130 / 230
ギルド職員編
鬼畜ロノ死す
しおりを挟む
露出プレイを終えたあと、食事を与え、風呂に入らせてまた外に叩き出す。こうして俺は温かいベッドで眠り、テレサは凍えながら外で眠った。
翌朝になると、またテレサに散歩をさせる。いつもの薄着で、いつもの張り紙を付けて。渋ることなく出かけたものだから、俺の思惑に気づいたのかもしれないな。
ギルドに出勤した俺は、すぐさまハゲに話しかけられる。
「お前、派手なことしてるそうじゃねぇか。市民からの苦情が半端じゃないぜ」
……ふむ。ハゲは歩いている人が誰なのか知らないようだ。
「悪いな。見せしめなんだ。ギルド長も居ないことだし、許してくれよ」
「鬼畜外道のブサクロノ様には、俺の言葉は届かないわなぁ。まっ、引き際を間違えるなよ。俺はこの手の厄介事には関わるつもりはねぇからな」
どうにも事務的で、覇気がない抗議だ。これは助かる。殴られても止めるつもりはないからな。
ギルドに続々と冒険者がやってくるが、俺の噂でもちきりだ。少女を憐れむ声と、俺を批難する声が聞こえてくる。ルークをボロクソにして、取り巻きに太く長い釘を刺したおかげで、誰もがすぐに口を閉ざすのだ。
ギルドの職務が終わり、日暮れの町を歩く。俺を見た人たちがこぞって噂する。その内容は、ギルドで聞いたものと変わらない。なるべく早く変化が起きて欲しいところだ……。
翌日……今日は土曜日だ。すなわち、国民の休日である。いつものようにテレサを歩かせ、俺は家で温々と過ごしている。
シャドーデーモン越しにテレサの様子を見守るとしよう……。
日に日に冬が増していくなか、テレサの薄着は変わらない。もはや限界が近いのは、誰の目にも明らかだ。
満足に食事を摂ることも出来ず、冷たい風がテレサの体温と体力を奪う。己の体を抱きしめたところで誤魔化せるものではない。
いつもなら、こうして一日が終わる。だが、とうとうテレサの環境に変化が起きた。
白髪の男が、テレサにぶつかる。その瞬間、紙袋をテレサに渡したのだ。
――買いすぎて食べ切れそうにない。ぶつかったお詫びにやるよ。
「えっ? あのっ――」
テレサが喋る前に、男は人混みに消えて行った……。
受け取った紙袋の中には、ホーンラビットの串焼きが5本入っている。テレサは中身を覗き込みながら、迷ったことだろう。
なぜなら、テレサに餌を与えるな、衣服を与えるな。そう書かれた紙を見ていない人など、もうアルバには存在しないのだから。
男は、間接的な俺の警告を無視して、白々しくテレサに食事を与えたのだ。
その変化は、きっかけに過ぎない。人々がテレサの周りに集まってくる。背を向けて、立ち止まる。この意味が、すぐには分からなかったはずだ。
テレサを取り囲んだのは、散歩の妨害が目的ではない。人々が死角となり、もしどこかでクロノが様子を伺っていたとしても、見られない。
だからテレサは、困ったように笑ったあと、温かい差し入れを美味しそうに食べ、微笑んだ。
これもまた、変化のきっかけに過ぎない。若い男が、テレサの首にマフラーをかけた。
――新しいマフラーを買ったんだ。俺の代わりに捨てておいてくれ。
テレサの首にかかったマフラーは、決して高いものではない。だが、生地の質感からして、新品だった。
もう男の姿はない。テレサの首にかかって揺れるマフラーを、別の誰かがしっかりと巻き直して、人混みの中に消えていった。
気がつけば、テレサはセーターを着て、北風を防ぐコートまである。各々が好き勝手に渡したもんだから、お世辞にもオシャレとは言えないが、とても暖かい。
人の優しさに触れたテレサは、ただ泣きながらお礼を言っていた。シャドーデーモンを寄せて、その泣き顔をじっくりと拝もうとすると、家の扉が強く叩かれた……。
優しさは、ときに形を変えて、牙を剥く。
「……さて、俺のターンかな」
扉を開けると、ガイルさんが居る。その後ろには、険しい顔をした人々が居る。さっき見たやつも居るなぁ。
そして、皆に守られるように、テレサちゃんもずっと後ろで立っている。どうしたらいいのか分からず、何度か視線を飛ばしてくるが、無視だ。よって、テレサちゃんの答えは、沈黙である。
「えーっと、衛兵さんがどういったご用件で?」
「薄着の少女を歩かせているという苦情が入った。真夜中に不埒な行いをしたとの通報もある」
「うーん、何が言いたいんですか?」
「町の秩序を乱している。即刻、少女を解放するように。内容によっては、法的措置を取ることになる」
「確かに、その女の子は、俺の命令で歩いてますよ。不埒な行いってやつは、身に覚えがありませんが。ただ、俺が捕まるのはおかしい」
「町の秩序を乱した。どこかおかしいところがあるか?」
「これは民事です。示談です。俺と少女が交わした約束に基づいた結果です。衛兵が介入するのなら、その少女も捕まえてくれないと」
俺の作った筋書きはこうだ。
あの少女は俺の家の柵を壊した。家主である俺は、少女に弁償金を求めたが、少女は町に来たばかりで、返済の目処が立たない。闇雲に待っても、住所も決まっていないので、踏み倒される可能性が高い。
そこで俺は、周囲への注意喚起を兼ねて、あの張り紙をさせて、薄着で町を歩かせる条件を出した。少女も、その提案を了承した。
「俺を逮捕すると、示談は破談です。弁償金を支払うように衛兵を通して申請します。まぁ、町の秩序を乱している人がまとめて消えて、衛兵さんは一石二鳥かもしれませんが、どうします?」
「……見せしめは、もう済んだだろう?」
「見せしめは、済みました。俺の気は、まだ済んでない」
ガイルさんが眉間にシワを寄せて、深く長い溜息をついた。俺は知っている。ガイルさんは優しい。優しすぎる。だから、俺という知人・衛兵という立場・町人が願う少女の解放……板挟みで非常に困っている。
俺がよく知らないのは、町人だ。ぜひ聞かせて欲しいものだ。あなたがたの胸の内を……。
――あんたは、あの子が断れないと分かっていて、酷いことをしている。
「あれは罰だ。あの格好だからこそ、あなたたちは少女を見たのでは?」
――げ、限度がある。凍死したらどうするんだ。
「うん? 見て見ぬ振りしておいて、その言い方は心外だなぁ。そんなに気になるなら、衣服を貸してあげてもいいんですよ?」
弁解のついでにヒントを出すと、後ろでホッとしてる人が居る。きっとテレサに食事か衣服を与えた人だろう。
――俺からも聞いていいか。いつになったら、あんたの気が済むんだ?
「さぁ……今は犯罪者扱いされて、ムッとしていますね」
――それは……弁償金は、いくらなんだ?
「銀貨10枚です。本当はもっと高かったけど、大幅に割り引きしてるんですよ。利子もないし、支払い期限もない。良心的でしょう?」
――だったら、俺がその金額を立て替える。あの子を解放してくれ。
「甘やかすなよ。支払い能力がない子だから、その条件にしてやってるんだ。あんたが出しゃばるなら、全額請求させて貰う。金貨の用意はいいか?」
金貨は大金だ。赤の他人のために支払える額ではない。それを理解して貰えたようで、男は引き下がった。
しかし、いい線を突いている。そろそろ敗北を知りたいぜ。
「まだ何か、話があるなら聞きますが?」
眉間のシワが弱まったガイルさんが、口を開く。
「ブサクロノの言い分を要約すると、彼女が自分で支払うなら銀貨10枚。他人が支払うなら、金貨1枚を請求する。これで間違いないか?」
「そうですね。あぁ、募金は受け付けません。可哀相ですが、あの子を甘やかせば、そういった詐欺が増えそうですからね」
「むっ……一理ある。気をつけねばならんな。しかし、彼女を解放するつもりはないということではないか?」
「心外だなぁ。彼女が自分で稼いだ金で弁償してくれるなら、俺も助かる。でも、身元不明だしムリでしょ。あと1ヶ月もすれば俺の気が済むと思うし、もう帰ってくれます?」
一ヶ月も待てば、凍死する。言わずとも誰もが理解している。さて、善良なる市民の皆さん、鬼畜ロノから、哀れな少女を救えるかな……?
俺がニヤニヤしながら待っていると、体格のいい中年の女性が手を上げた。
――あんたが言ったこと、全部本当だね?
「もちろんです。分かったら、さっさと帰ってください。家の外は、寒くて敵いません」
――あの子は、あたしが引き取る。住み込みで働かせる。文句はないね!?
「……なぁっ!? ど、どうせ……いっ、いかがわしい店だろ!?」
――失礼だね。冒険者向けの、健全な宿さ!
俺は苦虫を噛み潰したような表情をして、言葉を濁す。もう何も言い返せない。
――決まりだね。この子は、あたしが引受人になる。さぁ、こんなやつのことはもういいのさ。うちにおいで。
おどおどするテレサちゃんに、中年の女性が微笑んだ。その表情に悪意は見えない。
テレサちゃんは悩んだ末に、とうとう口を開いた。
「……あ、あのっ! ありがとうございます。でも、最後に、あの人と話をさせてください。あたしが迷惑をかけたのは事実ですし、謝りたいんです。それに、あの家に荷物もあるので……」
――行っておいで。何か変なことをされたら、大声を出すんだよ。
町人が敵意の目で俺を見る。実に居心地が悪いじゃないか。俺は舌打ちをして、テレサと家に入り、扉を閉めた……。
「ねぇ、あたしどうしたらいいの? 色んなことが一気に起こって、意味が分からないの……」
今にも泣きそうな顔をしている。まぁ、当事者ならそんなものかもしれない。
「分からないなら、俺の筋書きを教えてやろう」
テレサに起きた一連の騒動は、すべて俺の思惑によるものだ。
俺が描いたストーリーは、実にシンプルだ。悪に苦しめられている少女を、勇者が救い出す話さ。
真冬に薄着の少女を歩かせる。たったそれだけのことで、誰が見ても哀れな少女が生まれる。
しかし、助けようとする人を、俺という悪の存在が阻む。これで町人は、手を出せなくなった。
だが、恐怖による縛りは、長くは続かないものだ。
町人は、あるとき抜け道に気づく。注意書きはあれど、破った人への罰については書かれていない。もし破って標的にされたとしても、知らぬ存ぜぬで逃げられるのだ。
つまり、恐怖に打ち勝つ程度の正義感に突き動かされ、ほんの少しの勇気があれば、哀れな少女を悪の手から救い出すことが出来るのだ。
それを後押しするべく、野外露出プレイを決行した。誰かに目撃されるまで続ける予定だったのだ。ちなみに、もう半分は趣味というか好奇心でやった。
いつもは言葉で相手を煽ってきたが、今回は行動によって、相手の正義感を煽ったのだ。
その後は俺の思惑通りに事が運び、男が立て替えを申し出た。だが、勇者候補さんは、ひとつだけ条件を満たせなかった。
仮に男が大金を支払い、テレサを引き受けたとする。もしも男がテレサに言い寄れば、圧倒的な借りがあるテレサは断ることが出来ない。
だから、身元引受人は、女がいい。それも、子供を育てたことがある経験豊富な女性がいい。思春期の難しい年頃の女の子を、厳しくも優しく包み込んでくれるような女性がいい。
そして、赤の他人と断言できるほど、俺たちとの関わりがない人が良い。足がつきにくく、アインの存在が発覚しても知らなかったで済まされるかもしれないから。
そのすべての条件を満たしたのが、体格の良いあの女性だ。あの女性こそが、勇者である。
「という壮大な話だったのさ。分かった?」
「いつから考えてたの?」
テレサちゃんを自由にする話は、テレサとして生まれた瞬間から、ずっと考えていた。けれど、自由になるには高く分厚い壁が存在した。
魂の色だ。これは誤魔化せない。取り除く術が限られている。
では、どうやってテレサちゃんを自由にするか?
俺の知人というコネを使えば、テレサちゃんの友好関係は広がる。しかし、テレサちゃんがアインであることが発覚した場合、その知人も巻き添えを食らうかもしれない。
邪道はいかん。やはり正攻法こそがジャスティス。
そこで俺はギルド職員になった。地位を手にすれば、偉い人とコネを作れる。時間がかかるかもしれないが、そのコネを広げていけば、いずれ魂の魔道具を扱える本命にたどり着くと思ったのだが……。
時間が、かかりすぎる。真面目にやればやるほど、確かな現実として物語ってきた。
やはり、正攻法では救えない。我慢の末に、チャンスが訪れた。それこそが――。
「ルークが嫌がらせしてきたときに閃いたのさ」
冒険者は武器を携帯するので、登録するときは魂の色を見られる。だからテレサちゃんは冒険者になれない。一般人としてスタートだ。
人を隠すなら人の中……稀代の犯罪者が、まさかここまで派手に行動して注目を集めるとは夢にも思うまい。どちらかと言えば、俺のほうが犯罪者として認識されてそうである。
「ヤツをボロクソにしたのは、俺が悪として覚えてもらう最高の機会だった」
ちなみに、もう半分は、趣味である。言わないけどな。
「……本当にそれでいいの?」
我ながら最高の筋書きだと思う。来世はシェイキング・スピアを名乗ってもいいレベル。何が不満なんだろう……?
「あたし、あんたがルークと決闘するとき、あの場に居たの。あんた言ってたじゃない。ギルド職員は、自分の人生そのものなんだって。それを……あたしなんかのために台無しにしてどうするのよ……っ」
「……俺が何のためにギルド職員になったと思ってるんだ?」
「嘘……そこからもうあたしのためだったの……?」
「いや、自分のためだぞ」
「えぇぇ……あたし恥ずかしいやつじゃない……」
閉口するテレサちゃん。何か勘違いしているようなので、教えてやるか。
「確かに、『ギルド職員は俺の人生そのもの』と言った。それは表面的なものだ。俺の実力が地位に繋がったに過ぎん。俺が俺である限り、認められたという結果は変わらないんだよ。実力に満ち溢れた俺は、また新しい腰掛けを探すさ」
「それでも……大切なものでしょ……っ」
「テレサちゃんの自由と引き換えなら、ギルド職員の座なんて安いもんだ」
「ぐす……っ、あんたは……それでいいわけ……っ?」
「自分のことだけ考えろ。俺は俺でうまく立ち回るから心配されても困る」
やっと自由になれるというのに、泣きすぎだろう。今くらいは、笑顔でありがとうと言って欲しいもんだ。
外野を待たせるにも限界がある。別れは寂しいが、送り出す時間だ……。
「巣立ちの時間だ、テレサ。広い世界を、見てこい!」
俺はやり遂げた。だからこそ、心から笑って送り出せるのだ。テレサも笑ってくれるに違いない。
「……やだ。あたし行きたくない」
何ですと……!? えっ、ちょっと待って。まじで……?
あとがき
次回、さよなら
翌朝になると、またテレサに散歩をさせる。いつもの薄着で、いつもの張り紙を付けて。渋ることなく出かけたものだから、俺の思惑に気づいたのかもしれないな。
ギルドに出勤した俺は、すぐさまハゲに話しかけられる。
「お前、派手なことしてるそうじゃねぇか。市民からの苦情が半端じゃないぜ」
……ふむ。ハゲは歩いている人が誰なのか知らないようだ。
「悪いな。見せしめなんだ。ギルド長も居ないことだし、許してくれよ」
「鬼畜外道のブサクロノ様には、俺の言葉は届かないわなぁ。まっ、引き際を間違えるなよ。俺はこの手の厄介事には関わるつもりはねぇからな」
どうにも事務的で、覇気がない抗議だ。これは助かる。殴られても止めるつもりはないからな。
ギルドに続々と冒険者がやってくるが、俺の噂でもちきりだ。少女を憐れむ声と、俺を批難する声が聞こえてくる。ルークをボロクソにして、取り巻きに太く長い釘を刺したおかげで、誰もがすぐに口を閉ざすのだ。
ギルドの職務が終わり、日暮れの町を歩く。俺を見た人たちがこぞって噂する。その内容は、ギルドで聞いたものと変わらない。なるべく早く変化が起きて欲しいところだ……。
翌日……今日は土曜日だ。すなわち、国民の休日である。いつものようにテレサを歩かせ、俺は家で温々と過ごしている。
シャドーデーモン越しにテレサの様子を見守るとしよう……。
日に日に冬が増していくなか、テレサの薄着は変わらない。もはや限界が近いのは、誰の目にも明らかだ。
満足に食事を摂ることも出来ず、冷たい風がテレサの体温と体力を奪う。己の体を抱きしめたところで誤魔化せるものではない。
いつもなら、こうして一日が終わる。だが、とうとうテレサの環境に変化が起きた。
白髪の男が、テレサにぶつかる。その瞬間、紙袋をテレサに渡したのだ。
――買いすぎて食べ切れそうにない。ぶつかったお詫びにやるよ。
「えっ? あのっ――」
テレサが喋る前に、男は人混みに消えて行った……。
受け取った紙袋の中には、ホーンラビットの串焼きが5本入っている。テレサは中身を覗き込みながら、迷ったことだろう。
なぜなら、テレサに餌を与えるな、衣服を与えるな。そう書かれた紙を見ていない人など、もうアルバには存在しないのだから。
男は、間接的な俺の警告を無視して、白々しくテレサに食事を与えたのだ。
その変化は、きっかけに過ぎない。人々がテレサの周りに集まってくる。背を向けて、立ち止まる。この意味が、すぐには分からなかったはずだ。
テレサを取り囲んだのは、散歩の妨害が目的ではない。人々が死角となり、もしどこかでクロノが様子を伺っていたとしても、見られない。
だからテレサは、困ったように笑ったあと、温かい差し入れを美味しそうに食べ、微笑んだ。
これもまた、変化のきっかけに過ぎない。若い男が、テレサの首にマフラーをかけた。
――新しいマフラーを買ったんだ。俺の代わりに捨てておいてくれ。
テレサの首にかかったマフラーは、決して高いものではない。だが、生地の質感からして、新品だった。
もう男の姿はない。テレサの首にかかって揺れるマフラーを、別の誰かがしっかりと巻き直して、人混みの中に消えていった。
気がつけば、テレサはセーターを着て、北風を防ぐコートまである。各々が好き勝手に渡したもんだから、お世辞にもオシャレとは言えないが、とても暖かい。
人の優しさに触れたテレサは、ただ泣きながらお礼を言っていた。シャドーデーモンを寄せて、その泣き顔をじっくりと拝もうとすると、家の扉が強く叩かれた……。
優しさは、ときに形を変えて、牙を剥く。
「……さて、俺のターンかな」
扉を開けると、ガイルさんが居る。その後ろには、険しい顔をした人々が居る。さっき見たやつも居るなぁ。
そして、皆に守られるように、テレサちゃんもずっと後ろで立っている。どうしたらいいのか分からず、何度か視線を飛ばしてくるが、無視だ。よって、テレサちゃんの答えは、沈黙である。
「えーっと、衛兵さんがどういったご用件で?」
「薄着の少女を歩かせているという苦情が入った。真夜中に不埒な行いをしたとの通報もある」
「うーん、何が言いたいんですか?」
「町の秩序を乱している。即刻、少女を解放するように。内容によっては、法的措置を取ることになる」
「確かに、その女の子は、俺の命令で歩いてますよ。不埒な行いってやつは、身に覚えがありませんが。ただ、俺が捕まるのはおかしい」
「町の秩序を乱した。どこかおかしいところがあるか?」
「これは民事です。示談です。俺と少女が交わした約束に基づいた結果です。衛兵が介入するのなら、その少女も捕まえてくれないと」
俺の作った筋書きはこうだ。
あの少女は俺の家の柵を壊した。家主である俺は、少女に弁償金を求めたが、少女は町に来たばかりで、返済の目処が立たない。闇雲に待っても、住所も決まっていないので、踏み倒される可能性が高い。
そこで俺は、周囲への注意喚起を兼ねて、あの張り紙をさせて、薄着で町を歩かせる条件を出した。少女も、その提案を了承した。
「俺を逮捕すると、示談は破談です。弁償金を支払うように衛兵を通して申請します。まぁ、町の秩序を乱している人がまとめて消えて、衛兵さんは一石二鳥かもしれませんが、どうします?」
「……見せしめは、もう済んだだろう?」
「見せしめは、済みました。俺の気は、まだ済んでない」
ガイルさんが眉間にシワを寄せて、深く長い溜息をついた。俺は知っている。ガイルさんは優しい。優しすぎる。だから、俺という知人・衛兵という立場・町人が願う少女の解放……板挟みで非常に困っている。
俺がよく知らないのは、町人だ。ぜひ聞かせて欲しいものだ。あなたがたの胸の内を……。
――あんたは、あの子が断れないと分かっていて、酷いことをしている。
「あれは罰だ。あの格好だからこそ、あなたたちは少女を見たのでは?」
――げ、限度がある。凍死したらどうするんだ。
「うん? 見て見ぬ振りしておいて、その言い方は心外だなぁ。そんなに気になるなら、衣服を貸してあげてもいいんですよ?」
弁解のついでにヒントを出すと、後ろでホッとしてる人が居る。きっとテレサに食事か衣服を与えた人だろう。
――俺からも聞いていいか。いつになったら、あんたの気が済むんだ?
「さぁ……今は犯罪者扱いされて、ムッとしていますね」
――それは……弁償金は、いくらなんだ?
「銀貨10枚です。本当はもっと高かったけど、大幅に割り引きしてるんですよ。利子もないし、支払い期限もない。良心的でしょう?」
――だったら、俺がその金額を立て替える。あの子を解放してくれ。
「甘やかすなよ。支払い能力がない子だから、その条件にしてやってるんだ。あんたが出しゃばるなら、全額請求させて貰う。金貨の用意はいいか?」
金貨は大金だ。赤の他人のために支払える額ではない。それを理解して貰えたようで、男は引き下がった。
しかし、いい線を突いている。そろそろ敗北を知りたいぜ。
「まだ何か、話があるなら聞きますが?」
眉間のシワが弱まったガイルさんが、口を開く。
「ブサクロノの言い分を要約すると、彼女が自分で支払うなら銀貨10枚。他人が支払うなら、金貨1枚を請求する。これで間違いないか?」
「そうですね。あぁ、募金は受け付けません。可哀相ですが、あの子を甘やかせば、そういった詐欺が増えそうですからね」
「むっ……一理ある。気をつけねばならんな。しかし、彼女を解放するつもりはないということではないか?」
「心外だなぁ。彼女が自分で稼いだ金で弁償してくれるなら、俺も助かる。でも、身元不明だしムリでしょ。あと1ヶ月もすれば俺の気が済むと思うし、もう帰ってくれます?」
一ヶ月も待てば、凍死する。言わずとも誰もが理解している。さて、善良なる市民の皆さん、鬼畜ロノから、哀れな少女を救えるかな……?
俺がニヤニヤしながら待っていると、体格のいい中年の女性が手を上げた。
――あんたが言ったこと、全部本当だね?
「もちろんです。分かったら、さっさと帰ってください。家の外は、寒くて敵いません」
――あの子は、あたしが引き取る。住み込みで働かせる。文句はないね!?
「……なぁっ!? ど、どうせ……いっ、いかがわしい店だろ!?」
――失礼だね。冒険者向けの、健全な宿さ!
俺は苦虫を噛み潰したような表情をして、言葉を濁す。もう何も言い返せない。
――決まりだね。この子は、あたしが引受人になる。さぁ、こんなやつのことはもういいのさ。うちにおいで。
おどおどするテレサちゃんに、中年の女性が微笑んだ。その表情に悪意は見えない。
テレサちゃんは悩んだ末に、とうとう口を開いた。
「……あ、あのっ! ありがとうございます。でも、最後に、あの人と話をさせてください。あたしが迷惑をかけたのは事実ですし、謝りたいんです。それに、あの家に荷物もあるので……」
――行っておいで。何か変なことをされたら、大声を出すんだよ。
町人が敵意の目で俺を見る。実に居心地が悪いじゃないか。俺は舌打ちをして、テレサと家に入り、扉を閉めた……。
「ねぇ、あたしどうしたらいいの? 色んなことが一気に起こって、意味が分からないの……」
今にも泣きそうな顔をしている。まぁ、当事者ならそんなものかもしれない。
「分からないなら、俺の筋書きを教えてやろう」
テレサに起きた一連の騒動は、すべて俺の思惑によるものだ。
俺が描いたストーリーは、実にシンプルだ。悪に苦しめられている少女を、勇者が救い出す話さ。
真冬に薄着の少女を歩かせる。たったそれだけのことで、誰が見ても哀れな少女が生まれる。
しかし、助けようとする人を、俺という悪の存在が阻む。これで町人は、手を出せなくなった。
だが、恐怖による縛りは、長くは続かないものだ。
町人は、あるとき抜け道に気づく。注意書きはあれど、破った人への罰については書かれていない。もし破って標的にされたとしても、知らぬ存ぜぬで逃げられるのだ。
つまり、恐怖に打ち勝つ程度の正義感に突き動かされ、ほんの少しの勇気があれば、哀れな少女を悪の手から救い出すことが出来るのだ。
それを後押しするべく、野外露出プレイを決行した。誰かに目撃されるまで続ける予定だったのだ。ちなみに、もう半分は趣味というか好奇心でやった。
いつもは言葉で相手を煽ってきたが、今回は行動によって、相手の正義感を煽ったのだ。
その後は俺の思惑通りに事が運び、男が立て替えを申し出た。だが、勇者候補さんは、ひとつだけ条件を満たせなかった。
仮に男が大金を支払い、テレサを引き受けたとする。もしも男がテレサに言い寄れば、圧倒的な借りがあるテレサは断ることが出来ない。
だから、身元引受人は、女がいい。それも、子供を育てたことがある経験豊富な女性がいい。思春期の難しい年頃の女の子を、厳しくも優しく包み込んでくれるような女性がいい。
そして、赤の他人と断言できるほど、俺たちとの関わりがない人が良い。足がつきにくく、アインの存在が発覚しても知らなかったで済まされるかもしれないから。
そのすべての条件を満たしたのが、体格の良いあの女性だ。あの女性こそが、勇者である。
「という壮大な話だったのさ。分かった?」
「いつから考えてたの?」
テレサちゃんを自由にする話は、テレサとして生まれた瞬間から、ずっと考えていた。けれど、自由になるには高く分厚い壁が存在した。
魂の色だ。これは誤魔化せない。取り除く術が限られている。
では、どうやってテレサちゃんを自由にするか?
