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絆編

秘密がバレてクロノ死す

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 今日も朝からギルド職員だ。図鑑更新が一段落したので、受付として立っている。まぁ、俺の場所に並ぶやつは居ないわけだが。


 暇なのはむしろありがたい。脳みそを休めることが出来るから。だが、いつまでも暇のままとなると、面白くない。天の邪鬼の立ち回りは、控えるつもりはないんでね。


 ちゃんと策を用意している。それこそが、俺の肩に止まった梟だ。森で昼食を狩り終えて、戻ってきたこのタイミングでお披露目よ。


「ほー」

――な、なんだあの梟は!? 白くて可愛いじゃないか……。

――超こっち見てる。触りたぁい。


 ブサイク&キュート作戦パート2だ。効果はばつぐんだ。


「触りたいなら、触っても、いいんだヨ?」


 悪魔のささやきに、人は簡単に引っかかる。ガタリと椅子を揺らして、我先にと並ぶ冒険者たち。梟もちやほやされて満更でもないご様子だ。WIN-WINである。


「かー!」


 遅れてカラスがやってくる。ちやほやされている梟に、対抗意識バリバリのようだ。いいぞ、それでこそ俺のペットだ。持っているやつから、すべてを奪ってやれ。


 だが、そこはカラス。ただのカラス。ちっとも人気がない。悲しみの血の涙を流すと、周りから引かれる始末。哀れカラス!!


 諦めて俺の肩に止まって、しょんぼりしている。嘴に血の跡が付いてるからな、そういうとこだぞ。拭いてやるけどさ。


「カラス、これよろしく」


 依頼の張り紙を丸めて持たせると、ボードに向かって飛んでいく。このカラス、実はとても器用である。ボードの上に乗ると、紙を広げて待っている。


――ふっ、カラスからの依頼か。受けてやるか……。


 手渡しならぬ足渡し方式で、冒険者の心を鷲掴みよ。ライバルの梟は可愛い。可愛いは正義だ。だが、正義とは人の数だけあるものである。頭を使えばどうにでもなるのだ。


 久々に活気のあるギルドに、冒険者が入ってきた。並ぶかカラスの依頼を受けてもいいんだぜ。ハゲは裏で調理してるからな。


――ぶ、ブサクロノさん、尋ね人です!


 おぉ、ルーク派の取り巻きの野郎じゃないか。しかし、俺をご指名か。存在しない俺のご両親とかじゃないだろうな……?


「どんな人?」

――青年の男です。ブサクロノさんをベタ褒めしていたんで、最初は人違いかとおも……っす、すいませんっした。俺はこれで……。

「ふむ。別に失言ってわけでもないと思うけどな」


 ペコペコと頭を下げて出ていく冒険者と入れ違いでやってきたのは、なんと、先輩だった。炭鉱夫生活でお世話になった、記憶喪失の名無し先輩だ。


「こんにちは。ブサクロノさんはいらっしゃいますか?」

「先輩、チィーッス! また炭鉱で魔物出たんスか!?」

「あぁ、良かった。お久しぶりです。実は、炭鉱夫の仕事が終わったんですよ。親方も旅に出てしまって、行く宛がなかったもので。私も旅のついでに立ち寄ってみただけなんです」


 あー、そうね。俺がルークの武器をぶっ壊したもんね。そりゃ、価値が暴落して炭鉱夫に高い給料は払えなくなるよなぁ。


「親方、怒ってました? 先輩やアニキも怒ってまス……?」

「あぁ、そうそう、親方から伝言を頼まれていたんです。『ホッとした』だそうですよ。他の方々も、故郷が恋しかったから良い機会になったと笑っていましたよ」

「そうっすか。俺もホッとしました」

「私も君の元気そうな姿が見れて、安心しましたよ。でも本当にギルド職員だとは思いもしませんでした。狭き門だと聞いていたのでね。やっぱり、クリスタルゴーレムを一撃で倒すだけありますね」


――クリスタルゴーレムを一撃だと!?

――ランクBの魔物だぞ!?


 うん、まぁ……地域特性ってやつがね、あるんだけどね。面倒だし内緒にしておこうかな。減給が解けたら、ギルド長にこの話を売って、差し引かれた金を取り戻すつもりだからね。ニチャァ。


 先輩との話に花を咲かせていると、厨房からハゲがやってきた。騒がしいというお小言のあと、先輩を見て目を見開いた。


「お、おま……ロレンスじゃねぇか!?」

「あのー、この強そうな方は、ブサクロノさんの同僚の方ですか?」


 おぉー、さすがは先輩だ。丁寧な言葉使いだなぁ。もし俺がハゲを人に尋ねるとしたら、『このおハゲになった方は?』と尋ねるのが関の山なのに。


『「お」をつければいいというものではないよね』


 確かに。ナイトメアの正論に頷く俺。それにしても、やっぱり先輩はいいね。警戒しなくていいから、接するのがめっちゃ楽だ。


「お前、ロレンスだろ!? 2年間もどこ行ってやがった!? ギルド長ぉぉぉ!! ロレンスが、ロレンスが帰ってきたぁぁぁぁっ!!」


 ハゲの大声で、ギルド長が降臨。ハゲと似たようなリアクションである。知り合いだったのか。


 首を傾げる先輩に、抱きつくギルド長。ひょっとして、ギルド長の旦那さんだったりする? お給料アップのチャンスか?


