
物理防御には不向きでも、状態異常や、形のないものにめっぽう強い。恐らくはこの霧を止められるはず。俺の予想通り、拡散していた霧が、バリアに遮られて止まった。
この霧は変則的なフィールドスキルに違いない。俺が使った支援スキルのように、時間経過で効果が薄まったり、消滅するはずだ。問題はその後……2回目の霧を使ってくるか? そこが気がかりだ。
反撃や探りを入れるより、ただ観察する。この霧が相手にとってお手軽スキルだったとしても、こちらとしては得体のしれないスキル。効果を少しでも把握しておきたかった。
バリアは目に見えないが、一向に広がらない霧を不審に思ったか。相手が先に動いた。つんざく咆哮が大気を震わせ、展開していたバリアが砕け散った。
こっちがMPを使って作りだしたバリアを、ちょっと鳴くだけで粉々にしちまうとは、力量差にため息が出る。
「あの霧を止めるのは諦めよう。霧の速度と同じく下がるぞ」
「了解だぜ。攻撃はどうする」
「あの霧が晴れるまでに考える。まだ作戦を考えてる途中なんだよ――」
霧が揺れた気がした。その直後、俺たちに向かって岩石が飛んできた。第三の目を持たない今の俺では、見極めが遅れ、初動が出遅れてしまう。認識できても反応が追いつかない!
「【疾風刃】……ふぅ、間に合って良かったぜ」
飛んできた物体をライオネルの剣が切り捨てる。今まで見た中で最速の剣技だった。正確には見えなかったが、俺を中心にして、左右の地面がえぐれ土埃が舞っている。もし間に合って居なければ、えぐれていたのは俺の体だった。
いつの間にかライオネルの直線上から少しズレた位置に居た俺は、急いで真後ろに戻った。無意識の油断で危うく死ぬところだった。持つべきものは仲間だな。
「おい、飛んできたアレは何のスキルだ?」
「【ストーンバレット】か、【ロックブラスト】だと思うぜ……」
「そうか。後者だと嬉しいね……っ!?」
「しゃがんでろっ!」
霧の中から無数に飛んでくる岩弾……普段のライオネルなら避けられるはずの攻撃だったが、俺を守るためにすべて受け止めた。
「当たってないよな!?」
「あぁ、助かったよ……」
【ソウルリンク】は便利だ。もし使っていなかったら、耳鳴りが酷くてライオネルの問いかけは聞こえなかった。
【ストーンバレット】は初級スキル。【ロックブラスト】はその上位版だ。ここで重要なのは、上位のスキルほど強く、消耗が激しいことだ。
この短時間で連発してきたということは、この攻撃は【ストーンバレット】である。土属性の初級スキルで、一番弱いスキルだ。
使い手が強いと初級スキルも上位スキルに早変わり……いや、上位スキルを1回使われるより凶悪である。しかも、この小手調べが通用しないとなれば、更に厄介な行動に移るのは想像に難しくない。
それが何なのか。受けなければ分からないが、今の俺には対応できないかもしれない。やはり出し惜しみをして勝てる相手ではないか……。
「【シックスセンス】」
視覚情報にマナの流れを加えるこのスキルは、【星の記憶】がもたらした未知のスキル。俺の生命線だ。第三の目の存在を知られたくはなかったが、後悔だけはしたくない。
「安心しろって。何があっても、秘密は守るぜ」
「どっちだっていいさ。勝つんだ。そのために使えるものは使う」
黒く淀んだマナの輝き。見た目通りというべきか、マンティコアの属性は闇と土か。これは相手がスキルを使えば検討がつく要素だ。
シックスセンスの真価は、限定的ではあるが相手の行動を先読みできる点にある。相手がスキルを使うとき、体に流れるマナの輝きが強くなる。マンティコアは人間の職で言うならば魔術師寄りであり、どの属性で攻撃してくるか予想できる。
霧にまぎれて見えにくいが、マンティコアの体が土色に光った。
「また来るぞ! 伏せてろ!」
遠距離攻撃を使えない俺たちは、無数に飛んでくる石弾を受けるしかない。幸いにも、ライオネルの装備は無事だ。小さな傷や凹みは増えているが、今すぐに壊れることはない……そう思っていた。
マンティコアの尾が黒く輝くと、淀んだヘドロのようなものが飛んでくる。嫌な予感がしても、ライオネルはガードとして、その攻撃を盾で受け止めるしかなかった。
「ちくしょう! こいつは酸だっ!!」
銀の盾にまとわりつく粘土の高い液体が、音を立てている。これは装備が溶ける音か……。
「装備破壊か!? どれだけ持つ!?」
「分からねぇ! 受け続ければ必ず装備が壊れる!」
「まだ壊れていないなら大丈夫だ! 酸は俺が止めてみせる! お前は石弾を止めてくれ! 【バリア】【バリア】【バリア】」
酸の粘弾は、大した威力じゃない。バリアなら問題なく受け止められる!
しかし無情にも、自信を持って唱えたバリアは、あっさりと砕け散った……。
「クソッタレが……っ」
バリアは粘弾を防いだ。石弾は防げなかった。物理寄りの石弾と、絡め手の粘弾の組み合わせの前に、俺のバリアは通用しない。それを理解したとき、ただ冷や汗が吹き出た……。
0
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』


今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる