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ギルド職員編
はぶてられてクロノ死す
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「今日という今日は、絶対許さないんだからっ!!」
朝、目覚めるなり、ズビシッと指を差された。愛しのテレサちゃんがお怒りである。寝癖で髪の毛がハネまくっている。生活感ある様子も可愛いね。
「あたしの扱いが、雑すぎるのよ。帰ってくるなりあたしの話をそっちのけで襲いかかって来るし」
「なんだ嫌だったのか。エチエチな格好で出迎えてくるから、てっきり誘っているものとばかり。じゃあ、今日は可愛い娼婦を漁ってくるよ」
「……か、格好はこれから気をつけるわ。でも、そうじゃないの。するにしたって、ムードとか……あるじゃない……?」
「ほぅ。ヌードか。今日はストリップが好きな娼婦を探すよ。ありがとう」
「そうじゃなくて! 少しくらい、あたしの話も聞いてくれても……」
「ごめんごめん。テレサちゃんを前にすると、不思議と肉欲を抑えられなくてレイプ魔になっちゃうんだよね。可愛すぎ」
「褒めて誤魔化そうとしてもダメよ。ダメなんだから……」
ちょっっっっっっっっっっっっろ!! 別に嘘は言ってないが、乙女スイッチ入るの早すぎである。
「帰ってくるだけ褒めてあげるわ。でも、弟子を取ったって話じゃない。あたしのことはほったらかしで、その子にばっかり構って……不公平よ」
不満をぶちまけたテレサちゃんがそっぽを向く。いつもの俺なら気持ちの悪い猫なで声で全力で絡むのだが、育成計画は次の段階に進んでいる。突き放す時期なのだ。
「俺に構って欲しいってことか?」
「……まぁ、そうね。あんまりほったらかしにしてたら、グレちゃうんだから」
「ひょっとしてテレサちゃん、照れてる? 照れ照れテレサちゃん?」
「その照れ照れテレサって呼ぶの止めて。なんか腹が立つわ」
言葉そのものは強めだが、声色にトゲはない。内心は構って貰えて嬉しくてたまらないのだろう。確信を得るべく、横顔を覗こうとしたら、そのぶんだけ身を捩るのがまた面白い。
最近は俺も忙しくて構ってあげられなかったのは事実だ。照れ照れテレサちゃんのご機嫌取りを兼ねて、また指導してやろう。
「よーし、今日は日常生活で役立つレッスンだ。まずは適当に朝飯を作って貰おうかな。汁物だけでいいからよろしく」
「はいはい。お湯を注ぐだけのやつね」
「いや、適当に野菜もぶち込んだほうが美味しい予感がする。よって、テレサちゃんには野菜を切って貰います!!」
「葉玉ねぎと豆腐でいい?」
豆腐は野菜か!? 確かに大豆から作られてるから野菜だけど……また微妙な選択をしたなと箱を覗くと、他に食材がなかった。仕方ないね。
「包丁の正しい握り方は分かるか? 添える手は、猫の手だ。間違っても手を切るなよ?」
「舐めないでよ。あたしは腐ってもレンジャー。刃物の扱いはお手の物よ」
あっ、凄い。見ないで切ってる。片手で高速かつ正確である。これも弱点特効の延長線かなぁ。凄いけど、つまらないな……せやっ! セクハラしたろ!