「ロレンス……よくぞ無事で戻ってきた」

「すみませんが、どちら様ですか?」

「これ以上、驚かせないでくれたまえ。悪い冗談だぞ」


 うーん、仲介しようかな。話が進みそうにないし。


「先輩は、記憶喪失なんすよ。俺と一緒で」

「はぁ!? 嘘だろお前……まじかロレンス」

「ブサクロノ君に続いて、ロレンスもか。奇妙なことは続くものだね。いや、しかし……ふたりとも似たところがあるからね……」


 俺と先輩、何一つ似てないぞ。体型から性格まで、まったく違う。


「ブサクロノ君に、改めて紹介しよう。彼はロレンス。商家の三男坊で、副ギルド長だ」

「ファッッッッッ!?」


 先輩も先輩……大先輩じゃねーか。なんで記憶喪失になってんの。俺の記憶喪失はガチで嘘だからな。謎は深まるばかりである。


「ロレンスは、『不幸』という呪いを持っている。私はそれに興味を持ってね。計算もできるようだし、副ギルド長として雇ったわけさ。幸いなことに、彼の不幸体質は、自分の身にのみ降りかかるものだと判明している」


 なるほど。ギルド長は学者気質だ。自分の保身など考えず、検証を兼ねて雇ったのだろう。そして、俺が適正を調べて貰ったとき、『ブサイク』というスキルを呪いと断定して、理解があったのも、ロレンスという前例があるからか。


「えーっと、先輩はその不幸体質で記憶喪失に……?」

「私の代わりに仕事を頼んだのだが、ロレンスの乗っていた馬車が滑落して行方不明になっていたんだ。きっとその時の衝撃で……」


 それが不幸体質ってやつなのか。いやぁ、俺の強運ほどじゃないけど、ツいてない人も居るんだなぁ……。


「先輩……じゃなくて、ロレンスさん。良かったじゃないっすか! そのうち思い出せるっすよ!」

「そう、ですね。実感はありませんが……ブサクロノさんの同僚の方なら、きっと嘘はないでしょう」

「ロレンス、実家に戻ってみたらどうかな? ご両親も君を心配していた。君を追い出したことを、心の底から後悔していたよ」


 こうして、先輩はギルド長の手配された馬車に乗って、旅立って行った。また失踪されても困るので、ギルド長が同伴している。


「ふたりが帰ってきたら、ボーナスあるかな?」

「あるだろうな。いや本当に、よくやった。今日の飯はとびきり豪華にしてやる」


 わぁい。棚ぼただなぁ。もし先輩改め、ロレンスさんが副ギルド長として復帰してくれたら、この激務も随分とましになりそうだ。


「それにしても、ドグマさんももったいないことしたなぁ。俺なら絶対、旅のお供にロレンスさんを連れて行くけどね」

「……今、ドグマと言ったか?」

「あ、知ってる? ドワーフでさ、酒を樽ごと飲むんだよね」

「お、お前……もったいないことしたな。ドグマと言えば、伝説の職人だぜ。ここ数百年の国宝は、すべてあの人が作ったらしい」


 ちょ、まじで? ルークの武器を派手に壊したけど、見逃してたら国宝クラスだったのか。うぅん、ちょっと罪悪感。でも、ドグマさん自身が納得していたようだし、別にいいか。国宝クラッシャー・クロノを名乗る勇気はないし。


「別にいいよ。俺には愛剣ルーティンソードがあるし」

「がっはっは! ドーレンさんが聞いたら、さぞ喜ぶだろうなぁ!」

「それはそれでムカつくな。うーん、自分の身の丈にあった武器とでも言おうかねぇ」

「お前なぁ、そこは素直になっとけよ……」

「だが断る」


 それから数日後、ロレンスさんが副ギルド長として復帰した。戻ってきてくれたのは嬉しいけど、早すぎないか?


「ロレンスさん、もう少しご家族の方とゆっくりしても良かったんじゃ?」

「ギルド長もそう言ってくれましたけどね。私はどうも、居心地が悪くって」

「実は歓迎されてなかったとか?」

「いいえ、暖かく迎えてくれましたよ。けれど、私の記憶は今も戻っていません。違和感というか、遠慮というか……怖いんですよ」


 一理ある。自分からすれば赤の他人なのに、相手は自分を我が子として接してくる。思い出話をされてもピンと来ない姿を見て、相手方はわずかに心を曇らせることだろう。そういったことの積み重ねが起きるのだから、居心地が悪いのもムリはないか。


