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絆編

謎の飛行物体とクロノ死す

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 悪の化身クロノは、心を入れ替えた振りをして、今日もギルド職員として頑張っている。


『冒頭からクズ』


 そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。反省すべきところなど、俺には何もないのだから。あれは演技だからさ、俺の心はさ、いつだって朝の空気のように澄み渡っているんだよ。今からその証拠をお見せしよう。


「ハゲー、明日から連休くれ」

「あぁ? ムリに決まってんだろ」


 ほらな、ハゲは悪。立場の弱くなった俺は善。


「でもさ、もうすぐ一ヶ月連続出勤だぞ? タフなボディでも死んじまうよ。痩せたとやつれたは別なんだぞ」

「俺だって休みたいっつーの。図鑑更新でクッソ忙しい時期は、お前が国王でも許されん」


 冬は魔物の出現数がガクっと減る。その代わり、人里付近で目撃されることが増えるし、強力な個体の比率が跳ね上がるらしい。


 だから冒険者たちは、大半が長い休暇に入る。強い魔物は、強い冒険者に任せて、自分たちはたまに探索依頼をこなして安全に冬を越そうというライフスタイルが確立されている。


 必然的にギルド職員も暇になるはずだが、そうはいかない。浮いた時間を利用して、積もり積もった冒険者たちの報告を元に、魔物の特徴や生息地を更新して、魔物図鑑を作る。来年の冒険者たちのサポートをするのだ。


「大義名分は分かったけどさぁ、何でアルバの俺たちが、王都の図鑑更新を手伝わにゃならんのだ……出会ったことのない魔物なんて編集に困る」

「アルバの行動理念は、何だろうな……?」

「はい……冒険者を育てて王都ギルドに送り出すことです……」

「正解……図鑑更新用の資料をプレゼント……ついでに俺にもな……」

「ジーザス。答えになってねぇ……」

「王都に行く前に、魔物の予備知識は必要だろ。最初は無条件で完成品を貰ってたんだけどな。あっちも人手が足りないから、手伝えって流れにな……」

「あぁ、そうですか。でも冒険者が図書館に入るところ、見たことないです」

「俺は見たことあるぜ。お前と、ギルド長。あとは、王都行きが決まった冒険者が、パラっと流し見するぜ……?」


 酷いオチだ。大して役に立ってない。でも死ぬほど大変。かといって熱心に読む人が現れると、それはそれで俺たちが困っちゃうな……。


「ここ数年は、人手不足を理由に断れてたんだがなぁ」

「俺のクビが繋がったのは、この図鑑作業を目前にして、人手を減らしたくなかったからでは……?」

「お前ちょっと3ヶ月くらい辞めろや。その後戻って来い」


 ギルド長には借りが出来ちゃったからなぁ。レジェンドバックラー・クロノも見た目通りフットワークが重くなってしまったのだ。だから借りって怖いんだよな。


「まぁ、しばらくはおとなしくするさ。俺の予想だと、もうすぐ図鑑更新も終わりだからな」

「やる気出てきたぜ。信じるぞ」


 朝から図鑑更新を続けて、夕方にやっと片付いた。あとはギルド長に報告するだけで、この苦痛から開放される。もう追加は来ない。これは予想ではなく、確信である。


「失礼します。ギルド長、図鑑更新が終わりました!」

「ご苦労さま。これは追加だ。よろしく頼むよ」


 あれは確信ではなく、願望である。人が絶望するのに、小難しい策は必要ないんだな。すべて物量が飲み込んでいくのだ……。


 絶望はお裾分けするに限る。しれっと追加の報告書をハゲの横にドンと置く。


「へいおまち!!」

「おいブサクロノてめぇ嘘付きやがって飯抜くぞオラ」

「やめてください死んでしまいます」


 派手に悪人プレイしておいて、何事もなくギルド職員として励んでいるわけだが、それはギルドの中だけ。ハゲの懐と頭皮が広いからに過ぎない。


 一歩外に出れば、すべてのお店から入店拒否される。2ヶ月間の出禁である。もうお分かりだろう。俺はハゲの飯で生きているのだ。


 生活必需品は、冒険者に依頼を出している。受注してくれる冒険者は、なんとルーク派の取り巻きたちだった。出禁が解けたら許してやろう。


 厄介なことに、非認可娼婦さえも俺を見ると一目散に逃げ出してしまう。野外プレイを最後に、俺は誰ともファックできていない。ミラちゃんやティミちゃんに頼めば、ヤらせてくれそうなわけだが――。


「やべっ、居留守させてくれ」

「……またかよ。分かったよ。隠れてろ」


 俺が裏に隠れてしばらくすると、ティミちゃんがやってきた。早い話が、俺の居所を探している。


「……嬢ちゃん、帰ったぞ。これ今月の中級マナポーションだとさ」

「助かった。大事に飲むと伝えてくれ」

「自分で伝え……チッ、しょうがねぇなぁ」


 今の俺は、町で最も評判の悪い男だ。小人族のミラちゃんやティミちゃんは、地道な活動によってやっと社会的な地位を築いてきた。俺と関わって良いことなど何もない。


 だが、ふたりともそれをまったく気にせず会いに来る。だから俺は隠れてやり過ごしている。


「おっ、今日も手紙が入ってる。律儀だなぁ」


 角の取れた女の子らしい文字で、俺を心配してくれている。同時に凄く会いたがっている。


 手紙は嬉しいけど、どうせならパンツくれにゃん。可愛く言ったらたぶんくれる気がするけど、今は会えないからなぁ。さすがにハゲを通して言うのはちょっとね……。


 そうして今日も一日が終わり、やっと家に帰れる。今だけシャドーデーモンの気持ちが分かるぜ。


「何か楽しいことないかなぁ……ガツンっ!?」


 うつむきながら歩いていたら、いきなり頭を殴られた。威力から察するに、凄まじい殺意だ。いいぜ、来いよ。八つ当たりしてやる――。


「なんだこの白い塊は……?」

『梟だね。今にも息絶えそうだけど、八つ当たりするのかい?』

「捨て身タックルか? 気合入ってんなぁ」

『事故でしょ。上空から落下して来たんだから』

「まじ? 空から降ってきてもいいのは女の子だけだぜ」

『まじまじ。ボク、落ちてくるところ、ちゃんと見てたからね』


 それを分かっていてだんまりを決め込む相棒、さすがです。


『君の頭がクッションにならなかったら即死だったからね。助けないのかい?』


 ハイヒールは人前で使いたくない。誰かに見られたら面倒だ。けれど、命には変えられないか。


「しょうがねぇなぁ。【ハイヒール】」


 まばゆい光が、梟を包む。これで怪我は治したし、そのうち勝手に飛び立つことだろう。鶴のお礼参り、期待してるぜ。


 ベストなシチュエーションは、そうだなぁ……羽でおパンティを編んで貰って、ついでに擬人化して貰う。出来上がったおパンティを丸一日着用したやつを欲しいところだ。


『この梟、気絶してるね。放置すると目覚める前に馬車に轢かれちゃうかも』

「回りくどい言い方するなぁ。分かったよ、持ち帰りますぅ~っ」


 気絶した梟を抱えると、見た目の割に軽い。そして、温かい。じんわりと伝わってくる生物の体温は、冷え切った体に染みたぜ……。



「さて、こいつどうしよう」


 怪我は治ってるし、放置しても死なないはず。鳥の扱いなんざ知らないし、ベッドに置いて、ほげーっと眺めていたら、白い塊に反応あり。こいつ、動くぞ……!!


「……待て。家を荒らされたら敵わん」


 こいつはすぐに飛び立つことだろう。ついでにクソして行くかもしれん。そうなる前に、窓を開け放ち、逃げ道を作ってやらねば。


 冷たい風が部屋を吹き抜ける。俺はぶるりと震えて縮こまるが、梟には目覚めの風となったようだ。


 起き上がって周囲をきょろきょろと見渡す。見慣れぬ景色に戸惑っている。それもすぐに落ち着いた。さぁ、巣立ちの時間だ……なぜ飛ばない!?


「ほー」

「ほー、じゃねぇよ。早く出ていけ。寒いんだよ」


 梟が、白い翼を広げ、とうとう飛び立った!


「いや何でこっち来るの!?」


 そうか、分かったぞ。こいつは怪我が治ったばかりで、まだ上手く飛べないんだ。


 突っ込んでくる梟をしゃがんで回避したが、直前で軌道を変えた梟は、俺の肩に止まった。


「お前飛べるじゃん! 自由自在じゃん!? そして痛ぇ!!」


 鳥が肩に止まる。ほのぼのシーンだと思うじゃん? めっちゃ痛いんだな、これが。鳥の足から伸びた爪が、俺の肩に食いコンドル!!


『梟は森のハンターだからね。自在に飛べるし、掴んだ獲物は放さない』

「解説はいいから助けろ。こいつ全然離れない……っ!」


 掴んで引き剥がそうとすると、肩の肉を持っていかれそう。そういうダイエットはNG。


「ちくしょう! 誰か、肩パッドをくれ。世紀末のトゲトゲしたやつ!!」


 慌てる俺とは対象的に、肩に止まった梟は落ち着いている。青い瞳が俺の顔を覗き込んでくる。


「よく見ろ。俺は獲物じゃないぞ。そして横から覗き込むの止めろ。それは俺の煽りの専売特許なんだぞ!? 出るとこ出るか? お前も弁護士呼んで来いよ!」


 俺の警告にまるで聞く耳を持たない。頭から耳っぽい毛がぴょこっと生えてるのに……そうか!


「さてはお前、羽角があるからミミズクだな? 梟と勘違いされたから怒ってたんだな!? 似たようなもんだと思うけど、お前には大事だったんだな!? 誤解は解けた。俺たちは分かり会えた! だから出ていけ」


 微動だにしなかった。話が通じないのは不便だなぁ。翻訳様は人間限定だ。テイマーなら、生き物の考えも分かるのだろうか。


『しょうがないなぁ。特別に、ボクが、通訳してあげよう』

「まじかよ凄いぞ相棒! でも、どういう風の吹き回しだ」

『風が寒いんだ。キミの感覚はボクの感覚だからね』


 太陽ではなく北風に敗けてしまったナイトメア。しかし最高にホットな提案をしてくれたわけだし、頼むぞ相棒。


「ほー(助けてくれてありがとう。お礼にこの家に住むね)」

「いやいやいや、『ほー』の一言にそんな意味が含まれてんの!?」


 お礼に住むって発想は意味が分からない。うちペット禁止なんすよ~。


『もうキミの家だし、大丈夫でしょ』

「簡単に言うなよ。餌だってよく分からんのに飼えるか」

「ほー(自分で狩れるから大丈夫)」

「でもお前、落ちてきたじゃん」

「ほー(雲の中を飛んでいたらワイバーンに轢かれただけ。狩りの高度なら平気)」


 晴天を見上げると、はるか上空でワイバーンを見かけることがある。それにしても、雲の中か。かなりの高度まで飛べるんだなぁ。まぁ、地球の梟とは違うのだろうが。


「お前、アルバで見たことがない。どこから来た? 餌の好みとか違うんじゃないか?」

「ほー(ずっと北の雪深い森から。好みは、食べれば分かるから)」


 窓から夜空へと飛び立っていく梟。怪我の影響はなさそうだ。俺も安心して家の窓を閉めることが出来た。


 暖かくなると、眠くなる。うとうとしていたら、窓が叩かれた。梟のご帰還だ。俺は意地悪なので、聞こえない振りをしてみた。


 するとどうだろう。嘴で窓を叩く威力がどんどん上がっていく。オーケーブラザー。俺の負けだよ。だから窓ガラスをぶち破ろうとするのは止めてください。


「ほー(この場所、いいわね。森は近いし天敵も居ない。冬でも餌が豊富。決めたわ、この家に永住します)」

「何勝手に決めてんのぉ……」

「ほー(えっちなことしてもいいわよ)」

「するかヴォケ! メスなら何でも欲情するわけじゃねーぞ。つーかお前、メスだったのか。そんな性格だとモテないぞ」

「ほー(じゃあ、卵生んだらあげる。食べていいわよ)」


 まじか。卵は欲しいな。アルバで食事に困ったことはないが、卵は別だ。鶏が居ないこの世界では、卵がめっちゃ貴重なのだ。安い卵でも1個で銀貨数枚はする高級食材……欲しい。


「しょうがないなぁ。住んでいいよ。そのうち巣箱を作ってやるから、今日のところは外で寝てくれよ。フンだらけにしないなら、部屋の中に場所を用意するけど……」

『段取りがイイッ!!』

「ほー(ありがとう。なかなか見どころのあるオスね。私、体が火照ってきちゃったから、今日は外で過ごすわ)」


 なんだろう、凄くウザい。勘違い女をあるあるネタにした女芸人みたいなノリ止めてくれ。


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