「ダメだよテレサちゃん。それは横着だ。食材を切るときは、手を添えなきゃ。抑えてないと、飛んでいっちゃうかもしれないよ?」
「ふふん、ありえないわ。もしそうなったら、逆立ちで町内一周してあげる」
ガチで出来そうなんだよなぁ。凄いけど、出来ることは罰ゲームとは呼ばぬ。別の切り口から説得するか……。
「普通の人は、片手でノールック切り分けしないんだよなぁ……?」
「……ね、猫の手ね。どうやるの?」
「第二関節を曲げて、食材に手を添える。はい、やってみて」
「……分かったわ。こうでしょ?」
「あー、ダメダメ。猫の気持ちになりきらないと。ニャンって言ってごらん」
「何でよ!? それ絶対に嘘でしょ!?」
「悲しいなぁ。おじさんはテレサちゃんを大切に思ってる。だから指導しているのに、疑われているなんて……」
嘘泣きはしない。声色に影を落とし、少しだけ落ち込んだ振りをする。するとテレサちゃんは、渋々といった様子で口を開く。
「……ニャン」
「あー、ダメダメ。両手を頬に当てるくらいあざとくやってくれないと、おじさん萌え萌えキュンキュンしないなぁ」
するとテレサちゃんは、肩を震わせながら、少しずつ手を上げていく。もうすぐ頬の高さになる。その直前で、腕を下げた。
「ぜ、絶対やらないからねっ!?」
惜しい。あれは迷っていた。流される寸前だった。押せば見れそうではあるが、また暇なときでいいか。だって腹減ったし。
「いただきま……何これ?」
「何って、コンソメスープよ」
「……成功を呼んじゃう系?」
「意味分かんないけど、見た目は失敗よね」
コンソメスープ。様々な食材の出汁が溶け込み、澄み切った液体からは想像が付かないほどの旨味が凝縮されたおフランスの料理である。
定義しないといけないほど、目の前のスープは濁っている。名前も知らないあの野菜は、型崩れするタイプだったのか。そこに豆腐が入って和の雰囲気すらある。国境を超えた料理と前向きに考えて、まずは一口……。
「見た目はアレだが、味は悪くないな」
「元が良かったのね。あたしは何でも美味しいけどね」
好き嫌いがないって素敵やん。たくさん食べて大きくなるのよ。久々にベタ褒めしようかと思ったが、鬼教官クロノは甘くない。悪いことはきっちり指摘するのだ。
「こらこら、スープを飲むときは、音を立てないのがマナーだ」
「だって熱いし。あんたしか居ないし、いいじゃない……ずずず」
褒めようとするとすぐこれだ。俺だって面倒くさいけど、テレサちゃんのお手本となるべく、音を立てずに飲んでいるというのに……。
口で言っても聞かないなら、クロノ流指導法、入ります。まず、スープが入った皿を持って立ち上がる。
「な、何よ。怒ってんの……?」
「いや全然。ちょっと場所変えようかなって」
俺が退席してしまうのではないか。焦り顔が安堵に戻る。あえてスルーして、俺が無言で座った場所は、テレサちゃんの真横だ。
そして、耳元で思いっきりスープを啜る。
「ずずずずずずずっ!!」
「……………………っ」
スプーンで平皿の底を叩くようにすくい上げ、ワンモアサウンド行くぜ。届け、この想い。
「ずずずっ、かーっ! こいつは旨ぇや!! ずずずずずずばぁっ!! べろべろべろぴちゃちゅぱぁぁぁ!!」
「分かった……分かったわよっ!! 静かに飲めばいいんでしょ!?」
俺の説得が実を結び、テレサちゃんはおしとやかにスープを飲み始める。別に完璧でなくともいい。挑戦する姿勢が美しいぞ。褒めたら調子に乗るから言わないけどな。
「ごちそうさま。お皿洗って貰おうかな」
「はーい。終わったら買い出しに行ってくるわね」
「ひょっとして、何事もなく皿を洗えると思ってないか?」
「ま、また何かする気なの!?」
そう身構えずとも良いではないか。おじさんはただ、テレサちゃんにセクハラしたいだけなんだから。
「テレサちゃんが皿を洗っているあいだ、おじさんはテレサちゃんの体を触ろうとします。上手くあしらってください! お触りするごとに服を一枚脱いで貰うぞっ」
「意味分からないんだけど!? いかがわしいことをしたいなら夜まで待ちなさいよ……」
「これは試験なんだ。世の中の男は、みんなスケベなクズ野郎さ。可愛いテレサちゃんを見たら、手を伸ばさずにはいられない。そんなクズどもを、角を立てることなくあしらってこそ、良い女さ」
「ふぅん。まっ、いいけど。ほら、やってみなさいよ」
余裕たっぷりのテレサちゃん。舐めて貰っては困る。いかに職とレベルの差があろうとも、歌舞伎町の神風と呼ばれたいこの俺が触れない道理はない。
『ただの願望』ナイトメアのツッコミは的確であるが、自信はある。究極奥義で丸裸にしてやるぜ。
「必殺……千手観音タッチ!」
下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる。とにかくラッシュだ。マンガ的表現なら、俺の周りは無数の手が描かれていることだろう。
「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
「無駄無駄無駄無駄ッ」
テレサちゃんは涼しい顔をして、痴漢の魔の手をすべて手のひらでいなし、受け流す。こいつ、化け物かっ!?
千手観音タッチは必殺の奥義である。限界を超えた動きは俺の体力を奪う。やがて腕が上がらなくなり、その場に手をついて崩れ落ちた……。
「あ、ありえない。ワンタッチすら出来ないだと……?」
「あたしは腐ってもレンジャー。あんたのお触りなんて、いつでも躱せるのよ? でもあたしは優しいから、これまでは仕方なく触らせてあげてたってわけ」
くそっ。無自覚にエッチなこと言いやがって。いいね。燃えてきた。その余裕がいつまで持つか見ものだな。次の作戦は、とびっきりだからなぁ!
「テレサちゃんズルい! 大人げない! 魔術師相手に本気になってさ。手加減してください!!」
「はいはい。両手は使わないであげるわ。これでいいでしょ?」
このクロノ・ノワール。女体に触れるためならば、駄々っ子だってするし、土下座も朝飯前。地べたに伏しながら、ほくそ笑むのがこの俺よ!
「今度こそ千手観音タッチで、乙女の柔肌を撫で回してくれる……っ!?」
目の前に、体捌きの神が居る。無数に繰り出すスケベタッチを、身のこなしだけで完璧に躱している。自由になった両手で皿洗いをしながら、だっ。
「……何故だ。何故、触れないんだっ」
「あたしが無条件で、あんたの条件を飲んだと思う?」
「ハァハァ……まっ、まさか……俺の体力を計算して……?」
「大当たり。あたしに触りたきゃ、夜まで待つことね。あんたの都合で、ズコバコされた昨日の恨みは忘れてないわよ」
悔しい。でもどうしよう。言い返す気力が湧かないくらい疲れた。床に大の字に寝転がりたい気分だ。
一方で、テレサちゃんは笑みを浮かべている。挑発的でありながら、自然な微笑み。これが勝者の余裕なのかっ。
「おのれぇぇぇ……一人だけ楽しそうにしやがって……楽しんでる?」
「えぇ、楽しいわ。体を動かすの、好きだし」
普段はお使いを任せてガス抜きをさせているが、誤魔化すにも限界がある。テレサちゃんが本当の自由を掴むチャンスは、かなり先のことになるだろう。それまでは、定期的に俺がセクハラ未遂を重ねる他なさそうだ。
『他にあるでしょ』なんて言われても、ないゾ。俺が楽しくなきゃ、意味ないからな。先の見えない積み重ねなんだから、ムリしても限界が来るだけなのである。
「難しい顔してどうしたの? 退屈だった?」
「ほほぅ、他人を労う余裕があるとは。よーし、ご褒美に指導を倍にしちゃう」
「ごめん。ずっと考えててくれる?」
その後もマナー指導に付きっきり。腰を据えて様子を眺めると、守らない言いつけがあった。
まず、くしゃみをするとき。口を手で覆い、飛沫が飛ばないようにする。何かをしているときはこれがおろそかになっている。クロノ式指導法が必要だ。
使ってない羽根ペンで自分の鼻をくすぐる。強制的にくしゃみを誘発する。あーっ、きたきたぁーっ!!
「は……は……っ――」
くしゃみをする寸前で、テレサちゃんの方向に向き直る。もうお分かりだろう。テレサちゃんの可愛い顔は、おじさんの飛沫で台無しになる。
「や、やってくれたわね……っ」
「すまそ。テレサちゃんもくしゃみするときは、必ず手で隠そうね。そうしないと、こうなっちゃうよ」
ハンカチで自分の顔を拭くテレサちゃん。もし衣服で拭いていたら、追い打ちをかけていたところだ。大変よろしい。
「あんたの指導法って、陰湿よね……」
「そうか? ウザいくらいに分かりやすいだろ」
「ウザいが8割よ。主張しすぎだと思うの」
「ふーん。腹が減ったから買い出し行ってきて」
「……嫌いな物はある?」
「トマトとかナスビかな」
「分かった。トマトとナスビ、ねっ!」
腹いせに買ってきそうな勢いで出ていった。別にまんじゅう怖いではなく普通に苦手なのだが、そのときは我慢して食べよう。すべてはテレサちゃんのためである。
待ち時間を利用して、特設ステージを作る。手当たりしだいに床に物を散乱させて、準備完了……それと同時に、テレサちゃんが戻ってきた。
「また散らかして……って、散らかしすぎでしょ!? 襲われたの?」
「まさかぁ。最強無敗のおじさんに敵は居ないよ。これは試験だ。頭に置いたそのコップの水を一滴もこぼすことなく、料理をテーブルまで運びたまえ!」
「そういうことね。別にいいけど」
床に散らばった物は、障害物だ。テレサちゃんの頭に設置したコップは、無駄な動きを防止するリミッター。究極にして最難関の試験を、テレサちゃんは突破出来るのか……っ!?
「……拍子抜けね。ご飯にしましょ」
あっさりテーブルにたどり着き、優雅に座って語りかけてくる。ドヤ顔で見てくるのがムカつく。「あたしに何か言うことがあるんじゃないの」そう顔に書かれてる。悔しい。でも合格にしちゃう。
ちなみに、昼のメニューは、ホーンラビットの串焼きと、サンドイッチだ。俺の嫌いな食材は使われていない。ホッとしたのもつかの間、サンドイッチにトマトが挟まれていた。
「好き嫌いは、ダメよ?」
「うへ……この手口は、まさに女子!」
大人の意地で完食したあとは、また思いつきで試験を重ね、いつの間にか夜になっている。とうとうこの時がやって来たか……。
「ねぇ、夜になったけど、する……?」
女の子らしく恥じらいながらも、誘ってくる。俺の返事は決まっている。
「すまん。めっちゃ疲れたから今日はナシで……」
「お昼の欲望はどこに消えたのよ……」
「千手観音タッチと、散乱させた物の後片付けで消し飛んだ……」
体力溢れる若者に、付きっきりで相手をしたもんだから、おじさんのライフはもうゼロよ。なんで独身の俺が、休日の家族接待で死にかけてるパパさんと同じ目に合わなきゃならんのか……。
『保護者としては満点だけど、男としては0点だね』
ちょいちょい寝てたくせによく言うぜ。もう屁理屈を考える気力もない。
「……はぁ、自分から誘うのって、結構恥ずかしいんだけどね。まぁ、いいわ。別にいつでも出来るしね。今日はありがとうね」
いつでも出来る、か。おじさん、何かと死刑宣告されてるからな。自分で増やしたばかりだし。それでも跳ね除けてきたけど、この日、俺は死んだように眠った……。
朝、目覚めるなり、ズビシッと指を差された。愛しのテレサちゃんがお怒りである。寝癖で髪の毛がハネまくっている。生活感ある様子も可愛いね。
「あたしの扱いが、雑すぎるのよ。帰ってくるなりあたしの話をそっちのけで襲いかかって来るし」
「なんだ嫌だったのか。エチエチな格好で出迎えてくるから、てっきり誘っているものとばかり。じゃあ、今日は可愛い娼婦を漁ってくるよ」
「……か、格好はこれから気をつけるわ。でも、そうじゃないの。するにしたって、ムードとか……あるじゃない……?」
「ほぅ。ヌードか。今日はストリップが好きな娼婦を探すよ。ありがとう」
「そうじゃなくて! 少しくらい、あたしの話も聞いてくれても……」
「ごめんごめん。テレサちゃんを前にすると、不思議と肉欲を抑えられなくてレイプ魔になっちゃうんだよね。可愛すぎ」
「褒めて誤魔化そうとしてもダメよ。ダメなんだから……」
ちょっっっっっっっっっっっっろ!! 別に嘘は言ってないが、乙女スイッチ入るの早すぎである。
「帰ってくるだけ褒めてあげるわ。でも、弟子を取ったって話じゃない。あたしのことはほったらかしで、その子にばっかり構って……不公平よ」
不満をぶちまけたテレサちゃんがそっぽを向く。いつもの俺なら気持ちの悪い猫なで声で全力で絡むのだが、育成計画は次の段階に進んでいる。突き放す時期なのだ。
「俺に構って欲しいってことか?」
「……まぁ、そうね。あんまりほったらかしにしてたら、グレちゃうんだから」
「ひょっとしてテレサちゃん、照れてる? 照れ照れテレサちゃん?」
「その照れ照れテレサって呼ぶの止めて。なんか腹が立つわ」
言葉そのものは強めだが、声色にトゲはない。内心は構って貰えて嬉しくてたまらないのだろう。確信を得るべく、横顔を覗こうとしたら、そのぶんだけ身を捩るのがまた面白い。
最近は俺も忙しくて構ってあげられなかったのは事実だ。照れ照れテレサちゃんのご機嫌取りを兼ねて、また指導してやろう。
「よーし、今日は日常生活で役立つレッスンだ。まずは適当に朝飯を作って貰おうかな。汁物だけでいいからよろしく」
「はいはい。お湯を注ぐだけのやつね」
「いや、適当に野菜もぶち込んだほうが美味しい予感がする。よって、テレサちゃんには野菜を切って貰います!!」
「葉玉ねぎと豆腐でいい?」
豆腐は野菜か!? 確かに大豆から作られてるから野菜だけど……また微妙な選択をしたなと箱を覗くと、他に食材がなかった。仕方ないね。
「包丁の正しい握り方は分かるか? 添える手は、猫の手だ。間違っても手を切るなよ?」
「舐めないでよ。あたしは腐ってもレンジャー。刃物の扱いはお手の物よ」
あっ、凄い。見ないで切ってる。片手で高速かつ正確である。これも弱点特効の延長線かなぁ。凄いけど、つまらないな……せやっ! セクハラしたろ!
「ダメだよテレサちゃん。それは横着だ。食材を切るときは、手を添えなきゃ。抑えてないと、飛んでいっちゃうかもしれないよ?」
「ふふん、ありえないわ。もしそうなったら、逆立ちで町内一周してあげる」
ガチで出来そうなんだよなぁ。凄いけど、出来ることは罰ゲームとは呼ばぬ。別の切り口から説得するか……。
「普通の人は、片手でノールック切り分けしないんだよなぁ……?」
「……ね、猫の手ね。どうやるの?」
「第二関節を曲げて、食材に手を添える。はい、やってみて」
「……分かったわ。こうでしょ?」
「あー、ダメダメ。猫の気持ちになりきらないと。ニャンって言ってごらん」
「何でよ!? それ絶対に嘘でしょ!?」
「悲しいなぁ。おじさんはテレサちゃんを大切に思ってる。だから指導しているのに、疑われているなんて……」
嘘泣きはしない。声色に影を落とし、少しだけ落ち込んだ振りをする。するとテレサちゃんは、渋々といった様子で口を開く。
「……ニャン」
「あー、ダメダメ。両手を頬に当てるくらいあざとくやってくれないと、おじさん萌え萌えキュンキュンしないなぁ」
するとテレサちゃんは、肩を震わせながら、少しずつ手を上げていく。もうすぐ頬の高さになる。その直前で、腕を下げた。
「ぜ、絶対やらないからねっ!?」
惜しい。あれは迷っていた。流される寸前だった。押せば見れそうではあるが、また暇なときでいいか。だって腹減ったし。
「いただきま……何これ?」
「何って、コンソメスープよ」
「……成功を呼んじゃう系?」
「意味分かんないけど、見た目は失敗よね」
コンソメスープ。様々な食材の出汁が溶け込み、澄み切った液体からは想像が付かないほどの旨味が凝縮されたおフランスの料理である。
定義しないといけないほど、目の前のスープは濁っている。名前も知らないあの野菜は、型崩れするタイプだったのか。そこに豆腐が入って和の雰囲気すらある。国境を超えた料理と前向きに考えて、まずは一口……。
「見た目はアレだが、味は悪くないな」
「元が良かったのね。あたしは何でも美味しいけどね」
好き嫌いがないって素敵やん。たくさん食べて大きくなるのよ。久々にベタ褒めしようかと思ったが、鬼教官クロノは甘くない。悪いことはきっちり指摘するのだ。
「こらこら、スープを飲むときは、音を立てないのがマナーだ」
「だって熱いし。あんたしか居ないし、いいじゃない……ずずず」
褒めようとするとすぐこれだ。俺だって面倒くさいけど、テレサちゃんのお手本となるべく、音を立てずに飲んでいるというのに……。
口で言っても聞かないなら、クロノ流指導法、入ります。まず、スープが入った皿を持って立ち上がる。
「な、何よ。怒ってんの……?」
「いや全然。ちょっと場所変えようかなって」
俺が退席してしまうのではないか。焦り顔が安堵に戻る。あえてスルーして、俺が無言で座った場所は、テレサちゃんの真横だ。
そして、耳元で思いっきりスープを啜る。
「ずずずずずずずっ!!」
「……………………っ」
スプーンで平皿の底を叩くようにすくい上げ、ワンモアサウンド行くぜ。届け、この想い。
「ずずずっ、かーっ! こいつは旨ぇや!! ずずずずずずばぁっ!! べろべろべろぴちゃちゅぱぁぁぁ!!」
「分かった……分かったわよっ!! 静かに飲めばいいんでしょ!?」
俺の説得が実を結び、テレサちゃんはおしとやかにスープを飲み始める。別に完璧でなくともいい。挑戦する姿勢が美しいぞ。褒めたら調子に乗るから言わないけどな。
「ごちそうさま。お皿洗って貰おうかな」
「はーい。終わったら買い出しに行ってくるわね」
「ひょっとして、何事もなく皿を洗えると思ってないか?」
「ま、また何かする気なの!?」
そう身構えずとも良いではないか。おじさんはただ、テレサちゃんにセクハラしたいだけなんだから。
「テレサちゃんが皿を洗っているあいだ、おじさんはテレサちゃんの体を触ろうとします。上手くあしらってください! お触りするごとに服を一枚脱いで貰うぞっ」
「意味分からないんだけど!? いかがわしいことをしたいなら夜まで待ちなさいよ……」
「これは試験なんだ。世の中の男は、みんなスケベなクズ野郎さ。可愛いテレサちゃんを見たら、手を伸ばさずにはいられない。そんなクズどもを、角を立てることなくあしらってこそ、良い女さ」
「ふぅん。まっ、いいけど。ほら、やってみなさいよ」
余裕たっぷりのテレサちゃん。舐めて貰っては困る。いかに職とレベルの差があろうとも、歌舞伎町の神風と呼ばれたいこの俺が触れない道理はない。
『ただの願望』ナイトメアのツッコミは的確であるが、自信はある。究極奥義で丸裸にしてやるぜ。
「必殺……千手観音タッチ!」
下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる。とにかくラッシュだ。マンガ的表現なら、俺の周りは無数の手が描かれていることだろう。
「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
「無駄無駄無駄無駄ッ」
テレサちゃんは涼しい顔をして、痴漢の魔の手をすべて手のひらでいなし、受け流す。こいつ、化け物かっ!?
千手観音タッチは必殺の奥義である。限界を超えた動きは俺の体力を奪う。やがて腕が上がらなくなり、その場に手をついて崩れ落ちた……。
「あ、ありえない。ワンタッチすら出来ないだと……?」
「あたしは腐ってもレンジャー。あんたのお触りなんて、いつでも躱せるのよ? でもあたしは優しいから、これまでは仕方なく触らせてあげてたってわけ」
くそっ。無自覚にエッチなこと言いやがって。いいね。燃えてきた。その余裕がいつまで持つか見ものだな。次の作戦は、とびっきりだからなぁ!
「テレサちゃんズルい! 大人げない! 魔術師相手に本気になってさ。手加減してください!!」
「はいはい。両手は使わないであげるわ。これでいいでしょ?」
このクロノ・ノワール。女体に触れるためならば、駄々っ子だってするし、土下座も朝飯前。地べたに伏しながら、ほくそ笑むのがこの俺よ!
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「……何故だ。何故、触れないんだっ」
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「ハァハァ……まっ、まさか……俺の体力を計算して……?」
「大当たり。あたしに触りたきゃ、夜まで待つことね。あんたの都合で、ズコバコされた昨日の恨みは忘れてないわよ」
悔しい。でもどうしよう。言い返す気力が湧かないくらい疲れた。床に大の字に寝転がりたい気分だ。
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『他にあるでしょ』なんて言われても、ないゾ。俺が楽しくなきゃ、意味ないからな。先の見えない積み重ねなんだから、ムリしても限界が来るだけなのである。
「難しい顔してどうしたの? 退屈だった?」
「ほほぅ、他人を労う余裕があるとは。よーし、ご褒美に指導を倍にしちゃう」
「ごめん。ずっと考えててくれる?」
その後もマナー指導に付きっきり。腰を据えて様子を眺めると、守らない言いつけがあった。
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使ってない羽根ペンで自分の鼻をくすぐる。強制的にくしゃみを誘発する。あーっ、きたきたぁーっ!!
「は……は……っ――」
くしゃみをする寸前で、テレサちゃんの方向に向き直る。もうお分かりだろう。テレサちゃんの可愛い顔は、おじさんの飛沫で台無しになる。
「や、やってくれたわね……っ」
「すまそ。テレサちゃんもくしゃみするときは、必ず手で隠そうね。そうしないと、こうなっちゃうよ」
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「そうか? ウザいくらいに分かりやすいだろ」
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「トマトとかナスビかな」
「分かった。トマトとナスビ、ねっ!」
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待ち時間を利用して、特設ステージを作る。手当たりしだいに床に物を散乱させて、準備完了……それと同時に、テレサちゃんが戻ってきた。
「また散らかして……って、散らかしすぎでしょ!? 襲われたの?」
「まさかぁ。最強無敗のおじさんに敵は居ないよ。これは試験だ。頭に置いたそのコップの水を一滴もこぼすことなく、料理をテーブルまで運びたまえ!」
「そういうことね。別にいいけど」
床に散らばった物は、障害物だ。テレサちゃんの頭に設置したコップは、無駄な動きを防止するリミッター。究極にして最難関の試験を、テレサちゃんは突破出来るのか……っ!?
「……拍子抜けね。ご飯にしましょ」
あっさりテーブルにたどり着き、優雅に座って語りかけてくる。ドヤ顔で見てくるのがムカつく。「あたしに何か言うことがあるんじゃないの」そう顔に書かれてる。悔しい。でも合格にしちゃう。
ちなみに、昼のメニューは、ホーンラビットの串焼きと、サンドイッチだ。俺の嫌いな食材は使われていない。ホッとしたのもつかの間、サンドイッチにトマトが挟まれていた。
「好き嫌いは、ダメよ?」
「うへ……この手口は、まさに女子!」
大人の意地で完食したあとは、また思いつきで試験を重ね、いつの間にか夜になっている。とうとうこの時がやって来たか……。
「ねぇ、夜になったけど、する……?」
女の子らしく恥じらいながらも、誘ってくる。俺の返事は決まっている。
「すまん。めっちゃ疲れたから今日はナシで……」
「お昼の欲望はどこに消えたのよ……」
「千手観音タッチと、散乱させた物の後片付けで消し飛んだ……」
体力溢れる若者に、付きっきりで相手をしたもんだから、おじさんのライフはもうゼロよ。なんで独身の俺が、休日の家族接待で死にかけてるパパさんと同じ目に合わなきゃならんのか……。
『保護者としては満点だけど、男としては0点だね』
ちょいちょい寝てたくせによく言うぜ。もう屁理屈を考える気力もない。
「……はぁ、自分から誘うのって、結構恥ずかしいんだけどね。まぁ、いいわ。別にいつでも出来るしね。今日はありがとうね」
いつでも出来る、か。おじさん、何かと死刑宣告されてるからな。自分で増やしたばかりだし。それでも跳ね除けてきたけど、この日、俺は死んだように眠った……。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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