俺の知人というコネを使えば、テレサちゃんの友好関係は広がる。しかし、テレサちゃんがアインであることが発覚した場合、その知人も巻き添えを食らうかもしれない。
邪道はいかん。やはり正攻法こそがジャスティス。
そこで俺はギルド職員になった。地位を手にすれば、偉い人とコネを作れる。時間がかかるかもしれないが、そのコネを広げていけば、いずれ魂の魔道具を扱える本命にたどり着くと思ったのだが……。
時間が、かかりすぎる。真面目にやればやるほど、確かな現実として物語ってきた。
やはり、正攻法では救えない。我慢の末に、チャンスが訪れた。それこそが――。
「ルークが嫌がらせしてきたときに閃いたのさ」
冒険者は武器を携帯するので、登録するときは魂の色を見られる。だからテレサちゃんは冒険者になれない。一般人としてスタートだ。
人を隠すなら人の中……稀代の犯罪者が、まさかここまで派手に行動して注目を集めるとは夢にも思うまい。どちらかと言えば、俺のほうが犯罪者として認識されてそうである。
「ヤツをボロクソにしたのは、俺が悪として覚えてもらう最高の機会だった」
ちなみに、もう半分は、趣味である。言わないけどな。
「……本当にそれでいいの?」
我ながら最高の筋書きだと思う。来世はシェイキング・スピアを名乗ってもいいレベル。何が不満なんだろう……?
「あたし、あんたがルークと決闘するとき、あの場に居たの。あんた言ってたじゃない。ギルド職員は、自分の人生そのものなんだって。それを……あたしなんかのために台無しにしてどうするのよ……っ」
「……俺が何のためにギルド職員になったと思ってるんだ?」
「嘘……そこからもうあたしのためだったの……?」
「いや、自分のためだぞ」
「えぇぇ……あたし恥ずかしいやつじゃない……」
閉口するテレサちゃん。何か勘違いしているようなので、教えてやるか。
「確かに、『ギルド職員は俺の人生そのもの』と言った。それは表面的なものだ。俺の実力が地位に繋がったに過ぎん。俺が俺である限り、認められたという結果は変わらないんだよ。実力に満ち溢れた俺は、また新しい腰掛けを探すさ」
「それでも……大切なものでしょ……っ」
「テレサちゃんの自由と引き換えなら、ギルド職員の座なんて安いもんだ」
「ぐす……っ、あんたは……それでいいわけ……っ?」
「自分のことだけ考えろ。俺は俺でうまく立ち回るから心配されても困る」
やっと自由になれるというのに、泣きすぎだろう。今くらいは、笑顔でありがとうと言って欲しいもんだ。
外野を待たせるにも限界がある。別れは寂しいが、送り出す時間だ……。
「巣立ちの時間だ、テレサ。広い世界を、見てこい!」
俺はやり遂げた。だからこそ、心から笑って送り出せるのだ。テレサも笑ってくれるに違いない。
「……やだ。あたし行きたくない」
何ですと……!? えっ、ちょっと待って。まじで……?
あとがき
次回、さよなら
5
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる