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絆編

捜索中にクロノ死す

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 今まで慎重に進んできた森の中を、死物狂いで走り続けている。


 ちらりと後ろを振り返ると、やっぱりイビルドーザーの群れが俺たちを追って来ており、シャカシャカと動く無数の足は止まることを知らない。


「イビルドーザーが仲間を呼ぶってこと、もっと早く教えてくれよ!?」

「言ったっつーの!!」


 まじか。言ってたのか。倒すと血の酸が出ると聞いて、隙間なくシャドーデーモンでラッピング状態だったからな。いや、パッケージ化? とにかく、聞こえなかった……。


 まさか仲間を呼ぶ特性を持っているとは。ヌルの一件で得た知識が、仇になったか……。


 サモンは時と場所を選ばず呼び出せる。ヌルに呼び出されたイビルドーザーが、薄暗い地下室で死の間際に仲間を呼んでも、意味がなかった。だから気づかなかったのだ。


 しかし、野生の状態ならご覧の有様だ。後ろでは視界を埋め尽くすほどのイビルドーザーが、列を成している。渋滞を起こしている。仲間内で登ったり登られたりしている。これは酷い組体操だ。ホームビデオには収めたくないな。


 やつらの足が絡まってくれたりしないかな? 淡い期待を抱いていたが、どれだけ逃げても追ってきそうな気配である。このまま森の外まで逃げれば、恐らくは追跡も終わるのだろうが……。


「カーク! 木の上に隠れてろ。森の中なら、キラービーには見つからない!」


 元気よく鳴いて飛び立つカーク。イビルドーザーは俺たちだけを見つめ、追い続けてくる。


「ライオネル! お前、泳げるか!?」

「はぁっ!? 全身鎧だから、分からんけどっ! 近くに水場なんてあったか!?」


 俺たちはファウストの捜索に来たのだ。逃げなければイビルドーザーに轢き殺されるのは間違いないが、このまま素直に追い出されては敵わん。


「息を止めろ……潜るぞ! 【ナイトスワンプ】」


 地面を液状化させ、飛び込んだ。毎度お馴染みの逃走術だが、今回は勝手が違う。さらなる工夫が必要だ。


 イビルドーザーは、地面から飛び出てきた。つまり、土の中でもガンガン追ってくるはずだ。


 続けて【ナイトスワンプ】を唱える。場所は真後ろ。特別な工夫とは言えないが、この作戦はきっと活きる。


 走る勢いのままに飛び込めば、範囲外の地中に激突するのは間違いない。それを逆手に取って、土壁を思い切り蹴って完璧なターンを決める。スイマークロノとは俺のことよ。


 この逃走劇は、俺主催で行われている。ただ追うだけのイビルドーザーは、沼の中から俺の逃走経路を割り出さなければならない。ただし、俺の思考を読むだけの時間はないぞ。


 先頭のイビルドーザーたちが、次々と沼に入水してくる。獲物の逃走経路は、真後ろだ。方向転換しようとしても、もう遅い。後続のドーザーたちが、ご入場だ。身動きひとつ取る隙間もない。


「ごぼごぼ……っ」


 ライオネルの腕を掴み、反対の手で逃走経路を指差す。地上ではイビルドーザーたちが今も走っているであろう場所を、地中から逆走する。


 全力疾走からの水泳は、息が続かない。上から振動を感じるので、ここで顔を出そうものなら、首だけアイキャンフライ。しかし窒息死も嫌だ……。


 もう限界が近い。死を覚悟で地上に顔を出そうとしたとき……目の前の土壁に、人が通れそうな穴が空いていた。


 きっと何かの巣穴だろう。一か八か、頭を突っ込む。それと同時に、大きく息を吸う。息苦しさが消える。中には酸素があったようだ。ライオネルも別の穴を見つけたらしく、親指を立てていた。


 地上から伝わる振動も、少しずつ収まってきている。巣穴を液状化して進むくらいなら、息継ぎをしながらここで待つのが正解だろう。


 揺れが完全に収まったところで、恐る恐る顔を出す。木漏れ日が眩しいぜ。地表は群れの通り道で凸凹になっていたが、害虫どもの姿はどこにもなかった。


「……ふぅ、逃げられたか」

「うへっ、水と泥で全身びちゃびちゃだぜ……」


 時間が経つほど泥水は乾き、スキルの効果も薄れていく。固まる前に、鎧に入り込んだ泥をほじくり出す作業が始まる。俺には慣れた作業だが、ライオネルはどうだろう……。


「一応、水抜き用に開閉できる部分はあるけど……時間がかかるぜ……」

「早くしないと土に戻るぞ。飛べ、飛べ」


 生活魔法で頭から水を被り、泥を落としながら、野郎ふたりでぴょんぴょん。あのね、おじさんたち、ウサギさんなのっ♪


「おえー、臭っさ……これ腐葉土の匂いか……っ」

「そのうち慣れる。それに、銀ピカ装備の金属臭もカモフラージュできていいんじゃないか?」


 匂いもそうだが、表面の泥が固まって、銀ピカ装備が落ち着いた色合いになった。今までが駆け出し騎士なら、今は歴戦の騎士っぽい。まぁ、ちっとばかし泥臭ぇけどな。


「カー……オエ……ッ」


 隠れていたカークが戻ってきたが、俺の肩に止まる直前に、ちょっと嫌そうな顔をしたな。臭いのは分かるが、俺のペットなら慣れろ。俺たちみたいなはみ出しものは、きれいには生きられないんだぞ。


「それにしても、何の巣穴か知らないが、助かったな。大家さんに遭遇しなかったのもポイント高い」

「あの巣穴……たぶん、アント系だぜ」


 蟻かぁ。昔、寝ているあいだに耳の中に入って大変だったんだよな。顎の音がキィキィうるさいし、めちゃくちゃ噛んでくる。痛いのなんのって。指を突っ込んでも届かないし、仕方がないから耳に水を流し込んで始末した。寝耳に水とはこのことよ。


「妙だな……アント系は、めちゃくちゃ数が多い。数分のあいだだけど、穴に頭を突っ込んで、一匹も見かけないなんておかしいぜ」

「ふむ……詳しく。思いついたこと、すべて話せ」

「イゼクト大森林で一番遭遇しやすいのが、アント系だ。ところが、巣穴どころか地上でも一匹も見かけてない。最初のドーザーは、たぶんアントの巣穴の中を移動していたんだ。普通は、アントと戦闘になるはずなのに……」

「他には何かあるか?」

「ケイブマンティスは攻撃的だ。同族だろうと多種族だろうと、視界に入ったら襲うタイプ。囲んでくるなんて、不自然だぜ……それに、イビルドーザーはもっと奥地に居るはず。それが仲間を呼んだからって、声が届く範囲にあの量が居るのはありえない」

「……なるほど。王都ギルドが言っていた異常が関係しているのか。これがマンティコアの余波なのかねぇ」

「クロノが寝ているあいだに、ルークから聞いたんだけどさ。森から出ないはずの虫型魔物が出てきて、周辺の村を襲っていたらしいんだ。周辺って言っても、数十キロは離れてる。奇妙な話さ。だからファウストが派遣されたらしい」


 ルークの野郎……そんな大事な話があったなら、さっさと話しとけよ。仕返しのつもりか。まぁ、ライオネルを連れてきていて良かった。


「ひょっとしたら、クィーンが居るかもしれねぇ」

「クィーン? どんな魔物だ」

「虫型魔物を指揮する能力を持つやつを、クィーンと呼ぶんだぜ。強さもまちまちで、大きさや種族さえも決まってない。ユニークほどじゃないけど、かなり珍しいと聞いたぜ」

「……つまり、ファウストがマンティコアに遭遇したのはイレギュラーで、この森の奥地には、クィーンが居る。そいつが異常の原因と言いたいわけか」

「たぶんな。アント系が居ないのは、駆逐されたか……異常を察して移動したってところかな……」

「頭に入れておく。さぁ、先に進むぞ。俺たちは何があろうと引き返せないんだ」


 静かな森だ。俺たちが歩くたびに、草木を踏み抜く足音がはっきりと聞こえる。周辺に魔物が居たならば、やり過ごすことはまず不可能だろう。どうせなら鈴虫みたいな魔物が居れば良かったのに。樹海ライブハウスでヘドバンしてろ。