「すみませんね、ブサクロノさんにこんな話をしてしまって。きっと私は幸運なんでしょう。あなたは、過去を知る人さえ居なかったのですから」

「あー、むしろ気楽でしたよ。お前は○○だった……なんて言われないから、好き勝手に行動できたし」


 嘘付いてごめんよ~。でも、自分のためについた嘘だからね。とことんしらばっくれるのが筋ってもんさ。


「ははは、それは良いですね。羨ましがっても、いいですか?」

「どうぞどうぞ。でも、記憶はなくても根っこは残ってると思いますよ。だから、思い出したときに『あのときはよくも嘘付いてくれたなァ』って言ってやりましょう」

「あれ!? 思い出すと腹黒い系なんですか!? 今のままでもいいかもしれませんねぇ」

「自然体が一番です」


 ロレンスさんと打ち解けて、4人でギルド職員をするのが当たり前になった。このまま何事もなく冬が明けると思っていたある日のこと。またしても、俺にお客さんがやってきたようだ。


 チラっと見えたのは、まだ若い少年だ。マルスよりは大きい。他に目立つ特徴と言えば、目の下のくま……ではなく、黒い塗料を塗っている。こんなのメジャーリーガーが付けてたけど……年齢的に、中二病とでも呼ぶか。


 黒いローブを身に着けていることから、冒険者だろう。何やら、口論になっているご様子。


「ですから、僕は王都からわざわざブサイクロノさんという方に会いに来たんです。邪魔をしないでくれますか」

――ちょっかいかけたら痛い目に合うぞ。敵討ちなんて止めとけって……。


 止めているのは元ルーク派の冒険者だ。単純に中二病を心配しているご様子。


「……さっきからごちゃごちゃとうるさい人ですねぇ! ルークと僕は何の関係もありません。これ以上、邪魔をするつもりなら、ぶっ飛ばしますよ」


 中二病の握りこぶしが、燃える。炎の魔術師か? いや、何かが違う。煙が出ているのがその証拠だ。それはともかく、建物内でスキルを使われては敵わん。


「待て、そこの中二病!! 俺に何のようだ!?」

「……あぁ! もしかして、あなたがブサイクロノさんですか? うわぁ、凄いなぁ。本当に名前を言えないなんて、はははっ!」

「喧嘩なら、外で買うぞ」

「喧嘩? 誤解ですよ。僕はルークと何の関係もありません。あなたと話をしたくて、王都からやってきました。お時間ありますか? 僕とお話しませんか? 邪魔が入らない場所で」


 近くで見ると、やはりまだ幼さが残る。目の下の黒い塗料の下には、濃いくまがある。どこか影のある雰囲気だ。金髪でなければ、マッドサイエンティストと勝手に名付けたことだろう。性格も、ちょっと悪そうだし。


「いや、誰だお前。ホモか? 知りもしない男と二人っきりとか地獄かよ」

「これは失礼。僕はファウスト。王都のCランク冒険者です。ルークを派手に負かしたあなたに、少し興味がありまして。別に、個室でなくとも構いませんよ」

「ふーん、素性は分かった。嫌だ。帰れ」

「あはははは、噂通りの人だなぁ! 忙しいのでしたら、人が減るまでここで待ちますよ?」


 人の話を聞かないやつだ。追い払うか。出番だぞ、カラスくん!


「行け、カラス。ファウストにドリルくちばしだ!」

「カー!」


 カラスくんはちょっぴり魔物の血が流れているらしい。ただのカラスより強いのだ。必殺のドリルくちばしで、効果はばつぐん――。


「おや、今日はテイマーですか。よしよしカラスくん。干し肉をあげましょう」


 ファウストの腕に止まったカラスが、餌付けされている。なんということだ、このカラス……使えねぇ!


「てめー、カラス。ちょっと優しくされただけで女子を好きになるタイプだろ。でもそいつは男だぞ。おじさんくらいになると、骨格を見ただけで分かるから。さっさと帰ってこい」

「そう邪険にしないでくださいよ。少し、大事な話がありましてね。聞いてくれないのなら、このカラスくんは預かっておきますね」

「かー!?」


 あかん、カラス人質に取られた。かー、じゃねぇよ。気づくの遅いっつーの。


「わ、分かった! 話を聞く。だから、カラスには手を出さないでくれ」


 漢クロノ・涙の命乞い! すると、嫉妬した梟までファウストの腕に止まった。


「ほー!」

「おや、人質が増えてしまいましたね」


 こっち見んな梟。お前自分から行ったじゃねーか。もう一度、カラスと同じ茶番を繰り返してから、町を歩きがてら話を聞いてやることにした。


 俺は町一番の不人気者だ。誰も近づいて来ない。どこだろうと大事な話は出来るのである。


「で、話って何だ?」

「赤龍、ユニークのシャドウウルフ、フロントデーモン。強力な魔物に出会ったそうですが、本当ですか?」

「あぁ、本当だ。我ながら運が悪いと思うよ」

「強運なんですね」


 うん? こいつ、今、なんて言った……?


「聞き慣れない表現をするんだな。そこは幸運とか、不運って言わないか?」

「そうですか? 聞き慣れた単語でしょう。僕と、あなたならね」

「……何が言いたい」

「僕も、強運なんですよ。あなたと同じです。理不尽に、死を運命づけられた人ですよ」


 ま、まさか……こいつも、【強運】持ちなのか!?
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