 俺の心配を他所に、魔物と遭遇することはなかった。思えば、あれだけの数のイビルドーザーが襲ってきたのだ。巻き込まれたくない他の魔物も、遠くに逃げたのかもしれない。


「……やっぱり、変だぜ。虫型魔物はとにかく数が多いんだ。そこら中に居る。それなのに、ドカっと出会ったかと思えば、ぱったり姿を見ない。普通なら、小競り合いや縄張り争いの痕跡が、そこら中にあるはずさ」

「そのクィーンとやらが、居ると断定して間違いなさそうだな。そいつは真の平和主義だったりするのか? 戦いを止めて、皆で仲良くしましょう、ってな」

「どうだろうな。聞くところによると、賢いと言っても虫だ。人のように国を作ったりはしない。あくまで、繁殖が目的だから、他の虫に指示を出して、自分の縄張りから追い出すだけらしいけど……」

「だったら、この森がそいつの巣ってわけだ。土足で入ってきた俺たちをぶっ殺すために、種族単位で差し向けてきたとすると、頭は悪そうだ」

「そうだといいな。いや、居ない方が助かるんだけどな……」


 もうこそこそと歩く必要はない。戦士と魔術師では、自分の気配を隠せない。森に慣れるうちに学習した俺たちは、吹っ切れて話しながら進んでいた。


 神経を研ぎ澄ますにも限界がある。数匹のシャドーデーモンに周辺を索敵させるにとどめて、ボケーッと歩く。暇すぎてあくびが出た。


 だんだんと眠くなってきた。今日はぽかぽか日和で、お昼寝にはピッタリだ。危険な森でなければ、すぐにそうしただろう。


 こういうとき、美少女はいいなぁ。寝ているだけでも絵になる。おじさんの場合は、夜勤明けかな? って生々しいものになっちまうんだ。


 バカなことを考えても、眠気は収まらない。あくびをしすぎて、顎が外れかけた。


「あががが……危ないところだった」


 セルフアッパーを決めて、顎をはめ直す。間抜けな声が出てしまったが、ライオネルは無反応だ。気になって横目で見ると、ライオネルも眠そうだ。こりゃ、変だな……?


「……おい、見ろよ。こんな物騒な森で、蝶が飛んでるぞ」

「んー……魔物か? この眠気……あいつのせいなのか……?」


 空は広い。遮蔽物がないので、強風が吹き荒れている。ただの虫なら、俺たちの上空をひらひらと飛び続けるのは不自然だ。魔物がうじゃうじゃ居る森に居られるのは、魔物だけだ。


「クロノ、遠距離攻撃ってイケる?」

「俺を誰だと思ってる。基本的にムリだ。俺の間合いはゼロ距離な。ひらりと躱された日には、憤死しちまうよ」

「走って逃げようぜ。ここで眠ったら、二度と目覚めそうもない」


 確かに、逃げるべきだ。ただし、これがクィーンの作戦なら、話は違ってくる。捜索の邪魔をされ続けるのも面倒だし、乗ってやろうじゃないか。


「ライオネル……寝た振りをしろ。おびき出す」

「ちょ……強い魔物だったらどうするんだ……」

「その時は逃げる。幸い、痺れなどはない。レベル差のせいか、俺たちが昏睡状態になることもない。かなり眠いだけだ。どうにでもなる」


 ばたりと倒れ込み、枯れ葉に顔を埋めながら、じっと待つ。目を閉じてシャドーデーモンの視界を借りる。周囲に魔物の姿はない。


 こういうことは、根気が物を言う。辛抱強く周囲を索敵していると、シャドーデーモンが、影を捉えた。


 ものすごい速さで駆け抜けていった。こいつの正体は、すぐに分かるはずだ。狙いは間違いなく、俺たちなのだから。


「ライオネル、合図をしたら飛び起きろ。何か来る」

「分かった。敵の奇襲だな? クロノは大丈夫か?」

「サプライズには慣れているんでな。初撃は何とかする。その後は、頼むぞ」


 合図を出して飛び引くと、俺たちが直前まで寝ていた場所に、何かが降ってきた。


 その魔物は、四足歩行の獣だった。とても醜悪な見た目をしている。人間のような頭に、生皮のような肌……そして、尾はサソリのような毒針を備えていた。


「なっ……何で……ここに……マンティコアが居るんだよ!?」


 ライオネルの戸惑いに近い叫びに、マンティコアは咆哮で答えた……。
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